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9/12/2024, 1:24:15 PM

 俺は壁に貼ってある目の前のカレンダーを、火が点きそうなほど見つめいた。
 日めくりカレンダーの日付が九月を示していることが、どうしても信じられなかったからだ。
 だが、どれだけ見つめようとも『九』の文字は変わらない。
 ショックのあまり倒れそうだ。

 なぜこんなことになってしまったのか?
 自然の摂理だとのたまう輩もいるだろう。
 だが、俺は政府の陰謀を疑っている。
 そうでもなければ、一年の三分の二が過ぎているはずがない!

 だってそうだろう?
 俺は今年、超大作の小説をかき上げ、今頃は小説家デビューをしているはずなのだ。
 なのに!

「なのに超大作の一行目すら書けてないのは、一体全体どういうことだ?」
「あら、気づいてないのかしら。
 それとも気付かないふり?」
「誰だ」

 私しかいないはずの部屋に他人の声が響く。
 しかし振り向けど誰もいない。
 幻聴か?

「下よ」
 声に促され目線を下に向けると、そこには愛機のswitchがあった。
「はい、こんにちは」
 声はそこから聞こえている。
 何が起こっているか分からず、一瞬頭が真っ白になる。

「ゲーム機がしゃべってる!?」
「そんなに驚くことないじゃない」
 switchが、俺をなだめるように優しい声で話す。
「一緒に遊んだ仲じゃでしょ?
 一年中、ずっとね」

 これは夢だ。
 夢から覚めようと、自分の頬をつねる。
 だが、頬から伝わる痛みが、コレが夢じゃないことを教えてくれる。
 ……マジで?

「なんで、しゃべって……」
「付喪神ってやつね。
 あなたが魂を削ってまで遊んでくれるものだから、私が生まれたの」
「いつ?」
「少し前からだけど、なかなか話しかける機会が無くてね。
 驚かせてしまったみたいね」
 世間話をするように、話しかけてくるswitch。
 なんでコイツ、冷静なんだ。
 俺は動揺しまくっていると言うのに。

「それより!
 さっきの言葉はどういう意味だ?
 知らないフリって何だよ!!」
「小説を書いていない理由よ。
 もしかして本当に気づいてない?」
「政府の陰謀だ」
「違うわ。
 毎日私で遊んでいたからよ」

 痛いところを突いてくるswitch。
 まさか、ゲーム機に指摘されるとは……
 必要以上に凹みそう。

「笑うといいさ!
 小説家になりたいくせに、小説を少しも書かない俺を!!」
「あら、笑うなんてとんでもない。
 むしろ毎日遊んでくれて嬉しかったわ」
 あくまでも

「私はね、あなたの力になりたいの。
 私はあなたがいなければ生まれなかったからね」
「力に?
 何が出来る?」
「そうね。
 カレンダーの日付を見ていたじゃない。
 妬けるくらいに。
 その数字が気に入らないみたいだったから、戻してあげる」
「そんなこと出来るのか?」
「出来るわ」

 俺は予想外の提案に心が躍る。
 しかし、努めて頭を冷やす。
 こんなうまい話、ただでやってくれるはずがない。

「何が望みだ」
「別に大したことじゃないわ。
 小説もいいけど、今までの様に遊んで頂戴。
 私はゲーム機だから、遊んでもらえないと存在意義が無いの」
「そのくらいなら」
「契約成立ね。
 それ!」
「おお!」

 目の前の日めくりカレンダーが光に包まれる。
 しばらくすると光は弱くなっていき、やがて消えた。

「コレでどうかしら?」
「おお!
 日付が三月に戻ってる!!
 助かるよ」
「どういたしまして。
 でも力を使いすぎて疲れちゃったわ。
 少し休むことにするわ」
「大丈夫なのか?」
「少し休むだけよ」

 そういうと、スイッチはなにも言わなくなった。
 まるで夢みたいな出来事だったが、目の前の日めくりカレンダーが夢ではないことを教えてくれる。
 だが油断はできない。
 せっかく時間を戻してくれたのに、ボーっとしていては意味がない。
 さっそく小説を――

「あ、ソシャゲのログインボーナスだけは貰っとかないとな」
 作業は数分もかかるまい。
 そう思ってスマホを手に取ると、ソシャゲを起動しようとして……

「ん?」
 スマホの待機画面に表示される時計の日付が今日のままだった。
 おかしいな。
 時間は巻き戻ったはず。
 どういうことだ?

