我が家には20年物がたくさんある。
私は今年で二十歳になるのだが、私が生まれた時に待望の子供ということで、親戚一同がいろいろ買ってきたのだ。
20年物のブルーベリーの木。
毎年実がなったものをお菓子にして食べている。
20年物の株券。
あまり値上がりしてないが、買った株の配当は私のお小遣いになった。
20年物のぬいぐるみ。
単に捨ててないだけだが、今ではプレミアでとんでもない値が……。
私が二十歳になるまで、一緒にいられなかったものもあるけど、どれも私の人生を豊かにしてくれた。
そして今日は私の誕生日。
目の前に20本のろうそくが立てられたバースデイケーキが鎮座していた。
こんな歳になると嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑だ。
私は家族に見守られながら、ろうそくの火を吹き消す。
『誕生日おめでとう』と祝福され、みんなからプレゼントをもらう。
それを見た父は嬉しそうに20年物のワインを取り出す。
私が生まれた時に、一緒に飲むんだと言って買ったワイン。
私の誕生日が近づくにつれて、ワインを眺めながら『まだかな』と言い続ける父。
本人よりも誕生日を楽しみにしているとか、何だこいつと思わなくもないが、今日は許してやろう。
正直お酒にはずっと興味があったのだ。
そして20年物――ではないワイングラスを取り出し、ワインを注ぐ。
ワインの香りは初めてだが、とても良い香りがする。
ワインを興味深げに眺める私を見て、父は満足気にうなずいた。
「それでは一人前の君に乾杯」
お互いのグラスをカチンと鳴らして、口をつける。
初めて飲んだワインは、とても甘美で苦い大人の味がした。
人類が月に生活圏をつってから、今年でちょうど百年。
もはや月で生まれて、月で死ぬ人も珍しくない。
俺も月で生まれて、月から出たことが無い人間の一人である。
月では基本的に何でもそろうので出る必要が無いのだ。
食う寝るところ、住むところ。
それでもって娯楽もある。
何一つ不足するものなんてない。
だから俺も、月から出ないまま死ぬんだろうなと思っていた。
だが何の因果か、100周年のこの年に、俺は出張で地球に行くことになった。
常々死ぬまで月から出ないと吹聴していただけに、同僚からからかわれた。
それはいい。
自分の行いのツケを払っただけだ。
困ったのは地球のことを知らないこと。
月と同じように過ごせるとは聞いたことがあるが、細かい違いを何も分からない。
そこで、地球に行ったことのある同僚を捕まえて色々聞きだした。
そいつも当然、俺をからかってきたが、知りたいことは教えてくれた。
地球行のシャトルの手続き、お勧めの料理店、重力は覚悟しろ、などなど。
だがその同僚は最後に妙なことを言った。
地球に行くと価値観が変わるぞ、と。
それを聞いて俺は笑ってやった。
そりゃそうだろ、初めて地球に行くんだぞ、と。
そして数日後、俺はシャトルから降りて、地球の大地に立っていた。
たしかに重力はキツイ。
ウンザリするほどキツイ。
だけど価値観が変わるほどじゃない。
あいつも適当なことを言ったな、と思って空を見上げる。
特に理由はない。
自分の生まれた場所を見て、安心したかったのかもしれない。
その時、俺は確かに価値観が変わったことを自覚した。
地球から見た月というのは、写真で見たことがある。
でもここから見る月は全然違った。
地球に来てよかったと、そう思えるほどに……。
たくさんの星に囲まれて黄色く輝く三日月は、写真で見るよりも何倍も幻想的だった。
今日は祝日ということで、いつもより遅く起きた月曜日。
のんびりと家事をこなし、終わるころにはお昼前になっていた。
のんびりコタツに入っていると、ふと今育てているチューリップのことを思い出した。
去年の冬にいろんな色が入っているバラエティパックなるものを買い、プランターに植えたのだ。
チューリップの調子を見るため、後ろ髪をひかれながらコタツから出る。
と言ってもこの時期はまだ寒いので、チューリップは土から芽を出していない。
私と同じように、暖かい土の中から出てこないのだ。
なので水やりくらいしかやることが無い。
ベランダに出て、プランターの土が乾いていることを確認し(ずっと濡れてると腐る)、プランターに水を注ぐ
気持ちいいくらい水を吸っていき、土は水を含んだ黒色に変わる。
これで大丈夫だろう。
と、水をやったことで、土が少しえぐれたのか緑色の部分が見える。
チューリップの芽だ。
私はそれを見て、少しうれしくなる。
この寒い空気の下でも、着々と花を咲かせる準備をしている。
なんていじらしい事か。
きっと春になれば、色とりどりの花を咲かせてくれるのだろう。
春が待ち遠しい。
自分も花を咲かせたいものだと思いながら、私はコタツに戻るのだった。
彼氏と一緒に学校の帰り道を一緒に歩いていると、雪が降ってきた。
雪嫌いなんだよね。
猫ではないけど、早く家に帰ってコタツに入りたいな。
そのとき私の頭に天啓が降りてきた。
これは利用できる、と。
私たちが付き合い始めて一週間、まだ彼と手を繋いだことが無い。
異性との交際が初めての私には、タイミングが分からないのだ。
だが今雪が降っている。
手を繋ぐ理由としては最適だろう。
雪よ、降ってくれてありがとう。
私は華麗に手を繋いで見せよう。
『寒いね』と言いながら、彼の手を握る。
完璧な作戦だ。
そうと決まれば話は早い。
あくまで自然に、さっと手を繋ぐ。
彼に気づかれぬよう、視界の端で彼の手をとらえながら――手が無い!?
