G14(3日に一度更新)

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4/26/2024, 11:04:25 AM

「私たち死ぬまで一緒だよ」
「もちろんさ。この手を離さない」

 公園のベンチに座る一組のカップル。
 彼らはお互いに手を握り合い、愛を語り合っていた。
 だが二人の顔に喜びは無く、思いつめた表情をしている。
 ベンチの端に置かれたラジオからは、悲しいメロディーが流れ彼らの悲壮感が際立つ。

「ああ、幸せ」
「僕もだ」
「でも、もうすぐお終いなのね」
 その言葉を合図に二人は空を見上げる。
 彼らの目に映るのは、視界いっぱいの流れ星。
 文字通りの視界いっぱいであり、この数の流れ星など異常というほかは無かった。

「まるで世界の終わりだな」
「うん、でも最後はあなたと一緒でよかったわ」
「僕もだよ」
 二人はお互いを見つめ合う。

 そんな時、ラジオから流れていた曲が終わり、ラジオから司会の男の声が流れてくる。

「さあ、リクエストの『5年前のあの日』が終わったところで、隕石についての続報だ。
 地球に接近していた大隕石<メテオ>は、核弾頭<ホーリー>によって無事破壊。
 その破片も問題なく大気圏で燃え尽きたそうだ。
 隕石による被害は無し。
 素晴らしいね。

 では次のリクエスト。
 ペンネーム・アルテマさんから『J-E-N-O-V-A』。
 さあ、行ってみよう」

 司会の言葉と共に、テクノな音楽が流れてくる。
 その曲を聞いて、二人は思わず吹き出してしまう。

「これじゃ『悲劇のカップルごっこ』できないね」
「この曲好きなんだけどねー」
 二人は腹を抱えて笑い出す。
 ひとしきり笑った後、男が口を開く。

「そういえば願い事した?」
「あっ、事忘れてた」
「やっぱり。……でも安心して。俺が代わりにしといたから」
「ありがとう。それで、なんてお願いしたの?」
「うーん、恥ずかしいから内緒」
「話ふっといてそれかい!気になるだろ。吐け―」

 そうして二人は鬼ごっこを始め、公園内を走り回る。
 いつもの賑やかな公園の風景。
 雲一つない青空の下、二人の笑い声が響くのであった。
 


 そして、ところ変わって地球から遠く離れたところの宇宙船。
 そこにいる宇宙人たちは、公園のカップルとは反対に悲痛な面持ちで地球を眺めていた。

 彼らは自分たちが移住する星を探すために、宇宙を旅する宇宙人。
 長い旅の末、地球を発見し、地球を侵略せんと企んでいたのだ。
 お察しの通り、あの隕石は宇宙人が差し向けたものである。

 彼らは、地球に知性を持った生命体がいることは知っていた。
 だが宇宙航行技術すらもたぬ知性体とは交渉の価値なしと判断し、邪魔な地球人を滅ぼすことを決定した。
 地球に隕石を落とし、地球の生命を滅ぼした後で、ゆっくり地球を征服する……
 その計画は完璧に思えた。

 だが失敗した。
 なんと地球人が隕石を破壊したのだ。
 それもただ破壊するだけでなく、地表に被害が無いように計算をした上で、である。
 宇宙人はただ恐怖するしかなかった。

 隕石の接近を察知した地球政府が、『この隕石は破壊可能である』というアナウンスをしたことは知っている。
 だがそのアナウンスはやせ我慢であり、不可能だと宇宙人は思っていた。
 ところが地球人は隕石を軽く破壊した。
 宇宙人自身にとってですら破壊困難であった隕石をだ。

 もはや、疑う余地は無かった。
 あの星の知性体は強力な兵器を保持している。
 地球に関わるのは危険だ。
 そして宇宙人たちは、万が一にも報復されるのを避けるため、即座に地球から離れることを決断する。

 離脱の準備をしている中、一人の宇宙人が最後の破片が大気圏に突入するのを目撃する。
 その破片は赤い光の尾を引き、すぐに消える。
 それを見て、彼は思いだした。
 地球には『流れ星に願いをかける』風習があることを。

