私は走っていた。
恋人の拓哉との待ち合わせに、遅刻しそうだからだ。
目覚まし時計との悲しいすれ違いで、起きたのが待ち合わせの三十分前。
まさにギリギリ。
私は最低限の身だしなみをして、待ち合わせ場所の駅に向かって走る。
お腹痛いし、とりあえずセットした髪も乱れてるけど仕方ない。
遅れないのが最優先だ。
そして何もかもを殴り捨て走り、到着したのが約束の時間五分前。
どうやら間に合ったようだ。
私は息を整えつつ、先についているはずの拓哉を探す。
「あれっ?」
けど、私は驚きの声をあげた
肝心の拓哉がいなかったからだ。
どういう事だろう?
けれど拓哉が来ていないということはあり得ない。
さっきLINEで『遅れそう』と送ったとき、『待ってる』と返事があったからだ。
見落としたのかと思って、再度周囲を見てもどこにもいない。
向こうからも声をかけてこないのもおかしい……
自分で言うのもなんだが、結構派手に到着したからね。
怒って帰ったとか?
ありえない。
まだ約束の時間前だ。
となると、私が遅れることを見込んで、飲み物を買いにコンビニに行ったかな?
スマホを取り出して、LINEを起動する。
『今着いたけど、拓哉どこにいる?』
送信するとすぐに既読が付く。
『待ち合わせ場所にいるよ。
咲夜はどこにいるの?』
ここにいる?
もう一度見渡せど拓哉の姿は見えない。
どういうこと?
もしかして待ち合わせ場所を間違えたかな。
『確認なんだけど、待ち合わせ場所って駅の改札口だよね』
『そうだよ、西の改札口』
そういうことか!
この駅は、西と東の二つ改札口がある。
そして私がいるのは東口で、拓哉は西口。
そりゃ会えないはずだ。
『私は今、東口にいる』
『ああ、そういうことね。
じゃあ俺がそっち行くよ』
『私もそっち行くね』
『意味なくない?』
『拓哉に早く会いたい』
『分かったよ』
ということで私は西口に向かうことになった。
ここから西に向かうには、陸橋を使うのが早い。
寝坊したときはどうなる事かと思ったが、よやく合流できる。
でもまあ、走って乱れた髪を直す時間が出来たと思えば、そんなに悪い事ではない。
私は髪を手櫛で直しながら、陸橋を登るのであった。
◇
会わなかった。
なんで?
私は拓哉とすれ違わず、駅の東口にいた
駅の反対側に向かうには陸橋しかない。
人通りも多くないから、人ごみに紛れてという事もない。
それなのに、お互い気付かなかった?
そんな馬鹿な。
私が悩んでいると、拓哉からLINEが来た
『今、東口に着いたんだけど、どこかですれ違った?
全然分からなかった』
『私も。
私が拓哉を見つけられないわけないのに……』
『人少ないんだけどなあ……
俺、もう一度そっちに行くね』
『私も行く。
って言いたいけど、また気づかずにすれ違ったら大変だから、私はここで待ってるね』
LINEで返信を送ったあと、私は陸橋の階段の前に立つ。
ここにいれば、拓哉がすぐに私を見つけられるからだ。
ちょっと周囲の視線が気になるけれど、これくらい我慢しよう。
拓哉と会えないよりはましだ。
そしてしばらく待っていると、拓哉からLINEが来た。
『着いたよ
どこにいる?』
着いただって?
それはおかしい。
私はずっと陸橋を見ていたが拓哉は見ていない。
『私、ずっと陸橋の前にいるんだけど……』
『おかしいなあ』
信じられない事態に、私の背筋が凍る。
同じ東口にいるというのに、会えないとはこれ如何に?
もしかして、うっかり異世界に入っちゃった?
ありえないけど、同じ場所にいて会えないのはそれくらいしか……
でもそれは非科学的だし、拓哉と会えなくなるから困るし……
私が思考の迷宮に迷い込んでいると、スマホが震えたことに気づく。
拓哉からのLINEだ。
『見つけた』
『何を?』と返しそうになって、踏みとどまる。
私を見つけたのに決まってるじゃないか!
