G14(3日に一度更新)

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12/23/2025, 9:31:03 AM

117.『星になる』『明日への光』『君が見た夢』


 ドーナツは希望である。
 殺伐としたニュースが駆け巡る現代社会。
 先行きの見えない暗い未来に顔を曇らせる人々も、ドーナツを前にすれば誰もが笑顔になる。
 まさに明日への光、それがドーナツだ。

 だが、ドーナツとて万能ではない。
 その殺人的なまでのカロリーは、我々の未来に暗い影を落とす。
 その甘美な誘惑の先には、『肥満』という辛い現実が待っている。
 ノーリスクで全てを解決できる、都合のいい話はどこにもないのだ……

 こうなってしまっては、この世界には夢も希望もない。
 人々は生きる気力を失い、明日を知れぬ日を過ごしていく。
 もはや明るい未来などどこにもない。
 この事実は、人々を絶望させた……

 だがこの事実に、抗う者がいた。
「0カロリーのドーナツ。
 それさえあれば、全てを解決できる!」
 友人のDである。

 生粋のドーナツ好きであるDは、世界平和のためドーナツを配布する活動をしていた。
 効果があったのだが、それは最初だけ。
 始めはドーナツを見て目を輝かせていた人々も、次第に顔を曇らせる。
 彼らはドーナツの食べ過ぎでメタボになってしまったのである。

 それならばと、Dが考えたのが0カロリードーナツ。
「それさえあれば、世界を平和に出来る!」
 彼はそう豪語し、研究に着手した。

 だが、Dは志半ばにして舞台から退場した。
 試作品のドーナツを食べ過ぎて、ドクターストップがかかったのである。

 無念に顔を曇らせるDを見て、俺は決意した。
 『君が見た夢、俺が絶対に叶えて見せる』と……

 だがそれができれば苦労はしない。
 俺は、Dの遺した膨大な研究資料を読み漁り、一つの結論を下した。
 『0カロリードーナツは、現代の科学技術では実現不可能である』という事を……

 だが諦めることは出来ない。
 0カロリードーナツは、世界を救う救世主なのだ。
 なんとしても作り上げなければいけない。

 しかし正攻法では0カロリーは達成できない。
 そこで俺は、新しいアイディアを得るべく、ドーナツをひたすら観察することにした。
 三日三晩、一睡もせずドーナツを観察し、幻覚すら見始めた頃、そして真理へと到達した。

「なんだ、こんなにも簡単なことだったのか……」
 ドーナツは環状の形をしている。
 つまり、その形状そのものが「0」を表しており、実際に0カロリーという事である。
 よって食べても太るわけがない。
 Dやそのほかの人々がメタボになったのは、ただの思い込みである。
 この理論を発表すれば世界に平和が訪れ、ドーナツ史と世界史に名を残すであろう……

 待ってろよ、D。
 君が待ち望んだ世界を実現して見せる。
 ドーナツの星に、俺はなる!

 だがその前に実証実験だ。
 自分の体で試し、実際に効果が出てこそ理論は確固たるものになる。
 俺は理論の正しさを証明するため、3食をドーナツにした。

 他の食物など一切口に入れず、ただドーナツを食べるだけの生活。
 一週間も経てば、さすがに飽き始めたが、それでも食べた。
 すべては友人のDのために……
 そして――


 ――メタボになった。

12/20/2025, 2:16:30 PM

116.『夜空を越えて』『スノー』『遠い鐘の音』
 『きみが星空を見あげると、そのどれかひとつにぼくが住んでるから』
 空を見上げていたからたろう。
 ふと、昔好きだった『星の王子さま』の一節を思い出した。

 でも今の私には、王子様の星を探すことはできなかった。
 その視界は涙で滲んでいたからだ。

「……私、悪くないもん」
 仕事場でトラブルがあった。
 私だけの責任じゃないのに、同僚たちは責任を私一人に押し付けた。
 一方的に咎められた私は、遅れを取り戻すための仕事も押し付けられた。

