「おお、成功だ」
目の前の描かれた魔法陣が妖しく輝く。
昨日の晩から寝ずに作り上げたものだが、成功してよかった。
失敗などしようものなら、ベットで寝込むところだった。
徹夜して眠いからね。
そんなことを考えている間にも、魔法陣の光がどんどん強くなっていく。
目が開けてられないほど強くなり、思わず目をつぶる。
そして光が収まった後目を開けると、魔法陣の上に一人の男が立っていた。
その男は男の自分から見ても見問えるほどの美形であった。
文字通り、人間離れした美しさだ。
だが、姿かたちこそ人間だったが、頭に生えている角がその男を人間でないことを表していた。
「問おう、我を呼んだのは貴様か」
目の前にいる悪魔は、低い声で自分に問いかけてきた。
「そうだ」
俺は少しビビりながらも頷く。
ぎこちなかったと思うが、悪魔は満足したらしく話を続ける。
「よかろう。
では貴様の願いを叶えてやる。
だが、その代わり貴様の魂をもらう。
言え、何を望む!」
悪魔は仰々しく宣言する。
ここまでは予想通り。
あとは、前もって決めていた言葉を言うだけだ。
深呼吸して決意を固める。
「何もいらない」
「いいだどう。貴様の願いを叶えて――待て。
貴様何と言った?」
「何もいらないって言った」
悪魔は信じられない、といった表情で俺を見つめる。
「何もいらない……?
ではなぜ我を呼んだ。」
もっともな疑問である。
呼び出した俺には説明責任があるだろう。
「呼びたかっただけだ」
「は?」
悪魔が間抜けな声を出すが、無理もない……
だが、呼び出したのには理由があるのだ。
「実は昨日、悪魔がいるかどうかで娘と喧嘩したんだ。
いつもは俺が引き下がるんだが、黒魔術を信奉する俺としては引くことが出来なくてな……
こうして、悪魔がいるかどうかを証明するために、貴様を呼んだ」
悪魔は何も言わなかった。
驚きすぎて声も出ないらしい。
「と言うことで帰っていいぞ。
あ、その前に写真を……」
パシャとスマホのカメラで写真を撮る。
うむ、見てくれが美男子なだけあって、写真写りがとてもいい。
これなら、娘も悪魔の存在を――
「そんな訳があるか!」
悪魔は我慢できないとと言わんばかりに口を開く。
「我は、魂を代償に願いを叶える誇り高き悪魔だ。
呼んだだけ?
写真を撮るだけだと?
ふざけやがって」
悪魔は俺を殺さんばかりの目つきで俺を睨む。
思わず意味もなく謝りそうになるが、悪魔に屈するわけにはいかない。
「そこをなんとか、帰ってもらえないだろうか」
「黙れ。魂どころか何も得る者が無かったのでは、我も笑いものだ!」
悪魔が睨みつけてきて、思わずたじろぐ。
「貴様を殺して帰るのも簡単だが、我にもプライドがある。
何が何でも願いを叶えて魂を貰う!」
「俺は絶対に願いを言わない。さっさと帰れ!」
「……それが望みか?」
「それはノーカン!」
悪魔と言い争いをしていると、突然部屋の扉がノックされる。
「ねえ、父さん。そろそろ出てきてよ、私が悪かったからさ。ご飯食べよう?」
娘の声だ。
なんとタイミングの悪い。
確かに娘に信じさせるため悪魔を呼んだが、会わせるつもりはない。
娘を危険な目に会わせては父親として失格。
ここは適当に言い含めて追い返そう。
と考えていると、悪魔が妙に静かなことに気が付く。
「ああ、そうか……
別に魂を貰うのは貴様じゃなくてもいいな」
「!」
こいつ、俺じゃなくて娘の魂を!?
何とか阻止しなくては!