 『なんと馬鹿馬鹿しい。
 流れ星と願いが叶う事は、なんの因果もないただの現実逃避。
 これだから未開の星の知生体というものは……』
 そう言って、地球人の風習を鼻で笑った彼……

 しかし、今の彼は笑うことが出来なかった。
 たとえ馬鹿馬鹿しくとも、地球人が現実逃避する気持ちが分かってしまったのだ。
 無意味だと知りつつも、彼は流れ星に願う。
 現実から目を背けるために、ただ願うしかなかった。

 『願わくば、地球人が我々の存在に気づきませんように』

4/25/2024, 12:17:40 PM

「助かったわ。省吾君。小学生なのに偉いわ」
「いえ、当然の事です」
 公園のお掃除を手伝って、大人の人たちからお礼を言われる。
 僕はいい子と言われて嬉しくなって、にんまりと笑ってしまう。

 僕はいい子だ。
 人助けをするし、ルールもどんな時だって守る。

 廊下は走らないし、授業中お喋りしない。
 挨拶は欠かさないし、誰かが困ってたら手伝う。
 交差点では、車が通ってなくても青信号になってから渡る。
 ご飯の前にお菓子は食べない、などなど。
 だから僕はいつも『いい子』って、周りの大人たちから褒められる。

 でも僕がルールを守るいい子でいるのは理由がある。
 それはサンタさんからプレゼントをもらうため。
 『いい子じゃないとサンタクロースからプレゼントをもらえない』
 子供たちならみんな知ってる。
 だからいい子でいるんだ。
 
 でも正直なところ、少しだけ『本当に?』とも思っている。
 だって、友達やクラスメイトは、普段はルールをあまり守らない『悪い子』なのに、クリスマスが近づいてから『いい子』になる。
 それでも、サンタさんからプレゼントをもらえるんだから、不思議だ。

 でも、と省吾は思う。

 でも、僕は友達の翔君みたいサッカーがうまくない。
 でも、隣の席の香織ちゃんみたいにテストで100点をとったことがない。
 でも、隣のクラスの健吾君みたいにみんなを笑わせることが出来ない。

 だからみんなは、ちょっとくらい悪い子でもいいのかもしれない。
 でも自分は違う。

 だって他の子みたいに何か出来るわけじゃない。
 運動も勉強も、何も出来ない。
 だから、僕が唯一出来る事、『ルールを守る』ことで、いい子アピールするしかない。

 みんないろんなことが出来るから、少しの間『いい子』でいればいい。
 だけど、僕は才能がない。
 だから僕はルールを守らないといけないんだ

 ◆

 ある日の夕方。
 学校が終わって、いつもの帰り道。
 車の通らない交差点に着いたとき、事件が起こった。

 道路の向こうで、お爺さんが苦しそうにうずくまっていたのだ。
 助けを呼ぼうとしたけど周りには誰もいない。
 お爺さんを助ける事ができるのは自分だけ。
 急いで道路を渡ろうとした瞬間、信号が赤になってしまった
 赤はわたってはいけない。
 それがルール。

 信号が変わるまで待とう。
 そう思ったけど、お爺さんはとても苦しそうに呻いている。
 早く助けに行かないと、死んじゃうかもしれない。
 でも、信号は変わらず赤のまま。
 どうしよう。

 僕は迷った。
 赤信号を渡るのは、悪い事。
 でも、道の向こうで苦しんでいる人がいる。
 僕は少し迷って、赤信号を渡ることにした。
 怒られるのは嫌だけど、でもお爺さんが死んじゃうのはもっと嫌だ。

 僕は左右を見て車が来てないことを確認してから、横断歩道を走って渡り、お爺さんの元に走り寄る。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
「ああ、そこのカバンを取ってくれ。薬が入っているんじゃ」
 周りを見ると、少し離れたところにカバンがあった。
 すぐさま、カバンを拾ってお爺さんに渡す。

「これですか?」
「ありがとう」
 お爺さんはそう言うと、カバンの中から水筒を取り出して、薬を飲んだ。
 何回か深呼吸した後、お爺さんは僕を見る。

「ありがとう。助かった」
「どういたしまして。 困ってる人が助けないといけませんから」
「ほほ、さすがだね。とてもいい子だ」
 いい子、と言われたのに僕の心は嬉しくならなかった。
 こんなことは初めてだった。

