G14(3日に一度更新)

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9/8/2024, 12:18:10 PM

 俺は自他ともに認めるお祭り男。
 お祭りを求めて、世界中を渡り歩いている。
 いつか本にして出すのが、俺の野望だ

 そんな俺の次のターゲットは、とある田舎の村で行われる『幻のお祭り』。
 祭りがあること以外はなにも分からない。
 名前も、どんな祭かもだ。

 なんとか場所は突き止め、バスを何回も乗り継いで来てみれば、そこは絵にかいたような田舎だった。
 期待に胸を膨らませて聞き込み調査!
 幻の祭りに参加するのが楽しみ――

 だったんだが……
 祭りについて有益な情報を得ることはできなかった。
 地元の人間に聞いても要領を得ないのだ。

 祭の存在は肯定してくれるのに、『いつ?どこで?』がさっぱり分からない。
 地元の人間は『そのうち、そこらへんで』としか言ってくれない
 誰が取り仕切っているかも知らない。
 本当に存在するのか、この祭り?

 隠しているのだとも思ったが、そんな感じでもない。
 嘘情報を流して観光客を呼び寄せる類とも思ったが、それにしては商売っ気が無さすぎる。
 ホテルすらない

 だから多分、本当に知らないのだろう。
 幻の祭りと呼ばれることはある。

 俺はそこからさらに聞き込みをしたのだが、それ以上の情報は全く得られなかった。
 このままやっても無駄だ。

 肩を落としながら、とぼとぼとバスの停留所に向かっていた時の事。
 ドスンと何かにぶつかる
 下を向きながら歩いてしまったせいで、至近距離まで気づかなかったようだ。

「スイマセン」
 思わず謝り、顔を見上げると……
「え?」
 そこには形容しがたい何かがいた。

 俺は驚いて一歩下がるが、その何かは気にする様子もなく身をくゆらせていた。
 ゆらゆら、ゆらゆらと身をくねらせる。

 そこで俺は気づいた
 こいつは都市伝説で有名な『くねくね』だと……
 俺の危機センサーが最大級の警報を鳴らす。
 『くねくね』を見ると、おかしくなってしまうのだ。

 だが今の所なんの変化もなかった。
 理由は分からないが一安心。
 もしかしたら、うわさ話に尾ひれがついただけかもしれない。
 俺が色々考えている間も、『くねくね』は踊るようにくねくねしていた。

 それにしても、この『くねくね』はとても楽しそうだ。
 見ていると段々こちらも楽しくなってくる。
 俺もなんだか踊りたくなってきた。

 こんななにも無い寂れた田舎。 
 なにも娯楽が無くて辟易していた。
 ここでパーッと踊って憂さ晴らしをするのもいいかもしれない

 俺は持っていたカバンを投げ出して、くねくねの隣で踊る。
 馬鹿なことをしている自覚はあるが、どうでもいい。
 俺は踊るだけだ。

 騒ぎを聞きつけたのか、地元の人がやって来た。
「おお、外の人間が踊っているぞ!」
「踊るようにくねっておる!」
「『くねくね』様が来られたぞ」
「皆の者、踊るのじゃ!」

 俺と『くねくね』を中心にして、人が集まって踊り始める。
 どこにいたのかと思うほど、人が集まって来た。

 辺りをを見渡せば、老いも若いもみんな体をくねらせて踊っている。
 男も女も身をくねらせる。
 犬も猫もくねっている

 もはやお祭騒ぎ。
 なるほど、これが幻の祭の正体か。
 激熱じゃないか!
 これを本に書けばきっと大ヒット間違いなし。

 俺は未来の栄光を夢見ながら、体を激しくくねらせるのだった

9/7/2024, 3:32:10 PM

「こちら市役所です。
 午後五時をお知らせします。
 子供は家に帰る時間です。
 車に気を付けてください」

 17時00分、俺は市役所の放送室にいた。
 俺の仕事は午後17時きっかりに、夕焼けチャイムを流すこと。
 決められた時間に決められたボタンを押すだけの仕事だけど、給料はきっちり出る。

 夕方チャイムとは、防災行政無線を通して行われている。
 災害が発生したとき、これで避難や災害状況を知らせるのだが、その時に壊れていては意味がない。
 ということで、毎日決まった時間に点検を兼ねてチャイムや音楽を流しているのである。