だが俺が止める前に、悪魔は行動に移す。
「すまん、見せたいものがあるから入ってきてくれ」
なんと悪魔が俺の声と同じ声で、娘に入るよう促す。
「ちょ――」
「何?」
娘は何も疑うことなく部屋に入ってくる。
そして部屋に入って来た娘は、悪魔を見て目を見開いた。
「あっくんじゃん」
と、悪魔に対して、まるで友達に会ったかのような声を出す。
みれば悪魔も驚いている。
……どういうこと?
驚いている俺と悪魔をよそに、部屋を見回しながらフンフンと頷いていた。
「なるほど、謎は全て解けた」
娘は得意げな顔で推理を披露し始めた。
「あっくんが父さんが協力して、私に悪魔の存在を信じさせようとしたのね。
部屋に魔法陣書いて、色々小物を用意して、あっくんを悪魔に仕立てて……
残念ながら私とあっくんが知り合いだったから、計画は失敗したと……」
儀式用に用意したどくろのイミテーションを手に取りながら、娘は「手の込んだことを」と呆れたように笑う。
「まったく心配して損した。ほら、ご飯が冷めるからリビングに来てね。
あっ、あっくんもついでに食べていきなよ。
先行ってるから」
と、喋るだけ喋って部屋から出ていった。
俺と悪魔の間に、気まずい空気が流れる。
いたたまれない。
「知り合いなの?」
「はい、クラスメイトで、彼女と付き合ってます」
「え、付き合って……」
まだ新情報が出てくるの。
展開に付いて行けない……
悪魔は先ほどまでの勢いはどこへやら、ずいぶんと大人しくなっていた。
「あ、彼女には僕が悪魔だっていう事を黙って下さい。
彼女、悪魔の事信じていないので……
その代わり願いを一つだけ叶えます。
もちろん、魂もらいません」
「別に……」
今の気分で叶えて欲しい願い事なんてない。
しいて言うなら放っておいて欲しい。
だが俺の気も知らず、悪魔は食い下がってくる
「何でも言ってください。
彼女に嫌われないためなら、なんでもします……
あっ、もし足りないなら、願い事3つくらい叶えましょうか?」
「いらないいらない」
これはどうも、何かお願いしない限りは、引き下がらりそうにない。
だけど、なんにも思いつかな――
…あっ
ある、月並みだけど一つだけ。
これを言うのは恥ずかしいけど、でもいつかは言わないといけないことで、なら別に今でもいいだろう。
居住まいを正して、悪魔の目をしっかりと見据える。
「娘を幸せにしてやってくれ、他には何もいらない」
それを聞いた悪魔は一瞬キョトンとした後、
「絶対に叶えて見せます」
そういって満面のの笑みを見せたのであった。
カリカリカリ。
私は一人、無駄に広い部屋で勉強をしていた。
『勉強ではなく、他の用途に使った方がいいのでは? たとえばスポーツとか?』と思わせるほど広い。
ていうか、広すぎて落ち着かない。
この部屋で勉強は無理でしょ……
もちろんこんな大きい部屋、自分の部屋ではない。
お金持ちの友人の沙都子の家にある、たくさんある部屋の一つだ。
勉強嫌いの私が、沙都子のウチで勉強しているのには理由がある。
これは私が、沙都子の物を壊してしまった罰である。
つい先ほど、私が沙都子の部屋にあった皿を割り、『許してほしければ、この部屋で勉強しろ』と閉じ込められたのだ。
なぜ物を物を壊したことの償いが勉強になるなのか……
さっぱり分からないものの、全面的に私が悪い事だけは分かるので、沙都子の言うことに従うだけである。
だって私が割ったあの皿、1000万って言うんだよ。
口答えせず、勉強するのが吉である。
それにしても、こうして机に向かって勉強するのは何年ぶりだろうか?
私は勉強することが、大嫌いなのだ。
罰として、的確に私の嫌な部分を攻めてくる沙都子……
さすが我が親友だぜ。
とはいえ、とはいえだ……
なんとか勉強しないで済む方法は無いもんか?