 業務終了を告げる鐘が鳴ると同時に、そそくさと帰っていく同僚たち。
 誰も私を気遣うことは無く、一人職場に残される。
 遠い鐘の音を背に黙々と作業を続けて、仕事が終わったのは0時過ぎ。
 私はへとへとに疲れ果てていた。

 だが今日のような事は珍しくない。
 私が勤めている会社では責任逃れが横行しており、弱い立場の人間が責任を取らされる事が常態化していた。
 そして職場で一番若い私は、格好の餌食。
 何か起こるたびに自分の責任にされた。

 『働くという事は、理不尽に耐える事』。
 そう思って我慢してきたけれど、もう心は限界だった。
 公園にやって来たのも、特に意味のあったわけじゃない。
 ただとても疲れていて、どこでもいいから休みたかったのだ。
 そのまま横になって眠りたいほど私女は疲弊していた。

 そうしてやって来た公園で空を見上げて、どれくらいの時間が経ったのだろう……
 滲んだ視界の先で、光が瞬いたことに気づく。

「なんだろう?」
 涙をぬぐって空を見上げる。
 そして私は心底驚いた。
 たくさんの流れ星が、空を駆けていたからだ。
 
「綺麗……」
 私は、朝のニュースを思い出した。
 アナウンサーが熱っぽく、今日の流星群について語っていたことを。
 『そこまでじゃないだろ』とすぐに忘れたのだけど、私は考えを改める。
 それほどまでに、目の前の光景は幻想的だった。

 まるで子供が庭を駆けるように、楽しげに空を駆けていく流れ星たち。
 夜空を越えてどこへ行くのだろう。
 それは分からない。
 

「羨ましいなあ……」
 私は思った。
 自分にも幸せを分けて欲しいと。
 理不尽ばかりで報われない自分に、何かご褒美が欲しい。

 そう思いながら空を眺めていると、ひときわ光り輝いている流れ星があることに気づく。
 そのままなんとなく眺めていたが、その星は徐々に明るくなっていき、やがて公園全体を照らすほど明るいものとなった。

「こっちに来る!?」
 『マズイ』と思ったときには、もう遅い。
 流れ星は、あっという間に公園へと落ちた。

 幸いというべきか、私の近くには落ちてはこなかった。
 少し離れた花壇に落ちたようで、その場所に砂煙が舞っている。
 その様子を呆然としながら見ていると、砂煙の中からあるものを見つけ、慌てて駆け寄った。

「赤ん坊がいるわ!」
 流れ星の落ちてきた場所には、幼い子供がいた、
 愛らしい女の子で、肌は玉の様に美しく、パウダースノーの様に柔らかい。
 雰囲気もどことなく上品で、将来は美人になると思われた。

「まるでかぐや姫ね」
 信じられない気持ちだったが、私は確信した。
 この子は、流れ星からの贈り物。
 幸せを求める私のもとに、天使のような女の子を遣わせたのだ。

「ありがとう、お星さま。
 私、頑張るわ」
 空を見上げてお礼を言う。
 きっとこの子は、私に幸せを運んでくれるだろう。
 愛おしい我が娘を抱き上げると、何か握っていることに気が付いた。

「これは…… 百合の花?」
 赤ん坊は、一本のバラを大事そうに抱えていた。
 その時、星の王子さまの言葉を思い出した。

 『みんながたった1本のバラを探している』。
 よく覚えていないけど、そんな言葉だったはず。

 この娘はバラじゃないけれど、もう自分の花を見つけたらしい。

「この花、とても綺麗ね……
 そうだわ!」
 私の頭に天啓が降りた。

「良いことを思いついたわ。
 あなたの名前は――」
 

 ✿

「だから私は百合子っていうの。
 感動したでしょ?」
「……私は何を聞かされているの?」
 私の熱演を聞いて、友人の沙都子が困惑気味に尋ねてくる。
 想定内の質問に、私ははっきりと答えた。
 
