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12/27/2024, 3:37:11 PM

 『変わらないものはない』。
 誰もが知っている不変の事実。
 私はバカだけれども、私ですら知っているくらい自明な真理。

 でも人間というのは我がままで、やっぱり変わって欲しくないというものはある。
 かく言う私にもあった。
 けれど、駄目だった。

 あれほどまでに変わらない努力を重ねたというのに、その努力を嘲笑うかのように変わってしまったのだ。
 一体どうしてこんなことに……

 ――いや原因は分かってる。
 諸悪の根源は友人の沙都子。
 私はどうしようもない現実から逃避するため、事の発端を思い出していた――


 ◇

 12月25日、クリスマスの事……
 私は沙都子主宰のクリスマスパーティに招待された。

 沙都子の家は大金持ち。
 庶民である私には想像のつかないほど豪勢なパーティだろうと期待して行けば、私の想像以上に豪勢なパーティだった。
 テーブルには所狭しとオシャレな料理が並び、配膳されるドリンクも香りから違うもの。
 周りを見渡せば、テレビで見るような有名人がちらほら。
 庶民である私は、普通なら絶対に見る事の無かった光景……
 あまりの場違い感に、私は人生で初めて死を覚悟した。

 私、ここにいてもいいの?
 ドレスコードは大丈夫なの?
 制服着てこいって聞いたけど、本当に制服でよかったの?
 私の頭にいくつもの疑問が浮かぶ

「百合子じゃない。
 パーティ、楽しんでいるかしら?」
 私がオドオドしている様子が面白いのか、沙都子はご機嫌にやってくる。
 沙都子は真っ赤なドレスに身を包み――ってドレス!?

「どういうこと!?
 沙都子も制服着るって言ってたじゃん!」
「百合子、本当に制服を着て来たのね……」
「謀ったな!!」

 沙都子め、始めから私を晒し物にするつもりだったらしい。
 こんな嫌がらせをしてくるなんて、沙都子は本当に友達なのだろうか?
 関係を変える時が来たのかもしれない。

「冗談よ、安心しなさい。
 制服でも大丈夫だから。
 受付で止められなかったでしょう」
「あー、そう言われてみればそうだね」
「パーティにはいろんな立場の人が来るの。
 百合子みたいな、普通の学生もいるのよ」

 沙都子の言葉に、私は周囲を見渡してみる。
 確かに制服を着ている姿がチラホラ見える。
 緊張のあまり気づかなかったらしいが、それなりに制服を着てきた学生は多いようだ。

「本当だ。
 普通に、制服着てる人もいる」
「そうよ。
 このパーティには普通の学生も参加してるの。
 例えばあそこにいるのは普通の――普通の超高校生級のサッカー選手よ」
「普通とは!?」

 全然普通じゃなかった。
 というかやっぱり私場違いじゃん!

「大丈夫よ百合子。
 あなたも超高校生級の……
 超高校生級の……

 大丈夫よ、あなたも彼らに引けは取らないは」
「中途半端は止めてもらいたい!」

 なんだよ、それ。
 馬鹿にするなら、きっちり馬鹿にしろよう……
 反応に困るじゃんか。
 私がやり切れない思いを抱えていると、沙都子が近づいてそっと耳打ちをする。

「そろそろよ」
 沙都子の言葉にハッとする
 そうだった。

 私はこんなところで落ち込んでいる場合じゃない。
 私がこのパーティに参加を決めた理由。
 それは――

「それでは本日のメインディッシュ!
 世界一のパティシェが作り上げたクリスマスケーキ。
 とくとご賞味ください」

 司会のアナウンスと共に、執事がワゴンを押して入って来る。
 そしてワゴンにのっているのは、巨大なケーキ。
 これこそが私の目的。
 食事を抜いてまでやって来た理由だ。

 それは大きな苺がたくさん載った、スタンダートなケーキだった。
 庶民の私でもよく見るタイプのケーキだが、お金持ちのケーキともなれば一味違う。
 見たこともないくらい赤くて大きな苺が、これでもかと並べられている。
 ホイップクリームも綺麗に飾り付けられ、味だけではなく見た目にもこだわっているのが見て取れた。
 まさに文句の付け所がない、完璧なケーキだ。
 私は唾を飲み込む。