もし学校の成績が良ければ、沙都子もこんな事を言わなかっただろう。
だって『必要ない』の一言で突っぱねられるもん……
「あーあ、もしも未来が見れるなら、テスト問題を予知していい点とるのに……」
「随分と余裕ね、百合子。 宿題終わった?」
沙都子がいい香りのする紅茶を持って、部屋に入って来た
「休憩にしなさい。根を詰めても効率は悪いからね」
「それ、勉強を強制させる本人が言う事?」
「あなたが勉強しないのが悪いのよ」
「別に私が勉強しなくても関係ないじゃん」
たしかに私は勉強が出来ない。
けれど、私が勉強できないというのは、百合子には全く関係のない事である。
だって私が怒られるだけだもの……
しかし、沙都子は私の言葉を肯定しなかった。
「関係あるのよ……
あなたが宿題忘れたり、テストで悪い点を取ると、先生が私に言いに来るのよ……
百合子が先生の言うことを聞かないから、いつも一緒にいる私に言うのよ」
「ああ、それでか……
先生が小言を言わなくなったぐらいに、沙都子が宿題宿題言いはいじめたのは……」
「先生から申し訳なさそうに百合子の成績の話をされて、代わりに謝る私の気持ちが分かる?
少しでも悪いと思うなら頑張って頂戴」
「やだ。
……いやゴメン、沙都子。
分かったから、勉強頑張るから、そんな怖い顔しないで」
ひええ。
冗談で言ったのに、今までに見たことないくらい怖い顔してた。
とりあえず、当分この件に触れないでおこう。
◆
沙都子が持ってきた紅茶を飲みながら、ガールズトークを楽しむ。
いい感じに盛り上がってきた辺りで、私はあることを切り出す。
「あのさ、さっきから気になったこと聞いていい?」
「どうぞ」
「この部屋の間取り、おかしくない?」
「おかしくないわ」
即座に否定が入る。
え、誤魔化すの!?
「いやいやいやいや。おかしいでしょ。
なにあの部屋の隅っこにある壁で区切られた謎の空間。
あんなの無視する方が無理でしょ」
沙都子は、私が指さした場所を見て、『ああ、そんなものもあったわね』と言いながら紅茶を飲む。
勉強の間、気にしないようにするのが大変だったのに、そんな反応なの!?
「教えるのを忘れてたわ」
「本当に? 忘れてたって相当だよ。 わざと言わなかったんだよね?」
だって工事現場で見る赤いコーンとか、立ち入り禁止って書いてあるんだよ。
気にしない方がおかしい。
「あそこはね、『沙都子ぶっ殺しゾーン』よ」
「なんじゃそりゃ!」
思わず突っ込む。
なにその頭の悪そうな名前の部屋は!
「なんでそんな部屋作った!」
「百合子が勉強をサボったら、『百合子ぶっ殺しゾーン』に連れて行ってぶっ殺すの」
「笑顔で怖いこと言わないで!」
これ本格的に勉強しないとヤバい奴だ。
私がガタガタ震えていると、沙都子は優しい笑みを浮かべた。
「安心して頂戴。 『百合子ぶっ殺しゾーン』は未完成なの」
「そうなの?」
「工事に難航してね。
あれも欲しい、これもやりたいってなったら、思いのほかやることが多くなったのよ。完成率は30パーセントと言ったところかしら」
どんだけ、私をぶっ殺したいのか……
話せば話すほど、事態の深刻さを理解する。
これ冗談抜きで、真面目にやらないといけない……
「沙都子は優しいね。私のためにそこまで考えてくれるなんて」
顔が引きつりながらも、沙都子を持ち上げる発言をする。
沙都子をいい気分にして、なんとか『ぶっ殺すのはやめよう』と思わせないと……
「あら、ありがとう。 私の百合子に対する思い、分かってくれたのかしら?」
「もう十分すぎるほどに……」
「せっかくだから『百合子ぶっ殺しゾーン』を見ていかない?
