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12/26/2024, 1:44:12 PM

 え、クリスマスはどう過ごすのかって?
 なんだよ、パパが忘れていると思ってるかい?

 クリスマスは、街の外に出てお前と一緒にゾンビを殺す。
 パパはちゃんと約束を守るんだ。
 知ってるだろ?

 それにしてもクリスマスは、なんていい日なんだ。
 かつて人間を絶滅寸前まで追いつめた災厄、ゾンビ。
 今は生態系の保護のために殺すのは禁止されてるけれど、この日ばかりは何も気にしなくていい。
 クリスマス、本当に素晴らしい日だ――

 ん、なんでクリスマスにゾンビを殺してもいいのかって?
 学校で習って――寝てた?
 仕方ないな
 説明するから寝るなよ。
 コホン。

『昔々の事でした
 人間たちは、みんな仲良く平和に暮らしていました。
 弱い物を助け、食べ物は皆で分け合う。
 そんな誰もが夢見た世界です。

 ですがある日の事。
 何の前触れもなく、たくさんのゾンビが現れました。
 ゾンビたちは人間たちを襲い、瞬く間に人間たちを追い詰めてしまいました。
 人類はゾンビに対抗できず、ただ蹂躙されるばかり。
 そのまま絶滅すると思われました。

 しかしクリスマスの日、一人の男が現れました。
 彼の名前はサンタクロース。
 お供のトナカイたちと共に、たくさんのゾンビを殺し始めました。

 その姿に勇気づけられた人々は、反抗を決意。
 人類は力を合わせて、ゾンビたちを撃退、平和を取り戻したのでした。
 めでたしめでたし』


 どうだ?
 聞いたことあるだろ?
 ……ってお前、聞いてないな?
 よだれが垂れてるぞ……

 まあいい。
 ともかく、クリスマスの日が来るたびに、ゾンビどもに銃弾と死をプレゼントするのは、コレが始まりってわけさ。
 そして、ゾンビを殺す人間の事を『サンタクロース』と呼ぶようになったんだ
 分かったかい?

 うん、返事だけはいいな。
 話を聞いてないのにさ……
 え、立派なサンタになる?

 うん、それいいな!
 パパ、応援するよ。
 でもママには言わない方がいいかな。
 多分反対されるから。

 じゃあ、こっちについてこい!
 ママに内緒で、パパと一緒に特訓だ!

12/25/2024, 1:49:13 PM

「今年もこの時期がやって来たか……」
 私は部屋で一人、コタツでミカンを食べながら独り言をつぶやく。
 今日は12月24日、クリスマスイブ。
 一年で最も忌むべき日。
 
 毎年毎年飽きもせずやって来るクリスマス。
 律義なのは評価するが、たまには休もうという発想にはならないのか?
 働き過ぎは良くないと思うんだ、私。
 例えばオリンピックの年は休みでもいいのでは?
 そんな事を考える2024年クリスマスイブの夜。

 と言ったりしたけど、別にクリスマスが憎いわけじゃない。
 別に独り身が寂しいわけじゃない。
 もはや諦めの境地なので心を乱される事は無いのだ。

 じゃあ、なぜ私がクリスマスが嫌いなのか……
 それはイブの夜、サンタクロースとして働かないといけないからだ!


 事の発端は5年前。
 クリスマスイブを目前に、彼氏の浮気が原因で別れた私は、自暴自棄になってやけ酒をしていた。
 飲めない酒を飲み、辛い現実から目を背けていた私。

 そんな時、私の前に『ヤツ』は現れた
 犬とも猫ともつかぬ、珍妙な生き物。
 強いて言えば、アニメ『まどか☆マギカ』に出てくる『キュゥべえ』に似ていた。

 普通なら自分の正気を疑うが、残念ながらその時の私は泥酔状態。
 『わあ、キュゥべえだ』『本物だあ』『リアルで見るとキモイw』とか言って喜んでいた。
 キュゥべえが、不幸をまき散らす存在だという事を忘れて……