「どうしたのじゃ? そんな悲しそうな顔をして」
「お爺さんを助けるために、赤信号を渡ってしまったんです。
 赤信号を渡るのは悪い子……
 このままじゃ、サンタさんにプレゼントをもらえない」
 お爺さんは、泣きそうになる僕の頭を優しく撫でてくれた。

「大丈夫、省吾君はとてもいい子じゃ」
「えつ、なんで僕の名前を?」
 急に名前を呼ばれてビックリする。
「ほほほ、儂はサンタじゃ。子供のことは何でも知っておる」
「サンタさん!?」
「ほほほ、内緒じゃぞ。クリスマスじゃないのにサンタがいるとみんな驚いてしまうからな」
「分かりました」
 確かにみんなを驚かすのはいい子のすることじゃない。

「儂は省吾君は励ましに来たんじゃ」
「えっ」
「省吾くんが最近悩んでいる事は知っておるじゃろう。
 確かにルールを守ることはいい事じゃ。
 じゃがそこまで必死にならなくてもよい」
「でも……」
「君は人助けができる。それは誰にもできる事じゃない」
 省吾君はいい子じゃよ。
 そう言ってサンタさんは微笑む。

 たしかにサンタさんの言う通り、必死になりすぎたのかもしれない。
 不安だったのだ。
 けれど、もう大丈夫。
 だってサンタさんにいい子だって言ってもらえたから。

「もう大丈夫じゃな」
「はい!」
 僕は、大声で返事をする。
 やっぱりサンタさんはすごい。
 僕の悩みは、サンタさんの言葉で無くなってしまったのだった

4/24/2024, 10:53:42 AM

「貴方の今日の心模様は――

 ――曇りのち晴れ。
 また、今日は雷予報が出ています。
 ご注意ください」

 腕にはめたスマートウォッチが、私の『今日の心模様』を予報する。
 西暦20XX年、人類は簡易的にではあるがついに未来予知を可能にしたのだ。
 予測なので外すことも多いけれど……

 そういった科学の英知を、毎朝学校へ出かける前に聞くのが私の日課。
 聞いたからと言って何ができるわけではないけれど、心の準備が出来るからだ。

 それにしても今日の予報で引っかかることがある。
 曇り予報についてではない。
 あれは、今日体育の授業で長距離走だから、私の心は曇り模様なのだ。

 問題は雷予報。
 本当に雷に打たれるわけじゃない。
 でもそれぐらいショッキングな事が起きるかも、という予報だ。
 たしか、去年の夏ごろ雷予報だったが、海水浴に行ってクラゲに刺された。
 最悪の一日だったのを覚えている。

 『まあ、いいさ。所詮は予報。
 過度に気にしないことが、楽しく生きるコツ』
 と、うそぶく私でさえ、雷予報は聞くのも嫌なのだ。

 けれど、私は学生、今日も学校に行かねばならぬ。
 憂鬱な気持ちのまま、学校に向かう。
 ここまでくると、曇りどころか雨模様だ。
 だって、マラソンはあるし、雷予報は出たし、ホント学校に行きたくない……
 そこでふと、私は名案を思いつく。
 行きたくないなら、休めばいいじゃん。

 このまま仮病使って休もう。
 なんと甘美な響きか。
 なに、雷予報が出て休む子は結構多い。
 学校側も薄々気づいているけど、雷だからなあと、見て見ぬふりしている。
 だから何も問題は無い。

 休んでしまえば、雷に気を付けなくてもいい!
 走らなくてもいいんだ!
 その事実が私の心を晴れ模様にする。
 よし、家に戻るか。
 とUターンしようとした瞬間の事である。

「大丈夫ですか?」
 急に声を掛けれれ、驚いて体が跳ねる。
「さっきから、動かれないので……
 体調が悪ければ人を呼びましょうか?」
 どうやら考え事をして、じっと動かない私を心配してくれたらしい。

「大丈夫です」
 私は条件反射で答える。
 もちろん体調は万全だし、もし悪くても自分の家はすぐなので、問題は無い

 心配させて悪かったなと、声をかけてくれた人にお礼を言おうとして振り返る。
 そこで私は雷に打たれたような衝撃を受ける。
 そこにいたのは、私の推しのソウマくんだ。
 ソウマくんは、若い世代から絶大な人気を誇る、今を時めくアイドルだ。
 お忍びなのか変装をしているが、私の目はごまかせない。

