コクリ、コクリと船をこぐ。
今私は無性に眠りたい。
体育の授業の後の、暖房で温められた教室。
昼ご飯を食べて、昼寝をするにはよい時だ。
でも私は眠ることが出来ない。
原因は目の前で喋っている友人だ。
さっきから話したいことがあるのか、一方的に喋っている。
それはいい。
私だって一方的に話すことがある。
でも私の意識が飛ぶたびに、肩を揺すって起こすのだけはいただけない。
かけがえの無い友人の話の話だ。
姿勢を正して聞いてあげたいのだが、いかんせん眠たい
しかも話がループしていて、まるでお経を聞いている気分になる。
興味を惹かれないから、余計に眠くなる。
「聞いてる?」って聞くけど、なんで今の私が聞いていると思うのか?
眠るなと言うが、無理な話だ。
私達の年頃は食欲と睡眠欲が何よりも優先される。
ああ、また話がループした。
友人のとりとめのない話が、子守唄のように聞こえ眠気を加速させる。
その話のオチどこだよ。
早く終わらせてくれ。
息子が風邪を引いた。
昨日雪が降るほど寒い中、長時間外に出ていたのが原因なのだが、理由を聞いても「うるさい」としか答えない。
息子は理由を言わないが、大方察しはつく。
息子が友人とよくやってる勝負とやらに関係があるのだろう。
私達家族は年内に海外に引っ越す。
もう時間がない彼らは最後の勝負と称して、それを寒い屋外でやった。
そんなところだ。
高校生になって少しは大人っぽくなってきたと思ったが、まだまだ子供のようだ。
昔ならいざ知らず、今の時代に今生の別れはあるまいに。
いや、あの年頃は今生きている瞬間が全てなんだろう。
いやあ、若いっていいねぇ。
と、おかゆが出来たので、息子の部屋に持って行く。
ノックすると返事があったので部屋に入る。
眠たそうな息子におかゆを渡すと「ありがとう」と言われる。
ありがとう。
何年ぶりかに聞いた言葉だ。
思春期で、何かにつけてうるさいとしか言わない息子がありがとうを言うとは!
体調でも悪いのか?
と疑問に思ったが、そういえば今風邪をひいているのだった。
極力表情を変えないようにして、息子の顔を覗き込む。
いつも眉間にシワを寄せてカリカリしている息子も、今ばかりは穏やかな表情をしている。
風邪をひいたことで、怒る気力がないのだ。
そうやって穏やかな顔をすれば、可愛いのになあ。
というのは親のヒイキだろうか?
食べ終わって、皿を「ん」と言って渡してくる。
至福の時間は終わりらしい。
皿を受け取って、部屋を出る。
熱も下がってきたから、一眠りすれば元気になるだろう。
風邪が治ったら、あの可愛い顔を見られなくなってしまうだろう。
残念なことだ。
息子よ。
もう一度その可愛い顔を見たいから、また風邪をひいておくれ。
なんてね。
かじかむ手を擦りながら、白い空を見上げる。
雪はまだ降らなようだ。
俺は雪が舞う町の写真を撮るため、ここでその機会を待っている。
この地域は雪が降っても一瞬で止んでしまうので、シャッターチャンスを逃さないよう、ここで待っている。
長丁場なのを覚悟して、かなり着込んできたのだが、予想以上の寒さだ。
刺すような寒さに身を震わせながら、雪を待つ。
心の中の弱い家に自分が帰ろうと言うが、その度に頬を叩いて気合を入れ直す。
ここで妥協なんて出来ない理由があるのだ。
その理由とは、俺と友人との勝負だ。
どっちがキレイな写真を撮るかの写真勝負。
友人とは幼馴染で、何かにつけて勝負して遊んでいた。
その時の気分で勝負内容を決めていた。
写真勝負だって今回が初めてだ。
そして最後の勝負でもある。
友人はもうすぐ引っ越すのだ。
海外に…
海外に行ってしまえば、二度と勝負は出来ない。
年内に引っ越すので、これがタイミング的に最後の勝負になる。
今までの勝負は、毎回真面目にやってきたわけじゃない。
フザケたり手を抜いたりした事もある。
その度に怒られたが、向こうもたまにサボるのでお互い様だ。
でも今回は手を抜いたりはしない。
アイツと俺の最後の勝負が、最後の思い出が、いいかげんなものなんて、絶対に嫌だ。
だからこそ、俺は妥協しない。
予報ではそろそろ降るはずなのだが、まだ降らない。
雪はまだかと空を見上げると、少し遠くの方に黒い雲が見える。
あれが雪を降らせる雲かもしれない。
俺はスマホを取り出して、カメラを起動する。
雪が降る瞬間を逃さないように、空の様子に集中する。
恐ろしく寒かった空気も、今では全く気にならない。
黒い雲が少しずつ近づくのに比例して、遠くの景色が白くなっていく。
もう少しで、ここにも雪が降る。
チャンスを逃さないよう、じっと雪を待つ。
ねえ、イルミネーションの色って、どうやって作られてるか知ってる?