「私の誕生秘話だよ。
 私のこと、『人間とは思えない』って悪口言うから」
 そう言ってドーナツを丸々一個頬張ると、沙都子が「やっぱり人間じゃなくてリスよ」と呟いた。

「ただの軽口から、まさか本当に人間じゃない可能性が出てきて、さすがの私も動揺しているわ。
 まさか本当の話とか言わないわよね?」
「それこそ、まさかだよ!
 お母さんから子守唄代わりに聞かされたけど、信じてたのは小さい頃だけ。
 高校生にもなって信じないよ」
「まあ、そうよね」
 沙都子は、安心したように息を吐いた。

「ただね。
 この話は少しだけ真実があるの」
「まさか、『自分は名前の通り、百合の様に可憐です』とは言わないわよね?」
「興味深いね。
 その件について、後でじっくり話し合おうか?」
「いいアイディアだわ。
 ボロクソに言い負かしてやるから覚悟しなさい!」
「そこまで言う?」
「いいから続きを話なさいよ」
 なんか釈然としない思いを抱えながら、私は話を続ける。

「この話は嘘ではあるんだけどさ、仕事で責任を取らされたのは本当みたいなんだ」
「ええ。
 妙なリアリティがあったから、そうじゃないかと思ったわ」
「それに関して後日、職場を相手取って裁判起こした」
「えっ」
「パワハラセクハラもすごかったらしくてね、がっぽり慰謝料を取ったみたい。
 完全勝利だって」
 沙都子は驚いた顔をして、私を見る。
 
「これは、お父さんから聞いた話なんだけどね。
 それ以降も宝くじが当たったり、懸賞に当選したり、お父さんが昇進したり……
 私が生まれてしばらくの間、いろいろ良いことがあったんだって」
「まさか……」
 沙都子が、ゴクリとツバを飲んだ。

「だから、この話はほとんど嘘なんだけど、流れ星が願い事を叶えたのは本当なんだよね。
 お金が増えて、超幸せって言ってたから」
「さすがに、偶然だと思うけど……」
「私もそう思うけど、お母さんは信じてることは間違いない。
 私のことを、未だに『星の王女様』って呼ぶんだもの」

12/16/2025, 1:07:14 PM

115.『雪原の先へ』『凍える指先』『温もりの記憶』


 雪山で遭難した。
 吹雪の真っただ中で、周囲は数メートル先すら見えなかった。
 今いる場所の見当もつかず、目的も無いままひたすらに彷徨っていた。

 まさか冬の山がこんなに危険だとは……
 防寒は気を付けたつもりだが、ほとんど役に立っていない。
 がくがくと体は震え、凍える指先は既に感覚がなかった。
 奇跡でも起こらない限り――いや、奇跡が起こっても間に合うかどうか……

 もはや、ここまで……
 俺は死を覚悟した。
 その時だった。

(あれは……?)
 吹き付ける雪の向こうに、なにか茶色いものが見えた。
 天の助けか、脳が見せた幻か……
 遠いこの場所からは、判別が出来なかった。

 だが今の俺には、他に頼るものはない。
 たとえ幻であろうとも、行ってみない事には始まらない。
 俺は最後の気力を振り絞り、雪原の先へと向かう。


 そして無限とも思える時間をかけ、目的地へとたどり着いた先にあったのは避難小屋であった。
 (これで寒さがしのげる……)
 俺は内心で神に感謝しつつ、中に入る。
 屋内は外と同じくらい寒かったが、風がないおかげでかなり快適だった。

 小屋の中央には、たき火の跡があった。
 火を点けるための道具は揃っていたので、薪を放り込んで火を点ける。
 たき火の暖かさが、凍りかけていた俺の体を溶かしていく。

 だが、思っていた以上に疲れていたらしい。
 体に熱が戻っていく感覚とともに、睡魔が襲ってきた。
 (暖も取れたし、少しくらい寝てもいいだろう)
 体を横にして、夢の世界に身をゆだねる。