 そう思って日めくりカレンダーを見る。
 だが、カレンダーの数字は三月を示していた。
 もう一度スマホを見れば今日の日付……

「まさか……」
 日めくりカレンダーを一枚めくる。
 そこに書かれていたのは明日の日付だった。

「書いてる数字を変えただけかあ……」
 どうやらswitchは、『カレンダーに書かれた日付』に不満があると思ったらしい。
 うん、そんなうまい話なんて転がっているはず無いよね。
 いくらなんでもswitchが時間を巻き戻したら、それはそれで問題である。
 だってゲーム機だぜ。
 俺はため息をつき、これからどうするか悩む。

「小説書こう」
 そもそも小説を書く書かない話だったのだ。
 書く以外に選択肢はない。
 何も得るものが無かったやり取りだけど、『時間の大切さ』を学んだと思うことにしよう。
 ああ、教訓以外にもう一つ得た物があったな。

「『俺のゲーム機が突然しゃべり始めた件について』」
 愛機のswitchは、俺が本当に欲しかった『ネタ』をくれたのだった。

9/11/2024, 1:32:07 PM

 雨に打たれながら、一人砂浜を歩く.
 大地を蹴るその足は重い。
 いつもの歩く道なのに、今日ばかりは足を取られる。

 今日僕は背中に背負っていた大切な物を失った。
 失うということは、こんなにも辛いものか。
 この世に生を受けて初めて知った喪失感は、酷く僕の心を蝕む。

 敗者は失い、勝者は得る。
 それはこの世の習い。
 常に奪う側だった僕は、これからもそうだと信じて疑わなかった。
 さっき、奪われるまでは……

 かつて自分は大きなものを背負っていた。
 仲間たちからは羨望の目で見られ、とてもいい気分だった。
 だが今はどうだ。
 僕を心配してくれる奴すらいない。

 結局のところ、僕が背負っていたものしか見えていなかったのだろう。
 価値があるのは僕ではなく、僕が背負っていたものだったのだ。
 みんな僕の事を見ていなかったのだ。

 自分はこれからどうなるのだろう?
 先行きが見えないことに、恐怖を感じる。
 早く背負うものを探さないと。
 でも、そんな都合よくあるわけが……

 おや、僕の高性能な目が、遠くの方でキラリ光るものを捉える
 遠くにあるもの。
 それはいい感じの貝殻。

 全身の血が沸き上がる。
 他のやつに取られる前に、アレを僕の物にしなくては!
 僕は大急ぎで貝殻の元に駆け寄る。

 近くで見ると想像以上にいい貝殻だ。
 これほどの貝殻、他のやつらに取られてはたまらない。
 早く用を済ませよう。

 まずは中を点検。
 うん、変な虫はいない。
 大きさは『前の』よりも少し大きいくらい。
 形も文句なし。

 この貝殻の評価は星五つ、最高だ。
 早速背負ってみよう。
 ここをこうして……
 完成。

 数刻ぶりに感じる背中の重みに、僕は安心感を覚える。
 さっきのまでの不安が嘘のように、僕の心は晴れ渡っている。

 やっぱり貝殻を背負ってなければ様にならない
 だって僕はヤドカリだからね

9/10/2024, 1:28:26 PM

 僕のお嫁さんは超能力者だ。
 と言ってもサイコキネシスとかテレパシーとか、そういった有名なものは使えない。
 マイナーというか、多分世界に一人だけの超能力だ。

 嫁の超能力、それは『世界に一つだけ』の複製を作ること。
 凄い、と思われるかもしれないが、意外と使い勝手は悪い。
 
 その名の通り、そもそも存在しないものは作れない。
 二個あったりするとこれも複製不可。

 複製できるのは、失敗含めて一日一回。
『世界に一つだけと思ったら、なんか二つあったらしく失敗』なんてこともあり得る(と言うかあった)。 
 だから手あたり次第は出来ず、案外使いどころが難しい

 それにだ。
 考えてもみてほしい。
 世界に一つだけのものが分かったとして、欲しいだろうか?

 仮にテレビで『世界に一つだけ特集』をしていたとしよう。
 そこで紹介されたもの、本当に欲しいだろうか?
 凄いとは思っても、欲しいとまでは思わないのでは?