 だがこういったものは、令和の時代において自動化されているもの。
 だが、施設の老朽化とやらで肝心の自動化システムが壊れてしまったらしい。
 それで応急処置として俺が雇われたってわけ。

 だから俺は雇われた最初の日に、役人にいつ直すのか聞いた。
 俺はあくまでも代理であり、機械を直せばお役ごめんなのだ。
 だが市役所側の答えは、俺にとって意外なものだった。
 『直さない』

 この市は過疎化が進んでいて、碌に税金が入ってこないらしい。
 『慢性的な財政難であり、とても修理費なんて出せやしない』とのこと

 俺は『言いたいことは分かるけど、それ逆にお金かからない?』と返したのだが回答は変わらず。
 貧乏って嫌だね。
 そして『だがいつかは直す、いつかは分からないけど』と言って、はや3年。
 市役所のやつら、壊れているのを忘れている可能性がある

 ともかく俺は毎日、夕方チャイムを流すお仕事をしている。
 地味だけど、皆のためになるやりがいのある仕事。
 俺はとても満足している

 え?
 ボタンを押すだけのお仕事、飽きないのかって?
 ところが楽しいんだなあ、コレが。

 実はさっきの『おしらせ』の音声、録音されたものじゃない。
 録音された音声を流す機械も、普通に壊れているのだ。
 貧乏って嫌だね(2回目)

 ただしマイクは使える。
 ということで、誰かがしゃべる必要があるんだけど……
 それが俺だと思うだろ?
 違うんだなあ。

 喋るのは俺じゃない。
 ウチで飼っているインコたちだ。

 始めこそ俺がやっていたが、ある日『インコにやらせたら面白んじゃね?』と思った。
 善は急げで芸を仕込んでやらせてみたら、案外そつなくこなす。
 俺よりもだ。

 今では毎日インコが夕方チャイムでしゃべっている。
 市民の皆さんにも評判は上々だ。
 本音はウチのインコを自慢したいだけだったが、ここまで評判がいいと俺まで嬉しくなる。
 ただ人間ではなく鳥なので、たまに予定外のことをしゃべるトラブルもある。
 それも含めて愛されているけどな。

 物珍しいとのことで、わざわざ市外から聞きに来る人がいるほど。
 移住してきた人もいるそうで市役所の人たちも喜んでいた。
 大活躍のインコに、市役所がボーナスとして高級おやつをプレゼントしたくらいだ。
 俺には無かったが……
 まあいいけどさ。

 そして次の日も、夕方チャイムの時間がやって来た。
 俺は設備の前でスイッチを押す準備をする。
 横目で相棒のインコを見れば、静かに集中していた。
 ウグイス嬢ならぬインコ嬢。
 どこまで分かってるか分からないけど、頼もしい限りだ。

「時間だ、いくぞ」
「ハーイ」
「3,2,1」

 そしてインコが時を告げる。
 
「こちら市役所です。
 午後五時をお知らせします。
 子供は家に帰る時間です。
 車に気を付けてください」

9/6/2024, 4:36:42 PM

 太古の時代、貝殻は通貨であった。
 彼らは貝をお金として使い、物々交換していたそうだ。
 お金や経済に関係する漢字に『貝』が付いているのは、その名残である.

 そんな話をどこで聞いたのか。
 ウチの幼い娘が、貝殻のお金しか使えないお店をオープンした。

「貝殻のお金専門のお店です。
 お母さん、なにか買っていきませんか~」

 天使のような笑顔で私に微笑む娘。
 思わず商品全部を買い占めたくなる。
 ウチの娘は商売上手だ。

 問題は貝のお金は持ってないってこと。
 味噌汁のあさりの貝殻でいけるかな?

「開店サービスで貝殻のお金を一枚プレゼントです」
「あら素敵」
 娘がおもちゃの貝殻をくれる。
 このお店はサービスが行き届いているらしい。
 リピート確定だ。

「店員さん、商品を見せてもらいますね」
「どうぞ~」
「あら~、品ぞろえが豊富……」

 商品のラインナップはバリエーション豊かだ。
 鉛筆、絵本、髪飾り、手帳、アニメのDVD、造花、夫の漫画……
 娘が家を探検して拾った宝物の数々だ。

 より取り見取りだけど、買うものは厳選しないといけない。
 娘自身のお気に入りの物を買うと癇癪《かんしゃく》を起されるのだ。
 例えば人形を買おうものなら、ギャン泣きである。
 売らなければいいのに、と思うのだけど、多分自慢したいだけなんだろう。

 どれが買っていい物か……
 それを見極めるのは経験が必要だ。
 母親としての実力が今試される……!

