私は恋人の卓也と一緒に、マンションの屋上に来ていた。
理由は逢引き――ではなく、星空を見に来た。
『なんだ逢引きじゃないか』と思われるかもしれないが、そんなロマンチックなものではない。
私たちは双眼鏡を手に、宇宙人を探している。
『宇宙人なんていない』とおっしゃる方もいるだろうが、残念ながら存在する。
でも誰も信じないので、毎晩こうして証拠探しをしている。
けれど基本的に何かが見つかることは無いし、あっても流れ星くらいなもの。
それでもこの時間は楽しい。
きっと卓也と一緒にいるからだろう。
「何かあった?」
私は卓也に尋ねる。
「ダメだな。なにも無い」
「まあ、気長にやるしかないね。少し休もう」
「そうだな」
卓也は双眼鏡を覗くのをやめて、私の近くに座る。
「はい、お茶。なんと宇宙人のテクノロジーで熱々のまま!」
「何言ってるんだよ。魔法瓶に入れてただけだろ」
「バレたか」
卓也とお茶を飲みながら、星空を見上げる。
「ねえ、宇宙人に会ったらどうしたい?」
「あれ言ったことなかったっけ?」
「聞いたけど、もう一回聞きたい」
「仕方ないな」
卓也は手に持ったお茶をすする。
「会ったら伝えたいことがあるんだ。
地球の文化、自然とか、地球のいいところをたくさん知ってもらう。
それで宇宙人が住んでいる星の事もたくさん聞きたいんだ」
「夢があるね」
「多分だけど、宇宙人って地球に興味があると思うんだ。
アニメとかゲームとか、面白いものがたくさんあるしね」
「それは私も保証するよ。絶対に気に入る」
「そうだろ。
よし、体も暖まったし、宇宙人探しを再開するか」
そう言って卓也は双眼鏡を手にして、星空を見上げる。
だけどそんな卓也を見て、私はため息をつく。
実は私は卓也に秘密にしていることがある。
彼の夢に叶えるために伝えなければいけないこと。
でも話せないこと。
それは私が宇宙人だということ。
『自分が宇宙人ということを地球人に教える』
それは宇宙条約で禁止されている。
破ったら厳罰で、知った地球人も記憶を消されてしまう。
『地球はまだまだ未開だ』と言って、頭の固いお偉いさんによって決められたのだ。
でも地球は宇宙を渡る技術が無いだけで、素晴らしい文化があると思っている。
卓也の言ったように、アニメやゲームは素晴らしい。
ぜひとも故郷の星の人々にも堪能して欲しいくらいだ。
他の宇宙人もそう思っているようで、撤回運動が展開されていると聞いたことがある。
でもお偉いさんは頑なに拒否しているそうだ。
何がそんなに怖いのだろうか。
地球のこと、もっと知ればそんな事は思わなくなるのに……
私が卓也の求めているものだって分かったら、どんな顔をするのだろう。
いつかあなたに伝えたい。
あなたの夢は叶っているって。
いつかあなたに話したい。
私の故郷の星の文化、自然やいいところをたくさん。
そして最後に伝えたい。
あなたを心の底から愛してるって。
卓球の大会の後、高台の公園にある番地を目指していた
だが、僕が座ろうとしたベンチには先客がいた。
「この場所で待っていれば、来てくれると信じていたよ」
彼女は僕をまっすぐ見ながら言った。
「君、辛い事があったらいつもここに来るよね」
どうやら何もかもお見通しらしい。
僕は彼女の言葉に何も返さず、彼女の隣に座る。
「慰めてあげようか?」
「……いらない」
「そう言わずに」
彼女は僕の意思を無視して頭を撫でる。
「君は頑張ったよ」
「中途半端な慰めはいらない」
「ゴメンね。私、負けたことないから慰めかたが分からないや」
「嫌味か。じゃあ、やめろよ」
「それとこれとは別」
彼女の手は止まる気配がない。
「君の対戦相手、強かったね」
「そうだな」
「知ってる?君と当たった子、去年の大会で君に負けているんだよ」
「ああ」
「おや、知ってたんだ?」
「当然だ」
僕の答えに彼女の手が止まる。
そして数秒経って、また頭を撫でる手が動き始める。
「……君その時彼を完膚なきまでに負かしていたよね。
理由を聞いてもいい?」