 『世界に一つだけ』でも欲しくない。
 あるいは欲しくても『世界に一つだけ』じゃない。
 現実は厳しい。

 ちなみに、お札は複製できる。
 『あれこそ数えきれ程あるだろ?』と思うだろうが、そこは発想の転換。
 お札には固有の番号が振ってあるので、番号さえ指定すれば複製できる。
 試しにやったら出来たので間違いない。
 妻と二人で大喜びである。

 だけど、寝て起きたら急に怖くなった。
 だってこれ、通貨偽造だよね。
 通貨偽造は重罪。
 真っ当な人生を生きてきた僕たちは、やったことに怖気づいてしまった。
 なので、こっそり燃やして捨てた。
 それ以来、お札は複製してない。

 まあこんな感じでうまくいかなかった。
 ということで最近は、一日ごとに『世界に一つだけの物』を当てる遊びみたいに使っている。

 結局俺たちは、このくらいのほうがちょうどいいのだ。
 

 そんなある日の事。
 その日は僕の番だったのだけど、どうしても思いつかなかった。
 99回連続で外した身としては、どうしても正解したい。
 妻から笑われないためにも、ここは負けられない。

 僕は一日中悩んだ末、天啓を得た。
 『僕を複製できるか』
 僕はこの世界で一人だけ。
 間違いなく当たりだ。

 とはいえ、本気で言ったわけじゃない。
 はっきり言って冗談だ。
 思いつかなかったので、やけくそで言っただけ。
 本当に複製を作られても困る。
 妻もきっと、僕の冗談に笑うか、あるいは『趣味が悪い』と怒るだろう。
 そう思っていた。

 だけど、妻は予想外の反応をした。
 僕から気まずそうに目をそらす。
 何その反応?

 待って、『ゴメン』ってなに?
 土下座しないで。
 ちゃんと説明を、いや説明しないでくれ、知りたくない。

 もう一人僕がいるなんて、そんなのありえない
 だって僕は、世界に一人だけの――

9/9/2024, 1:25:26 PM

 俺は今、柄にもなく緊張していた。
 胸の鼓動が速くなっているのを自覚する。

 ドラゴンすら屠る上級冒険者の俺が、である。
 仲間に裏切られて、ダンジョンに一人置いて行かれた時も緊張したものだが、今回のこれはそれとは別格だった。

 今日、俺は結婚する。
 ダンジョンで一人になったとき、俺を助けてくれた人と。
 色恋は自分に関係ないもんだと思っていたが、『出会いは突然』なんてよく言ったもんだ。
 若い頃の俺は、自分が結婚するなんて夢にも思いもしなかった。

 夢に思わなかったと言えば、俺が冒険者をやめて故郷の村でのんびり過ごしているのもそうだ。
 何も無いから飛び出したのに、最後に戻ってくるのはなにも無い故郷の村。
 不思議な気分だ。
 そして、この村で結婚式を挙げると言うのだから、運命とは不思議である。

「バン様、準備はできましたか?」
 『綺麗だ』
 そう言おうとして息をのむ。
 俺を呼びに来た花嫁のクレアは、純白の衣装に身を包んでいた。
 人生で見てきたどの女性よりも綺麗で、『綺麗だ』なんて陳腐な言葉ではとても表せそうになかった。

「どうしましたか?」
 何も言わない俺を不審に思ったのか、クレアが顔を覗き込む。
 今更『綺麗だ』なんて言えない。
 からかわれる未来しか見えないからだ。

「いや、あんまり見慣れない格好だったからな。
 いつも動きやすそうな服装だしな」
 自分の気持ちを悟られたくなくて、咄嗟に嘘をつく。

「ええ、私もこんな上等な絹は初めて見ます。
 なんでもバン様が仕送りしていたお金で買ったそうです。
 田舎では使い道が少ないから、お金が有り余っているそうで」
 俺のついた嘘に、クレアは疑うことなく付き合ってくれるクレア。
 どうやら誤魔化せたようだ。

「で?
 さっき何を言おうとしたんですか?」
 クレアは、ずいと俺に近寄る。
 前言撤回、誤魔化せなかった……

「言いたくない」
「怒りますよ。
 正直に言えば怒りません」
「仕方ない。 
 言うと怒られるから黙っていたが……
 『馬子にも衣裳』と言いそうになったんだ。
 だが、さすがに失礼と思ってなあ」
「ふーん」
 クレアが感情の無い目で俺を見る。
 だめだ、信じてない

 おそらく俺が『綺麗だ』と言おうとしたことに感づいているのだろう。
 そして、どうしても俺に言わせたい……
 くそ、いい性格してやがる。

「でさっきの話なんですけど――」
「悪いがその前に式の打ち合わせを――」
「それは後回しでいいので――」

 なりふり構わず話をそらそうとするが、どうしても言って欲しいクレア。
 そんな恥ずかしいこといえない。
 いや、言ってもいいのだが、言わされるのは違う気がする……
 こういうのは改めて次の機会に……

