フィロ

Open App
7/15/2024, 6:24:13 AM

「では、そういう事で、今年も皆さん手を取り合って良い祭りにしましょう!」
と自治会長の村元が会の締めくくりをしようとすると、後ろの方の席から声がした

「知らない人と手を取り合うとか無理なんですけどぉ」

村元は一瞬自分の耳を疑った
手を取り合うって、別に手を繋ぐということではなくて…と慌てて訂正しようとしたタイミングで、婦人会会長を努める山崎さんの甲高い声が、その時が止まった様な空気を動かした

「皆さん、朝早くからご苦労様でしたねぇ  おにぎり握ってきたから、さぁ、食べて!食べて!  沢山あるから遠慮しないで…ほら、ほら!」
と後ろの方に固まって座っていた若い女性達の前に山盛りにおにぎりが乗ったお盆を差し出した

ひとりひとり渋々手を出し、その手に持ったおにぎりをどうしたものかとチラチラお互いに顔を見合わせていると、その中のひとりがまた声をあげた

「私、他人が握ったおにぎりとかマジ無理なんですけどぉ
これ食べるの強制ですか?」

お盆を差し出した山崎さんも目をパチクリしながら、その表情はみるみるうちに引きつっていった

「いや、いや、こりゃ参ったな…」
と、その場の空気をどう繕うか次の言葉に迷ってしまった


(これが最近良く言われているジェネレーションギャップとか言うやつか…
◯◯ハラなんて我々の身の回りには関係ないことだと思っていたけれど、もしかしたらこういうことなのか?)
と、今更ながらに◯◯ハラについて自治会長として学んでおくべきだったと反省した


ここの辺りは古くからの住民が多く、1軒当たりの敷地面積も広い
一般的には高級住宅地と呼ばれる地域だったが、住民達の高齢化が進み、空き家もあちらこちらに目立つようになっていた
その1軒が売りに出されると即座に買い手がつき、解体工事が始まったと思ったらその場所にあっという間に全く同じ形の建売の家が3〜4件建ってしまう

そんな現象がここ数年の間に次々と起き、この町内の雰囲気は激変した

高齢化が進み住人の数が減る中、店を畳むところも増えていた頃を思えば、若い世代が移り住んで来てくれたことは、町の活性化にもなり良い事ずくめだと古くからの住民達も喜んでいたはずだった

ところが、初めの頃は楽しげに゙聞こえていた子供達の声は騒音と、自由に振る舞う若い世代の生活ぶりは傍若無人と受け取られるようになり、その軋轢をどうにか減らしたいと村元は日々頭を悩ませていた

そんな中、しばらく途絶えていた夏祭りを復活させようと意気込んで開いた会合だったのだ


「確かにね…  じゃあ、言い方を変えましょう   手を取るというのはもちろん、手を繋ぐわけじゃあ、ありませんよ
皆さんで協力しあいましょう!ということです

おにぎりもね、せっかく山崎さんが労うつもりで作って来てくださったのだから、食べる食べないは別にして、その気持ちには感謝しましょうよ」
と、精一杯の言葉を何とか捻り出した

「そもそも、このお祭りって強制じゃないですよねぇ?不参加もありですよね?」


ジェネレーションギャップとは言え
村元は言うべき事はここではっきりと伝えなくては自治会長としての意味を成さないと覚悟を決めた
込み上げる感情を押し殺しながらゆっくりと話し始めた

「こういうコミュニティで暮らしていくということは、お互いに譲り合いが必要なんですよ
あなた方の考えも分かりますよ
でもね、郷に入らば郷に従えと昔から言ってね、古くからあるそこのやり方も学びながら暮らしていくことも大切なんですよ
せっかくのご縁でこの町の住民として知り合ったんだ、皆で仲良くやりましょうよ!