私が一生懸命考えた、百合子をぶっ殺すためのアイディアが詰まってるの。
疲れたでしょ?」
「大丈夫だよ。それより勉強しないとね」
そんなん見た日には、眠れなくなること請け合いである。
それにしても、勉強嫌いの私が勉強を言い訳に使わせるとは……
沙都子、恐ろしい子……
◆
休憩時間が終わってから、私は勉強に勤しんだ。
おそらく人生で一番勉強を頑張っただろう。
ちらちら視界に入る『百合子ぶっ殺しゾーン』が、恐ろしくてたまらないのだ。
あの部屋に入ったら、私はどうなるのか……
『もしも未来が見えたら』?
そんな仮定は不要である。
なぜなら、どう考えても碌な未来にならない……
私の未来は、私が決める。
あの部屋を使わせることだけは絶対に阻止する。
私は堅く決意したのだった。
「ククク、この世界の真実を教えてやろう!
この世界に意味あることなどない。
色とりどりの花々も、着飾る鳥たちも全てまやかし!
ただの、色のない、無色の世界なのだ!」
男は、荒廃し神殿で高らかに叫ぶ。
神をも冒涜する発言だが、それを咎めるに人間はここにはいない。
かつてこの場所は、白い基調で整えられ、神の居場所に恥じぬ神聖な空間であったのだろう。
だが放棄されて長い年月であちこちがくすみ、奉る神の名さえ分からず、装飾品ひとつ残っていない。
皮肉にも男の言う『無色の世界』を体現しているようであった……
「どうだ青年、この世界に絶望しただろう?
死んでも待っているのは無のみ……
私はその残酷なルールを変える」
男の演説はたった一人の青年に向けられていた。
何もかも意味が無いと豪語する男が、唯一意味を見出す存在……
これは他の誰にでもない、青年のための言葉なのだ。
最後の言葉から一拍置き、男は振り向く。
「どうだ?
お前も一緒に来ないか?
一緒に世界を変えよう」
そう言って、差し伸ばす手の先にには――
誰もおらず、ただ朽ちた女神像があるだけだった。
「ダメだな……」
男はがっくりとうなだれて、肩を落とす。
彼の渾身の演説を、青年が聞いていなかったことにではない。
確かに青年に向けられた言葉ではあるが、実は最初から青年はいない。
いるのはこの男一人だけ。
これは練習なのだ。
彼を説得するための、演説の練習……
こうして演説の練習をしているのには理由がある。
実はこの男、数日前に出会った青年に興味を持ち、親切にも世界の真理を教えようとした。
だがその青年は話を聞くどころか、問答無用で男に襲いかかったのだ。
男は、話を聞いてもらえなかったことに、ひどくショックを受けた。
次こそは聞いてもらうため、何がダメだったのかこうして模索している。
もっとも、この男は青年にとって両親の仇であるため、無駄な事なのだが……
そうとも知らず、男は頭を悩ませる。
「分からん。なぜあの青年はなぜ、話を聞かなかったのだ。真理だぞ。特別な人間しか知ることのできない、特別な――はっ」
その時男は天啓を得た。
何故聞いてもらえなかったのか、ついに気が付いたのだ。
「そうか」
男は天を仰ぎ見る。
気が付いてしまえば、非常に簡単で何の変哲もない理由だった。
「上から目線がダメなのか」
男は、青年と初めて会ったときのことを思い出していた。
最初に言った言葉は何か?
『もっと知りたくはないか?』
ああ、今思えばなんて傲慢な言葉なのだろう……
まるで自分が彼より上位の存在であるようではないか……
これはいけない。
誰しも初対面の人間からマウントを取られて、いい気分はしないう。
となれば、ある程度下手に出つつ、相手に興味を持ってもらうようにアプローチを変えねばならなない。
演説の根本から変える必要があるが、青年のためを思えば――
と、男が深い思考に入っていた時、彼の耳がこの場に近づく足音を捉える。
「まさか――」
まさか、青年がこの場所を突き止めたと言うのか!?