 と、商品を眺めていると、あるものに目が留まる。
 貝をデフォルメしたおもちゃだ。
 小物入れとしても使えそうな印象を受ける。
 でも、こんなおもちゃ、我が家では見たことが無い。

「あの……、店員さん……
 これは?」
「お目が高い。
 これは、当店いちおしです」
「どういうものですか?」
「宝石が入ってます」
「宝石?」

 少し間をおいて、『ああ真珠の事か』と合点する。
 娘は貝の中に宝石が出来ることも知っているらしい。
 なんて賢いんだ!

 とはいえ本物が入っている訳じゃないだろうけど……
 でも娘が『宝石』というくらいだ。
 正直興味がある。

「店員さん、中を見てもいいですか?」
「どうぞ~」

 私は貝のおもちゃを手に取って、中を開ける。
 なかに入っていたのは……

「真珠が入ってます~」
 中に入っていたのは、白く輝く丸い球。
 真珠のイヤリングである。
 そのきらめきから、私は目を離せなかった。
 私は真贋を見極めることはできない。
 けれど、私の魂が本物だと言っていた。

 冷静になれ、自分!
 私は頭を振って、無理やり自分を落ち着かせる。
 いくらなんでも本物の訳が無い。
 幼い娘が本物を持ってくるなんて不可能だ。
 あるとすれば――イミテーション!
 あれなら本物と見分けつかないし、もしかしたら100均ショップで売ってたかもしれない。

「おー本物の真珠が入ってますね」
 だけど私は娘に話を合わせる。
 さすがにここで偽物と指摘するほど、野暮ではない。
 これはごっこ遊び、相手に嫌な思いをさせてはいけないのだ

「お母さん分かるの?
 凄い~」
「お母さんですから」
「おお~
 これが鑑定書です~」

 鑑定書?
 結構本格的だな……
 娘が脇から出してきた鑑定書を受け取って目を通す。
 そこに書かれていたのは……

「あの、店員さん。
 これ、本物ですか?」
「そうですよ~」

 娘から渡された鑑定書。
 それは明らかにおもちゃの範疇を超えていた。
 すさまじく格式ばった文言で、この真珠を本物と証明すると書いてある。
 会社の名前も書いてあるし、印も押してある。
 あ、ここの文字が凹凸がになってる。
 偽造防止用のエンボス加工ってやつだ
 ……これ、マジで本物?

「おお、凄い……」
「気に入りましたか~」
「はい、おいくらですか?」
「貝殻のお金、3枚です」

 私は手の平を見る
 そこにあるのは、最初に娘からもらった貝殻一枚だけ……
 どうしよう、イミテーションだと分かってても、手に入らないとわかるとがっくりくる。
 あと二枚かー。
 なんとか増やせないかな……
 通貨偽造に手を染めるしか……

 ひそかに落ち込んでいると、後ろから手が伸びて私の目の前に貝殻が置かれる。
 驚いて振り向くと、そこに夫がいた。

「店員さん、お父さんもお金を出します。
 これで足りますか?」
「足りないけど、サービスで値下げします。
 今日、お母さんの誕生日だし」
「え?」
「「お母さん、誕生日おめでとう」」

 どこに持っていたのか、娘と夫がクラッカーを鳴らす。
 今日、私の誕生日だったか。
 すっかり忘れてた。
 
「てことは……?」
「この真珠のイヤリングは誕生日プレゼントです」
「おお、おおー」
 感動のあまり、語彙が消失した。
 夢じゃないよね?