 想像以上だ。
 ケーキの事はさほど詳しくないが、凄い事だけは分かる。
 お金持ちになると、ここまで贅沢に出来るのか!
 私は早速相伴に預かろうと、足を踏み出そうとして――沙都子に手を掴まれる

「待ちなさい、百合子」
「止めないで。
 私はアレを食べに来たの。
 早く行かないと取られちゃう!」
「知ってる。
 けど待ちなさい」
「ダメだよ、ああいうのは早い者勝ち――あれは!」

 苺のケーキのワゴンの後ろから、チョコレートケーキが乗せられたワゴンが出てくる。
 しかし、これが最後では無い。
 後ろから次々とワゴンが出てくる。
 チーズケーキ、ロールケーキ、ガトーショコラ、etc……
 それら全てに、違う種類のケーキが乗せられていた。

「あなたのために、たくさんケーキを用意したわ。
 気の済むまで食べなさい」
 優しく囁いて、手を離す沙都子。
 どうして沙都子のことを疑ってしまったのだろう……

 沙都子は、なんだかんだで私が一番欲しい物をくれる。
 意地悪ばっかりすると思っていたけど、結局は私の事が大好きで、あれは照れ隠しなのだ。
 沙都子、君は私の親友だよ!

 私は返事の代わりにぐっと親指を立る。
 沙都子も親指を立てて返してくる。
 私は負けられない思いを胸に、ケーキの元に向かうのであった。


 ◇

「やっぱし、食いすぎだよなあ……」

 私の口から自然と言葉がこぼれる。
 私が何度見返しても少しも変わる事のない体重計の表示。
 この数字が変わらないように努力してきたというのに、この前測った時より5Kg 増えてるという事実。
 本当にどうしてこうなった?

 たしかにあの後、私は限界までケーキを食べた。
 というか限界超えても食べた。
 食べて食べて食べまくった。
 途中からは味が分からなかったけれど、それでも食べた。

 さらに沙都子が容器を持って来て、家に帰っても食べれるようケーキを取り分けてくれた。
 両手で持ちきれないくらい貰って、持ちきれない分は後から持って来てくれた
 それも食べた。
 たくさん食べても飽きないくらいケーキはおいしかった。

 でも今になって思う。
 『アレは沙都子の策略だったに違いない』と……

 沙都子が私に優しくするのは、いつだって裏がある。
 今回も私を太らせようとして、ケーキをどんどん食べさせたに違いない。
 奴はそう言う女である。
 きっと今頃ニヤニヤしていることだろう。

 沙都子とはいい友人同士だと思っていたし、ずっと変わる事のない関係だと思っていた。
 けれど沙都子のあまりの嫌がらせ振りは、そろそろ我慢の限界だ。
 いい加減この一方的な友情を終わらせる時がきたようだ――

 とその時、ブーブーとスマホが通知を知らせる。
 スマホを見ると、沙都子からLINEの通知が来ていた。

『百合子、正月もこっちに来れる?
 パパとママがあんたを気に入っちゃってさ。
 お年玉用意してるって』
 そのメッセージを見て、私は自分の意見を180度クルリと変える

 金の切れ目が縁の切れ目。
 沙都子がお金持ちである限り、私たちの友情は不変である。

12/26/2024, 1:44:12 PM

 え、クリスマスはどう過ごすのかって?
 なんだよ、パパが忘れていると思ってるかい?

 クリスマスは、街の外に出てお前と一緒にゾンビを殺す。
 パパはちゃんと約束を守るんだ。
 知ってるだろ?

