【太陽の下で】
生まれつき、肌が弱かった。陽の光に当たると火傷したみたいに痛くなるから、小さい頃からずっと閉め切った家の中にいた。外からはいつも、子供の笑い声がしていた。外の、太陽の下で無邪気に笑える声が羨ましくて、「どうしてぼくはおそとにいっちゃいけないの?」なんて親に問いかけたこともあった。「ごめんね。」と泣きそうな顔をさせてしまったから、それ以来一度も言っていないけど。日向ぼっこがしたい。
それでも、羨ましいものは羨ましい。日傘というものを知って、外に出ることはできたけど、外を駆け回ったり、日向ぼっこをしたりは絶対にできない。夏は外に出るだけで一苦労だから、夏は嫌い。冬は好き。陽の光に当たらないように厚着しても、みんな厚着してるから目立たない。外でみんなと遊びたい。
陽の光は、世論ではあたたかくてやわらかいものの象徴だけど、ぼくにとっては、ぼくの全てを焼いて、灼いて、消し去ってしまうものなんだ。でも、それと同時に、憧れだった。どうしてぼくだけ太陽に嫌われたのかな。みんなは良くてぼくは駄目なんて。
太陽の下で、みんなと。
【落ちていく】
や、いや、やだ。行かないで。
そう泣いて叫んでいる君の声が聞こえる。
ごめんね、どうか許して、赦してね。
僕は決まりを破った。【 】を食べてしまった。その罰として、自由を失ったから、落ちるしかない。でも君は、君だけはこの大空を飛び回っていて。
下には水が、海が見えた。高いところから落ちたら、水も固く感じるというから、落ちた僕は死んでしまうだろうか。
と、思ったけれど。落ちた先は心地良くて、あたたかいけど冷たい、海の底だった。水の中で呼吸ができるとか、二本だった脚が一本の尾びれになっているとか、言いたいことはたくさんあったが、最後に聞いた君の声が耳に張り付いて離れない。
どうか、彼に味方を、彼に大いなる水の味方を。
ああ、君は、僕が生きることを望んでくれたらしい。たとえ、もう二度と会えなくなっても、もう僕が空に戻れなくなっても、僕を生かしたことで君がどんな目に遭おうとも。それならば、僕も願おう。
どうか、彼女に味方を、彼女に大いなる青空の味方を。
罪を犯し、青空を飛ぶための自由の翼を失い、海へ落とされた男を想った女は、男に水の中で生きれるように、速く泳げる尾びれと、息をするためのエラを授けるよう願いました。その結果、彼女は教えに背いた裏切り者として扱われるようになりました。
罪を犯し、青空を飛ぶための自由の翼を失い、海へ落とされた男は、自分を想ってくれた女を想い、青空を変わらず自由に飛んでいけるように、青空にいた者達から男の記憶を消すように願いました。その結果、女は裏切り者として扱われることは無くなり、また自由に青空を飛ぶようになりました。
しかし、女の中には大きな喪失感が胸を締めて仕方ないそうです。
【宝物】
私の中には箱がある。私が持っているきらきらしたものを入れる箱。小さい頃から、きれいな蝶々や夕日、道端に咲いた花を入れていた箱。
でも、大きくなると、箱に入れたくないものも入れないといけなくなる。たくさん入れようとして、溢れてしまったから、きれいなものを捨てるしかなかった。入れたくないものを入れなくちゃ、怒られちゃうから、きれいなものを捨てるしかなかった。…捨てたくなかったけど。
箱に、きれいなものが少なくなると、世界が綺麗に見えなくなる。一枚ガラスを挟んだ先の景色を見ているように、全て他人事に感じてしまう。いつの間にか、楽しかったこと、好きだったこと、全部思い出せなくなっていて、無性にさみしくなった。
そんな思いを抱えながら、いつもの帰り道を歩いていたら、ふと、目に道端に咲いた花が目に入った。いつかの私が、箱に入れていたもの。時間が経っても、きらきらしたものは、きらきらして見えた。
私は変わっていなかった。私は忘れていなかった。それなら、まだ間に合うんじゃないか。もう一度拾い直しても。まだ間に合うんじゃないか。新しく探しても。箱が小さいなら入れ方を工夫すればいい。箱が足りないなら増やせばいい。その方法を私は学んだろう。大丈夫。まだ間に合う。自分を本当に見失ってしまう前に、また拾えばいい。
私の中には箱がある。私が持っているきらきらしたものを入れる箱。小さい頃から、きれいな蝶々や夕日、道端に咲いた花を入れていた箱。前は一つだったけど、今では二つになった。もうすぐ三つになる予定の、私の宝物を入れる箱。
【キャンドル】
ねぇ、この学校の七不思議知ってる?…えっ?知らないの?やばぁ!!今までどうやって生きてきたの?ここわりと心霊現象起こるよね??……じゃあ危ないし、一個教えてあげるね!残りの六つは他の子にでも聞いてみてね!