しっかりしろ私。
『後ろ見て』
拓哉の指示の通り、後ろを振り返る。
すると、遠くの方で手を振っている拓哉が見えた。
いつのまにあんな所に。
そう思って拓哉を見ていると、あることに気づく。
「拓哉、もう中に入ってたのか……」
拓哉は改札口の向こう、駅の中にいた。
つまり、私は駅の外を行ったり来たり、拓哉は駅の中を行ったり来たり……
そりゃ出会えないよ……
『今行くね』
私はLINEでそう送って、拓哉の元に歩き出す。
「疲れた」
独り言が、口から出る。
まだ何も始まってないんだけどなあ。
私は変な疲労感を感じながら、拓哉の元へと向かうのであった。
秋の良く晴れた空の下。
気配を殺しながら、遠くにいるウサギを狙って矢を放つ。
シュッと音を立てて放たれた矢は、寸分の違いもなくウサギを射抜く。
久しぶりに弓を使ったが、腕は落ちてないようだ。
この村を出て冒険者として過ごした十年間、弓なんて触りもしなかった
けれど今朝持った瞬間、まるで自分の手の様に弓を扱うことが出来た。
子供の頃とは言え、昔取った杵柄というのはバカにならないらしい。
「バン様、そちらはどうですか?」
妻のクレアが、魚が入ったバケツを持ってやってきた。
彼女の顔を見るに、今日は大漁のようだ。
「こっちも何匹か狩ったぞ。
冬を越すには十分だが、まだ狩るか?」
「やめておきましょう。
これ以上狩ると生態系を壊すことになります」
「そうだな」
俺はクレアの言葉に従う。
確かに狩り過ぎはよくない。
子供の頃に調子に乗ってウサギを狩りまくったことがるんだけど、次の年ウサギが出なくなったんだよな……
それで村の大人たちにメチャクチャ怒られたのを覚えている。
でも次の春、森でウサギが遊んでいるのを見てほっとしたっけ。
ウサギが繁殖力がすごくて本当に助かった。
「じゃあ、狩りは終わりにしよう。
いい天気だから一旦休むか?」
「はい、そうしましょう」
俺たちは手ごろな石を見つけて、向かい合って座る。
空を見上げれば、遠くまで雲一つない青空。
こんな綺麗な空を見上げると、胸にこみあげて来るものがある。
「なんかさあ、こういう風にノンビリしていると故郷を思い出すんだよね」
「故郷…… ですか……」
「こうしてウサギを追いかけて、魚も釣ってさ。
このまま居眠りしようものなら、故郷が夢に出てきそうだよ。
忘れがたき『ふるさと』だな」
「はあ」
クレアは困ったような顔になる。
アレは何を言うべきか迷っている顔だ。
俺もクレアの立場だったら、そうなると思う。
クレアは逡巡したあと、決意を決めた顔で俺を見た。
「あの、バン様。
ここはバン様の生まれ故郷――『ふるさと』ですよね?」
「そうだな」
「それなのに『ふるさと』の事を思い出すんですか?」
「不思議なことにな」
「大丈夫なんですか、それ。
医者に相談しますか?」
「大丈夫だろ。
幸運なことに『ふるさと』はすぐそこにあるしな」
俺は、クレアの懸念を笑って流す。
どれだけ心配性なんだよ。
「それより、クレアの事が聞きたい。
クレアの生まれた場所は、海の向こうって言ってたよな。
どんな場所なんだ?」
「うーん。
表現が難しいのですが……
森が多いですね」
「ここみたいな感じか?」
「そうなんですけど……
なんというか、木の種類や密度が違うので受ける印象が違うんですよね。
ここの森は開けて明るいですけど、私の故郷は薄暗い印象ですね」
「はー、森にも種類があるんだな。
知らなかったよ」
冒険者としていろんな場場所にいたが、まだまだ知らない所があるらしい。
知らない場所があると知ると、冒険者の血が騒ぐ。
ちょっとワクワクしてきた。
「いつか行こうな」
「え?」
「お前の故郷だよ。
冬を越して、雪が解ける春になったら冒険にでよう」
「……遠いですよ」
「冒険のし甲斐があるな」
「まったくもう」
俺たちは一緒に笑い合う。
ひとしきり笑った後は石から立ち上がる。
村にある家に戻るためだ。
俺は一歩踏み出す前に、もう一度空を見上げる。
人は言う、『世界は空で繋がっている』と……
クレアの故郷も、この空と繋がっているのだろうか?