 それにしてもクリスマスは、なんていい日なんだ。
 かつて人間を絶滅寸前まで追いつめた災厄、ゾンビ。
 今は生態系の保護のために殺すのは禁止されてるけれど、この日ばかりは何も気にしなくていい。
 クリスマス、本当に素晴らしい日だ――

 ん、なんでクリスマスにゾンビを殺してもいいのかって?
 学校で習って――寝てた?
 仕方ないな
 説明するから寝るなよ。
 コホン。

『昔々の事でした
 人間たちは、みんな仲良く平和に暮らしていました。
 弱い物を助け、食べ物は皆で分け合う。
 そんな誰もが夢見た世界です。

 ですがある日の事。
 何の前触れもなく、たくさんのゾンビが現れました。
 ゾンビたちは人間たちを襲い、瞬く間に人間たちを追い詰めてしまいました。
 人類はゾンビに対抗できず、ただ蹂躙されるばかり。
 そのまま絶滅すると思われました。

 しかしクリスマスの日、一人の男が現れました。
 彼の名前はサンタクロース。
 お供のトナカイたちと共に、たくさんのゾンビを殺し始めました。

 その姿に勇気づけられた人々は、反抗を決意。
 人類は力を合わせて、ゾンビたちを撃退、平和を取り戻したのでした。
 めでたしめでたし』


 どうだ?
 聞いたことあるだろ?
 ……ってお前、聞いてないな?
 よだれが垂れてるぞ……

 まあいい。
 ともかく、クリスマスの日が来るたびに、ゾンビどもに銃弾と死をプレゼントするのは、コレが始まりってわけさ。
 そして、ゾンビを殺す人間の事を『サンタクロース』と呼ぶようになったんだ
 分かったかい?

 うん、返事だけはいいな。
 話を聞いてないのにさ……
 え、立派なサンタになる?

 うん、それいいな!
 パパ、応援するよ。
 でもママには言わない方がいいかな。
 多分反対されるから。

 じゃあ、こっちについてこい!
 ママに内緒で、パパと一緒に特訓だ!

12/25/2024, 1:49:13 PM

「今年もこの時期がやって来たか……」
 私は部屋で一人、コタツでミカンを食べながら独り言をつぶやく。
 今日は12月24日、クリスマスイブ。
 一年で最も忌むべき日。
 
 毎年毎年飽きもせずやって来るクリスマス。
 律義なのは評価するが、たまには休もうという発想にはならないのか?
 働き過ぎは良くないと思うんだ、私。
 例えばオリンピックの年は休みでもいいのでは?
 そんな事を考える2024年クリスマスイブの夜。

 と言ったりしたけど、別にクリスマスが憎いわけじゃない。
 別に独り身が寂しいわけじゃない。
 もはや諦めの境地なので心を乱される事は無いのだ。

 じゃあ、なぜ私がクリスマスが嫌いなのか……
 それはイブの夜、サンタクロースとして働かないといけないからだ!


 事の発端は5年前。
 クリスマスイブを目前に、彼氏の浮気が原因で別れた私は、自暴自棄になってやけ酒をしていた。
 飲めない酒を飲み、辛い現実から目を背けていた私。

 そんな時、私の前に『ヤツ』は現れた
 犬とも猫ともつかぬ、珍妙な生き物。
 強いて言えば、アニメ『まどか☆マギカ』に出てくる『キュゥべえ』に似ていた。

 普通なら自分の正気を疑うが、残念ながらその時の私は泥酔状態。
 『わあ、キュゥべえだ』『本物だあ』『リアルで見るとキモイw』とか言って喜んでいた。
 キュゥべえが、不幸をまき散らす存在だという事を忘れて……

 異常なテンションではしゃぐ私を無視し、『キュゥべえもどき』こと『Oべえ』は事も無げに言った。

「僕と契約してサンタクロースになってよ」
「いいよ」
 酔っていた私は、即答した。

 そんなわけで、その年からと私はサンタクロースとしてプレゼントを配る羽目になったのである。
 ただし――

「給料無いなんて聞いてねえぞ!」
 ただ働きであった。
 税金が上がり、物価も上がるこの時代。
 お金を貰わず、ハードな労働に勤しむほど、私は善人ではない。

「どういうこったよ!
 あんだけ重労働させといて、びた一文払わないとか!
 悪魔か!」
「聞かれなかったからね」
 私が叫んでいると、何もも無い空間から突然Oべえが現れる。
 どこかドヤ顔のOべえに腹が立つ。