私が教えるのはどっちかというと、学校でやる儀式?みたいなのに近いんだけど、まず準備するものね!これは少ないから、すぐ覚えれると思うよ。マッチとキャンドルとナイフ。以上。…まぁ少なくない?って思うのはわかるけど…代わりに場所がちょっとめんどくさいの!午前2時に自分の席でやらないといけないんだよ。手順も説明するから聞いてね。
午前2時、自分の席でキャンドルにマッチで火を点けるの。その後、ナイフを利き手で持って、叶えたいお願い事を口に出しながらキャンドルを削るの。このお願い事っていうのは、頭が良くなりますように〜とか、あいつの成績下がりますように…とか、なんでもいいんだ。お願い事を10回唱えられたらキャンドルの火を消して、終わり。これでお願い事が叶うって儀式なんだよ。
ちなみに、この儀式の最中は火から目を逸らしちゃいけないんだって。連れていかれるから。
…あっ。私もう帰らなきゃ…まぁこんな儀式やらないほうがいいけどね!!ばいばーい!
…
……
………
「…行った、かな…?」
本当に驚いた。まさかこの学校がいくら心霊現象多いとか七不思議が本当にあるとかでも、遭遇するとビビるな…。
「今のは…『存在しない生徒』かなぁ…?」
『存在しない生徒』は、放課後、帰る生徒にランダムで話しかけるという七不思議で、対応を誤ると次の日には席が無くなってる事があるんだとか…何が地雷になっているのかもわからないから、ありきたりな反応しとけばいいっちゃいいんだけど、ビビるものはビビる。
「『七不思議知ってる?』って…おまえが七不思議じゃんかぁ〜…??はぁ〜…こわっ」
早く帰らねば、明日も席に着きたいなら。
【たくさんの想い出】
ラムネ味の飴を口に含んで火の花が咲く夜空を見上げた。飴をからころ、と口の中で転がしているとあの夏を思い出す。
私は、近いうちに県外へ転校する。理由は両親の仕事の都合。この田舎の空気とも、仲良くなった親友とも、一週間したらおさらばなのだ。少し感傷的になっていたのを察したのか、親友はにこにことしながら私に言った。
「土曜日、空いてる?花火大会行こうよ。」
花火大会は、引っ越しの前日だった。私が目をぱちぱちとさせていると、
「あれ、空いてなかった?一緒に行きたかったんだけどな〜…」
と言いながら眉を下げるので、とっさに
「いや!空いてるよ。」
と返してしまった。引っ越しの前日だから、荷造りの手伝いやら何やら色々やることがあったはず、だけど、両親も最後の想い出作りくらい許してくれるだろう。
「よかった〜!じゃあ決まりね。私ラムネ飲みたい!」
「またビー玉目当て?炭酸苦手なくせに毎年飲むんだから…」
「うっ…だってビー玉きらきらしててきれいなんだもん…」
「そうやって今年もまた私に『もうむり…お願い飲んでぇ〜』って泣きついて来るんでしょ?まぁ私は炭酸好きだからいいけどさ。」
「うぐぐ…今年はちゃんと飲むんだから!」
他愛もない話だけど、ほぼ毎年行ってた花火大会も、今年で最後なのかと思うと、また寂しくなる。この寂しさを、最後まで親友に悟られたくない。
花火大会当日、私達は色違いの朝顔の浴衣を来て出店を回っていた。たこ焼き、りんご飴、ヨーヨー釣り、的あて…そして、ラムネ。毎年飲んでいたラムネ。私の毎年の想い出が繋がるラムネ。
今年、親友はラムネを一人で飲みきっていた。ちびちびとした一口で、とてもゆっくりだけど、一人で。
「どうだ!飲みきれたぞ!」
そうやって誇らしげに私を見る親友が、なんだか「私はもう一人でもいいんだぞ」って言っているようで、また少し寂しくなる。
「あ、花火始まった。」
親友の声で空を見上げると、夜空に浮かんでいる星をかき消す勢いの火の花が咲く。次々と、夜の黒を様々な色の火の花が埋めては消えていく。それに伴って、私の親友との想い出も浮かんでは消えていく。走馬灯のようだ、と他人事のように思ったが、それは走馬灯よりもずっと暖かいものだから、嫌な気分にはならなかった。
「毎年見てるけど、きれいだね…」
親友がこちらに笑いかけながら言った。
「うん、今年も来てよかった。」
私も笑いかけながら言った。
毎年見ていた景色が、今年でお別れだと思うと、やっぱり少しは寂しいけれど、でも前は向ける。親友とも今生の別れというわけでもないから、そこまで悲観的にならなくても良かったのかもしれない。だって、私の親友との想い出はラムネで思い出せるから。
「あ…」
『土曜日空いてる?里帰りで花火大会行こ!!』
ラムネの味と花火は私の想い出の象徴なのだ。