 異常なテンションではしゃぐ私を無視し、『キュゥべえもどき』こと『Oべえ』は事も無げに言った。

「僕と契約してサンタクロースになってよ」
「いいよ」
 酔っていた私は、即答した。

 そんなわけで、その年からと私はサンタクロースとしてプレゼントを配る羽目になったのである。
 ただし――

「給料無いなんて聞いてねえぞ!」
 ただ働きであった。
 税金が上がり、物価も上がるこの時代。
 お金を貰わず、ハードな労働に勤しむほど、私は善人ではない。

「どういうこったよ!
 あんだけ重労働させといて、びた一文払わないとか!
 悪魔か!」
「聞かれなかったからね」
 私が叫んでいると、何もも無い空間から突然Oべえが現れる。
 どこかドヤ顔のOべえに腹が立つ。

「驚かないんだ?」
「来るのは分かっていたからね」
 最初こそ驚いていたけど、もう慣れた。
 何度も驚かされたら耐性つくよ
 それはともかく。

「よく聞かずに了承した私も悪いけどさ。
 報酬の話はちゃんとすべき。
 今は令和なんだから、コンプライアンスを守れ」
「始めに説明したよ。
 給料は出ないけど、報酬はあるって」
「そうだっけ?」
「うん、『子供の笑顔』が報酬」
「ふざけんな!」

 子供の笑顔で腹が膨れるか!
 こっちは金が欲しいんだよ、金が!
 金さえ寄越せば、いくらでも子供を笑顔にしてやるわい!

「でも契約したからね。
 拒否権は無い。
 さあ、行こう。
 子供たちが待ってる」
「行かない」

 Oべえが私を見る。

「ふーん。
 でもいいの?」
「何が?」
「サンタになってプレゼントを配らないと君――


 死ぬよ」
「なんでじゃい!」
 唐突に物騒なことを言い出す。
 それこそ初めに言うべきことだろうが!

「契約したときに、『子供の笑顔』で超人的な身体能力が発揮できるよう、君の体を作り替えたのさ。
 プレゼント配りは大変だからね。
 今は『子供の笑顔』がキミを動かすエネルギーさ。
 君はもう『子供の笑顔』なしでは生きていけないんだよ」
「言葉だけ聞くと感動ものなんだけどなあ……」

 『だから笑顔が無うと死ぬ』と言外に言われた気分がして、余計にやる気がなくなる私。
 やりがい搾取の次は、恫喝かよ。
 前から思っていたが、Oべえは人の心がない。

「なんか、全部どうでもよくなっちゃったなあ……」
 私はため息を吐きながら、後ろに倒れ込む。
 もともと乗り気ではないのに、やらなかったら死んでしまうとか……
 こんなんでやる気出す方が無理だ。

 ならコタツでぬくぬくと死に向かっていく方がマシだ
 私はコタツを墓標にすることを決意する。
 だがそんな私を見かねたのか、Oべえは大きなため息をついた。

「分かったよ」
 Oべえの言葉に目を見開く。
 もしかして報酬くれる流れですかね?

「君がサンタクロースをしてもらわないと困る。
 僕の裁量で、君に報酬をあげようじゃないか」
 マジで!?
 あれほど渋ったのに、どんな心境の変化だ?
 意外と言ってみるもんだな。

 私は逸る気持ちを抑えきれず、Oべえに質問する。
「で、なにくれるの?」
「現金だね」
「人間ですから。
 で、なにくれるの?」

 Oべえが、またも溜息をつく。
 こんなに困ってるOべえは初めてだ。
 ふふ、ざまあみやがれ。
 
「残念ながら、金銭の類は渡せない。
 持ってないからね」
「それで?」
「合コン、というのはどうだろう?」
「合コン!」

 私は勢いよく体を起こす。
 合コン、素晴らしい響きだ。
 え、『最初に言ってた諦めの境地はどうした?』って……
 そんなん、やせ我慢じゃい!

「他にもサンタクロースがいるからね。
 彼らに会わせてあげる。
 そこからの保証は出来ないけどね」
「やる気出た」
「本当に現金だね……」

 Oべえが何やら呆れているが、それは無視。
 サンタクロースの仕事なんて御免こうむるが、報酬があるとなれば話は別。
 お金では買えない『出会いの場』を設けてくれるなら、これ以上言う事は無い
 どんなに重労働だってやってやろうじゃないか!

 若干ひいているOべいを横目で見ながら、押し入れからサンタ服を取り出す。
 いざゆかん、子供たちを笑顔にするために!