「去年の試合の時、最後の瞬間、アイツに飲まれた。
気を抜けば負けると錯覚するほどに……
それが印象に残ってた」
「なるほど。だから君は去年から練習を増やしていたんだね」
納得しながらも、彼女は頭を撫でてくるが、最初ほどの繊細さは無い。
というか痛い。
「あと、いい加減頭を撫でるのをやめろ。
雑になってるぞ」
「ゴメン、止め時分かんなくって。
正直飽き始めてたんだよね」
「じゃあ、さっさと止めろよ!」
飽きたというのは本当のようで、彼女はすぐ頭から手をどけた。
それからお互い言葉は無く、正面に見える景色を眺める。
見慣れた街並みも、夕日に染まれば幻想的に映るのだから不思議である。
『嫌なことがあったらここに来る』。
彼女の言う通りだ。
この景色を見る時だけは、何もかもを忘れられる。
「しかしここからの景色、いいね」
彼女が突然口を開く。
「ああ、お前がいなければもっとよかったんだがな」
「可愛い女の子捕まえて、そういうこと言う?」
「なんだ、可愛いって言って欲しいのか?」
「……それはやめてくれ。君に可愛いって言われたら、死にたくなるかも」
彼女はここにきて初めて苦い顔をした。
「で、どうするつもり?」
だがそれも一瞬で、すぐに真面目な顔に切り変えた。
どうやらこれが本題らしい。
「決まってるだろ。リベンジだ」
「男の子だね」
「言ってろ」
俺はベンチから立ち上がり、そこから見える街並みを見下ろす。
「次は負けない」
僕は赤く染まるこの場所で、決意を新たにするのだった。
「 頭が高い控えおろう」
「「「「「ははー」」」」
誰もがみんな、その場に膝をつく。
無理もない。
目の前にはあの水戸黄門様がいるのだ。
若い時から様々な悪事をやった俺でも、膝をつくしか道は無い。
かつて俺に悪の道を教えてくれた師匠も、黄門様だけには逆らうなと言っていた。
それほどのお方だ。
だが俺には一つ疑問があった。
本当に『あの』水戸黄門なのだろうか。
なるほど、疑うだけでも不遜であろう。
でも本物であるかどうか、俺には全く見当がつかなった。
黄門様(仮)一行に気づかれないよう、隣で土下座をする相棒を小突く。
「なんだよ」
相棒は不機嫌な様子でこちらを睨みつける。
「あれ、本物だと思うか?」
「本物に決まってるだろ。印籠も持ってるし」
「そうなんだが、俺は本物の黄門様も印籠も知らない。
あれが本物か偽物か分からないんだ」
相棒は黄門様(仮)の方へ一瞬目線を向け、俺の方に視線を戻す。
「確かにお前の言う通りだ。あれが本物かに偽物か、全く分かんねえ」
「だろ」
「ほかのやつが知っているかもしれない。聞いてみよう」
相棒は、一行に気づかれないよう隣のやつを小突き、なにやら話している。
だが、その男も知らないらしく、その男はさらに隣のやつを小突き、さらに隣の男を――
といった様子で、波の様に動きが伝播していく。
だが誰も知らないらしく、一向に答えが戻ってこない。
黄門様が本物なのか、偽物なのか。
誰もがみんな、判別する方法をしらない。
ここまで誰も知らないとなると、本当に水戸黄門が存在するのかさえ怪しい。
俺は、俺たちはよく分からないやつらに土下座しているのか……
なんだか、急に腹が立ってきた。
なんでこんな目に会わなくてはいけないのか?
ちょっと悪事を働いただけなのに!
俺は立ち上がる。
「貴様!どういうつもりだ!」
黄門様(仮)に立っている隣の男が叫ぶ。
「本物かどうか、よく分かんないやつらにヘコヘコできるかよ!」
「この印籠が目に入らぬか!」
「その印籠が本物か分かんねえんだよ!」
俺は言い返す。
「こうなりゃヤケクソだ。一か八かお前たちを殺して俺は逃げる」
「貴様ぁ!」
「待ちなさい、角さん」
黄門様が男をなだめる。
「儂に任せなさい」
すると角さんと呼ばれた男が一歩後へ下がる。
「そこの君、儂が本物かどうかわからんと言うが……」
黄門様(仮)が一歩前に出る。
「これでどうかな?」
そう言うと、印籠が光輝き始めた。
なにが起こっているんだ?