 そしてどれくらいのそうしていただろう……
 突然小屋の扉が、キィーッと開いたのである。
 (別の遭難者が来たのか……)
 寒気で目を覚まし、意識がまどろんだまま扉を向くと、一気に目が覚めた。
 入って来た人影は、およそ人間とは思えなかったからだ。

 人影は女性だった。
 だが顔には生気がなく、肌は病的なまでに白い。
 陰気な気配を漂わせ、フラフラと歩いている。
 なにより決定的だったのは、その女が防寒着の類を一切着ていないことだ。

 (まさか、雪女!?)
 この山には雪女伝説がある。
 『吹雪の中、小屋で寝ていると雪女がやって来て、寝ている男を氷漬けにして、自分のモノにする』という伝説が。

 それを聞いた時は、『所詮伝承だろ』と思っていたが、まさか実在するとは思わなかった。
 山に対する備えはしていたが、雪女の対策なんてしていない。

 逃げようにも外は吹雪。
 助かる保証なんてどこにもないし、そもそも体が疲れていて、少しも動けそうになかった。
 だが、吹雪の中で死ぬよりはマシなのだろう。
 温もりの記憶を抱いてしねるのだから。

 ところがである。
 雪女は横になっている俺を興味なさげに一瞥しただけで、たき火を挟んで俺の向かい側に座った。
 そして、俺なんて存在しないかのように、なにやら作業をし始めた。

 (何をするつもりだ?)
 雪女はたき火の脇に転がっていた鍋を手に取り、その中に雪を入れ始めた。
 そして十分な雪が入った後、そのまま火にかける。
 湯を沸かしているようだった。
 そして湯がぐつぐつ沸騰したのを見て、満足そうにコクリと頷いたかと思うと、傍らからラーメンの袋を取り出した。

(まさか、ラーメンを食うつもりなのか!?)
 この時点で、俺の恐怖はすっかり薄れていた。
 雪女の行動に興味津々で、自分の置かれている状況も忘れ、雪女をじっと見ていた。
 それほどまでに、目の前の光景は興味深いものだった。

 だがそれがいけなかったのかもしれない。
 不意に雪女と目が合った。
 
 そして雪女は目を見開き、
 「うわ、生きてる!?」
 と文字通りひっくり返った。

 まさかそんなに驚くなんて、思いもよらなかった。
 しかし死んだと思っていても無理はない。
 確かに微動だにしなかったもんな……

「なんか、ごめん」
 何がごめんなのか分からないが、とりあえず謝る。
 すると雪女はバツが悪そうに、こちらを見た。

「なんで死んだふりしてたんですか!
 鍋をひっくり返すところでしたよ!」
「そんなつもりじゃなかったんだが……
 どうせ殺されるし、抵抗は無駄かと思って」
「殺す?
 なんの話です?」
「雪女は男を氷漬けにするんだろ?」
「やだなあ、何時の話をしているんですか?
 今は令和ですよ。
 そんなことはしません」
 朗らかに笑う雪女。
 そこは、人間を害そうという意思は感じられず、俺はほっと胸をなでおろした。

「ところで、貴女は何をしているんですか?」
 俺が姿勢を正して聞いてみると、雪女は再びバツの悪そうな顔をした。
「……雪女って、ラーメン禁止なんですよ。
 体に悪いので」
「え?」
「だから、こうして隠れて食べているんです」

 雪女って、ラーメン食べちゃダメなのか……
 確かに、ラーメンと雪女は相性が悪そうだもんな。

 俺が納得すると、雪女は決意を秘めた目で、鍋を差し出してきた。
「という事で、このことは黙っててもらえますか?
 これ、あげるんで」

 ☆


 翌日、俺は無事に下山できた。
 長時間吹雪の中にいたので検査入院となったが、特に後遺症はないと言われた。
 雪女にもらったラーメンのおかげかも知れない。

 雪女はどうなったかと言うと、
 「あんまり外に出ていると怪しまれるんで帰りますね」
 と吹雪の中を出て行った。
 もちろんラーメンを食べてからだ。

 ラーメンを食べている彼女は幸せそうだった。
 きっと好きなのだろう。
 だから、彼女のコソコソしている様子に、少しだけ同情した。
 好きなものが、好きな時に食べられない。
 それは、とても辛い事だから。