 私がフリーズしている間に、夫はイヤリングを取って私の耳につけてくる。
 真珠の重さを耳が感じ、これが現実だと教えてくれる。

「二人ともありがとう」
 私は感謝の気持ちを述べる。
 自分でも忘れていた誕生日を、家族が祝ってくれるなんてこんなに嬉しい事は無い。
 人生で最高の誕生日だった

「とても嬉しいわ。
 でも一つだけ言わせて」
 私はうれし泣きの涙をぬぐってから、二人に言う。

「これ、お金どうしたの?」
「宝くじ当たりまして」
「私、それで貝料理が食べたかったわ」
「……今夜、お父さんの奢りで食べに行きましょう」

 おあとがよろしいようで

9/5/2024, 1:49:34 PM

 現代日本は、あらゆる娯楽が存在する!
 ゲーム、漫画、アイドル、美食、芸術!!
 かつて昔の人々が手を伸ばそうとしたきらめき!!!
 それが今、誰の手にも手に届く時代!!!!

 だが何事にも例外は存在する。
 きらめきを求めながら、きらめきを手に入れられない者たちがいる。
 誰もが手を伸ばし、しかし多くの人が取りこぼすきらめき。
 それは『恋愛』。

 これは、自分だけのきらめきを求めて足掻いた少年の物語である


 ◆


 ここは懺悔室。
 悩める者たちが訪れる場所。
 きらめきが溢れるこの時代にも、この施設は消えることは無かった。

 この物語の主人公である少年も、悩みを抱えていた。
 彼がその悩みを解消するため、ここに訪れた事から話が始まる。

「すいません、懺悔してもいいですか?」
「構いませんよ
 どうぞ、お座りください」
 少年が慣れない様子で懺悔室に入って来る。
 神父はそんな不慣れな少年を優しい口調で迎え入れる。

「ここでの話は口外いたしません。
 ほかに聞いている者は神以外にいません。
 ですから安心して話してくださいね」
 神父の優しい言葉に少年はホッと胸を撫で踊る。
 今から懺悔することは、他の誰か知られたくなかったからだ。

「実は僕、好きな人がいるんです」
「すぐに告白しなさい」
「神父様?」
「神父ジョークです。
 続きをどうぞ」
「はあ」
 少年は訝しみながらも話を続ける。

「今日席替えがあって、幸運なことに彼女と席が隣になったんです。
 でも勇気が無くて話しかけられません……
 どうしたらいいでしょうか?」
「勇気を出して話しなさい」
「それが出来たら苦労はしません。
 そしてそれを手伝ってもらうため、僕はここに来ました」

 少年はその場に立ち上がる。
 彼は布一枚を隔てたところにいる神父を睨みつけた。

「僕、知っているんですよ。
 この教会の懺悔室で懺悔すれば、願いを叶えてもらえるって。
 違うんですか?」
「そちらのお客様でしたか……」

 神父の声のトーンが一段下がる。
 今まで優しかった声が、まるでこちらを値踏みするような声色……
 少年は少しだけ怖気を感じたが、悟られないよう虚勢を張る。

「願いには対価が必要だって事も知ってる。
 なんでも言え!」
「素晴らしい!
 では懺悔室の外に出てください。
 詳しい話はそこで」

 少年は、神父の言葉に従い外に出る。
 懺悔室から出ると、すでに神父が出て待っていた。
 神父は屈託のない笑みを浮かべ、少年を見ている。
 少年はその笑顔にうすら寒い物を感じた。

「出てきましたね。
 これを見てください」
「これはバナナの皮?
 これがどうしたんだ?」
「これを使ってボケてください」
「はあ!?」
 少年は驚きのあまり大声で叫ぶ。
 彼が想像していた対価と、全く違っていたからだ。
 少年の頭の中はハテナマークで埋め尽くされます

「お金とかじゃないの?」
「神父がお金とか持っても意味ありませんよ」
「バナナの皮、どっから出てきた?」
「私のおやつです。
 懺悔室で食べてました」
「ボケろって何?」
「お笑い好きなんですよ」

 神父は、少年の怒涛の質問にも動じず、涼しい顔をして答える。
 少年は若干のいらだちを覚えるも、それを飲み込んで次の質問をする。

「あのさ、からかって楽しい?」
「楽しいですよ、これ以上なく」
「趣味悪い……」
「悪くて結構。
 質問は以上ですか?
 ボケますか、ボケませんか?」
「……本当にやったら願いを叶えてくれるんだな?」
「神に誓って」