それはマズイ。
まだ演説は完成していないのだ。
だが時間は待ってくれない。
残念だが、今回は予定通り『上から目線』バージョンを……
そう思いながら、足音の方に顔を向けるが、そこにいたのは青年ではなかった。
男の周りを、見慣れぬ鎧を身にまとった兵士たちが囲む。
彼らは裏の仕事を受け持つ、この国の特殊部隊である。
国民どころか有力な貴族でさえ知らず、国王子飼いの部隊だ。
この国の王は、男が知る真理を吐かせるため、こうして何度も刺客を送っている。
男はその執念には感服しつつも、溜息しか出なかった。
「ようやく見つけたぞ。この世界を吐いてもらおうか……
抵抗するなら痛い目を見るぞ」
リーダーと思わしき鎧の男が、剣を抜きながら脅しつける。
話さなければ、この剣で拷問するという事なのだろう。
しかし脅されようとも、男は真理を教える気は無かった。
青年に対してはおせっかいレベルで教えようとする彼であるが、彼らや国王のような凡人には興味が無い。
なので真理を教えることもなく、いつもは適当にけむに巻いて逃げるのだが、今の男は機嫌が悪かった。
青年の事を真摯に考えていたのに、それを鎧の男たちが台無しにしてくれたからだ。
「はあ――――つまらん」
男はため息をつくと、血で辺りが真っ赤に染まる。
そして一瞬の後、鎧の男たちの体が次々と地面に倒れていく。
男は自らの異能を持って、彼らを一瞬で殺したのだ。
彼らは自分が死んだことにすら気づいていない。
男は大して疲れた様子もなく、ため息をこぼす。
ただただ面倒だったなと思いながら……
それにしても、と青年の事を思い出す。
あの青年は良かった、と。
彼もまた無色のように見えたが、彼の中に色が見えた。
多くの人間とは違い、小さいが確かに色があった。
男が青年に興味を持つのはそれが理由である。
色のないこの世界で、なぜ彼だけが色を持っているのか……
興味は尽きない。
「この場所を変えるか、なかなか気に入っていたんだがな」
青年を迎えるために用意した場所だった。
しかし国王に場所を知られたのであれば、また刺客を送ってくることだろう。
またよい場所を探さねば……
男がしゃべらぬ死体となった騎士たちを、感情の無い顔で見つめる。
すると死体と血だまりが徐々に薄くなり、すでに手の先の方は完全に消えていた。
だが、男が何かをしたわけではない。
ただ自然の理《ことわり》として、この世界に死んだ者は長く存在できないのだ。
この世界に住む人々は不思議に思わない。
なぜなら、これは自然現象だから。
自然現象を誰も疑うことは無い。
ただ一人、この男を除いて……
まるで『いらなくなったから消す』と言わんばかりに、消えていく。
それこそ、ゴミを捨てるみたいに……
男はこの事に疑問を持ったことで文献を調べ、あることを突き詰めた。
『この世界は何者によって、自分勝手に管理されている』
これこそが男の言う真理なのだ。
男は死体が全て消えたことを確認した後、その場を去った。
あとに残されたのは、無色の世界だった。
「枯れ木に花を咲かせましょう」
おじいさんが木に登り、灰をまきました。
すると不思議なことにが起こりました。
なんと辺りの木に桜が咲き始め、辺りがピンク色に染まったのです。
まだ寒い時期と言うのに、お爺さんの庭だけが、まるで春の風景でした。
それを見た近所の人たちは、起こった出来事に驚いてしまいました。
「こりゃすごい。これからはあんたの事を、花咲か爺さんと呼ぼう」
近所の人たちは、ニコニコ笑ってました。
花咲か爺さんは、最近飼い犬が死んだり、道具を無くしてしまったりと不幸続き。
なので、近所の人たちは花咲か爺さんが楽しそうにしているのを見て、ホッとしました。
そして、「せっかくだから花見をしよう」と言って、皆で花見の準備をしていた時の事です。