 別れ際の寂しそうな彼女の顔を思い出しながら、俺は決意した。
 もう一度、あの避難小屋に行こうと……
 そして、あの小屋にご当地系のインスタントラーメンを持っていこうと……

 会えないかもしれないし、また吹雪にあうのもゴメンだけど、あの雪女になんとかお礼をしたいのだ。
 ラーメン好きの彼女なら、きっと喜んでくれるはずだ。

 と、そこで気づく。
 下山してから、彼女の事ばかり考えている事に……

「まるで恋しているみたいだな」
 なるほど、雪女伝説はあながち間違いではなかったようだ。
 氷漬けにはされなかったけど、暖かい手作りのラーメンによって、俺の心はまんまと彼女のモノにされたのである

「一生ラーメンを食べさせてあげるって言ったら、結婚してくれるかな」
 俺はそんな事を思いながら、スーパーへと足を向けるのであった。

12/14/2025, 5:41:40 AM

114.『きらめく街並み』『消えない灯り』『白い吐息』

「うーん、今回もお客様は無しか……」
 ホームに止まった電車を見て、俺はため息を吐く。
 駅員として朝から改札口に立っているが、一向に利用客がやって来ない。
 『楽な仕事をしたい』と若い頃は思っていたが、全く仕事がないとなると精神に来るモノがある。

 だが、こればっかりは仕方がない。
 なぜなら、この駅は利用者の少ない『過疎駅』。
 こういった事は日常茶飯事だからだ……

 利用者が極端に少ないこの駅は、数日利用者がゼロなど当たり前。
 酷い時には数か月もの間、誰も来ないことがある。
 電車は律義に停まるのだけど、皆素通り。
 逆に乗っていく人も皆無なので、駅員としてすることがない。

 ここまで来ると駅員はもはや必要ないのだが、俺の強い希望でこの場に立たせてもらっている。
 本来必要のない仕事をしているので、報酬などはない。
 純然たるボランティアだが、知り合いや近所の人が、食べ物などを分けてくれるので困ることは無かった。

 だが理解を得られているとは言いがたい。
 俺が駅員に志願したときは周囲からは大いに困惑されたし、今でも『いてもいなくても変わらないだろ?』とよく言われる。
 利用者がいない日が続けば、自分でも存在意義を疑うことがある。

 報われることの少ない、利用者のいない駅の駅員。
 はたから見て、おかしい奴だとは思われているだろう。
 だが、俺はへこたれはしない。
 俺はこの駅の駅員をすることに、使命感を抱いているのだ。

 よく考えて欲しい。
 初めて来る土地では、誰もが大きな不安を抱く。
 知り合いのいない寂れた街に、ポンと放り出されるのだ。
 不安と恐怖に押しつぶされ、自分には未来がないのだと錯覚しても、不思議ではない。

 かくいう俺も例外ではなく、初めてここに来た時は泣きそうになった。
 頼れるものが何も無く、駅前で右往左往していた。
 あっちでキョロキョロ、こっちでキョロキョロ、完全に不審者であった。

 そうして駅の前でオロオロしていると、たまたま通りかかった近所の人に助けてもらえた。
 この街の事を、丁寧に、ゆっくりと説明してくれた。
 おかげで俺は、こうして心穏やかに暮らせている。
 あの人には感謝してもしきれない。

