フィロ

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8/24/2024, 5:49:31 AM

東京生まれの東京育ち
そこ以外で暮らしたことは無かったが、私が嫁いで実家を出ると両親は海辺の街へ移り住んだ

「海を見ながら暮らしてみたい」という母の長年の夢を叶えたのだ
その時から私の実家は、海を見下ろす高台のその家になった

引っ越しを終えて改めて訪ねた新居に入る際、「お帰りなさい」と母は優しい声で迎え入れてくれた
私は慣れない家の玄関先で「お邪魔します」とうっかり出そうになった言葉を慌てて呑み込み、「た、ただいま」と真新しいスリッパにつんのめるようにして足を通した


庭のデッキからは美しい海が一望できた
太陽の光がキラキラと宝石のように煌めいていて、その動きで波の立ち具合いが分かった

「素適な眺めでしょ  時々豪華客船や大きなタンカーが通るのよ  こんな景色を見ながら暮らしたら長生きするわよね」と母はうっとりとした表情を浮かべた
東京の都心の大きな土地を手放したことなど微塵も後悔していないようで、私は安堵した

ほとんど初めて見る景色のはずなのに、何故か懐かしい気持ちになった
胸いっぱいに吸い込む潮風がさらに懐かしさを思い起こさせた

きっと、景色とか匂いとかよりも、「海」というものに人は何故か懐かしさを感じるのかもしれない

「ひいては返す波の音は母親のお腹の中の羊水に揺られている音に似ている」という文章を読んだ記憶がある
きっと「母なる海」、誰もが母から生まれるように、海は誰もがどこか懐かしいような、そこへ帰りたくなるような存在なのかも知れない


初めての海辺を歩いても、私のような新参者もまるで昔からそこに居たように優しく受け入れてもらえた

「おかえり  またいつでも帰っておいで」
柔かい波が足元を濡らしながら、そんなメッセージを運んでくれてきたような気がした


私の住む場所からは距離も離れているので、実際には盆暮れ正月にしか「実家」へは帰れない
それでも、時々フッと「あぁ、海へ帰りたい」と思うのだ




『海へ』

8/23/2024, 4:24:13 AM

昨夜祖母の夢を見た
律子は急にお稲荷さんが食べたくなり朝から油揚げを炊いている

律子の料理好きは祖母譲りで、幼い頃から祖母の手ほどきを受けた
野菜の切り方や食材の丁寧な処理の仕方、それぞれの作業の意味や、その料理に込めた昔の人々の思いなどについても、祖母はひとつひとつ丁寧に教えてくれた

今と違って食材や道具が豊富には無かった頃、如何に人々は工夫しながら食卓を豊かに彩る工夫をしていたかを知った律子は子供心にもとても感銘を受けたものだった

そんな祖母から直伝のお稲荷さん
少し甘めで、黒砂糖を使うのでコクも色も味わい深い
そしてもう一つの特徴が、おあげさんを裏返しにひっくり返して作るお稲荷さんもあること
表のままのものと裏返しにした2種類が出来上がるのだ

「この裏返しにしたお稲荷さんは何だかボコボコしていて汚らしいよ  律子はあんまり好きじゃない」
と言う律子に祖母は言った

「味はまったく同じでしょう?見た目が少し違うだけ   中身は同じなのに汚らしいとか不味そうとか言ってはいけないよ  見た目の違いはそれぞれの特徴で個性なんだよ  
このお稲荷さんはね、物事には裏と表があるけれども、その二つが合わさってひとつなんだと  片方だけを見て判断してはいけない、という戒めの意味もあるんだよ」


そんな祖母の言葉を懐かしく思い出しながら、律子は裏返しにしたおあげさんにすし飯を優しく詰めていく

今では、その裏返しにしたお稲荷さんの方が口に入れた食感が面白くて大好きだ


律子も娘が大きくなったらそんな話をしながらお稲荷さんの作り方を教えてあげたいと思っている




『裏返し』

8/21/2024, 11:41:58 PM

最近鳥の姿をあまり見かけなくなった
ゴミの収集日には早朝から騒々しい声を上げていたカラスもとんと見ない

これだけの暑さがかれこれ3ヶ月ほど続いているのだから無理もないのだろう
日中のあの暑さの中を飛び回ったら、それこそ"焼き鳥"になってしまいそうだ

日本の各地で農作物や畜産物、はたまた海の中までその影響が出ていると聞く
そんなニュースを耳に目にする度に、動物たちはどうしているのだろうか…と気に掛かる


昆虫や木々の実や花を餌にしている鳥や動物たちも、この夏の食糧確保は至難の技だろう
本来はその翼を広げて自由に空を飛び回りながら餌にありついていた鳥たちも、日中は木陰で涼を取りながら
「鳥のように自由に空を飛び回りたいよ…」
なんて、この暑さを恨めしく思っていいるとかいないとか…




『鳥のように』

8/20/2024, 10:29:13 PM

ここ数年の間に、大切な人を次々に亡くした

正直今回のお題は、まだ生々しくて正面から向き合えそうにない


ごめんなさい
今回はパスさせてください




『さよならを言う前に』

8/20/2024, 2:44:02 AM

最近の天気は「空模様」などという情緒ある言葉で言い現せるほど穏やかなものではなくなってきている

たった今さっきまで機嫌よく晴れていたかと思えば、大気の不安定さがピークに達するや否やその様相は急変、いや豹変する

ひとたび雨が降り出せば、もはや傘など邪魔にしかならないおびただしい量と勢いの豪雨になり、雷もこの世の終わりを感じさせるような音が轟き渡る
もちろん、その度に何かしらの爪痕をあちらこちらに、むしろその事が目的であったかのように残していく


かつて日本の美しい四季を好んで詠った歌人たちが、今のこの様子をどの様に歌に詠むのかがとても興味の湧くところだ


今や当たり前になりつつある最近の「空模様」が単なる気象現象ではなく、私には地球、いやそれを取り巻く宇宙からのメッセージにも思えてくる

その宇宙の営みからすれば、我々人類の存在なんて一瞬の「ちり」にすら満たない様なものだ
それが、あたかも我々人類がすべてを牛耳っているかの様な傍若無人ぶりで再三の警告を無視し続けてやりたい放題やってきたことに、さすがに堪忍袋の緒が切れた宇宙からの報復にも感じられるのだ

地球は来るところまで来てしまった…
ということでしか説明がつかないような天候、地震、疫病…
これら人類を脅かすものの数々が出揃った、と私は感じている


明らかに崩れている自然と人類とのパワーバランスをこれからどのように立て直していかれるかに、人類の存続はかかっているのではないだろうか


夏の季語に「ゲリラ」や「奇襲」が加わっては欲しくない





『空模様』

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