俺はクレアの故郷に思いを馳せながら、俺たちの家に戻るのだった
人は忘れる生き物である。
とある実験で、人は時間が経つほど覚えたことを忘れていくことが証明されている。
一時間後には半分忘れ、一日経つと三分の二は忘れてしまう。
驚異の忘却率である。
だがしかし!
何事も例外はある。
この世界には、忘れたくても忘れられない物がたくさんあるのだ。
それは例えばスマホのロック解除のパスワード。
スマホを触らない日なんてないこの時代に置いて、パスワードを忘れるわけがないのである!
俺はそう思っていた。
今日までは。
話の流れで分かると思うが、俺はスマホのロックのパスワードを忘れた。
ちょっと調べ物をしようとスマホを開いたら、いつも打ち込む四桁の数字がどうしても思い出せないのである
急にスマホのパスワードが、頭から抜け落ちた理由は分からない
酒は飲んでないし、寝不足でもない。
ただ、始めから無かったかのように思い出せないのだ。
だが!
こんなこともあろうかと、ノートにパスワードを書き留めている。
『セキュリティに不安がある』と言われそうだが、部屋には誰も入ってこないので問題ない。
問題があるとすれば一つ。
ノートが行方不明ということだ。
ウチのノートは放浪癖があって困る。
探すが早いか、思い出すのが早いか……
悩みどころである。
うーん、こういう時、みんなどうしているんだろうか?
ツイッター(現X)で聞いてみようか?
俺はスマホのロックを解除して、ツイッターを起動する。
……今ロック解除した?
ていうか手が勝手に動いたぞ!?
たまにネットで『勝手に手が動いた』と聞いたことがるが、絶対に嘘だと思っていた。
まさか自分の身に起こるとはな……
さてロックを解除したついでに、パスワードが書かれたノートも発見した。
座っている座布団の下にあった。
道理で見つからんはずだ。
まあいい
終わりよければすべてヨシ。
ロックも解除出来て、パスワードも分かる。
何も問題はない。
あとはスマホで、何するつもりだったのかを思い出すだけである
ここはアキナイ王国、モウカリマッカ通り。
国で最も商売が盛んな場所だ。
あちらこちらで客を呼び込む声が聞こえてきて、とても賑やかだ。
「あらー、今日もここは賑やかですわねー」
そんな騒がしい場所に似つかわしくない、のんびりとした雰囲気をもつ少女がやって来た。
彼女の名前は、オフィーリア=アキナイ。
この国の第一王女であり、やらかい物腰から『やわらかな光』と呼ばれている。
国民にも分け隔てなく接することから、国民から親しまれる人気者だ。
しかし高貴な身分である彼女が、いったいなぜこんな場所にいるのか?
それはこの国の成り立ちに関係している。
この王国は、大昔に商人が起こした国であり、伝統的に『王族は国一番の商人であるべし』と思われている。
そのため王族であるオフィーリアは商売の事を学ぶため、機会を見てはモウカリマッカ通りにやって来るのである。
しかし、ここは百戦錬磨の商人が集まる商人通り。
そんな生き馬の目を抜くような商売をしている人間ばかりいる場所だ。
儲けのためなら危ない橋を渡り、法律すれすれのことも行うことも珍しくない。
オフィーリアは、穏やかな性格でどう見ても商売に向くよう性格ではない
彼女を見た人間は例外なく、『呑気で世間知らずな箱入り娘』といった印象を受けるであろう。
しかし雰囲気に騙されてはいけない
彼女はこう見えて凄腕の商人なのだ。
彼女は海千山千の商人たちを軒並み震え上がらせる伝説の商人。
信じられなければ、彼女の姿を見つけた商人の顔を見るといい。
彼らの顔は、いつもように笑顔であるが、よく観察すれば少しばかりの緊張が垣間見える事だろう。
彼らはオフィーリアがここにやってきた当初、騙そうと近づいた
この国では、王族相手に商売で騙すようなことをしても罪に問われることは無い。
騙される方が悪いのであり、そして騙されるのも勉強になるからである。
よって『世間知らずのお嬢様』にしか見えないお金持ちのオフィーリアは、絶好のカモにしか見えず、数えきれない数の商人が彼女に商談を持ちかけた。
だがあっけなく返り討ち……
すぐに『彼女は手ごわい』という噂はすぐに広がり、かつて光に集まる虫のように群がっていた商人たちも、今では遠巻きに見るばかりである
だが若い商人たちはそうでもない。
彼らは若さゆえに、目の前の大きな儲け話を見ないことは出来ず、虎視眈々と機会を伺っていた。
そして今日もまた、オフィーリアを騙そうと一人の若い商人がやってきた。
◇
「オフィーリア様、綺麗な首飾りをお買いになりませんか?