隣の人の顔も知らないなんて淋しいじゃないですか
遠くの親戚より近くの他人て言うでしょ
何かあったら、お互いに声かけあって助け会いましょうよ!
それが人の営みってもんだ

それが手を取り合うってことですよ」

そう話す村元の目には熱いものが込み上げていた


その話に水を差す人はもう誰もいなかった




『手を取り合って』

7/14/2024, 2:55:38 AM

優越感や劣等感というのは、人生それなりに生きていれば普通に抱く当たり前の感情であり、また厄介な感情でもある

それらの感情が自分自身を鼓舞したり、もっと上を目指す発奮材料になればそれに越したことは無いが、逆に自分の行動を制限したり、本来の自分の姿を見誤らせてしまう可能性もある


優越感や劣等感は他と比べることで生じる感情だ
人は他と比べることで自分自身を知ることに何故か安心感を覚える生き物だ

ただ、その二つの感情は自分の心が作り出した勝手な妄想だと言うことを忘れてはならない
だから、この妄想に心を捉えられていまうことほどナンセンスなことはないのだ


「優越感によって人を見下すこと無かれ、劣等感によって己を卑下すること無かれ」




『優越感と劣等感』

7/13/2024, 12:32:41 AM

「これまでずっと私と一緒に過してくれて、ありがとう…
辛い日の方がずっとずっと多かったけど、諦めずに頑張ってくれてありがとう…
あなたとお別れすることをすごく悩んだけど、このチャンスは逃すべきじゃないと思ったの
今日まで私の為に力の限り頑張ってくれて、本当にありがとう
あなたとの日々を私は決して忘れないから…」

看護師「佐伯さん、そろそろ行きますけど準備は良いですか?」

「あ、はい…
準備は出来ました   よろしくお願いします」

看護師「長い時間になるけれど、頑張って闘いましょうね  私もそばに付いていますからね
目が覚めた時には、元気な心臓が働いてくれていますよ」



「さあ、いよいよあなたとはお別れの時が来たわ、私の心臓さん
今まで本当にありがとう!
私、新しい心臓と新しい人生を歩んで行くわね
さようなら、私の心臓さん…」

1、2、3、4…
しだいに意識が遠のいていく…

その思いに応えるかの様に、心臓がドックン!と鼓動した




『これまでずっと』

7/11/2024, 6:59:08 AM

「目が覚めると、私はすっかり若返っている!」はずだった…

飛び起きて鏡を覗いた真由子は溜息をついた
「そりゃ、そんなに上手い話がある訳ないわよね
魔法じゃあるまいし…」

ネットの広告で見た『若返る枕·····使っているうちにどんどん若返ります』という、嘘八百にしか思えない宣伝文句に、まるで引き寄せられるようにポチッてしまった、まさにその枕で寝て起きた翌朝のことだ

「何で、こんな物買っちゃったのかしら?魔が差したとしか思えない…」
とこの情けない気持ちをどうやって立て直そうと思いながら、テレビのスイッチを入れた

「あれっ?今日って何日?
テレビの表示が間違ってる?
そんな、バカなねぇ?!
もしかして、1日戻ったって言うこと?!」

確かに、昨日と全く同じ内容のテレビ番組が流れている
真由子は一瞬狐につままれた気分にはなったが、好奇心ともっとこの先の展開が気になって仕方なくなった

「これが本当に1日戻ったとするなら、寝れば寝るほど若返るという謳い文句を信じてもっと寝てみるか!」
と、翌日がちょうど休みなこともあり真由子は俄然挑戦モードになった


最近仕事が立て込んでいて睡眠不足が続いていたから、がっつりと寝る自信は満々にあった
いつもは自然な目覚めを促すために、遮光カーテンは引かずにいたが、その夜はしっかりと光が漏れないように、途中で目覚めないように念には念をいれてアイマスクもした
 
眠ることには自信のある真由子は案の定、途中で目覚めることなく丸1日ほど眠り続けた

「良く寝た〜!さすがに腰が痛いわぁ」
となかなかベッドから起きれずにいたが、這い出るように床に着地し、そのまま這うようにしてリビングへ向かって早速テレビをつけた

「やっぱり!   私の思っていた通りじゃない!」
日付は、真由子が眠りについた日から1週間前になっていた

「やだ、やだ、やだ!  これ、ヤバいじゃん!本当にドンドン時間遡ってるわ  信じられない!!」

真由子はその不気味さにたじろぐどころか益々この魔法の枕に取り憑かれたように、もう他の事は考えられなくなっていた

「これが本当なら、もう、やるしかないっしょ!
どうせなら、何年か遡りたいわよね
でも、いくら何でもそんなに眠れないかぁ
そうだ!医者から貰った眠剤あるから、それの力借りるか…」