花見を準備している人たちに、声をかける人物がいました。
「おや、楽しそうですな。儂も混ぜてもらえますかな?」
その人物は何を隠そう、花咲か爺さんの隣の家に住む意地悪爺さんです。
意地悪爺さんは、嬉しそうに季節外れの桜を眺めていました。
「何しに来た? 意地悪爺さんよ」
「言いがかりはよせ、何しないさ。
爺さん――いいや今は花咲か爺さんだったか……」
意地悪爺さんは、いかにも悪そうな顔で笑います。
「ふん、どうだが…
まあいい、貴様の因縁も今日もまでだ。」
「ほう、今日は随分と威勢がいいな、花咲か爺さんよ。
その手にある灰が、お前の頭をお花畑にしたか?」
「ぬかせ、その減らず口をきけなくしてやる」
花咲か爺さんは、意地悪爺さんを睨みつけます。
花咲か爺さんはこれまで、意地悪爺さんにたくさんの意地悪をされてきました。
もはや我慢の限界だったのです。
今回も意地悪されてはたまらないと、追い出すことにしました。
ですが、意地悪爺さんは、心外と言わんばかりに肩をすくめます。
「おやおや、花咲か爺さん。喧嘩はよくないな。話し合いをしようじゃないか?」
「ふん、お前と話す言葉など――」
「そういえば、貴様の婆さんはどうした?」
花咲か爺さんは、訝しみました。
なぜなら、婆さんはそこで花見の準備をしているはずだからです。
花咲か爺さんは、不思議に思いつつも振り返ると、そこで信じられないものを見ました。
婆さんは、意地悪婆さんに包丁を突き付けられていたのです
卑怯にも意地悪爺さんは人質を取ったのです。
「花咲か爺さん、これで自分の状況が分かったか?」
意地悪爺さんは、意地の悪そうに笑います。
「動くなよ、儂も人殺しをしたいわけじゃない
「……何が望みだ」
「花咲か爺さん、貴様の持っている灰をよこせ」
「なに?」
花咲か爺さんは持っている灰を見つめました。
「儂はそれを殿様に献上し、褒美をもらう。
なにせ、花を咲かせる魔法の灰だ。
とてもお喜びになるだろう」
意地悪爺さんの笑いは、より意地悪になっていきます。
「儂も出来れば話し合いで済ませたい。 だが渡さないのであれば……」
意地悪爺さんの言わんとすることに、花咲か爺さんは顔を歪ませました。
「さあ、どうする?」
「……いいだろう、その代わり婆さんを離せ」
「灰が先だ」
「分かった」
花咲か爺さんは、意地悪爺さんにゆっくり近づきます。
「ほら、これだ」
「ククク、これで儂も大金もち――」
「くらえ!」
花咲か爺さんは、手に持っていた灰を意地悪爺さんに投げつけたのです。
「ゴホっ、貴様何を」
意地悪爺さんは、投げつけられた灰でむせてしまいました。
そして舞い上がった灰は、桜をさらに咲き進めます。
咲き進んだ桜は、花を満開に咲かせた後、一斉に散りはじめ花びらを落とします。
ですがその量が尋常ではなく、辺り一帯が桜の花吹雪でいっぱいになり何も見えなくなりました。
「くそ、花咲かの奴め。なんてことをしやがる」
意地悪爺さんは、むせながらも半吹雪が収まるのを待ちます。
そして、ようやく周囲が見えるようになった時、意地悪爺さんは驚愕しました。
半さ梶井さんは、花吹雪で視界が塞がっている間に、人質を救助し意地悪婆さんを縄でぐるぐる巻きにしていたのです。
「形勢逆転だな、意地悪爺さんよ」
意地悪爺さんは、自らの不利を悟り、逃げ出そうとしました。
ですが辺り一面の桜の花びらで滑って転んでしまいました。
その機を逃すまいと、花咲か爺さんは縄を持って意地悪爺さんをぐるぐる巻きにしてしまいました。
捕まってしまった意地悪爺さんは恐怖に顔を曇らせます。
「お前たちをお奉行様に突き出す。 今までの証拠と一緒にな。
生きているうちに、牢屋からは出られまい」
こうして意地悪爺さんと意地悪ばあさんは、これまでの悪事を全て暴かれ、一生牢屋で過ごすことになったのでした。