「あの――」
「しー」
 もしかしてソウマくんですか?
 そう言おうとした私の言葉を、ソウマくんが遮る。
 なるほど、確かに『ここにソウマくんがいる』と私が叫べば、人が集まり大騒ぎになると困るのだろう。
 私は軽率な行為を反省する。

「実は、お忍びなんです」
 ソウマくんは小さな声で囁く。
 やはりお忍び!
 そして騒ぎになるリスクを冒してまで、私を心配してくれたソウマくんはやはり天使であることを再確認する。

「大丈夫そうなら良かった」
 ソウマくんは優しい顔で微笑む。
 こんな顔を間近で見られるなんて、今日私は死ぬのか?
 予報は何も言ってなかったぞ。

「僕はもう行くね」
 そう言って去ろうとするソウマくん。
「待ってください」
「何か?」
 思わず引き留めたけど、何も考えてない。
 ただただ、ソウマくんともっと一緒にいたいだけだ。 
 どう考えてもいいわけが思いつかないので、そのまま思った事を口にする。
 
「……また会えませんか」
 図々しいお願いだとは思う。
 だけど、人生に一度クラスの幸運!
 少し話して、『はい、さよなら』では済ませられない!
 
 しかし肝心のソウマくんは、困り顔だ
 しまった、図々しすぎて嫌われたか?
 私はそんな不安に駆られるも、ソウマくんは急に真顔になる

「あの、これ内緒なんですけど」
 ソウマくんが、私に顔をぐっと近づける。
 近い。
 顔が近い。
 そしてすっと、近所の公園を指さす

「そこの曲がり角にある公園あるでしょう?
 実は来週、そこでドラマの撮影があるんです。
 お忍びなのも、それの下見でして……
 もしよかったら、見に来てください」
 ソウマくんは、ニカっと私に笑いかける。

「じゃあ、また来週」
「はい」
 そういってソウマくんは去っていった。

 今日はなんていい日だろう。
 雷予報が出たので身構えていたけれど、とんだサプライズだ。
 こういう事もあるんだな。
 驚かせやがって。
 私の心は晴れ晴れ澄み渡り、学校に向かって通学路をご機嫌に歩いていく。
 
 長距離走?
 どんとこい。
 ソウマくんと再会の約束をした私は無敵なのだ。
 意気揚々と私が歩いていると、スマートウォッチが急に起動した。

「一週間の貴方の心模様は――
 ――毎日、雲一つない快晴となるでしょう」

4/23/2024, 10:55:42 AM

 やっちまった。
 私は手に持ったコーヒーを眺めながら、心中で呟く。
 私はコーヒーが嫌いだ。
 とくにブラックのやつが……

 本当は別の物、たとえば紅茶とかがよかった。
 コップを取る際、よそ見しながら取ったからである。
 なぜコーヒー以外にも飲み物があるのに、よりにもよってなぜコーヒーなのか?
 畜生め。

 じゃあ交換してもらえればとなるのだが、それは出来ない。
 今この屋敷にいる人間で集まって、重要な会議をしているから。
 非常にシリアスな場面であり、とてもじゃないが『飲み物を間違えたから変えて(はーと)』なんて言えるわけない。

 私は憂鬱な気分で会議を聞いていた。
「電話は駄目だ。スマホの電波も入らない」
「ここに来るまでの道が土砂崩れで通れなかった」
「車のタイヤがパンクしてる。 しかも全部だ」

 お分かりいただけただろうか?
 私たちは、いわゆる陸の孤島で孤立しているのだ。
 しかも――

「そんな! じゃあ、助けに来るまで人殺しと一緒にいなきゃいけないの?」
「……残念ながら、そういう事になる」
 この会話でお察しだろう。
 私は、いや私たちはこの屋敷に閉じ込められた。
 よりにもよって、人殺しと一緒に……

 面々はこの窮地から脱出しようと、討論を繰り広げるが有効な打開策は出ない。
 不毛な会議を聞きながら、やっぱり来るんじゃなかったと後悔する。
 どうしてもと乞われ渋々来たのだが、こんな事になるとは……
 どうしてこうなった……