 少年は考える。
 モノボケなんてやったことは無い。
 というか漫才そのものをしたことが無い。
 間違いなく滑るだろう……

 つまらないボケをして、この話しが無かったことになるかもしれない。
 けれど、ここで引き下がっても何も始まらないことだけは確かだった。
 彼は自分だけのきらめきを手に入れるため、モノマネをする覚悟を決める。
 少年は息を大きく吸います

「いくぞ。
 モノマネ『オラウータン』――」
「あれー、こんなところで何してるのー?」

 少年はすぐさまモノマネを中断し、声の方へとぎこちなく振り向く。
 声を間違えるはずもない。
 視線の先には、少年が好きな少女がいた。
 彼は動揺を悟られないように、顔に笑顔を浮かべる。

「僕?
 僕は散歩さ。
 君は?」
「私はねー、漫画のネタにならないかと思って懺悔室まで来たんだー」
「そうなんだ」

 少年が助けを求めるように神父を見る。
 だが神父は笑いを必死にこらえているのか、体を小刻みに震わせていた。
 少年の慌てっぷりが、神父の心をつかんだらしい。
 神父は満足そうに頷くと、少女に近づく。

「お嬢さん、懺悔室を見たいと言いましたね?」
「駄目ですかー?」
「いいえ。
 今は人がいないので見てもらって構いませんよ。
 そうだ!」
 神父は何かを思いついたように、少年に視線をやる。

「神父役としてこの少年を付けましょう。
 漫画のリアリティー向上に貢献できるはずです」
「そのアイディア頂きー」
「ちょ、待って」
「入り口はこちらですよ」
「ありがとうございますー」
「無視すんな!」

 少年の叫び虚しく、少女は懺悔室に入っていく。
 それを見送った神父は、少年を手招きした。

「少年、君はこちらから入るといい。
 気にする必要はない。
 私を楽しませてくれた礼だ」
「でも心の準備が……」
「残念ながらチャンスというものは、都合のいいときに来てくれるとは限らない。
 ここに入って彼女と話したまえ」
「でも……」
「どうしてもと言うなら私がやろう。 だが次の機会は保証しないよ」
「……僕がやる」
「そうでなくては!」

 少年は神父に案内されて懺悔室に入る。
 懺悔室扉を閉める時、少年は神父の顔を見た。
 その顔は、お気に入りのおもちゃを見つけたような、子供のような笑顔だった。
 神父は少年より先にきらめきを手に入れたのだ。

 少年は神父に怒りを感じつつも、ひとまず心の外に追い出すことにした。
 好きな女の子とお話しするのに、邪魔な感情だからだ。
 彼は自分だけのきらめきを手に入れるため、負けられない戦いに挑むのだった。

9/4/2024, 1:46:56 PM

 とある公園のベンチに、沈んでいる男の子がいました。
 彼はまるでこの世の終わりかのような顔で落ち込んでいました。

 彼の名前は鈴木太郎。
 どこにでもいそうな平凡な小学生。
 年に似つかわしくない悲壮感を漂わせていました。
 それもそのはず、彼は神様の生まれ変わりで、見た目より歳を取っているのです

 彼は、人間について知るため(と云う事にして)人間界に降りてきました。
 ですが逃げるように人間界にやってきたので、これいといって何かに熱心に取り組むことはありませんでした。
 人間についての勉強はおろか、小学校の勉強もまじめにやっていませんでした。
 そして人づきあいも苦手と言うことが災いし、寂しい学校生活を送っていました。

 そんな彼ですが、熱心なこともあります。
 それは創作です。
 彼は孤独を癒すようににラノベを読みまくり、沼の柄利用は頭の先までどっぷりでした。
 そんな彼が創作に手を出すのは自明の理。
 売れっ子の小説家を夢に見つつ、彼は小説を書きつづけました

 ですが最近彼には悩みがありました。
 自作の創作ノートの一冊が行方不明なのです。
 さすがにまだ誰かに見せる決意は無いので、だれかに見られたら大変です
 もしかしたら落としたのかと思い、通学路を行って帰ってきたのですが、やはりありませんでした。
 絶望した彼は、近くにあったベンチに腰掛けて今に至ります。

「おーい、タロちゃん!」
 太郎がボーっとしていると、自分を呼ぶ声が聞こえます。
 声の主は、佐々木 雫という女の子。
 彼女は太郎のクラスメイトで、見た目はギャルですが、優等生で勉強がとてもできます。
 そして太郎の事が(友達として)大好きな元気いっぱいの女の子です。