「変身!」
黄門様(仮)が叫ぶと、黄門様(仮)が光で満たされる。
そして光が収まると、黄門様(仮)は全身を鎧に身を包み、顔を仮面で隠してい。
「あ、あんたは……」
俺はこいつを知っている。
「黄門仮面!」
日本中で悪を成敗し、弱い者たちを救う正義の使者。
知らない人間なんて、この日本には一人もいない。
「歳には勝てなくてな。必要が無ければ変身しないことにしているんじゃよ」
俺は膝から崩れ落ちる。
「若いの。これでどうかな」
「はい、申し訳ありません。あなたは本物です。かつて助けてもらったこともあります」
「そうか……見たことがあると思ったが、やはりな」
「申し訳ありません。悪から足を洗うと言いながら、この道に戻ってまいりました」
「うむ、だが君は若い。これからは償いをするといい」
「はい」
俺は自然と土下座の姿勢を取っていた。
この人を偽物だと、一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。
「黄門様、私は残りの人生を償いに捧げることを誓います」
「うむ、心を入れ替えるとよい」
黄門様(真)は満足そうにうなずく。
そして土下座している仲間たちを見渡し、全員に聞こえるように告げた。
「罪を憎んで人を憎まず。お前たちも心を入れ替えることだ」
「「「「ははーー」」」」
この場にいた全員が涙を流していた。
無理もない。
誰もが黄門仮面に助けてもらったことがあるのだ。
そして彼のようになりたいと憧れ、だけどどこで道を間違えてしまったのか……
やり直そう。
誰もがみんな、そう思ったのだった
押し入れの戸を開けると、そこには花束が隠されるように置いてあった。
おそらく明日が結婚記念日なので、夫が私に渡すための花束だと思われる。
そのプレゼントを見つけてしまった私の今の気持ちを述べよ(配点10)
答え:もっとうまく隠せよ
一秒にも満たない現実逃避から、通常モードへ復帰。
復帰して初めにやることは、ため息を出すこと。
こういうのって当日に買うものでは?
悶々としながら、押し入れを閉める。
前からあの人はうかつだと思っていたが、まさかここまでとは……
あの人はサプライズ好きで、なにかと私を驚かせようとする。
が、詰めが甘く、たいていの場合それを実行する前に目論見が露呈する。
今回もサプライズで花束をプレゼントするつもりだったのだろうが、ご覧の有様だ。
花束をくれること自体は嬉しいんだけどね。
さて知らないふりをして花束をもらうべきか……
それとも指摘するべきか……
それが問題だ。
いや待てよ。
第三の選択肢を思いついた。
私がサプライズをすればいい。
なぜ今まで思いつかなかったのか。
善は急げ。
今すぐ花束を買いに行こう。
今までもらってばかりだったが、私からのプレゼントもいいだろう。
きっと驚くぞ。
しかしそうなるとバレないように隠す必要があるな。
うーん、隠す場所隠す場所。
まあ無難に押し入れでいいだろう。
今から夫のリアクションが楽しみだ。
🌹 🌹 🌹 🌹 🌹
押し入れの戸を開けると、そこには花束が隠されるように置いてあった。
おそらく今日が結婚記念日なので、妻が僕に渡すための花束だと思われる。
そのプレゼントを見つけてしまった僕の今の気持ちを述べよ(配点10)
『スマイル 値上げへ』
手に持った新聞の一面にはそう書かれている。
なんというセンセーショナルな見出しだろうか。
私は寝起きにもかかわらず、一気に目が覚めてしまった。
スマイルというものは0円のはずだ。
いったい何が起こったというのか?
朝の支度もせずに新聞を読み込む。
『近年の急激な物価高により利益が確保できず』、『またスマイルを提供する人材の人件費が高騰』、『もともと利益が確保できていなかったため今回の値上げに踏み切った』と書いてある。
なるほど、どうやら時代の流れらしい。
スマイルは登場以来ずっと0円だった。
だが企業努力ではもう限界なのだろう。
これもまた一つの時代の終わり。
諸行無常、変わらないものが無いのは分かっているが、それでもどこか寂しさを感じる。
私は急にスマイルが欲しくなった。
普段は何とも思わなかったくせに、手に入りにくくなると急に物欲しくなる。
我ながら最低だな。
だが欲しい物は欲しい。
家を出て近所で一番近い店に向かう。
店に着くと、朝が早いにもかかわらず、行列ができていた。
みんな朝の新聞を読み、スマイルが欲しくなったのか……。
お店的には売上が増えるが、複雑な心境であろう。
そんな何の役に立たないことを考えていると、ついに自分の番がやってきた。
何も考えていなったが、とりあえず目についたセットとスマイルを注文する。
すると対応してくれた店員は、即座にスマイルをくれた。
うむ、いい笑顔だ。
私はそういえば、と思って聞きたいことを聞くことにした。
新聞には値上げの事が書かれていたが、値段のことは書いてなかったのだ。
「新聞にスマイル値上げって書いてあったんですけど、いくらになるんですか?」
言った後で、忙しい中こんなことを聞くのは迷惑だということに気づく。
慌てて訂正しようとするが、店員は気を悪くした風もなく笑顔で答えてくれた。
「お客様の笑顔です。
実は先ほど無料分の笑顔が切れまして、お客様より有料となります。
ではお客様、笑顔をどうぞ」