「 頭が高い控えおろう」
「「「「「ははー」」」」
誰もがみんな、その場に膝をつく。
無理もない。
目の前にはあの水戸黄門様がいるのだ。
若い時から様々な悪事をやった俺でも、膝をつくしか道は無い。
かつて俺に悪の道を教えてくれた師匠も、黄門様だけには逆らうなと言っていた。
それほどのお方だ。
だが俺には一つ疑問があった。
本当に『あの』水戸黄門なのだろうか。
なるほど、疑うだけでも不遜であろう。
でも本物であるかどうか、俺には全く見当がつかなった。
黄門様(仮)一行に気づかれないよう、隣で土下座をする相棒を小突く。
「なんだよ」
相棒は不機嫌な様子でこちらを睨みつける。
「あれ、本物だと思うか?」
「本物に決まってるだろ。印籠も持ってるし」
「そうなんだが、俺は本物の黄門様も印籠も知らない。
あれが本物か偽物か分からないんだ」
相棒は黄門様(仮)の方へ一瞬目線を向け、俺の方に視線を戻す。
「確かにお前の言う通りだ。あれが本物かに偽物か、全く分かんねえ」
「だろ」
「ほかのやつが知っているかもしれない。聞いてみよう」
相棒は、一行に気づかれないよう隣のやつを小突き、なにやら話している。
だが、その男も知らないらしく、その男はさらに隣のやつを小突き、さらに隣の男を――
といった様子で、波の様に動きが伝播していく。
だが誰も知らないらしく、一向に答えが戻ってこない。
黄門様が本物なのか、偽物なのか。
誰もがみんな、判別する方法をしらない。
ここまで誰も知らないとなると、本当に水戸黄門が存在するのかさえ怪しい。
俺は、俺たちはよく分からないやつらに土下座しているのか……
なんだか、急に腹が立ってきた。
なんでこんな目に会わなくてはいけないのか?
ちょっと悪事を働いただけなのに!
俺は立ち上がる。
「貴様!どういうつもりだ!」
黄門様(仮)に立っている隣の男が叫ぶ。
「本物かどうか、よく分かんないやつらにヘコヘコできるかよ!」
「この印籠が目に入らぬか!」
「その印籠が本物か分かんねえんだよ!」
俺は言い返す。
「こうなりゃヤケクソだ。一か八かお前たちを殺して俺は逃げる」
「貴様ぁ!」
「待ちなさい、角さん」
黄門様が男をなだめる。
「儂に任せなさい」
すると角さんと呼ばれた男が一歩後へ下がる。
「そこの君、儂が本物かどうかわからんと言うが……」
黄門様(仮)が一歩前に出る。
「これでどうかな?」
そう言うと、印籠が光輝き始めた。
なにが起こっているんだ?
「変身!」
黄門様(仮)が叫ぶと、黄門様(仮)が光で満たされる。
そして光が収まると、黄門様(仮)は全身を鎧に身を包み、顔を仮面で隠してい。
「あ、あんたは……」
俺はこいつを知っている。
「黄門仮面!」
日本中で悪を成敗し、弱い者たちを救う正義の使者。
知らない人間なんて、この日本には一人もいない。
「歳には勝てなくてな。必要が無ければ変身しないことにしているんじゃよ」
俺は膝から崩れ落ちる。
「若いの。これでどうかな」
「はい、申し訳ありません。あなたは本物です。かつて助けてもらったこともあります」
「そうか……見たことがあると思ったが、やはりな」
「申し訳ありません。悪から足を洗うと言いながら、この道に戻ってまいりました」
「うむ、だが君は若い。これからは償いをするといい」
「はい」
俺は自然と土下座の姿勢を取っていた。
この人を偽物だと、一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。
「黄門様、私は残りの人生を償いに捧げることを誓います」
「うむ、心を入れ替えるとよい」
黄門様(真)は満足そうにうなずく。
そして土下座している仲間たちを見渡し、全員に聞こえるように告げた。
「罪を憎んで人を憎まず。お前たちも心を入れ替えることだ」
「「「「ははーー」」」」
この場にいた全員が涙を流していた。
無理もない。
誰もが黄門仮面に助けてもらったことがあるのだ。
そして彼のようになりたいと憧れ、だけどどこで道を間違えてしまったのか……
やり直そう。
誰もがみんな、そう思ったのだった
2/11/2024, 9:56:53 AM