「貴女は何か案がありますか?」
 顔を上げると、イケメンが私を見つめていた。
 よく見れば他の面々も私の事を見ている。
 会議の面々は美男美女ばかり。
 こういう場でなければ、眼福だと言って喜んだのだろうけど、今の私にそんな余裕はない。

「別に何も」
 私は感情を込めず答える。
 興味は無いから仕方がない。
 殺人鬼などどうでもいい。
 私の興味はただ一つ、目の前にある嫌いなコーヒーだけ。

「そうですか……」
 私のぶっきらぼうな返事に、声をかけたイケメンは悲しそうな顔をする。
 ああ、イケメンの悲しむ顔は綺麗なのに、なぜこんなにも気持ちが高ぶらないのか……
 やっぱり、来なければよかった。

 憂鬱な気持ちの中、もう一度私は持っているコーヒーを見つめる。
 私は、今からこれを飲む。
 たとえ間違いだとしても、手に持っている以上はこれを飲み干さなければいけない……
 そういう運命だ。

 私は、運命を呪いながら、意を決し、コップの中のコーヒーをあおる。
 案の定、口の中にコーヒーの苦みが広がる。
 やっぱり紅茶がよかったなあ。

 周りの人間は何事かと私に注目する。
 突然、何もしゃべらないヤツがコーヒーを一気飲みし始めたら、そりゃ見る。
 私は視線の中、ゆっくりと、後ろのソファーに体を沈める。
 ああ、やっぱりコーヒーは嫌いだ。

「あの、大丈夫ですか?」
 さすがに心配したのか、イケメンが再び声をかけてくる。
 でも。
「……」
 私は問いかけに応えない。
 そんな気分じゃない。
 それに――

「あの」
 反応のない事を不思議に思ったのか、私の肩を叩く。
 私は返事をする代わりに、座ったまま、ゆっくりと、横に、体を倒す。
 イケメンには悪いが仕方がないんだ。
 だって、私は――
「うわあああ、死んでる」


 ――死んだのだから……





「カーーート」

 🎬


「瑞樹ちゃん、今日も良かったよ」
「はあ、どうも」
 監督にお褒めの言葉に、素っ気ない返事を返す。

「えっと、ゴメンね」
 失礼な返答をしたにもかかわらず、申し訳なさそうに謝る監督。
 私が不機嫌な理由の一つに監督に原因があるからだ。
 
「急にキャンセルされちゃってさあ。」
「分かってます」
 私は本来、この撮影に参加する予定は無かった。
 けれど、予定していた役者がドタキャンしたので、代役の話が私に回ってきたのだ。
 本当なら……本当なら久しぶりの休暇を楽しむはずだったのに……

「あの、怒ってる?」
「いいえ」
 もちろん嘘だ。
 監督から『一生のお願い』とか、『ギャラ倍出す』とか、『あなたにぴったりの役』とか、『おしいい役だから』などのセールストークを受け、嫌々ながらもここに来た。
 にもかかわらず、私の役柄は序盤ですぐ死ぬ『いつも不機嫌そうな女性』……
 これが私にぴったりってどういう意味だ、コラ。

 でも言わない。
 なぜなら私は出来る女……
 仕事に私情はもちこまないのがモットー。

「分かってます。仕事ですから」
「そんな冷たい事言わないでよ。 瑞樹ちゃんと私の仲でしょ?」
「はい、ただの監督と役者の、ビジネスライクな仲ですよね」
「だめ、怒ってるわ。準備してたお菓子持ってきて。なるはやで!」
 監督がスタッフに呼びかけ、すぐに私の目の前にたくさんのお菓子が並べられる。

 先ほどまで不機嫌だった私も、さすがに笑顔になってしまう。
 目の前にあるのは、テレビでしか見ないような、お高いお菓子たち。
 それがたくさんあれば、誰だって喜ぶことだろう。

「仕方ない。コレで許しましょう」
 私は早速、そのうちの一つを口に放り込む。
 うむ、うまい。
 思わず、笑いがこみあげてくるほどのおいしさ!