そして二人を奉行に突き出した帰り道のことです。
花咲か爺さんは、婆さんと一緒に夕日を見ながら歩いていました。
「爺さんや。本気でこの灰を捨てるのかい?」
「婆さん、本気だ。この灰は争いを呼ぶ……
この世界にあってはならないものだ」
「分かりました。爺さんの言う通りにしましょう」
そういうと二人は、持っていた灰すべてを辺り一面にまきました。
すると周囲の枯れ木に花が咲き始め、すぐに満開になり、そして散り始めました。
「これでいい。桜は春に咲くからいいんだ」
花咲か爺さんは散っていく桜を眺めながら、呟くのでした。
めでたし、めでたし。
◆
「分からん、何にもわからん」
とある小学校の職員室で、教師の一人が一枚の原稿用紙の前で呻いていました。
これは、この日の授業で『昔話をアレンジしてみよう』と言ってクラスの生徒に書かせたものです。
しかしそれは建前です。
実は彼女のクラスには問題児がおり、何を考えているのか分かりません
だからその子供の考えている事を少しでも知るために、作文を書かせたのでした。
ですが、結果はご覧の通り。
最後こそいい話風に終わっているのですが、途中の展開が支離滅裂で、結局何がしたかったのか分からない。
教訓もよく分からないし、そもそも何が『めでたし』なのか?
「ていうか、小説書けなんて言ってないんだけど……」
書いてきたものは、どう考えてもラノベに影響されたようにしか思えません。
『もしかして小説家になりたいのか』と思いつつも、これ以上の分析は無意味だと諦め帰ることにしました
校門を出ると、彼女の目の前をピンクの花びらがヒラヒラ落ちていきました。
「桜散ってる。もう春も終わりかな」
彼女は桜吹雪の中、夏の訪れを感じながら家路につくのでした。
とある小学校に、香取 翔子という教師がいました。
翔子は非常に評判のいい先生でした。
まだ教師になってから3年の新米にもかかわらず、類まれなる指導力を発揮し、遊びたい盛りの年頃の子供たちを、見事にまとめ上げたのでした。
そんな彼女には夢がありました。
どんなベテランでも手が付けられないほどのワルい子供を、クラスのみんなで力を合わせて更生させる、そんなことを夢見ていました。
小学生のやさぐれた自分を救ってくれた恩師の様に、自分もそうありたいと願っていたのです。
ですが、幸か不幸か彼女は教師として才能が有り、どんな子供も心を開いてくれました。
彼女が受け持ったクラスは学級崩壊どころか、喧嘩らしい喧嘩もなく、みんなが真面目に授業を受けます。
また前学年まで素行の悪かった子供を受け持つことはありましたが、少し話しただけで、彼女を信頼し年齢相応の子供のような笑顔を見せます。
もちろん大きなトラブルがなく子供がすくすくと育つのはいい事ですし、彼女自身も誇りに思っていました。
ですが、それをつまらなく思っていたのも事実……
だからと言って、自分の勝手なエゴのために、手を抜いて子供たちを悪の道に進めては本末転倒……
そんなふうに悩んでいた時のことです。
鈴木 太郎と言う少年に出会ったのは――
◆
太郎は小学4年生で、祥子が今年の四月から受け持ったクラスにいました。
最初の見た時の印象は、大人しい子供というもの。
また他の子供たちとの共同作業が苦手で、協調性が低い。
あまり、特定の友達もおらず、いつも一人でこっそりゲームをしている。
ですが、それだけならその子の個性と捉えることもでしました。
ゲームが好きな、内向的な子供だと……
ですが、彼は学校行事の度にずる休みをする問題児。
入学以来、遠足や運動会に一度も出てきたことがないというツワモノでした。
前年の担任すら持て余し、翔子に対し申し訳なさそうに事情を説明するほどでした
ですが翔子は、太郎の受け持ったことに歓喜しました。
ワルではないにせよ、一癖ありそうな問題児!