 私の運命を変えるイブの夜が、今始まる

12/24/2024, 1:43:32 PM

 クリスマス。
 それは世界が愛で溢れる日。
 国によってさまざまだけど、日本では恋人と過ごす人が多い

 私こと井上咲夜も、例に漏れず恋人である拓哉と過ごす予定だ。
 何年も付き合っているけれど、拓哉とのクリスマスは、何度経験しても持ちきれない!
 私は今年も、拓哉と素敵な思い出を作るのだ!

 けれど今年のクリスマスには、一つだけ心配事がある
 それは、拓哉にあげるクリスマスプレゼントのこと。
 今年のクリスマスプレゼントは、今までで一番慎重に選ぶ必要があるのだ!

 実は私、去年のクリスマスで『プレゼントは、わ・た・し』をやった。
 満を持して、自信満々に自分を捧げた私。
 喜んでもらえると思ったけれど、実際は拓哉がドン引きしただけ……
 付き合って以来初めて見る反応で、あの時ばかりは本気で破局を覚悟した。

 なんとか謝り倒して許してもらったけど、同じ轍を踏むわけにはいかない。
 もし失敗した日には……
 想像したくもない!
 こんな緊張感のあるクリスマスは初めてだ。

 というわけで、クリスマスに先駆けて男が好きそうな物をリサーチ。
 文明の利器、スマホで検索だ

 うんうん、なるほどなるほど。
 一撃必殺、伝説の武器、超スピード、ピーキーな機体……
 へえ、オトコノコってこんなのが好きなんだ……


 うん、違うな。

 たしかに拓哉も好きそうなものがあるけれど、絶対彼女には求めてはいない。
 この中で彼女に求めてそうなのは、『唐揚げ』や『揚げ物』くらいか?
 料理のできる女子は魅力的だもんね

 でもクリスマスに出すもんじゃないよね、唐揚げ……
 しかも私、料理作れないし……
 クッキー渡そうとして、炭を生成したのは2年前だったか……
 拓哉、無理矢理笑顔で食べてたな……

 うーん。
 なかなか難しいぞ。
 基本に戻って編み物もありかも知れないけど、三年前にセーターあげた時、反応が良くなかったんだよね……
 理由を聞いても口を濁すだけで、はぐらかされたんだよね
 今度改めて聞いてみよう。

 けれど、そうなると手詰まりだ。
 クリスマスの事でこんなに思い悩むなんて……
 クリスマスって、もっと楽しくキラキラした日じゃなかったっけ?

 しかたない。
 こうなったら直接本人に探りを入れるとしよう。
 LINEを起動してと。

『拓哉、今何か欲しいものある?』

 すぐに既読が付いて返信が来る。

『何もしないで』

12/23/2024, 1:52:10 PM

「片波見《カタバミ》君。
 これ、ウチで作った柚子。
 余ったからあげるね」
「ありがとう」

 帰りのホームルームが終わった放課後、一人の女の子が僕に柚子を渡してくる。
 僕がお礼を言うと、嬉しそうな笑みを返してくれる彼女。
 けどそれも一瞬の事。 
 彼女は「またね」と言って僕から離れ、他の人に柚子を渡しに行く。

 一見奇妙なやり取りだが、これはこの時期の恒例行事、誰も不審に思う事は無い
 というのも、彼女は毎年柚子の季節になると、ああやって柚子を配り始めるのだ。
 彼女の実家は柚子を中心に育てている農家
 柚子配りは、自社製品のアピールの一環で行っているのだ
 同い年なのに商魂たくましいことである。

 そんな彼女の名前は、柚子ヶ原 恵子。
 柚子農家で、すれ違うとほのかに柚子の香りがする女の子だ。
 誰にでも優しく、皆に好かれる人気者。
 女子からの人気も高い。

 冬になると柚子を配り歩くことから、ついたあだ名が『柚子の妖精』。
 なんだか小馬鹿にしたようなあだ名だが、本人はとても気に入っており、自ら進んで名乗っている。

 『妖精』の名前にたがわず、彼女はとても美人だ。
 何人もの男子が、お近づきになろうと告白するが、ことごとく玉砕。
 つい先日、入学から累計100回目を突破した。
 ちなみに女子からの告白も含まれる。

 なんでそんなことを知っているかと言うと、僕が『柚子ヶ原親衛隊』の隊長だからだ。
 隊員10名ほどの、僕が作った組織。
 『柚子ヶ原の平和な学園生活をサポートする』ことを目的としている。

