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 太古の時代、貝殻は通貨であった。
 彼らは貝をお金として使い、物々交換していたそうだ。
 お金や経済に関係する漢字に『貝』が付いているのは、その名残である.

 そんな話をどこで聞いたのか。
 ウチの幼い娘が、貝殻のお金しか使えないお店をオープンした。

「貝殻のお金専門のお店です。
 お母さん、なにか買っていきませんか~」

 天使のような笑顔で私に微笑む娘。
 思わず商品全部を買い占めたくなる。
 ウチの娘は商売上手だ。

 問題は貝のお金は持ってないってこと。
 味噌汁のあさりの貝殻でいけるかな?

「開店サービスで貝殻のお金を一枚プレゼントです」
「あら素敵」
 娘がおもちゃの貝殻をくれる。
 このお店はサービスが行き届いているらしい。
 リピート確定だ。

「店員さん、商品を見せてもらいますね」
「どうぞ~」
「あら~、品ぞろえが豊富……」

 商品のラインナップはバリエーション豊かだ。
 鉛筆、絵本、髪飾り、手帳、アニメのDVD、造花、夫の漫画……
 娘が家を探検して拾った宝物の数々だ。

 より取り見取りだけど、買うものは厳選しないといけない。
 娘自身のお気に入りの物を買うと癇癪《かんしゃく》を起されるのだ。
 例えば人形を買おうものなら、ギャン泣きである。
 売らなければいいのに、と思うのだけど、多分自慢したいだけなんだろう。

 どれが買っていい物か……
 それを見極めるのは経験が必要だ。
 母親としての実力が今試される……!

 と、商品を眺めていると、あるものに目が留まる。
 貝をデフォルメしたおもちゃだ。
 小物入れとしても使えそうな印象を受ける。
 でも、こんなおもちゃ、我が家では見たことが無い。

「あの……、店員さん……
 これは?」
「お目が高い。
 これは、当店いちおしです」
「どういうものですか?」
「宝石が入ってます」
「宝石?」

 少し間をおいて、『ああ真珠の事か』と合点する。
 娘は貝の中に宝石が出来ることも知っているらしい。
 なんて賢いんだ!

 とはいえ本物が入っている訳じゃないだろうけど……
 でも娘が『宝石』というくらいだ。
 正直興味がある。

「店員さん、中を見てもいいですか?」
「どうぞ~」

 私は貝のおもちゃを手に取って、中を開ける。
 なかに入っていたのは……

「真珠が入ってます~」
 中に入っていたのは、白く輝く丸い球。
 真珠のイヤリングである。
 そのきらめきから、私は目を離せなかった。
 私は真贋を見極めることはできない。
 けれど、私の魂が本物だと言っていた。

 冷静になれ、自分!
 私は頭を振って、無理やり自分を落ち着かせる。
 いくらなんでも本物の訳が無い。
 幼い娘が本物を持ってくるなんて不可能だ。
 あるとすれば――イミテーション!
 あれなら本物と見分けつかないし、もしかしたら100均ショップで売ってたかもしれない。

「おー本物の真珠が入ってますね」
 だけど私は娘に話を合わせる。
 さすがにここで偽物と指摘するほど、野暮ではない。
 これはごっこ遊び、相手に嫌な思いをさせてはいけないのだ

「お母さん分かるの?
 凄い~」
「お母さんですから」
「おお~
 これが鑑定書です~」

 鑑定書?
 結構本格的だな……
 娘が脇から出してきた鑑定書を受け取って目を通す。
 そこに書かれていたのは……

「あの、店員さん。
 これ、本物ですか?」
「そうですよ~」

 娘から渡された鑑定書。
 それは明らかにおもちゃの範疇を超えていた。
 すさまじく格式ばった文言で、この真珠を本物と証明すると書いてある。
 会社の名前も書いてあるし、印も押してある。
 あ、ここの文字が凹凸がになってる。
 偽造防止用のエンボス加工ってやつだ
 ……これ、マジで本物?

「おお、凄い……」
「気に入りましたか~」
「はい、おいくらですか?」
「貝殻のお金、3枚です」

 私は手の平を見る
 そこにあるのは、最初に娘からもらった貝殻一枚だけ……
 どうしよう、イミテーションだと分かってても、手に入らないとわかるとがっくりくる。
 あと二枚かー。
 なんとか増やせないかな……
 通貨偽造に手を染めるしか……

 ひそかに落ち込んでいると、後ろから手が伸びて私の目の前に貝殻が置かれる。
 驚いて振り向くと、そこに夫がいた。

「店員さん、お父さんもお金を出します。
 これで足りますか?」
「足りないけど、サービスで値下げします。
 今日、お母さんの誕生日だし」
「え?」
「「お母さん、誕生日おめでとう」」

 どこに持っていたのか、娘と夫がクラッカーを鳴らす。
 今日、私の誕生日だったか。
 すっかり忘れてた。
 
「てことは……?」
「この真珠のイヤリングは誕生日プレゼントです」
「おお、おおー」
 感動のあまり、語彙が消失した。
 夢じゃないよね?

 私がフリーズしている間に、夫はイヤリングを取って私の耳につけてくる。
 真珠の重さを耳が感じ、これが現実だと教えてくれる。

「二人ともありがとう」
 私は感謝の気持ちを述べる。
 自分でも忘れていた誕生日を、家族が祝ってくれるなんてこんなに嬉しい事は無い。
 人生で最高の誕生日だった

「とても嬉しいわ。
 でも一つだけ言わせて」
 私はうれし泣きの涙をぬぐってから、二人に言う。

「これ、お金どうしたの?」
「宝くじ当たりまして」
「私、それで貝料理が食べたかったわ」
「……今夜、お父さんの奢りで食べに行きましょう」

 おあとがよろしいようで

9/6/2024, 4:36:42 PM