真由子はもう正気を失っていた


しばらく会社に行かれなくなることも考え、有給休暇の願いの手続きも手早く済ませ、コンビニへ食料の調達に走った
冬眠前の熊のように、とにかく食べまくった

「もし、何日か寝ちゃっても寝てるだけなら何とかなるわよね」
普通なら何とかならないことはすぐ分かるはずだが、正気を失った真由子は走り出した機関車のようにもう止まるという意思も働かなかった


「いつもより多く飲まないとダメよね、目覚めたら困るもんね
さぁて、やるわよ〜!
目が覚めた時には何年か前の私とご対面よ〜!」
真由子はたっぶりの水で、手のひらにこんもり盛った錠剤を口の中に放り込んだ



霞のかかった空の向こうから白い光が差し込んで来る
真由子はその眩しさに思わず目を覆った

「この愚か者めが!」

低く響き渡る声がその空の方から聞こえてきた
驚いて顔をあげると、見たこともないようなシワ深い仙人の様な風貌の老人が立っていた

「命を粗末にしおって 
自分のしたことが分かっておるか?
ここがどこか分かるか?」

辺りを見回すと美しい川が流れている
水も冷たそうで、すぐにでも飛び込みたい衝動に駆られた
そうだ、喉もカラカラだ

「ここの川は命の川じゃ  これを越えてあちら側行けばお前さんは二度と戻っては来れまい
いわゆる三途の川じゃ
お前さんは、今まさにこの川を越えようとしているんじゃ
それも、くだらない理由で
そんな奴にはここさえ越える資格はない
この神聖な川を越えるに相応しい行いをするまで、もう一度修行し直しじゃ!」



そんな夢を見た記憶を脳裏に残しながら、真由子は目を覚ました
 
「おっきしましたかぁ〜  ママでちゅよ〜」
聞き覚えのある声だが、知らない顔が真由子を覗き込んでいる

「ママって言った?」
良く見ると、写真で見たことのある若かりし日の母だった

「えっ?? もしかして、私、赤ちゃんに戻ってるの?!」


「もう一度修行のし直しじゃ!」という長老の声が頭の中で響いている




『目が覚めると』

7/10/2024, 3:47:11 AM

「あなたの当たり前が、皆の当たり前だと思わないで下さいよ」
と、いきなりテーブルの向こう側から声が掛かった

大学のサークルの新入生歓迎会での出来事だ

新入生の世話役を任命された柚紀が甲斐甲斐しく動いている、まさにその時だった
一瞬、何の事だか分からずにキョトンとしていると 
「だから、そのレモンですよ、レモン。
唐揚げにレモンて、かけたくない人いるんですよ!    
まず、かけて良いですかとか聞くのが礼儀でしょ
ていうか、余計なお世話なんですよ
かけたい人は後から自分でかけますよ
レモンがかかった唐揚げなんて俺は食えませんよ」 

所謂、『唐揚げレモン論争』だ

柚紀はそんな事を考えたことも無かった
家では唐揚げにレモンは当たり前だったし、上手くレモンが絞れない弟のためにはいつも柚紀が絞ってあげていた
だから、これは柚紀にとっては「良かれと思って」したことだった

もちろん、そんな事をいきなり言われたショックと恥ずかしさでいたたまれない気持ちだったが、さらに柚紀を腹立たせたのは、新入生の分際で、あろうことか先輩の柚紀に向かってそんな事を皆の前で堂々と言ってのけた図々しさだった

だが、気の強い柚紀も負けてはいられないと
「そんなこと無いわよ!  レモンかけた方が良い人手を挙げてみて」
と30人ほど集まったメンバーに問いかけた

すると、しずしずと手を挙げたのは約半分
それも、柚紀を慕っている後輩や同学年の面々
そこには充分忖度も含まれていそうだった

(そうなんだ…  確かに、自分の当たり前が他の人の当たり前とは限らないのよね…)と内心納得したが、その新入生のことはギッと睨んでおいた

それが圭介との初めての最悪の出会いでもあった



普通なら二度と口もききたくない、と思うところだか、そこが柚紀の少し風変わりな前向きなところで

「コイツと居たら、私の価値観はどんどん広がりそうだ♪」
と柚紀の方から圭介に交際を申し込んだ


まさに今、柚紀は毎日
「私の当たり前を改革中!」
なのだ
もちろん、柚紀の当たり前を圭介にもレクチャーしている



『私の当たり前』



Next