高名な職人がその腕によりをかけた逸品です」
「あら、素敵。
いろいろな物を見たけど、これほど素晴らしい首飾りは見たことが無いわ」
「お褒め頂き嬉しく思います。
私は是非ともあなた様に、この首飾りを付けて頂きたいと思います。
いかかでしょう?」
「素晴らしい提案だわ!
でもお高いんでしょう?」
「お値段は200万Gです」
「まあ!!」
嘘である
確かにこの首飾りは素晴らしい逸品だ。
しかし商品の適正価格は50万G
そこから手数料や輸送費、その他雑費を踏まえても明らかなボッタクリである。
しかしオフィーリアは無知な少女ではない。
彼女は目利きも卓越しており、この首飾りに200万Gの価値は無いことに気づく。
だがそんなことはおくびに出さず、彼女は何も気付かない振りをして会話を続ける。
「あなたお若いのに凄いのね。
こんな高価な商品を扱えるなんて!」
「ありがとうございます」
「でも残念だわ。
この首飾りが欲しいのですけど、あいにく手持ちがありませんの」
「それは残念です。
しかし、私はあなた様のような素敵な女性にこそ、この首飾りを付けて欲しい。
ご希望ならお値引きさせていただきますが……」
「お優しいのね。
では好意に甘えることにしましょう。
私の予算は――」
こうして若い商人は何も気づかぬまま、オフィーリアに値切られていく。
オフィーリアは、巧みに若い商人のほめちぎり、そして狡猾に値引きしていく。
気を良くした商人は気づくことはないまま、商談は進んでいく。
「では、この首飾りは45万Gでお売りするということで」
「ふふふ、こんな素敵な首飾りがお得に買えるだなんて。
今日はなんて良い日なのかしら」
こうして若い商人は最後まで値切られていることに気づかないまま、二人の取引が終わる。
若い商人にとって、この取引は経費などを含めればむしろマイナスである。
だが若い商人は気づかない。
オフィーリアに度々褒められたことで有頂天になった彼は、むしろ得したとさえ思っているであろう。
それこそがオフィーリアの作戦である。
明かに損をしたと分かれば、次から若い商人はオフィーリアに警戒心を抱くだろう。
だが逆に得をしたのであれば、話は別だ。
次も『利益』を得ようと、自慢の逸品を持ってオフィーリアの所までやってくるだろう。
そしてオフィーリアは、また安く商品を買い、商人は儲けたと思って帰っていくのだ……
彼女は、虫の様に自分に寄ってくる商人たちを、焚火の強い火で燃やしつくしたりはしない。
弱い光で殺すことなく、貢物を持ってこさせるのが、彼女のやり方なのだ。
そして弱いとはいえ光、商人たちは少しずつ身が燃えていることに気づかぬまま、買いたたかれていく……
こういう経緯から、商人たちから『やわらかな光』と畏怖され、そして尊敬されているのである。
「朝から幸先が良いわね。
これからどんなものに出逢えるのかしら」
オフィーリアは、先ほど買い上げた首飾りを丁寧に身に着ける。
「さあて、商売の時間よ」
彼女はスキップしながら、雑踏の中に消えていくのであった。
「沙都子、プレゼントあげる」
私は友人の沙都子の部屋に遊びに来た
部屋の定位置に座って落ち着いた後後、沙都子にプレゼントを渡す。
いつも遊んでくれるお礼だけど、喜んでくれるといいな。
「百合子、ゴミはゴミ箱に捨てなさい」
けれど肝心の沙都子は、私の方を見ずにゴミと言い捨てる。
なんで見ないでゴミと言い張るのか?