「あの、瑞樹ちゃん、余計なお世話だけど、一つ言っていいかしら」
 その様子を呆れるように見ていた監督が、口を開く
「ふぁに(何)?」
 私はお菓子を頬張りながら返事をする。
「そんなにお菓子食べたら太るわよ。 役者は体形管理も仕事よ」
 そんなこと言われなくても分かってる。
 目の前のお菓子を全部食べれば、きっと太るだろう。

 でも、それが何だと言うのか……
 お菓子を口に入れるたびに、体中に広がる多幸感。
 そして溢れる生きてる幸せ。
 たとえ間違いだったとしても、この手が止まることは無い。
 

4/22/2024, 12:02:36 PM

 とある小学校の、とある教室。
 その休憩時間、子供たちは自分の好きなように過ごしていました。

 外で遊ぶのが好きで、外でサッカーをする子。
 寝るのが好きなのか、机に突っ伏して寝ている子。
 友達とおしゃべりするのが好きな子。
 そして本を読むのが好きな子。

 何の変哲もない休憩時間の風景。
 そして休憩時間は元気いっぱいの子供たちも、授業となれば静かになります。
 学級崩壊もなく、皆真面目に授業を受ける……
 何の変哲もない一般的なクラスでした。
 ですが、こんな平和なクラスにも、学校の先生たちが頭を悩ます二人の生徒がいます。
 

 一人目の名前を、鈴木 太郎といいます。
 容姿はこれと言った特徴は無く、物静かな印象を受ける、本が好きな子供です。
 休憩時間はいつも本を読んでいます。
 そして、『読書に集中するあまり、周りの事に気が付かないタイプ』でした。
 何も知らない人間からは『大人しくていい子』と見られるこの少年……
 実は、学校の行事を当たり前の様に休み、授業態度も悪い、超問題児なのです。
 何度言っても反省せず、『あいつはもうだめだ』と先生たちも半ば匙を投げていました。

 二人目の名前は、佐々木 雫《しずく》。
 太郎とは違い、彼女は校則ギリギリまで制服を改造し、派手な印象を受ける、オシャレが好きな子供です。
 休憩時間はいつも、友達とおしゃべりしています。
 そして『おしゃべりに夢中になるあまり、周りの事に気が付かないタイプ』でした。
 何も知らない人間からは『学校の風紀を乱している』と見られるこの少女……
 実は、学校行事を率先して参加し、授業も真面目に受ける、超優等生なのです。
 ですが何度いっても服装だけは絶対に改めず、『服装さえ直してくれれば文句は無いのに』と先生たちから嘆かれていました。

 正反対で、一見接点のなさそうなこの二人……
 物語は、雫が太郎に声をかけるところから始まります。


 ◆


 とある日の昼休憩の時間の事でした。
「ねえ、タロちゃんタロちゃん、何読んでるの?」
「……」
 雫は親し気に、太郎に呼びかけます。
 ですが、太郎は読んでいる本に集中しており、全く気が付きません。
「おーい、タロちゃんー」
「……」
「ねえってば!」
「……」
 呼び続けても太郎は身じろぎ一つしません。
 このまま呼びかけても、らちが明かないと考え雫は、太郎の肩を掴み揺さぶりました。

「へ?え?何?」
 太郎は驚いて、読んでいた本から顔を上げました。
「やっと気づいた。 何回呼んでも、気づいてくれないもん」
「え?ああ、ごめん」
 太郎はよく分かりませんでしたが、とりあえず謝りました。
 そして混乱しながらも、状況の把握のために声をかけてきた人間の顔を見ます。
 ですがそれが雫だと気づき、太郎はげんなりしました。

 というのも太郎は、雫とは出来れば関わり合いになりたくないと思っていました。
 雫は容姿こそ太郎の好みでしたが、太郎はギャルが嫌いなのでした。
 『ギャルのような陽キャは、自分のような陰キャを馬鹿にしている』と思い込んでいるのです。
 太郎は卑屈でした。

「なんで、私の顔を見て嫌そうな顔をするの?」
「別に……」
 ただし、太郎にはそれを直接言うほどの度胸はありませんでした。

「それで何の用? 佐々木さん」
「ええー、そんな他人行儀みたいな呼び方をしないで。
 雫って呼んでよ、タロちゃん」
「へっ」
 太郎はまたも混乱しました。

 タロちゃんと呼ばれたこともですが、親しくない女子に名前呼びを要求されるとは夢にも思わなかった(妄想ではあった)からです。
 『これがギャルか…… 距離感がおかしい』と、太郎は思いました。
 もちろん思うだけで、特に何も言いませんでした。
 要求を無視することにしました。