ただのLEDだろって?
違うよ。
イルミネーションは作り方が違うのよ。
例えば、赤色のイルミネーション。
あれはサクランボの仲間が付ける実を加工して作られてるの。
嘘だろって?
本当だよ
私、バイトで収穫したことあるもん。
赤一色に光ってきれいだったよ
青色のイルミネーションは、海の青い部分を汲み取って特殊な薬品と混ぜて、綺麗に固めて作るの。
小さい頃、海で遠くに行っちゃだめって言われたことあるでしょ。
あれって、海の青いところで泳ぐと、体が青く光って幽霊にみたいになっちゃうんだって。
怖い?
でも昔は不治の病だったけど、最近治療法が分かったから安心してね
次は黄色のイルミネーションはね、驚かないでよ。
なんと、バナナの種なの。
不思議に思ったことあるでしょ。
バナナに種がないのはなんでだろうって。
あれは、お店で売る前に種を抜き取って、別々にして売っているの。
一つ偉くなったね。
あとは白色のイルミネーション。
実は私もよく知らないの。
あれは国家機密でね。
調べようとした友達がいたんだけど、行方不明になっちゃって、今も居場所が分からないの。
君も調べちゃ駄目だからね。
最後は虹色のイルミネーションね。
あんまり見たことないと思うけど、あれは虹の根本を掘ったら出てくるの。
すごくキレイなんだけど、手に入れるのがすごく難しいから、すごく値段が高くて…
だから自分で虹の根本を掘って、いくつか持ってるの。
あれ、嘘だと思ってる?
じゃあ、うちにきなよ。
見せてあげる。
他の話も教えてあげる
嘘のような信じられないような話、たくさんあるから、ね
家に帰って先ずやることは金魚の餌やりだ。
この金魚は、息子が金魚すくいでもらってきた。
もちろん息子世話に飽きて、私がやっている
金魚たちは、自分が帰ってると、待ってましたと言わんばかりに催促してくる。
こちらにも準備というものがあるのだが、全くお構いなしだ。
そして充分な餌を食べれば、用がないと言わんばかりに知らんぷり。
薄情なものである。
次にやるのは水換えだ。
金魚はよく食べるのですぐに汚れる。
なので2週間くらいで一回水換えするのが普通だが、ウチの金魚はよく食べるので、すぐに汚れてしまう。
本当は餌を制限すべきなんだろうけど、金魚の催促に負けて沢山あげてしまう。
だから割と頻繁に水換えをしている。
汚れた水を吸い上げている間、金魚は特に反応しない。
まるで、息子の部屋の掃除している時の、息子の様子そのものである。
食べ物も掃除もやってもらって当然。
熱帯魚のことを自分の子供という人がいるが、言いえて妙だ。
水換えするたびに思うことがある。
金魚はこうやって世話をしてもらっていることを、感謝することがあるのだろうか?
なんか少しだけきれいになったな―、と思ってってるだけなのだろうか?
息子に置き換えて考えたら、それであっている気がしてきた。
たまには感謝の言葉くらい欲しいが、無いものねだりだりろうか。
何だかなあとも思いつつ、カルキ抜きした水を入れようとして、あることを思い出す。
今日は金魚のために糞を分解するバクテリアを買ってきたのだ
カルキ抜きした水に混ぜる。
効くかは分からないが、メーカーを信じよう。
そしてゆっくりと水槽に注ぐ。
愛情たっぷり(?)のバクテリアだ。
じっくり味わうといい。
そんな私の気遣いも全く気づかないように、金魚は悠々と泳いでいた。
そんな様子を見てると、なんだかどうでも良くなってくる。
まあ、元気であればそれでいいのだ。
そう言えば、今日は息子のためにジュースを買ってきたのだった。
愛情たっぷりのジュースなんだけど、やっぱり感謝の言葉は無いんだろうな
そのことに不満に思うんだろうけど、美味しそうに飲む姿を見たら許しちゃうんだろう
そんな事を思っている自分が妙にだけおかしい。
少し笑いながら、私はコップにジュースを注ぐのだった。