 雫は今日も当たり前のように隣に座ります。
 太郎に座っていいかなんて聞きません。
 親友ですから。

「タロちゃん、どうしたの~。
 なんか悩み事?」
 彼女は太郎の顔を見て、すぐに不調に気づきました。
 雫は、太郎のことが好きなあまり、どんな些細なことにも気づくのです。

「なんでもない」
 ですが太郎はそっけなく返します。
 太郎は、雫は(友達として)そこそこ好きなのですが、それ以上に雫の事が苦手でした。
 雫の過剰なスキンシップにいつまでも慣れないのです
 太郎はウブな男の子なのでした。

「いいじゃん、話しなよ~。
 私とタロちゃんの仲じゃん?
 あ、タロちゃんシャンプー変えた?」
「なんで気づくの?
 きも」
「ひどい~」

 太郎は、余裕のなさから雑にあしらいます。
 しかし雫は特に気にした様子もなく、スキンシップを続けます。
 雫は、太郎のぶっきらぼうな態度も含めて気に入っているのです。

「悩んでるなら、気分転換で駄菓子屋に行こ?
 君の小説のヒロイン、駄菓子好きでしょ」
「なんでそのことを……」

 太郎は恐怖を感じました。
 太郎が小説を書いていることは雫も知ってします。 
 ですが小説を見せたことはありません。
 にもかかわらず、なぜ小説の事を知っているのか……
 太郎の頭に最悪の可能性が浮上してきました。

「昨日、ノート貸したじゃん。
 その時タロちゃんてば、間違えて小説を書いたノートを私に渡してきたのよ。
 気づいてなかったの?」
「やっぱり……」

 太郎は愕然とします。
 今まで思い悩んでいたノートの在処が分かったこともありますが、よりにもよって自分の手で雫に渡してしまったということです。
 太郎の全身に妙なむず痒さが襲い掛かります。

「でさ、悪いと思ったんだけど読ませてもらったよ。
 タロちゃん、小説読ませてくれないんだもんね」
「なんで読むんだよ!?」
「そこに小説があったから?」
「そこは読まないのが優しさだよ」
「で、感想なんだけど――」
「待って」

 太郎は雫の口を押えます。
 自分の作品の感想を聞きたくなかったからです。
 人に読ませるために書いたものではないので、覚悟が無かったのです。

 しかし太郎はこうも思いました。
 これはチャンスでもあると。
 売れっ子小説家になるため、いつかは通らなければいけない道……
 それが今だっただけのこと。

 それに読んだのが雫と言うことで、酷評もされないだろうという信頼もありました。
 太郎は覚悟を決め、雫の口を押えていた手を動かします

「感想言っていいよ」
「ちょーおもろかったよ」
「……それだけ?」
「それだけって?
 面白かったから面白いって言っただけだよ。
 でもね、不満が無いわけじゃないの」

 太郎はドキリとします。
 やっぱり駄目だったんだ。
 太郎はこの場から逃げたくなる衝動に駆られます。

「誤字脱字が酷い。
 タロちゃん、国語が苦手なのは知ってるけど、アレは酷いよ」
「へ?」
 想像とは違った意見に、太郎は呆気にとられます。

「誤字はね、やっぱり気になるの。
 勉強嫌いなのは知ってるけど、国語は頑張ろう」
「……はい」
「あ、もしかしたら会えるかもって、ノート持ってるの。
 今渡すね」

 持っていたカバンから雫はノートを取り出します。
 太郎は嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちでノートを受け取ります。

「間違えているところ、付箋付けといたから。
 余計なお世話だろうけど、その数はさすがに見逃せなかったの」

 受け取った太郎は、恐る恐るノートを開きます。
 優等生の雫は、どんな些細な間違いも見逃しません。
 開いたページには、びっしりと付箋が貼ってありました。
 ざっと見ただけでも、一ページに10個以上あります。

「タロちゃん、小説書いたらまた見せてね。
 誤字脱字見てあげる。
 タロちゃんのことなら、どんな些細なことも見逃さないわ」

 こうして小説家の卵太郎と、ギャル編集者雫の、ながーいお付き合いが始まるのでした

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