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「片波見《カタバミ》君。
 これ、ウチで作った柚子。
 余ったからあげるね」
「ありがとう」

 帰りのホームルームが終わった放課後、一人の女の子が僕に柚子を渡してくる。
 僕がお礼を言うと、嬉しそうな笑みを返してくれる彼女。
 けどそれも一瞬の事。 
 彼女は「またね」と言って僕から離れ、他の人に柚子を渡しに行く。

 一見奇妙なやり取りだが、これはこの時期の恒例行事、誰も不審に思う事は無い
 というのも、彼女は毎年柚子の季節になると、ああやって柚子を配り始めるのだ。
 彼女の実家は柚子を中心に育てている農家
 柚子配りは、自社製品のアピールの一環で行っているのだ
 同い年なのに商魂たくましいことである。

 そんな彼女の名前は、柚子ヶ原 恵子。
 柚子農家で、すれ違うとほのかに柚子の香りがする女の子だ。
 誰にでも優しく、皆に好かれる人気者。
 女子からの人気も高い。

 冬になると柚子を配り歩くことから、ついたあだ名が『柚子の妖精』。
 なんだか小馬鹿にしたようなあだ名だが、本人はとても気に入っており、自ら進んで名乗っている。

 『妖精』の名前にたがわず、彼女はとても美人だ。
 何人もの男子が、お近づきになろうと告白するが、ことごとく玉砕。
 つい先日、入学から累計100回目を突破した。
 ちなみに女子からの告白も含まれる。

 なんでそんなことを知っているかと言うと、僕が『柚子ヶ原親衛隊』の隊長だからだ。
 隊員10名ほどの、僕が作った組織。
 『柚子ヶ原の平和な学園生活をサポートする』ことを目的としている。

 美少女というのは意外に危険が多い。
 お近づきになろうと、強引に迫ってくる人間は序の口。
 フラれた奴が逆切れして、彼女に襲い掛かるのは一度や二度ではない。

 そんな時、彼女が危害が及ばないよう、僕たち親衛隊が偶然を装って助けに入るのだ。
 時に怪我を負うこともあるが、それが何だというのだろう?
 彼女の平和に少しでも貢献できるのであれば、それは名誉の勲章なのだ

 でもそんな活動も、一週間前からぱったりと途絶えている。
 なぜなら柚子ヶ原に彼氏が出来たから。
 彼氏持ちの女子に、チョッカイを出そうというヤツがいないのだ。

 一抹の寂しさはあるが、しかし喜ばしい事でもある。
 彼女を守ってくれる王子様が現れたのだ。
 これからは彼女は幸せな人生を送るのであろう。

 問題があるとすればただ一つ。
 その彼氏というのが僕という事だ。
 つまり、僕と柚子ヶ原は、正式にお付き合いしているのである。

 一週間前、帰り支度をしていると、クラスメイトが見ている前で彼女に突然告白された。
 何の心構えの無かった僕は、彼女に恋心を抱いていたのもあって告白を受け入れ、晴れて彼氏彼女の仲になった。
 親衛隊のメンバーからは、やっかみ交じりの祝福をされ、幸いにもこれといったトラブルはない。

 けれど時間が経つほど、あれは何かの間違いではないかと思ってしまう。
 自分でも言いたくないが、僕は地味で根暗だ。
 僕の名前と同じ、カタバミという目立たない地味な植物があるが、僕も同じようなものだ。

 だというのに、なぜ柚子ヶ原さんは僕に告白してくれたのだろうか……
 もっと相応しい人がいるだろうに、なぜ……?
 僕が疑心暗鬼になっていると、営業が終って彼女が戻ってきた

「おまたせ、片波見君。
 一緒に帰ろう」
 眩しい笑顔で僕を見る彼女。
 この笑顔を見るたびに、僕はいたたまれない気持ちになる。
 僕と彼女は不釣り合いではないか?
 僕はどうしても我慢できず、彼女に疑問をぶつける

「ねえ、柚子ヶ原さん。
 なんで僕に告白したの?」
 キョトンとする柚子ヶ原さん。
 けれど僕の言いたいことを理解してくれたのか、すぐに真面目な顔になる。

「コンパニオンプランツって知ってる?」
 質問をしたら、質問で返された。
 ちょっとモヤモヤするものの、知ったかぶりをしても仕方ないので、正直に「知らない」と返す。

「コンパニオンプランツていうのはね。
 一緒に植えると、病気や害虫を寄せ付けない植物の事だよ」
「へえ、そんなのあるんだ……
 ん、もしかして『カタバミ』って、『柚子』のコンパニオンプランツだったりする?」
 彼女は頷く。
 僕はそれを見て、がっかりしてしまった。

「つまり柚子ヶ原さんは縁起を担いだんだね……
 自分に悪い虫を寄らないように、適当に扱いやすい彼氏を見繕ったと……」
 ボクが自虐的に言うと、柚子ヶ原さんが慌てて訂正する。

「待って待って、違うから!
 ちゃんと理由があるの!」
「理由?」
 僕が首を傾げると、柚子ヶ原さんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「私、知っているんだよ
 片波見君が、ずっと私を守ってくれていた事」

 ドキッと心臓が高鳴る。
 親衛隊の事は秘密にしていたのだけど、どうやらバレていたらしい。
 まあ、何度も偶然を装えばバレるか。

「縁起を担いだのも、たしかに理由。
 でも私が困った時、いつも颯爽と現れてくれたよね
 最初は偶然かと思ったけど、何回も同じことがあったら気付くよ。
 そしたらもう、惚れるしかないよね?」

 そして柚子の香りが僕の鼻をかすめる。
 彼女が僕に抱き着いたのだ。
 
「これからも私を悪い虫から守ってね。
 私の王子様」

12/23/2024, 1:52:10 PM