「ほら、言いたいことありますよね。
 早く言って楽になりなさい」

 だめだ押し切られそう。
 こんな時モンスターさえ来てくれれば……

 ん?
 外が騒がしいな。

「おい、大変だ。
 村の近くにモンスター出た」
 それは大変だ!
 俺は急いで部屋から出る。

「モンスターはどこだ?
 俺が退治してやる」
 すると呼びかけをしていた青年が、驚いて俺を見る。

「待ってくれバン。
 あんたこれから結婚式だろ?
 退治は他の奴らでやる」
「だからこそだ。
 さっさと退治して結婚式を――」
「バン様?
 話が終わってません」
 後ろから、恐ろしい存在の声が……

「ち、モンスターがきたか」
「いや来てな――」
「ほら、案内しろ。
 一瞬で倒す」

 そして俺は、半ば引きずるように青年に案内させる。
 とりあえず時間は稼げた。
 モンスターを退治した後は、それっぽい感じで言ってやろう
 花を添えるといいかもしれない。

 あとはクレアが怒り狂ってないことを祈ろう。
 恐怖で高鳴る胸の鼓動を感じながら、俺はモンスターに向かうのであった

9/8/2024, 12:18:10 PM

 俺は自他ともに認めるお祭り男。
 お祭りを求めて、世界中を渡り歩いている。
 いつか本にして出すのが、俺の野望だ

 そんな俺の次のターゲットは、とある田舎の村で行われる『幻のお祭り』。
 祭りがあること以外はなにも分からない。
 名前も、どんな祭かもだ。

 なんとか場所は突き止め、バスを何回も乗り継いで来てみれば、そこは絵にかいたような田舎だった。
 期待に胸を膨らませて聞き込み調査!
 幻の祭りに参加するのが楽しみ――

 だったんだが……
 祭りについて有益な情報を得ることはできなかった。
 地元の人間に聞いても要領を得ないのだ。

 祭の存在は肯定してくれるのに、『いつ?どこで?』がさっぱり分からない。
 地元の人間は『そのうち、そこらへんで』としか言ってくれない
 誰が取り仕切っているかも知らない。
 本当に存在するのか、この祭り?

 隠しているのだとも思ったが、そんな感じでもない。
 嘘情報を流して観光客を呼び寄せる類とも思ったが、それにしては商売っ気が無さすぎる。
 ホテルすらない

 だから多分、本当に知らないのだろう。
 幻の祭りと呼ばれることはある。

 俺はそこからさらに聞き込みをしたのだが、それ以上の情報は全く得られなかった。
 このままやっても無駄だ。

 肩を落としながら、とぼとぼとバスの停留所に向かっていた時の事。
 ドスンと何かにぶつかる
 下を向きながら歩いてしまったせいで、至近距離まで気づかなかったようだ。

「スイマセン」
 思わず謝り、顔を見上げると……
「え?」
 そこには形容しがたい何かがいた。

 俺は驚いて一歩下がるが、その何かは気にする様子もなく身をくゆらせていた。
 ゆらゆら、ゆらゆらと身をくねらせる。

 そこで俺は気づいた
 こいつは都市伝説で有名な『くねくね』だと……
 俺の危機センサーが最大級の警報を鳴らす。
 『くねくね』を見ると、おかしくなってしまうのだ。

 だが今の所なんの変化もなかった。
 理由は分からないが一安心。
 もしかしたら、うわさ話に尾ひれがついただけかもしれない。
 俺が色々考えている間も、『くねくね』は踊るようにくねくねしていた。

 それにしても、この『くねくね』はとても楽しそうだ。
 見ていると段々こちらも楽しくなってくる。
 俺もなんだか踊りたくなってきた。

 こんななにも無い寂れた田舎。 
 なにも娯楽が無くて辟易していた。
 ここでパーッと踊って憂さ晴らしをするのもいいかもしれない

 俺は持っていたカバンを投げ出して、くねくねの隣で踊る。
 馬鹿なことをしている自覚はあるが、どうでもいい。
 俺は踊るだけだ。

 騒ぎを聞きつけたのか、地元の人がやって来た。
「おお、外の人間が踊っているぞ!」
「踊るようにくねっておる!」
「『くねくね』様が来られたぞ」
「皆の者、踊るのじゃ!」

 俺と『くねくね』を中心にして、人が集まって踊り始める。
 どこにいたのかと思うほど、人が集まって来た。

 辺りをを見渡せば、老いも若いもみんな体をくねらせて踊っている。
 男も女も身をくねらせる。
 犬も猫もくねっている

 もはやお祭騒ぎ。
 なるほど、これが幻の祭の正体か。
 激熱じゃないか!
 これを本に書けばきっと大ヒット間違いなし。

 俺は未来の栄光を夢見ながら、体を激しくくねらせるのだった

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