114.『きらめく街並み』『消えない灯り』『白い吐息』
「うーん、今回もお客様は無しか……」
ホームに止まった電車を見て、俺はため息を吐く。
駅員として朝から改札口に立っているが、一向に利用客がやって来ない。
『楽な仕事をしたい』と若い頃は思っていたが、全く仕事がないとなると精神に来るモノがある。
だが、こればっかりは仕方がない。
なぜなら、この駅は利用者の少ない『過疎駅』。
こういった事は日常茶飯事だからだ……
利用者が極端に少ないこの駅は、数日利用者がゼロなど当たり前。
酷い時には数か月もの間、誰も来ないことがある。
電車は律義に停まるのだけど、皆素通り。
逆に乗っていく人も皆無なので、駅員としてすることがない。
ここまで来ると駅員はもはや必要ないのだが、俺の強い希望でこの場に立たせてもらっている。
本来必要のない仕事をしているので、報酬などはない。
純然たるボランティアだが、知り合いや近所の人が、食べ物などを分けてくれるので困ることは無かった。
だが理解を得られているとは言いがたい。
俺が駅員に志願したときは周囲からは大いに困惑されたし、今でも『いてもいなくても変わらないだろ?』とよく言われる。
利用者がいない日が続けば、自分でも存在意義を疑うことがある。
報われることの少ない、利用者のいない駅の駅員。
はたから見て、おかしい奴だとは思われているだろう。
だが、俺はへこたれはしない。
俺はこの駅の駅員をすることに、使命感を抱いているのだ。
よく考えて欲しい。
初めて来る土地では、誰もが大きな不安を抱く。
知り合いのいない寂れた街に、ポンと放り出されるのだ。
不安と恐怖に押しつぶされ、自分には未来がないのだと錯覚しても、不思議ではない。
かくいう俺も例外ではなく、初めてここに来た時は泣きそうになった。
頼れるものが何も無く、駅前で右往左往していた。
あっちでキョロキョロ、こっちでキョロキョロ、完全に不審者であった。
そうして駅の前でオロオロしていると、たまたま通りかかった近所の人に助けてもらえた。
この街の事を、丁寧に、ゆっくりと説明してくれた。
おかげで俺は、こうして心穏やかに暮らせている。
あの人には感謝してもしきれない。
俺は幸運だったのだと思う。
まったく人の気配のない駅前で、親切な人に出逢えたのだから。
すぐに気持ちを切り替える事が出来た。
でも他の人はそうじゃないかもしれない。
誰とも会えず、どこに行けばいいかも分からず、途方に暮れる事だろう。
それはきっと、悲しい事だ。
だから俺はここにいる。
ここに来た人が、不安で押しつぶされないように。
真っ暗な夜の海原から見える灯台のように、暗闇の中でも消えない灯り。
俺は、それになりたいのだ。
ここには、都会の様なきらめく街並みはない。
109もないし、書店も映画館だってない。
無い無い尽くしの街だけど、人の優しさはある。
それだけは、知って欲しいと思う。
おっと、考え事をしている内に、新しい電車が来たようだ。
ハラハラしながら様子を窺っていると、電車から降りてくる人影が見えた。
だが降りる駅を間違えたことに気づいたのか、すぐに車内に戻ろうとする。
だが無情にもドアはすぐに閉まってしまい、電車は発進してしまった。
人影は呆然と電車を見送るが、諦めたのか改札口に向かって歩いてきた。
とぼとぼと歩いて来るお客様。
落ち込んで大きなため息を吐いているのか、ここからでも白い吐息が見える。
始めて来た土地で、きっと不安と恐怖でいっぱいに違いない。
俺はそんなお客様を元気づけるため、自分に出来る精いっぱいの笑顔で出迎えた。
「きさらぎ駅へようこそ、お客様。
もう二度と帰れませんが、お客様が快適な生活を送れるように全力でサポートさせて頂きます」
12/14/2025, 5:41:40 AM