 俺は幸運だったのだと思う。
 まったく人の気配のない駅前で、親切な人に出逢えたのだから。
 すぐに気持ちを切り替える事が出来た。

 でも他の人はそうじゃないかもしれない。
 誰とも会えず、どこに行けばいいかも分からず、途方に暮れる事だろう。
 それはきっと、悲しい事だ。

 だから俺はここにいる。
 ここに来た人が、不安で押しつぶされないように。

 真っ暗な夜の海原から見える灯台のように、暗闇の中でも消えない灯り。
 俺は、それになりたいのだ。

 ここには、都会の様なきらめく街並みはない。
 109もないし、書店も映画館だってない。
 無い無い尽くしの街だけど、人の優しさはある。
 それだけは、知って欲しいと思う。

 おっと、考え事をしている内に、新しい電車が来たようだ。
 ハラハラしながら様子を窺っていると、電車から降りてくる人影が見えた。
 だが降りる駅を間違えたことに気づいたのか、すぐに車内に戻ろうとする。
 だが無情にもドアはすぐに閉まってしまい、電車は発進してしまった。
 人影は呆然と電車を見送るが、諦めたのか改札口に向かって歩いてきた。

 とぼとぼと歩いて来るお客様。
 落ち込んで大きなため息を吐いているのか、ここからでも白い吐息が見える。
 始めて来た土地で、きっと不安と恐怖でいっぱいに違いない。
 俺はそんなお客様を元気づけるため、自分に出来る精いっぱいの笑顔で出迎えた。

「きさらぎ駅へようこそ、お客様。
 もう二度と帰れませんが、お客様が快適な生活を送れるように全力でサポートさせて頂きます」

12/10/2025, 12:29:52 PM

113.『贈り物の中身』『冬の足音』『秘密の手紙』


 『オシャレは常に命がけ』。
 それが今を生きる、私たち女子高生の合言葉。

 今も昔も女子高生は、『カワイイ』を追求してきた
 アクセサリー、改造制服、メイク、髪染め……
 教師や親からの説教など、なんのその。
 たとえ、小遣いをカットされようと止まることはない。
 どんな困難が待ち構えようとも、カワイイ道を突き進むのが、女子高生という生き物なのだ。

 だというのに、最近の女子高生はなってない。

 冬の足音が聞こえてくる今日この頃。
 寒いからと言って、スカートの下にジャージを着こんでくるクラスメイトが増えたのだ。
 嘆かわしい。
 何が嬉しくてジャージを履かないといけないのだ。
 ダサすぎる!

 中には人肌に似せたストッキングを着込む友人もいる。
 当たり前のように『オシャレでしょ?』と振舞うが、私の目は誤魔化せない。
 努力は認めるが、それはニセモノ。
 本物の美脚を見せつけるのが、真のオシャレ!
 たとえ真横から冬の足音が聞こえようとも、素肌で冬の街を練り歩くことこそが、女子高生の生き様ではないのか!

 見よ!
 この無駄のない足を!
 筋トレに励んで作り上げた自慢の足だ。
 鍛えられた筋肉で構成された足は、ほんのり蒸気が立ち上がっている。
 新陳代謝が活発で常に暖かく、ジャージを履けば汗で蒸れるほど。
 やはり筋肉、筋肉がすべてを解決する。

 ――ただ鍛え過ぎたのか、周囲からの評判は悪い。
 友人からは『キモイ』とバッサリ切り捨てられるし、男子から『俺より逞しい』と自信を喪失させてしまっている。

 思ってたとのは違う反応に、私はしょんぼりした。
 オシャレをして、モテモテになるのを夢見ていたのに、誰もが私を遠巻きに見る始末……
 まさに本末転倒であった。

「来年の冬は、無難にジャージを履こう」
 私は決意するのだった――


 そして、決意を固めた日の放課後。
 帰ろうと下駄箱に行くと、そこには手紙が入っていた。

「これは…… まさか……」
 愛をしたためた秘密の手紙――まさかラブレター!?
 驚きと興奮で体中が熱く沸き上がり、頬が紅潮する。
 男子の反応を見て正直諦めていたが、まさか本当にモテるとは思わなかった。
 私の元に、冬を通り越して春が来た!