「それで何の用? 佐々木さん」
「雫って言って」
「……」
「雫」
「……雫」
「オッケー」

 太郎は屈しました。
 太郎は度胸も無ければ根性も無いのです。

「それで何の用? ……雫」
「うん、タロちゃんが何の本を読んでるのかなと思って」
 3度目の質問にしてようやく答えが得られたことに、太郎は安堵しました。
 太郎は読んでいた本の表紙を見せます。

「ありがとう…… うん、やっぱりこれアニメでやってるやつだよね」
「うん、これが原作」
「おおー」
 雫は思わず感動の声を上げました

「小説好きなの?」
「うん」
「カッコいい」
「う、うん」
 太郎は急に褒められて、照れてしまいました。
 そして『これがオタクに優しいギャル!? 実在したのか』と勝手に感動していました。
 太郎の中で、雫への好感度が爆上がりしていきます。

「ねえ、タロちゃん。コレの一巻持ってる?」
「家にあるけど……」
「貸して」
「やだ」
「おねがーい」
「やだ」
 雫の渾身のお願い攻撃にも関わらず、太郎は断りました。
 太郎は自分のコレクションを他人に触らせたくないタイプのオタクでした。
 こんな時にだけ、太郎の意思の強さが発揮されたのでした。
 
 そして太郎は代替案を提示します。
「自分で買えよ」
「無理。 ママからお小遣いもらえないの」
「そのたくさんのアクセサリーとか髪飾りは?」
「コレ? これはお下がりとか、貰いものとか…… お金無いから、貰いものでやりくりしているの」
「ふーん」

 太郎は気のない返事で答えます。
 正直雫のお小遣い事情には興味が無かったからです。
 ですが、心の中に少しだけ同情する気持ちが芽生えていました。
 同じ作品を愛するものとして何とかしてやりたいと思ったからです。

 雫とは関わりたくない。
 だけど、この小説もおもしろいから読んで欲しい。
 太郎は心の中で葛藤した末、結論を出しました。

「分かった。 貸してやる」
「ほんと、うれしー」
 雫は嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねました。
 雫の短いスカートがめくれそうになり、思わず太郎は目をそらします。
 太郎は紳士なのです。

「一つだけ条件がある」
 太郎の言葉に、雫は飛び跳ねるのをやめます。
「もう少し大人しめの格好をしてくれ。スカートも長くして」
「えー可愛いじゃん」
「派手な格好が苦手なんだよ」
「ふーん。まあ、いっか。タロちゃんに嫌われても仕方ないしね」
 雫は太郎のお願いを受け入れました。

「あ、そうだ。 せっかくだから、私も言うね。
 授業中に本を読むのは駄目だよ。授業はちゃんと受けましょう」
「いや、でも――」
「だめ」
「……」
「持ってきちゃいけないスマホを持ってるの、先生に言うよ」
「う、分かったよ」
 太郎は、隠れてゲームをするため、先生に内緒でスマホを持ってきていました。
 大事なスマホを没収されてはたまりません。
 渋々ながらも雫の要求を飲むことにしたのでした。

 こうして二人は、お互いに駄目なところを直すことを約束したのでした。

 ◆ ◆

 その二人の様子を見ていた人物がいました。
 香取 翔子という担任の教師です。
 翔子は、この問題児二人をなんとか更生しようと頑張っていました。
 ですが、頑張りに対してあまり効果が出ていないのが現状でした。

 しかし、二人のやり取りを見て、自分が間違っている事に気が付きます。
 過度の干渉はかえって反発され、成長の妨げになると……
 そして教師があれこれ言わずとも、子供同士の交流で子供たちはお互いを刺激し合い成長すると言うことを……
 
 途中で聞き捨てならないことが聞こえましたが、些事な事。
 教師にとって、子供の成長は何よりも喜ぶべきことなのです。

 翔子は感動でのあまり、目から雫を――もとい涙を流すのでした。

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