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 ここはアキナイ王国、モウカリマッカ通り。
 国で最も商売が盛んな場所だ。
 あちらこちらで客を呼び込む声が聞こえてきて、とても賑やかだ。

「あらー、今日もここは賑やかですわねー」
 そんな騒がしい場所に似つかわしくない、のんびりとした雰囲気をもつ少女がやって来た。
 彼女の名前は、オフィーリア=アキナイ。
 この国の第一王女であり、やらかい物腰から『やわらかな光』と呼ばれている。
 国民にも分け隔てなく接することから、国民から親しまれる人気者だ。
 
 しかし高貴な身分である彼女が、いったいなぜこんな場所にいるのか?
 それはこの国の成り立ちに関係している。
 この王国は、大昔に商人が起こした国であり、伝統的に『王族は国一番の商人であるべし』と思われている。
 そのため王族であるオフィーリアは商売の事を学ぶため、機会を見てはモウカリマッカ通りにやって来るのである。

 しかし、ここは百戦錬磨の商人が集まる商人通り。
 そんな生き馬の目を抜くような商売をしている人間ばかりいる場所だ。
 儲けのためなら危ない橋を渡り、法律すれすれのことも行うことも珍しくない。

 オフィーリアは、穏やかな性格でどう見ても商売に向くよう性格ではない
 彼女を見た人間は例外なく、『呑気で世間知らずな箱入り娘』といった印象を受けるであろう。

 しかし雰囲気に騙されてはいけない
 彼女はこう見えて凄腕の商人なのだ。
 彼女は海千山千の商人たちを軒並み震え上がらせる伝説の商人。

 信じられなければ、彼女の姿を見つけた商人の顔を見るといい。
 彼らの顔は、いつもように笑顔であるが、よく観察すれば少しばかりの緊張が垣間見える事だろう。

 彼らはオフィーリアがここにやってきた当初、騙そうと近づいた
 この国では、王族相手に商売で騙すようなことをしても罪に問われることは無い。
 騙される方が悪いのであり、そして騙されるのも勉強になるからである。
 よって『世間知らずのお嬢様』にしか見えないお金持ちのオフィーリアは、絶好のカモにしか見えず、数えきれない数の商人が彼女に商談を持ちかけた。

 だがあっけなく返り討ち……
 すぐに『彼女は手ごわい』という噂はすぐに広がり、かつて光に集まる虫のように群がっていた商人たちも、今では遠巻きに見るばかりである

 だが若い商人たちはそうでもない。
 彼らは若さゆえに、目の前の大きな儲け話を見ないことは出来ず、虎視眈々と機会を伺っていた。

 そして今日もまた、オフィーリアを騙そうと一人の若い商人がやってきた。

 ◇

「オフィーリア様、綺麗な首飾りをお買いになりませんか?
 高名な職人がその腕によりをかけた逸品です」
「あら、素敵。
 いろいろな物を見たけど、これほど素晴らしい首飾りは見たことが無いわ」
「お褒め頂き嬉しく思います。
 私は是非ともあなた様に、この首飾りを付けて頂きたいと思います。
 いかかでしょう?」
「素晴らしい提案だわ!
 でもお高いんでしょう?」
「お値段は200万Gです」
「まあ!!」

 嘘である
 確かにこの首飾りは素晴らしい逸品だ。
 しかし商品の適正価格は50万G
 そこから手数料や輸送費、その他雑費を踏まえても明らかなボッタクリである。

 しかしオフィーリアは無知な少女ではない。
 彼女は目利きも卓越しており、この首飾りに200万Gの価値は無いことに気づく。
 だがそんなことはおくびに出さず、彼女は何も気付かない振りをして会話を続ける。

「あなたお若いのに凄いのね。
 こんな高価な商品を扱えるなんて!」
「ありがとうございます」
「でも残念だわ。
 この首飾りが欲しいのですけど、あいにく手持ちがありませんの」
「それは残念です。
 しかし、私はあなた様のような素敵な女性にこそ、この首飾りを付けて欲しい。
 ご希望ならお値引きさせていただきますが……」
「お優しいのね。
 では好意に甘えることにしましょう。
 私の予算は――」

 こうして若い商人は何も気づかぬまま、オフィーリアに値切られていく。
 オフィーリアは、巧みに若い商人のほめちぎり、そして狡猾に値引きしていく。
 気を良くした商人は気づくことはないまま、商談は進んでいく。

「では、この首飾りは45万Gでお売りするということで」
「ふふふ、こんな素敵な首飾りがお得に買えるだなんて。
 今日はなんて良い日なのかしら」

 こうして若い商人は最後まで値切られていることに気づかないまま、二人の取引が終わる。
 若い商人にとって、この取引は経費などを含めればむしろマイナスである。
 だが若い商人は気づかない。
 オフィーリアに度々褒められたことで有頂天になった彼は、むしろ得したとさえ思っているであろう。

 それこそがオフィーリアの作戦である。
 明かに損をしたと分かれば、次から若い商人はオフィーリアに警戒心を抱くだろう。

 だが逆に得をしたのであれば、話は別だ。
 次も『利益』を得ようと、自慢の逸品を持ってオフィーリアの所までやってくるだろう。
 そしてオフィーリアは、また安く商品を買い、商人は儲けたと思って帰っていくのだ……

 彼女は、虫の様に自分に寄ってくる商人たちを、焚火の強い火で燃やしつくしたりはしない。
 弱い光で殺すことなく、貢物を持ってこさせるのが、彼女のやり方なのだ。
 そして弱いとはいえ光、商人たちは少しずつ身が燃えていることに気づかぬまま、買いたたかれていく……
 
 こういう経緯から、商人たちから『やわらかな光』と畏怖され、そして尊敬されているのである。

「朝から幸先が良いわね。
 これからどんなものに出逢えるのかしら」
 オフィーリアは、先ほど買い上げた首飾りを丁寧に身に着ける。

「さあて、商売の時間よ」
 彼女はスキップしながら、雑踏の中に消えていくのであった。

10/17/2024, 1:42:39 PM