 美少女というのは意外に危険が多い。
 お近づきになろうと、強引に迫ってくる人間は序の口。
 フラれた奴が逆切れして、彼女に襲い掛かるのは一度や二度ではない。

 そんな時、彼女が危害が及ばないよう、僕たち親衛隊が偶然を装って助けに入るのだ。
 時に怪我を負うこともあるが、それが何だというのだろう?
 彼女の平和に少しでも貢献できるのであれば、それは名誉の勲章なのだ

 でもそんな活動も、一週間前からぱったりと途絶えている。
 なぜなら柚子ヶ原に彼氏が出来たから。
 彼氏持ちの女子に、チョッカイを出そうというヤツがいないのだ。

 一抹の寂しさはあるが、しかし喜ばしい事でもある。
 彼女を守ってくれる王子様が現れたのだ。
 これからは彼女は幸せな人生を送るのであろう。

 問題があるとすればただ一つ。
 その彼氏というのが僕という事だ。
 つまり、僕と柚子ヶ原は、正式にお付き合いしているのである。

 一週間前、帰り支度をしていると、クラスメイトが見ている前で彼女に突然告白された。
 何の心構えの無かった僕は、彼女に恋心を抱いていたのもあって告白を受け入れ、晴れて彼氏彼女の仲になった。
 親衛隊のメンバーからは、やっかみ交じりの祝福をされ、幸いにもこれといったトラブルはない。

 けれど時間が経つほど、あれは何かの間違いではないかと思ってしまう。
 自分でも言いたくないが、僕は地味で根暗だ。
 僕の名前と同じ、カタバミという目立たない地味な植物があるが、僕も同じようなものだ。

 だというのに、なぜ柚子ヶ原さんは僕に告白してくれたのだろうか……
 もっと相応しい人がいるだろうに、なぜ……?
 僕が疑心暗鬼になっていると、営業が終って彼女が戻ってきた

「おまたせ、片波見君。
 一緒に帰ろう」
 眩しい笑顔で僕を見る彼女。
 この笑顔を見るたびに、僕はいたたまれない気持ちになる。
 僕と彼女は不釣り合いではないか?
 僕はどうしても我慢できず、彼女に疑問をぶつける

「ねえ、柚子ヶ原さん。
 なんで僕に告白したの?」
 キョトンとする柚子ヶ原さん。
 けれど僕の言いたいことを理解してくれたのか、すぐに真面目な顔になる。

「コンパニオンプランツって知ってる?」
 質問をしたら、質問で返された。
 ちょっとモヤモヤするものの、知ったかぶりをしても仕方ないので、正直に「知らない」と返す。

「コンパニオンプランツていうのはね。
 一緒に植えると、病気や害虫を寄せ付けない植物の事だよ」
「へえ、そんなのあるんだ……
 ん、もしかして『カタバミ』って、『柚子』のコンパニオンプランツだったりする?」
 彼女は頷く。
 僕はそれを見て、がっかりしてしまった。

「つまり柚子ヶ原さんは縁起を担いだんだね……
 自分に悪い虫を寄らないように、適当に扱いやすい彼氏を見繕ったと……」
 ボクが自虐的に言うと、柚子ヶ原さんが慌てて訂正する。

「待って待って、違うから!
 ちゃんと理由があるの!」
「理由?」
 僕が首を傾げると、柚子ヶ原さんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「私、知っているんだよ
 片波見君が、ずっと私を守ってくれていた事」

 ドキッと心臓が高鳴る。
 親衛隊の事は秘密にしていたのだけど、どうやらバレていたらしい。
 まあ、何度も偶然を装えばバレるか。

「縁起を担いだのも、たしかに理由。
 でも私が困った時、いつも颯爽と現れてくれたよね
 最初は偶然かと思ったけど、何回も同じことがあったら気付くよ。
 そしたらもう、惚れるしかないよね?」