「驚かないんだ?」
「来るのは分かっていたからね」
 最初こそ驚いていたけど、もう慣れた。
 何度も驚かされたら耐性つくよ
 それはともかく。

「よく聞かずに了承した私も悪いけどさ。
 報酬の話はちゃんとすべき。
 今は令和なんだから、コンプライアンスを守れ」
「始めに説明したよ。
 給料は出ないけど、報酬はあるって」
「そうだっけ?」
「うん、『子供の笑顔』が報酬」
「ふざけんな!」

 子供の笑顔で腹が膨れるか!
 こっちは金が欲しいんだよ、金が!
 金さえ寄越せば、いくらでも子供を笑顔にしてやるわい!

「でも契約したからね。
 拒否権は無い。
 さあ、行こう。
 子供たちが待ってる」
「行かない」

 Oべえが私を見る。

「ふーん。
 でもいいの?」
「何が?」
「サンタになってプレゼントを配らないと君――


 死ぬよ」
「なんでじゃい!」
 唐突に物騒なことを言い出す。
 それこそ初めに言うべきことだろうが!

「契約したときに、『子供の笑顔』で超人的な身体能力が発揮できるよう、君の体を作り替えたのさ。
 プレゼント配りは大変だからね。
 今は『子供の笑顔』がキミを動かすエネルギーさ。
 君はもう『子供の笑顔』なしでは生きていけないんだよ」
「言葉だけ聞くと感動ものなんだけどなあ……」

 『だから笑顔が無うと死ぬ』と言外に言われた気分がして、余計にやる気がなくなる私。
 やりがい搾取の次は、恫喝かよ。
 前から思っていたが、Oべえは人の心がない。

「なんか、全部どうでもよくなっちゃったなあ……」
 私はため息を吐きながら、後ろに倒れ込む。
 もともと乗り気ではないのに、やらなかったら死んでしまうとか……
 こんなんでやる気出す方が無理だ。

 ならコタツでぬくぬくと死に向かっていく方がマシだ
 私はコタツを墓標にすることを決意する。
 だがそんな私を見かねたのか、Oべえは大きなため息をついた。

「分かったよ」
 Oべえの言葉に目を見開く。
 もしかして報酬くれる流れですかね?

「君がサンタクロースをしてもらわないと困る。
 僕の裁量で、君に報酬をあげようじゃないか」
 マジで!?
 あれほど渋ったのに、どんな心境の変化だ?
 意外と言ってみるもんだな。

 私は逸る気持ちを抑えきれず、Oべえに質問する。
「で、なにくれるの?」
「現金だね」
「人間ですから。
 で、なにくれるの?」

 Oべえが、またも溜息をつく。
 こんなに困ってるOべえは初めてだ。
 ふふ、ざまあみやがれ。
 
「残念ながら、金銭の類は渡せない。
 持ってないからね」
「それで?」
「合コン、というのはどうだろう?」
「合コン!」

 私は勢いよく体を起こす。
 合コン、素晴らしい響きだ。
 え、『最初に言ってた諦めの境地はどうした?』って……
 そんなん、やせ我慢じゃい!

「他にもサンタクロースがいるからね。
 彼らに会わせてあげる。
 そこからの保証は出来ないけどね」
「やる気出た」
「本当に現金だね……」

 Oべえが何やら呆れているが、それは無視。
 サンタクロースの仕事なんて御免こうむるが、報酬があるとなれば話は別。
 お金では買えない『出会いの場』を設けてくれるなら、これ以上言う事は無い
 どんなに重労働だってやってやろうじゃないか!

 若干ひいているOべいを横目で見ながら、押し入れからサンタ服を取り出す。
 いざゆかん、子供たちを笑顔にするために!

 私の運命を変えるイブの夜が、今始まる

12/24/2024, 1:43:32 PM

 クリスマス。
 それは世界が愛で溢れる日。
 国によってさまざまだけど、日本では恋人と過ごす人が多い

 私こと井上咲夜も、例に漏れず恋人である拓哉と過ごす予定だ。
 何年も付き合っているけれど、拓哉とのクリスマスは、何度経験しても持ちきれない!
 私は今年も、拓哉と素敵な思い出を作るのだ!