 感動に打ち震えつつも、私は誰にも見られないようカバンの中に手紙を入れる。
 知り合いに見られたら大変なことになるからだ。
 女子高生はオシャレも好きだが、コイバナも大好きなのである!

 幸い、周囲に怪しんでいる人はいなかった。
 私はさりげない動作で校内に戻り、トイレに入る。
 そこならば誰にも邪魔が入らないからだ。
 手紙にはこう書かれていた。

 『あなたの素敵な足に惚れました。
  伝えたいことがあるので、空き教室まで来てください。
  待ってます』

 指定の時間は10分後。
 場所は遠いが、走れば余裕で間に合うはずだ。
 私のオシャレに気づくとは、きっと素晴らしい男性に違いない!
 待っていろよ、まだ見ぬ運命の人よ!

 私は急いで指定の場所に駆けつける。
 口から出そうなほど高鳴る心臓を押さえ、私は教室のドアを開ける。
 そこにいたのは――


 大人しそうな、小柄で地味な女の子だった。


 私は意表を突かれた。
 完全に男子だと思っていたからだ。
 呆気に取られていると、少女は私に気が付いた。

「ありがとうございます。
 手紙、読んでくれたんですね」
 彼女は緊張しているのか、ギクシャクとまるでロボットの様に近づいて来る。
 その顔には、緊張と不安と期待がこもっている。

 やはり告白なのだろう。
 しかし悪い気はしない。
 同性は範囲外なのだが、こうして好かれるのは純粋に嬉しかった。

 だが彼女の気持ちは受け入れられないのも事実。
 彼女もそれは覚悟しているはず。
 せめて茶化したりせず、誠実に断ろう。
 そう思っていると、彼女は歩みを止めた。

「先輩の事、ずっと見てました。
 その、足がとてもステキで……」
 彼女の顔が赤くなるにつられて、私の顔も赤くなる。
 なんと、本当にこの子は私の足に惚れてくれたと言うのか!?
 ちょっとだけ気持ちが揺らぐ。
 『理解してくれない男子より、やはり分かってくれる女子の方が……』
 そんな事を考えていた。

「これ、受け取ってください!」
 一瞬考え事をしたのが悪かったのだろう。
 彼女が箱を勢いよく差し出してきたので、反射的に箱を受け取ってしまった。

「先輩の事を考えて選んだんです」
 そう言ってモジモジする彼女は可愛らしい。
 少しだけ罪悪感を抱きつつも、受け取った物をそのまま突き返すの気がひける。
 私は少し悩んだ後、箱の中身を開けることにした。


「えっ?」
 私は眉をひそめる。
 中身は、どう考えても告白に似つかわしくないシロモノだった。
 彼女はどういうつもりで、これを渡してきたのだろう?
 好意的に見ても告白の際に渡してくるような神経が分からない。

 『どういうつもりなのか?』
 私が説明を求めるように視線を向けると、彼女はハッとした顔をして、自分のポケットを漁る。
 そして一枚の小さな紙を取り出した。

「我が山岳部に入部してください。
 先輩なら、富士山だって登頂できますよ!」
 出されたのは、部活の入部届。

 それで私は全てを悟った。
 彼女が言った、『先輩の足が素敵』という意味も……
 贈り物の中身の意味も……

 もう一度、箱の中を見る
 そこに入っているのは、登山用のごつい靴。
 底が厚く、金具までついた、オシャレの『オ』の字もない、実用に即した本格的な靴だ。

「登山は、時に命を落とすこともある過酷なスポーツですけども……
 先輩の逞しい足なら大丈夫!
 どんな岩山も踏み越えられます」
 キラキラして、期待を込めた目で見つめて来る彼女。
 『これは断れそうにないな』と、私はため息を吐いた。

「オシャレって、本当に命がけだなあ……」

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