 そして柚子の香りが僕の鼻をかすめる。
 彼女が僕に抱き着いたのだ。
 
「これからも私を悪い虫から守ってね。
 私の王子様」

12/22/2024, 1:47:37 PM

 ここはヘイワヤネン。
 500年前に建国されて以来、目立った紛争も戦争もない平和な国。
 気候は穏やかで、災害もほとんどない。
 まさに理想的な国であった。

 その国の人々は、自分たちの境遇に奢ることはなく、平和に感謝し、誰も陥れることなく、慎ましく暮らしていた。
 王族たちもそんな国民を愛し、国をより発展させるよう尽力する。
 人々は明日も平和だと疑わず、未来への希望を抱きながら暮らしていた。

 しかし、突如その平和が破られた。
 封印されていた魔王が復活したのである。

 ◇

 ある冬の晴れた日、突如空に魔王のビジョンが映し出される。
 誰もが空を見上げ、大空に映る魔王の姿を呆然と眺めていた。

「クハハハハ。
 我は魔王ハカイヤー。
 貴様たち人間に、絶望を与える存在だ。
 人間どもよ、恐れおののけ!」

 魔王、ハカイヤー。
 500年前、この地に突然あらわれ、恐怖をもたらした魔王である。
 しかし、魔王の支配をよしとしない人々が集まり、解放軍を結成。
 激戦の末、甚大な被害を出しつつ魔王ハカイヤーは封印されたのだ。
 これが、この国に伝わる勇者伝説。
 そして、その時の解放軍が建国したのが、このヘイワヤネンである。

 しかしあれから500年、もう勇者たちはいない。
 この国にいるのは、戦う力を持たない善良な人々ばかり……
 彼らに抵抗できる力はなく、魔王に蹂躙される未来しかなかった
 その事実に愕然とする人々に、魔王は語り続ける。

「だが安心するといい。
 お前たちにチャンスをやろう。
 もし我に忠誠を誓うのであれば、大空の様に広い心で貴様たちを許してやろう。
 だが――」

 魔王は、一拍置いて宣言する。
「反抗するというのなら容赦はしない。
 とはいえ、考える時間も必要だろう。
 一か月やる。
 その間に身の振り方を考えるのだな」

 魔王の提案に、人々の心が揺れる。
 かつての勇者たちですら苦戦した相手。
 反抗しても歯が立たないだろう……
 かといって忠誠を誓っても、碌な扱いをされないのは目に見えていた。
 名誉ある死か、屈辱の生か……
 彼らに究極の選択が迫られた。

「一か月後を楽しみにしているぞ。
 わーはっはっは!」

 話は終わりとばかりに高笑いする魔王。
 人々は、これから訪れる闇の時代に人々の表情は絶望に染まる――



 ――たのも束の間、その顔は次第に戸惑いに変わる。
 それもそのはず、話は終わったというのに、魔王のビジョンが消える気配が無いからである。

「こんなものか」
 誰に聞かせるわけでもなく、魔王は独り言をつぶやく。

「ふう、人間どもめ。
 我に忠誠を誓わないとか、不遜にもほどがある」
 先ほどまでの、恐怖を抱かせるような物言いではない。
 だたただ、思っている事をそのまま口に出しているようだった。

 それを見た人々は首を傾げる。
 魔王の要求はさっきのやり取りで伝えたはず。
 にもかかわらず、なぜこんなものを見せるのか。

「あ、爪伸びてる。
 500年だったからなあ……
 切っておかないと」
 魔王の独り言は止まる気配がなかった。

 これを見た人々は一つの疑念が湧く。
 『この魔王、まだ映っている事に気づいていない?』
 この世界では馴染みのない、そして現代日本において稀によくある『配信切り忘れ』であった

「それにしても面倒なことよ。
 魔王である我がこんなことをせねばならんとはな」
 魔王は、まさか見られていると思わず、独り言を続ける

「だが仕方あるまい。
 封印から解放されたばかりで力が戻ってないからな。
 今の我はスライムにも負けるであろう」
 衝撃の事実を告げる魔王。
 それを聞いた人々は驚きのあまり声も出ない。
 
「今攻め込まれては危険だが、一か月後には力を取り戻せるはず。
 これで時間が稼げるはずだ。
 それまではせいぜい悩むといいさ」

 ◇

 翌日、魔王は討伐された。
 結局討伐されるまで、魔王は配信の切り忘れに気づかなかった。

 そして討伐後、試行錯誤の末に配信は切られた
 今はもう、空には何も映っていない。
 そこには雲一つない大空があるだけ。

 人々は以前の様に、未来に希望を抱く元の生活に戻るのであった

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