まさか私のプレゼントは、全てゴミと思ってるんじゃなかろうな?
「ゴミじゃない!
ちゃんと見てよ!」
「はいはい……
なによ、ただのチラシじゃない?
やっぱりゴミね」
「ちっちっち。
沙都子には、ただのチラシに見えるのかい?」
「チラシでなければなんだというの?」
沙都子はうんざりした顔で、私を見る。
もちろん沙都子の言う通り、これはチラシだ。
今朝の新聞に挟まっていたチラシ……
けれど、他のチラシとは一味違う!
「これはね、『ピザ』のチラシなんだよ」
「ピザって食べるピザ?」
「そうだよ。
沙都子の家って、お金持ちじゃんか?
だからこういうの食べたことないだろうなって思って」
そう言うと、沙都子は腕を組んで考え始めた。
「言われてみれば、確かに食べたことないわね……
ウチは栄養に気を使っているから、こういうジャンクフードは食べないのよね」
「一緒に食べない?」
「奢りかしら?」
「……好きなだけ食えっていいたいんだけど、ゴメン、お金が無いので奢って下さい」
「それが目的ね……
仕方がない、割り勘でならいいわよ」
「ありがとう沙都子!
お礼に、トッピングは沙都子が選んでいいよ」
「まったく調子のいい……」
沙都子は苦笑いしながら、私からチラシを受け取る。
なんだかんだ言いながら、私には優しいのだ。
「へえ、初めて見たけど凄いわね。
こんなにたくさんメニューがあるのね」
沙都子は余程珍しいのか、楽しそうにチラシを読んでいた。
ちょっと意外だけど、こうしてみると沙都子も普通の女の子の様に見える。
見てるのがピザのチラシ、ということに目を瞑ればだけど。
それにしても、こんなに気に入ってくれるなんて予想外だ。
ここまで沙都子が喜んでいるなら、私もプレゼントした甲斐がある。
沙都子は何を注文するんだろうか
初めての沙都子のピザ。
これから楽しみだ。
◇
三十分後。
「ねえ沙都子まだ」
「待ちなさい。
まだ選んでいる途中だから」
沙都子は、チラシから顔を上げずに答える。
まるで獣のような鋭い眼差しで、チラシを見つめている。
注文するピザを検討しているようなのだが、なにも決まらないらしい。
気持ちはわかるのだが、いい加減お腹もすいてきた。
「ねえ、何でもいいから、早く注文しようよ。
お腹減ってきたよ……」
「ダメよ、一枚しか注文しないもの。
しっかりと吟味して選ばないとね」
「別にそこまで真剣じゃなくても……」
「どうせなら一番おいしいピザを食べたいでしょ?
……あっ、これもおいしそうね」
……これは永遠に決まらないやつだ。
全部がおいしそうに見えて、決めることが出来ないやつ。
私もそういう経験がある。
「ねえ、ピザを頼むのは明日にしようよ。
私はもう帰るから、ゆっくり考えてね」
「もう少しいなさい。
割り勘じゃなくて、奢りでいいから」
「あー魅力的な提案だけど、用事があってね。
帰らないといけないんだ」
「そう、残念ね」
もちろん用事があるなんて嘘。
けれど、このまま待っていても餓死あるのみ。
さらに何かを言われる前に、そそくさとその場を後にしたのであった。
◇
翌日。
学校に登校して現れたのは、フラフラで歩いて来る沙都子であった。
その目は真っ赤で、昨日は明らかに寝ていないようだった。
「悪いわね、百合子。
まだ決まらなくって」
まだ決めて兼ねていたのか。
思わず口に
「えっと、もう全部頼まない?
クラスの皆呼んでさ」
「それは……」
沙都子の目が鋭くなる。
だけど一瞬の事、すぐに眠たそうな目になった。
「……もう、そうするわ」
そぅいたたと、沙都子は机に突っ伏して、深い眠りにつくのであった。