よく見れば、彼はポケットに手を入れてらっしゃる。
そうだね、寒いもんね。
完璧な計画はあっけなく崩れた。
仕方ない、プラン Bだ。
向こうから握ってもらうことにする。
「寒いね」
「そうだな」
「はあー、寒いなあ」
「そうだな」
……おかしいな。
手を繋ぐどころか、話題が発展すらしない。
反応が悪すぎる。
遠回しに言いすぎたか?
しかたない。
もっと分かりやすくいこう。
「手が寒いなあ」
これでどうよ。
「俺も寒い」
なん…だと…
彼から予想外の答えが返ってくる。
そこは『俺が温めてやるよ』じゃないのか!?
私は結構分かりやすく、というかもう全部言っている気もするけど、どういうことなんだろう?
ひょっとして、私と手を繋ぎたくないのかな?
ちょっと落ち込む。
様子のおかしいことに気づいたのか、彼が声をかけてくる。
「調子悪いのか?」
あなたのせいです、とは流石に言えない。
手を繋ぎたいだけなんだけどな。
私が答えないのをどう思ったのか、彼はずいっと私に体を寄せる。
「……そこのコンビニに入ってで暖まろう」
そう言って、いきなり私の手を取り、近くにあるコンビニのほうに引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待って」
「寒くて調子悪いんだろ。寒いの苦手だって言ってたもんな」
彼は振り返ることもせず、私をどんどん引っ張っていく。
握られた手から彼の熱が伝わってくる。
彼は振り返らず、どんどん私を引っ張っていく。
そんな彼の耳が赤く染まっているのを見て、彼も緊張してるのかなぁと、場違いなことを考える。
そして、今私は彼と手を握っているという事実に気づいた時、頭の中でファンファーレが鳴り響いた。
「買い物についてきてくれない?
買うものがたくさんあって、一人じゃ大変なの」
日曜日の朝、妻はそう言った。
「いいぞ。ついでにデートしようか」
そう言うと彼女は嬉しそうに笑った。
普段家事を任せているので、こういう時は手伝うことにしている。
彼女も助かり、俺もデートできる。
一石二鳥だ。
◆◆◆
服を着替えて、俺は車の運転席に乗る。
二人で行くときは、俺が運転する。
それが暗黙のルール。
妻が乗り込んだことを確認して、車を発進させる。
助手席に座っている妻の顔を横目で見る。
彼女はいつものようにまっすぐ前だけを見ていた。
獲物を狙うような狩人の目。
大抵の人間は怖がるだろうが、俺は彼女のその目に惚れたのだ。
思えば付き合う前も後も、やけに積極的だった。
最初はその気がなかったのに、結婚までいった。
つまり、俺はまんまと狩られたのだ。
でも悪い気がしないのは、惚れた弱みという奴だろう。
今日の獲物は何だろうか?
そう思いながら彼女を見ていると、見ていることに気が付いたのか妻が顔をこちらに向ける。
「何?」
「ああ、何を買う予定なのかなって……」
「うん、2、3日分の食料とお米。
お米が無くなりそうなの」
「なるほど、米か。重たいからな」
「うん、頼りにしてる」
そう言うと、彼女は再び前を向いた。
◆◆◆
車から降りて、店の中に入る。
店に入ってすぐ、視界一杯に山のようなものが見えて、思わずたじろぐ。
何事かと思い近づいて見ると、トイレットペーパーを山のように積み上げたものだった。
立札には、『本日の商品』『お値打ち価格』『今日だけこの価格』など、たくさんの売り文句が書いてある。
その値段は、12ロール100円!?
安っ!
値段設定大丈夫なのか、コレ。
思わず妻の方を振り返る。
「お一人様一個までみたいね。今日は君と一緒に来てよかったわ」
妻はまるで今気づいたかのように、俺に話しかける。
だが彼女は最初から知っていたのだろう。
俺じゃなくても分かる。
彼女は、獲物を前にした猛獣の目をしていた。