「今日はいい夫婦の日ですよ、あなた」
「いい夫婦の日だと」
妻が衝撃の事実を告げる。
「いい夫婦の日ということは…夫婦でイチャイチャしろということだな」
「そうです。あなた。夫婦でイチャイチャしなければいけない日です」
付けていたままのテレビに総理大臣が映る
「国民の皆様。今日はいい夫婦の日です。繰り返します。いい夫婦の日です。結婚している方、その予定がある方はイチャイチャして下さい。これは国民の義務です」
「義務と来たか。これはイチャイチャする以外に道はないな」
「ではあなた。イチャイチャしましょう」
「ちょっと待ってくれ」
妻が信じられないといったふうに驚く
「あなた、イチャイチャしないのですか」
「いや、イチャイチャする前に渡すものがある。これだ」
そう言って妻に花束を渡す。
「これは…素敵な花束をありがとうございます」
妻はうっとりした顔で花を見つめる。
「ではイチャイチャしようか」
「待って下さい。あなた」
「何、イチャイチャしたいといったのは、お前だぞ」
妻は台所に行き、冷蔵庫から何かを取り出す。
「あなた、これをどうぞ」
「これは―最高級のいちごではないか。食べていいのか?」
「ダメです」
「なんだと」
「私が食べさせます。ほら、あーん」
「仕方がない。あーん」
だがこれは始まりに過ぎない
俺達夫婦のイチャイチャはまだ始まったばかりだ
どうしたらいいの?
今私は究極の選択を迫られています。
でも私には選ぶことができません。
誰か助けて―
――――――――――――――――――
先程、私はお腹に強烈な痛みを覚え、近くにあった公園のトイレに駆け込みました。
それが危機的状況の始まりだったのです。
というのも、その個室には紙がありませんでした。
人間の尊厳の危機です。
紙のようなものが入っていないか、カバンを探りますがありません。
解決方法を考えていると、どこからともなく声がしました。
「赤い紙いらんかね。青い紙いらんかね」
なんてことでしょう。
なんと妖怪、赤紙青紙です。
赤い紙と答えると血まみれになって殺され、青い紙と答えると血を抜かれて殺される、恐ろしい妖怪です。
もちろん私には死ぬ予定はありませんので、答えるわけにはいきません。
だからと言って、尊厳の死は避けたいところ。
背に腹は代えられないため、このまま個室の外に出て予備のトイレットペーパーを取りに行くしかありませんでした。
しかしそこでも問題が起こりました。
なんと人が来たのです。
しかもこのトイレは、個室が一つしかないので、他の個室に入るのを待つということができません。
しかも彼女は個室のドアを開けてくれと懇願するほど、危機が差し迫った方です。
紙を持ってきてくれと頼んでも、彼女はそれどころではなく声が届きません。
そして後ろからは、赤紙青紙声が聞こえます。
もはや猶予はありませんでした。
この状況を解決するには、時間を止めて気づかれない内にトイレットペーパーを持って来るしかありません。
しかし私は時を止めることなどできません。
私はパニックでした。
どうしたらいいの?
誰か助けて―
その思いが天に伝わったのか、神が降臨しました。
「あのー。掃除したいんですけど、どういう状況なのかしら、これ。どうしたらいいの?」
清掃員さんでした。
「紙下さい!」
すべてを察した清掃員さんは、紙を投げ入れてくれ、無事個室から脱出することができました。
また清掃員さんに、妖怪がいることを伝えると鮮やかな手際で除霊されました。
さすがはトイレのプロです。
ドアを叩いていた女性も無事に間に合いました。
私は清掃員さんに礼を言い、その場を去りました。
しばらく歩いてから、ずっと清掃員さんのことを考えていました。
清掃員さんの勇姿が頭から離れないのです。
この気持ち、もしかして恋!?
私、どうしたらいいの?
おい、あんた、助けてくれ
あんた優秀な祈祷師なんだろ
宝物に追われているんだ
え、事情が分からない?
