ここはヘイワヤネン。
500年前に建国されて以来、目立った紛争も戦争もない平和な国。
気候は穏やかで、災害もほとんどない。
まさに理想的な国であった。
その国の人々は、自分たちの境遇に奢ることはなく、平和に感謝し、誰も陥れることなく、慎ましく暮らしていた。
王族たちもそんな国民を愛し、国をより発展させるよう尽力する。
人々は明日も平和だと疑わず、未来への希望を抱きながら暮らしていた。
しかし、突如その平和が破られた。
封印されていた魔王が復活したのである。
◇
ある冬の晴れた日、突如空に魔王のビジョンが映し出される。
誰もが空を見上げ、大空に映る魔王の姿を呆然と眺めていた。
「クハハハハ。
我は魔王ハカイヤー。
貴様たち人間に、絶望を与える存在だ。
人間どもよ、恐れおののけ!」
魔王、ハカイヤー。
500年前、この地に突然あらわれ、恐怖をもたらした魔王である。
しかし、魔王の支配をよしとしない人々が集まり、解放軍を結成。
激戦の末、甚大な被害を出しつつ魔王ハカイヤーは封印されたのだ。
これが、この国に伝わる勇者伝説。
そして、その時の解放軍が建国したのが、このヘイワヤネンである。
しかしあれから500年、もう勇者たちはいない。
この国にいるのは、戦う力を持たない善良な人々ばかり……
彼らに抵抗できる力はなく、魔王に蹂躙される未来しかなかった
その事実に愕然とする人々に、魔王は語り続ける。
「だが安心するといい。
お前たちにチャンスをやろう。
もし我に忠誠を誓うのであれば、大空の様に広い心で貴様たちを許してやろう。
だが――」
魔王は、一拍置いて宣言する。
「反抗するというのなら容赦はしない。
とはいえ、考える時間も必要だろう。
一か月やる。
その間に身の振り方を考えるのだな」
魔王の提案に、人々の心が揺れる。
かつての勇者たちですら苦戦した相手。
反抗しても歯が立たないだろう……
かといって忠誠を誓っても、碌な扱いをされないのは目に見えていた。
名誉ある死か、屈辱の生か……
彼らに究極の選択が迫られた。
「一か月後を楽しみにしているぞ。
わーはっはっは!」
話は終わりとばかりに高笑いする魔王。
人々は、これから訪れる闇の時代に人々の表情は絶望に染まる――
――たのも束の間、その顔は次第に戸惑いに変わる。
それもそのはず、話は終わったというのに、魔王のビジョンが消える気配が無いからである。
「こんなものか」
誰に聞かせるわけでもなく、魔王は独り言をつぶやく。
「ふう、人間どもめ。
我に忠誠を誓わないとか、不遜にもほどがある」
先ほどまでの、恐怖を抱かせるような物言いではない。
だたただ、思っている事をそのまま口に出しているようだった。
それを見た人々は首を傾げる。
魔王の要求はさっきのやり取りで伝えたはず。
にもかかわらず、なぜこんなものを見せるのか。
「あ、爪伸びてる。
500年だったからなあ……
切っておかないと」
魔王の独り言は止まる気配がなかった。
これを見た人々は一つの疑念が湧く。
『この魔王、まだ映っている事に気づいていない?』
この世界では馴染みのない、そして現代日本において稀によくある『配信切り忘れ』であった
「それにしても面倒なことよ。
魔王である我がこんなことをせねばならんとはな」
魔王は、まさか見られていると思わず、独り言を続ける
「だが仕方あるまい。
封印から解放されたばかりで力が戻ってないからな。
今の我はスライムにも負けるであろう」
衝撃の事実を告げる魔王。
それを聞いた人々は驚きのあまり声も出ない。
「今攻め込まれては危険だが、一か月後には力を取り戻せるはず。
これで時間が稼げるはずだ。
それまではせいぜい悩むといいさ」
◇
翌日、魔王は討伐された。
結局討伐されるまで、魔王は配信の切り忘れに気づかなかった。
そして討伐後、試行錯誤の末に配信は切られた
今はもう、空には何も映っていない。
そこには雲一つない大空があるだけ。
人々は以前の様に、未来に希望を抱く元の生活に戻るのであった
12/22/2024, 1:47:37 PM