 けれど今年のクリスマスには、一つだけ心配事がある
 それは、拓哉にあげるクリスマスプレゼントのこと。
 今年のクリスマスプレゼントは、今までで一番慎重に選ぶ必要があるのだ!

 実は私、去年のクリスマスで『プレゼントは、わ・た・し』をやった。
 満を持して、自信満々に自分を捧げた私。
 喜んでもらえると思ったけれど、実際は拓哉がドン引きしただけ……
 付き合って以来初めて見る反応で、あの時ばかりは本気で破局を覚悟した。

 なんとか謝り倒して許してもらったけど、同じ轍を踏むわけにはいかない。
 もし失敗した日には……
 想像したくもない!
 こんな緊張感のあるクリスマスは初めてだ。

 というわけで、クリスマスに先駆けて男が好きそうな物をリサーチ。
 文明の利器、スマホで検索だ

 うんうん、なるほどなるほど。
 一撃必殺、伝説の武器、超スピード、ピーキーな機体……
 へえ、オトコノコってこんなのが好きなんだ……


 うん、違うな。

 たしかに拓哉も好きそうなものがあるけれど、絶対彼女には求めてはいない。
 この中で彼女に求めてそうなのは、『唐揚げ』や『揚げ物』くらいか?
 料理のできる女子は魅力的だもんね

 でもクリスマスに出すもんじゃないよね、唐揚げ……
 しかも私、料理作れないし……
 クッキー渡そうとして、炭を生成したのは2年前だったか……
 拓哉、無理矢理笑顔で食べてたな……

 うーん。
 なかなか難しいぞ。
 基本に戻って編み物もありかも知れないけど、三年前にセーターあげた時、反応が良くなかったんだよね……
 理由を聞いても口を濁すだけで、はぐらかされたんだよね
 今度改めて聞いてみよう。

 けれど、そうなると手詰まりだ。
 クリスマスの事でこんなに思い悩むなんて……
 クリスマスって、もっと楽しくキラキラした日じゃなかったっけ?

 しかたない。
 こうなったら直接本人に探りを入れるとしよう。
 LINEを起動してと。

『拓哉、今何か欲しいものある?』

 すぐに既読が付いて返信が来る。

『何もしないで』

12/23/2024, 1:52:10 PM

「片波見《カタバミ》君。
 これ、ウチで作った柚子。
 余ったからあげるね」
「ありがとう」

 帰りのホームルームが終わった放課後、一人の女の子が僕に柚子を渡してくる。
 僕がお礼を言うと、嬉しそうな笑みを返してくれる彼女。
 けどそれも一瞬の事。 
 彼女は「またね」と言って僕から離れ、他の人に柚子を渡しに行く。

 一見奇妙なやり取りだが、これはこの時期の恒例行事、誰も不審に思う事は無い
 というのも、彼女は毎年柚子の季節になると、ああやって柚子を配り始めるのだ。
 彼女の実家は柚子を中心に育てている農家
 柚子配りは、自社製品のアピールの一環で行っているのだ
 同い年なのに商魂たくましいことである。

 そんな彼女の名前は、柚子ヶ原 恵子。
 柚子農家で、すれ違うとほのかに柚子の香りがする女の子だ。
 誰にでも優しく、皆に好かれる人気者。
 女子からの人気も高い。

 冬になると柚子を配り歩くことから、ついたあだ名が『柚子の妖精』。
 なんだか小馬鹿にしたようなあだ名だが、本人はとても気に入っており、自ら進んで名乗っている。

 『妖精』の名前にたがわず、彼女はとても美人だ。
 何人もの男子が、お近づきになろうと告白するが、ことごとく玉砕。
 つい先日、入学から累計100回目を突破した。
 ちなみに女子からの告白も含まれる。

 なんでそんなことを知っているかと言うと、僕が『柚子ヶ原親衛隊』の隊長だからだ。
 隊員10名ほどの、僕が作った組織。
 『柚子ヶ原の平和な学園生活をサポートする』ことを目的としている。

