秋の良く晴れた空の下。
気配を殺しながら、遠くにいるウサギを狙って矢を放つ。
シュッと音を立てて放たれた矢は、寸分の違いもなくウサギを射抜く。
久しぶりに弓を使ったが、腕は落ちてないようだ。
この村を出て冒険者として過ごした十年間、弓なんて触りもしなかった
けれど今朝持った瞬間、まるで自分の手の様に弓を扱うことが出来た。
子供の頃とは言え、昔取った杵柄というのはバカにならないらしい。
「バン様、そちらはどうですか?」
妻のクレアが、魚が入ったバケツを持ってやってきた。
彼女の顔を見るに、今日は大漁のようだ。
「こっちも何匹か狩ったぞ。
冬を越すには十分だが、まだ狩るか?」
「やめておきましょう。
これ以上狩ると生態系を壊すことになります」
「そうだな」
俺はクレアの言葉に従う。
確かに狩り過ぎはよくない。
子供の頃に調子に乗ってウサギを狩りまくったことがるんだけど、次の年ウサギが出なくなったんだよな……
それで村の大人たちにメチャクチャ怒られたのを覚えている。
でも次の春、森でウサギが遊んでいるのを見てほっとしたっけ。
ウサギが繁殖力がすごくて本当に助かった。
「じゃあ、狩りは終わりにしよう。
いい天気だから一旦休むか?」
「はい、そうしましょう」
俺たちは手ごろな石を見つけて、向かい合って座る。
空を見上げれば、遠くまで雲一つない青空。
こんな綺麗な空を見上げると、胸にこみあげて来るものがある。
「なんかさあ、こういう風にノンビリしていると故郷を思い出すんだよね」
「故郷…… ですか……」
「こうしてウサギを追いかけて、魚も釣ってさ。
このまま居眠りしようものなら、故郷が夢に出てきそうだよ。
忘れがたき『ふるさと』だな」
「はあ」
クレアは困ったような顔になる。
アレは何を言うべきか迷っている顔だ。
俺もクレアの立場だったら、そうなると思う。
クレアは逡巡したあと、決意を決めた顔で俺を見た。
「あの、バン様。
ここはバン様の生まれ故郷――『ふるさと』ですよね?」
「そうだな」
「それなのに『ふるさと』の事を思い出すんですか?」
「不思議なことにな」
「大丈夫なんですか、それ。
医者に相談しますか?」
「大丈夫だろ。
幸運なことに『ふるさと』はすぐそこにあるしな」
俺は、クレアの懸念を笑って流す。
どれだけ心配性なんだよ。
「それより、クレアの事が聞きたい。
クレアの生まれた場所は、海の向こうって言ってたよな。
どんな場所なんだ?」
「うーん。
表現が難しいのですが……
森が多いですね」
「ここみたいな感じか?」
「そうなんですけど……
なんというか、木の種類や密度が違うので受ける印象が違うんですよね。
ここの森は開けて明るいですけど、私の故郷は薄暗い印象ですね」
「はー、森にも種類があるんだな。
知らなかったよ」
冒険者としていろんな場場所にいたが、まだまだ知らない所があるらしい。
知らない場所があると知ると、冒険者の血が騒ぐ。
ちょっとワクワクしてきた。
「いつか行こうな」
「え?」
「お前の故郷だよ。
冬を越して、雪が解ける春になったら冒険にでよう」
「……遠いですよ」
「冒険のし甲斐があるな」
「まったくもう」
俺たちは一緒に笑い合う。
ひとしきり笑った後は石から立ち上がる。
村にある家に戻るためだ。
俺は一歩踏み出す前に、もう一度空を見上げる。
人は言う、『世界は空で繋がっている』と……
クレアの故郷も、この空と繋がっているのだろうか?
俺はクレアの故郷に思いを馳せながら、俺たちの家に戻るのだった
10/19/2024, 3:18:23 PM