G14(3日に一度更新)

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116.『夜空を越えて』『スノー』『遠い鐘の音』
 『きみが星空を見あげると、そのどれかひとつにぼくが住んでるから』
 空を見上げていたからたろう。
 ふと、昔好きだった『星の王子さま』の一節を思い出した。

 でも今の私には、王子様の星を探すことはできなかった。
 その視界は涙で滲んでいたからだ。

「……私、悪くないもん」
 仕事場でトラブルがあった。
 私だけの責任じゃないのに、同僚たちは責任を私一人に押し付けた。
 一方的に咎められた私は、遅れを取り戻すための仕事も押し付けられた。

 業務終了を告げる鐘が鳴ると同時に、そそくさと帰っていく同僚たち。
 誰も私を気遣うことは無く、一人職場に残される。
 遠い鐘の音を背に黙々と作業を続けて、仕事が終わったのは0時過ぎ。
 私はへとへとに疲れ果てていた。

 だが今日のような事は珍しくない。
 私が勤めている会社では責任逃れが横行しており、弱い立場の人間が責任を取らされる事が常態化していた。
 そして職場で一番若い私は、格好の餌食。
 何か起こるたびに自分の責任にされた。

 『働くという事は、理不尽に耐える事』。
 そう思って我慢してきたけれど、もう心は限界だった。
 公園にやって来たのも、特に意味のあったわけじゃない。
 ただとても疲れていて、どこでもいいから休みたかったのだ。
 そのまま横になって眠りたいほど私女は疲弊していた。

 そうしてやって来た公園で空を見上げて、どれくらいの時間が経ったのだろう……
 滲んだ視界の先で、光が瞬いたことに気づく。

「なんだろう?」
 涙をぬぐって空を見上げる。
 そして私は心底驚いた。
 たくさんの流れ星が、空を駆けていたからだ。
 
「綺麗……」
 私は、朝のニュースを思い出した。
 アナウンサーが熱っぽく、今日の流星群について語っていたことを。
 『そこまでじゃないだろ』とすぐに忘れたのだけど、私は考えを改める。
 それほどまでに、目の前の光景は幻想的だった。

 まるで子供が庭を駆けるように、楽しげに空を駆けていく流れ星たち。
 夜空を越えてどこへ行くのだろう。
 それは分からない。
 

「羨ましいなあ……」
 私は思った。
 自分にも幸せを分けて欲しいと。
 理不尽ばかりで報われない自分に、何かご褒美が欲しい。

 そう思いながら空を眺めていると、ひときわ光り輝いている流れ星があることに気づく。
 そのままなんとなく眺めていたが、その星は徐々に明るくなっていき、やがて公園全体を照らすほど明るいものとなった。

「こっちに来る!?」
 『マズイ』と思ったときには、もう遅い。
 流れ星は、あっという間に公園へと落ちた。

 幸いというべきか、私の近くには落ちてはこなかった。
 少し離れた花壇に落ちたようで、その場所に砂煙が舞っている。
 その様子を呆然としながら見ていると、砂煙の中からあるものを見つけ、慌てて駆け寄った。

「赤ん坊がいるわ!」
 流れ星の落ちてきた場所には、幼い子供がいた、
 愛らしい女の子で、肌は玉の様に美しく、パウダースノーの様に柔らかい。
 雰囲気もどことなく上品で、将来は美人になると思われた。

「まるでかぐや姫ね」
 信じられない気持ちだったが、私は確信した。
 この子は、流れ星からの贈り物。
 幸せを求める私のもとに、天使のような女の子を遣わせたのだ。

「ありがとう、お星さま。
 私、頑張るわ」
 空を見上げてお礼を言う。
 きっとこの子は、私に幸せを運んでくれるだろう。
 愛おしい我が娘を抱き上げると、何か握っていることに気が付いた。

「これは…… 百合の花?」
 赤ん坊は、一本のバラを大事そうに抱えていた。
 その時、星の王子さまの言葉を思い出した。

 『みんながたった1本のバラを探している』。
 よく覚えていないけど、そんな言葉だったはず。

 この娘はバラじゃないけれど、もう自分の花を見つけたらしい。

「この花、とても綺麗ね……
 そうだわ!」
 私の頭に天啓が降りた。

「良いことを思いついたわ。
 あなたの名前は――」
 

 ✿

「だから私は百合子っていうの。
 感動したでしょ?」
「……私は何を聞かされているの?」
 私の熱演を聞いて、友人の沙都子が困惑気味に尋ねてくる。
 想定内の質問に、私ははっきりと答えた。
 
「私の誕生秘話だよ。
 私のこと、『人間とは思えない』って悪口言うから」
 そう言ってドーナツを丸々一個頬張ると、沙都子が「やっぱり人間じゃなくてリスよ」と呟いた。

「ただの軽口から、まさか本当に人間じゃない可能性が出てきて、さすがの私も動揺しているわ。
 まさか本当の話とか言わないわよね?」
「それこそ、まさかだよ!
 お母さんから子守唄代わりに聞かされたけど、信じてたのは小さい頃だけ。
 高校生にもなって信じないよ」
「まあ、そうよね」
 沙都子は、安心したように息を吐いた。

「ただね。
 この話は少しだけ真実があるの」
「まさか、『自分は名前の通り、百合の様に可憐です』とは言わないわよね?」
「興味深いね。
 その件について、後でじっくり話し合おうか?」
「いいアイディアだわ。
 ボロクソに言い負かしてやるから覚悟しなさい!」
「そこまで言う?」
「いいから続きを話なさいよ」
 なんか釈然としない思いを抱えながら、私は話を続ける。

「この話は嘘ではあるんだけどさ、仕事で責任を取らされたのは本当みたいなんだ」
「ええ。
 妙なリアリティがあったから、そうじゃないかと思ったわ」
「それに関して後日、職場を相手取って裁判起こした」
「えっ」
「パワハラセクハラもすごかったらしくてね、がっぽり慰謝料を取ったみたい。
 完全勝利だって」
 沙都子は驚いた顔をして、私を見る。
 
「これは、お父さんから聞いた話なんだけどね。
 それ以降も宝くじが当たったり、懸賞に当選したり、お父さんが昇進したり……
 私が生まれてしばらくの間、いろいろ良いことがあったんだって」
「まさか……」
 沙都子が、ゴクリとツバを飲んだ。

「だから、この話はほとんど嘘なんだけど、流れ星が願い事を叶えたのは本当なんだよね。
 お金が増えて、超幸せって言ってたから」
「さすがに、偶然だと思うけど……」
「私もそう思うけど、お母さんは信じてることは間違いない。
 私のことを、未だに『星の王女様』って呼ぶんだもの」

12/20/2025, 2:16:30 PM