 美少女というのは意外に危険が多い。
 お近づきになろうと、強引に迫ってくる人間は序の口。
 フラれた奴が逆切れして、彼女に襲い掛かるのは一度や二度ではない。

 そんな時、彼女が危害が及ばないよう、僕たち親衛隊が偶然を装って助けに入るのだ。
 時に怪我を負うこともあるが、それが何だというのだろう?
 彼女の平和に少しでも貢献できるのであれば、それは名誉の勲章なのだ

 でもそんな活動も、一週間前からぱったりと途絶えている。
 なぜなら柚子ヶ原に彼氏が出来たから。
 彼氏持ちの女子に、チョッカイを出そうというヤツがいないのだ。

 一抹の寂しさはあるが、しかし喜ばしい事でもある。
 彼女を守ってくれる王子様が現れたのだ。
 これからは彼女は幸せな人生を送るのであろう。

 問題があるとすればただ一つ。
 その彼氏というのが僕という事だ。
 つまり、僕と柚子ヶ原は、正式にお付き合いしているのである。

 一週間前、帰り支度をしていると、クラスメイトが見ている前で彼女に突然告白された。
 何の心構えの無かった僕は、彼女に恋心を抱いていたのもあって告白を受け入れ、晴れて彼氏彼女の仲になった。
 親衛隊のメンバーからは、やっかみ交じりの祝福をされ、幸いにもこれといったトラブルはない。

 けれど時間が経つほど、あれは何かの間違いではないかと思ってしまう。
 自分でも言いたくないが、僕は地味で根暗だ。
 僕の名前と同じ、カタバミという目立たない地味な植物があるが、僕も同じようなものだ。

 だというのに、なぜ柚子ヶ原さんは僕に告白してくれたのだろうか……
 もっと相応しい人がいるだろうに、なぜ……?
 僕が疑心暗鬼になっていると、営業が終って彼女が戻ってきた

「おまたせ、片波見君。
 一緒に帰ろう」
 眩しい笑顔で僕を見る彼女。
 この笑顔を見るたびに、僕はいたたまれない気持ちになる。
 僕と彼女は不釣り合いではないか?
 僕はどうしても我慢できず、彼女に疑問をぶつける

「ねえ、柚子ヶ原さん。
 なんで僕に告白したの?」
 キョトンとする柚子ヶ原さん。
 けれど僕の言いたいことを理解してくれたのか、すぐに真面目な顔になる。

「コンパニオンプランツって知ってる?」
 質問をしたら、質問で返された。
 ちょっとモヤモヤするものの、知ったかぶりをしても仕方ないので、正直に「知らない」と返す。

「コンパニオンプランツていうのはね。
 一緒に植えると、病気や害虫を寄せ付けない植物の事だよ」
「へえ、そんなのあるんだ……
 ん、もしかして『カタバミ』って、『柚子』のコンパニオンプランツだったりする?」
 彼女は頷く。
 僕はそれを見て、がっかりしてしまった。

「つまり柚子ヶ原さんは縁起を担いだんだね……
 自分に悪い虫を寄らないように、適当に扱いやすい彼氏を見繕ったと……」
 ボクが自虐的に言うと、柚子ヶ原さんが慌てて訂正する。

「待って待って、違うから!
 ちゃんと理由があるの!」
「理由?」
 僕が首を傾げると、柚子ヶ原さんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「私、知っているんだよ
 片波見君が、ずっと私を守ってくれていた事」

 ドキッと心臓が高鳴る。
 親衛隊の事は秘密にしていたのだけど、どうやらバレていたらしい。
 まあ、何度も偶然を装えばバレるか。

「縁起を担いだのも、たしかに理由。
 でも私が困った時、いつも颯爽と現れてくれたよね
 最初は偶然かと思ったけど、何回も同じことがあったら気付くよ。
 そしたらもう、惚れるしかないよね?」

 そして柚子の香りが僕の鼻をかすめる。
 彼女が僕に抱き着いたのだ。
 
「これからも私を悪い虫から守ってね。
 私の王子様」

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