分かった、話すから助けてくれ
俺はトレジャーハンターで世界中を飛び回っている
とある遺跡にお宝がたくさんあると聞いてそこに行ったんだ
そこに行くとすごかったぜ
たくさんの金銀財宝があるんだから
家族に楽をさせられるyて喜んだよ
あまりに多すぎて持って帰れないから、袋に入れるだけ入れて帰ったんだ
帰って持って帰ったお宝を売り払った晩のことだ
ホテルの部屋で過ごしていると、宝石が落ちてたんだ
その時は、袋からこぼれて売りそこねたヤツだと思った
でも違ったんだ
翌朝起きると、床一面に宝石とか装飾品とかの宝物が散らばっていた
気味が悪いんで、すぐに売っぱらっちまった
それで売り払ってから帰ると、また部屋の中に宝石が散らばっていたんだ
朝起きたときよりも
俺は怖くなってそのままホテルを飛び出した
だってあんな気味の悪い場所にいられないからな
すぐに違うホテルに行って、部屋を取った
金ならあるからな
でもそも新しい部屋宝石まみれだった
部屋に一度も入らずにホテルから逃げた
それからどこに行っても宝石があるんだ
どこに行ってもどこに行ってもどこに行っても
宝石があるんだ
でもアンタのことを聞いた
こういう時に助けてくれるって
出来るんだろ
本当か
これで安心して家族と過ごせるよ―
ちょっと待ってくれ
俺に家族なんているのか?
え、あの宝石は俺の宝物のような思い出が、現実にお宝になって出てきたものだって
でも俺宝石売っちゃったし、残りも部屋に置いてきたから、一つも持ってない
それだと、記憶は戻せない
そんな馬鹿な
アンタ助けてくれるって
いやちょっと待て、アンタ誰だ
どうしてここに
何も思い出せない
俺はいったい誰なんだ
「この燃え尽きかけている蝋燭見ろ。
これは貴様の寿命だ。
燃え尽きるとお前は死ぬ」
死神は衝撃の事実を告げる。
だが俺は動揺しながらも、疑問に思うことがあった。
思い切って死神に聞いてみる
「あの、これ蝋燭って言うよりキャンドルでは。
アロマキャンドル」
蝋燭からすごくいい匂いがするのだ。
気になって仕方がない。
すると今まで無表情だった死神は、バツが悪そうに答える。
「閻魔のやつがな。
今どき蝋燭は古臭い。
もっと現代的なオシャレな物を、と言ってこれに変わったのだ」
ああ、上司の無茶振りか。
死神も大変だな
しかし雰囲気が台なしである
「理由はわかったな。
お前も死にたくないだろう。
お前の蝋燭の火を、他の蝋燭に付け替えるといい」
飽くまでも蝋燭と言い張る死神。
「ここにフローラルや柑橘系など色々ある。
好きなものを選ぶといい」
「なんで種類あるんだ」
「一種類だと飽きると、閻魔のやつがな」
「そっか」
そう言うしか無かった。
下手な慰めは彼のプライドを傷つけるだろう
「じゃあ、フローラルで」
「これだ。自分でつけろ」
そう言って死神はアロマキャンドルを俺に手渡す。
緊張するかと思ったが、アロマキャンドルの香りのおかげなのか、リラックスして火を付け替えることはできた。
「ほう、うまいものだな」
「俺もびっくりしています」
俺は正直に言う。
「ところで、このアロマ、なんの花ですか。
鼻がムズムズするんすけど」
死神が考える素振りをする。
「さて何だったか。
部下に命令して取りに行かせたものでな。
部下が言うには、春にたくさん咲く黄色い花だそうだ」
「ちょっと待て。
まさかスギじゃないよな。
俺、花粉症―
ぶえっくしょん」
俺が最後に見た光景は、蝋燭の火がクシャミで消えるところだった。
眼の前には、たくさんの写真が入ったアルバムがある
旅先で撮ったもの、イベントの記念写真や家族写真
たくさんの思い出の証だ
写真を見ると、忘れていた記憶が昨日のように思い出される
学校の入学式、就職の時、結婚、子供が生まれたとき
こんなにも大切なことを、なぜ忘れていたのだろうか。
分かっている
若い頃の私がこんな思い出は不必要だと決めてかかったからだ
だが、全てを捨てたら俺には何も残らなかった
そして絶望して―
「思い出されましたか」
眼の前の天使は言う
ああ、思い出した
俺は死んだんだな
「はい、あの世に連れて行く前にすべてを思い出して貰う必要がありました」
そうか
俺は地獄行きだろうな
「それはお答えできません。主がお決めになることです」
そうか
まあ、いい
それで一つ聞きたいことがある
「何でしょう」
このアルバムは持っていけるのか
「はい、構いません。そのつもりで持ってきました」
なら、良かった
これさえあれば地獄も怖くない