この子を絶対に更生させると、心に誓ったのです。
祥子は夢を叶えるチャンスだと張り切りました
ですがその道のりは困難を極めました。
彼を他のクラスの輪に入れようとすると、そのたびに何か不可思議なことが起こり、有耶無耶になってしまうのです。
とくに今年の遠足は、太郎本人に参加の約束を取り付けたにもかかわらず、予定日に雨が降り、五回も延期すると言う異常事態も発生しました。
最終的に太郎は遠足に参加しましたが、誰もが彼が普通ではないことを感じていました
教師の間では、『彼は神に愛されているのではないのか?』と、噂されるほどです。
これは翔子たちにはあずかり知らぬことなのですが、太郎は本当に神の生まれ変わりなのです。
そして、神様パワーを駆使し、自分にとって嫌なことを回避するという、筋金入りのものぐさな少年でした。
この少年の更生は不可能に思えました
ベテラン教師も諦めたほどです。
ですが祥子は、数多の障害にも挫けるどころか、むしろやる気が増していました。
同僚の先生からも若干引ドン引きされる程度には、やる気満々でした。
ですが、うまくいってないのも事実。
そこで翔子はアプローチを変えることにしました。
まず、彼の事を知ることが最優先だと思ったのです
そして彼の事を知るために、あることを実行することにしたのでした。
◆
「はーい、みんな紙を受け取りましたか?
じゃあ、その紙に自分の将来の夢を書いてくださいね」
彼女が最初に知ろうとしたのは、将来の夢である。
彼の夢を知ることで、彼が何を望んでいるのかを把握し、指導がしやすくなると踏んだのです。
「みんな、ちゃんと書いてますか?
よーく考えてくださいね。
あら鈴木君はなんて書いたのかしら?」
翔子は、さりげなさく太郎に近づきます。
すると嫌そうな態度こそとるものの、拒否するような態度は取りませんでした。
それもそのはず、祥子はモデルでも通用するほどの美人であり、そのことを自覚している彼女は、積極的に利用していました。
実際、太郎も自分の事を構ってくる翔子の事は苦手でしたが、美人の祥子に構われて悪い気がしませんでした
年上の美人教師による秘密のレッスンをして欲しいと思っていたくらいです。
キモイと思われるかもしれませんが、この年頃の男の子にはよくある妄想です。
太郎の気が変わらないうちに、翔子はさっと紙に書きこまれた将来の夢を見ます。
そこに書かれていた言葉は――
『ニート』
でした。
ニート!
翔子はショックを受けました。
この年の子供の将来の夢がニート!
翔子は泣きそうでした。
『ゲームが好きな太郎ならプロゲーマーと書くだろう』と思っていた翔子は出鼻を挫かれてしまいました。
また彼の持つ深い心の闇に思いを馳せずにはいられませんでした。
もちろん、太郎にそこまで深い闇はありません。
『神様パワーを使えば、何不自由過ごすことが出来る。
けれど、さすがにそのまま書くわけにもいかないし、さりとて他にしたいことも無いので、とりあえずニートと書いた』というのが真相です。
ですが、そのことを知らない翔子は、この目の前の少年を救う事を決意します。
彼の心の闇を払い、将来に希望を持ち、夢を持ってもらおうと……
たしかに夢は叶うとは限らない。
けれど夢見る心は、人を動かす原動力!
それが無い太郎は、将来何かに躓き、本当にニートになってしまうかもしれない。
私の生徒にそんなことはさせない。
一人で燃え上がった翔子は、太郎の肩を力強く握ります。
「鈴木君、大丈夫だからね。先生が救って見せるから」
面倒事の気配がするも、何が起こっているのか分からず、だただ困惑するばかりの太郎。
いつもは面倒ごとは神様パワーで回避する太郎であったが、何も分からないので、どうすることも出来ません。
ただ面倒事が訪れることだけは確実であり、その事実で闇に落ちそうになる太郎なのでした。