西の空が茜色の夕陽で染まり始めると、それまでぼんやりと霞んでいたマンションやビル群が、背に夕陽を受けてはっきりとしたシルエットとしてその存在を主張し始める
そして、そこにひとつふたつと明りが灯り始める
私はこの時間帯がとても好きだ
そして何故だか必ず胸の奥がキュッとする
きっとそれは、
その明りのひとつひとつに家族の営みや職場の悲喜こもごもが繰り広げられているはずで、ひとつひつとの命が今日も健気に息づいていることを想像してしまうからだろう
やがて夜の帳が降り、明りの数が少しずつ減っていくオフィスビルとは対象的にほぼ全ての明りで満たされるマンション群
1日の仕事や学校を終えて辿り着く先では、どんな笑顔で迎えられるのだろうか…
そんな思いの込み上げる毎日のこの時間は、私にとって「街の明り」のショータイムだ
『街の明かり』
早希子には星空を見上げると必ず思い出す出来事がある
その頃はまだ恋人であった達彦と、出会ってから3回目の夏を迎えようとしていたある日
「ねぇ、今度の七夕の日にプラネタに行かない?」
と、普段空を見上げることもあまりしないような達彦が珍しいことを言ってきた
(へぇ〜、そんなにロマンチックなところもあるんだ)
と、達彦の知らなかった一面を見た様な気がして早希子はその誘いがとても嬉しかった
七夕のプラネタリウムは予想通り、カップル客で一杯だった
「何だか私達も普通のカップルって感じね!」
と、普通のカップルが当たり前にするようなデートの経験のなかった早希子ははしゃいだ気分で達彦の腕に絡みついたが、何故が達彦はソワソワと心はここに無いように思えた
「柄にも無いことするから緊張するのよ」
と落ち着かない様子の達彦を茶化した
プラネタリウムなんて子供の時の校外学習で見た以来だったし、最近の進化したプラネタリウムの凄さへの驚きと、本当にどこかの旅先で夜空を見上げているような錯覚に感極まり、七夕の日に達彦とこの星空を見ることが出来たことに素直に感謝した
星空の説明のアナウンスが終了すると、今まで聴こえていた幻想的な音楽がパタリと止み、続いて『星に願いを』が流れ始め、会場は一気にロマンチックなムードに包まれた
これが、七夕の日の特別な演出なのかとそのムードに酔いしれているとまたアナウンスが流れた
「七夕の星空の夕べへようこそお越しくださいました
今夜の特別キャンペーンに見事当選された方の『星空のメッセージ』をご覧いただきます」
と、会場は一瞬真っ暗になり、次の瞬間さっきまで見上げていた「夜空」一面に星屑で描かれたメッセージが映し出された
「I LOVE YOU SAKIKO ♥」
早希子はあまりの驚きに、息が止まりそうになった
慌ててとなりの達彦を見ると、照れ臭そうに頷いた
早希子に内緒でこのキャンペーンに応募していたのだ
まさか、こんなサプライズがあるとは!
達彦自身実現するとは思ってもみなかったであろう
早希子はあまりの感動に言葉すら発することも出来ず、次から次に溢れ出る涙を拭うことさえ忘れていた
ただ、メッセージの最後に光っていたハートマーク♥のピンク色の可愛らしさが目に焼き付いた
それから半年後、早希子は達彦の姓になった
二人の穏やかな日常が5年経った頃、達彦が体調を崩した
悪性腫瘍が見つかったのだ
想像以上の早さで病状は進行した
あれこれ手を尽くしたが、今の医学ではもはやどうにもならない状態になっていた
そんな絶望と痛みに耐えていたある日、達彦はかすれる声でゆっくりと早希子に話しかけた
「あのプラネタリウムを覚えている?
僕さぁ、死んだらあのメッセージの最後に光っていた可愛いハートの星になりたいなぁ」
それが、早希子が聞いた達彦の最後の声になった
達彦が本当の星になってしまってから2度目の七夕が来る
今年こそ星空が見られるだろうか…
もし、星空が見られなかったとしても、私の心にはいつも♥の形の星が輝いている
『星空』
東京のど真ん中の多くの人々が行き交う大通りから少し入った裏通りの館で、それはそれは多くの方々の人生を覗かせて頂いて来た者でございます
世の中には本当に様々な、大小それぞれの悩みを抱えた方が多くいらっしゃるもので、そんな方々のお蔭で私の商売も繁盛させていただいておりますことは、本当に有難いことでございます
こんな事申し上げるのは何でございますが、他人の不幸は蜜の味とは良く言ったものでございます…
さてさて、今日も朝からいろいろなお客様がいらしております
朝一番にいらした男性は、まあそれは横柄な態度の方で
「ここの占いは良く当たるそうじゃねーか 俺はこれから宝くじを買いに行くのよ どこの売り場の何番あたりが良さそうか占ってみてよ」
と、まあ何と図々しいことを!
こちらは預言じゃございませんので、
そんな質問の方には決まってこう申して差し上げますの
「運というのは一生に与える量が決っていると申します ですから、万が一宝くじ1等なんぞ当たった日にゃあ、一生分の運を使い切りますわよ
どんな事もほどほどがようござんすわよ」
と
もちろん、その方はプリプリ怒って帰られましたよ(笑)
(そんな事が分かれば、私が真っ先に買いに行くってーの)
次の方は、大変深刻な面持でいらっしゃいましたねぇ
何事も思い悩む質の方のようで
「先生、私はあと何年生きられるでしょうか? それが分からないと先へ進むのが恐ろしくて… 分かっていれば、色々とやり様があるじゃないですか?」
こういう方、結構多いんですの
ご自分の寿命を知りたがる方
でも、これは分からないから生きていけると言うものです
昔から、知らぬが仏と言うじゃありませんか
だから、そういう方には必ずこう申し上げますのよ
「あと、どれくらい生きられるではなくて、命尽きるその日までただひたすらにお生きなさい やりたい事があったら先延ばしにせず、とっととおやりなさい そうしている間にそんな事は気にならなくなるし、気がついたら、こんなに生きちゃったわ!って思えるようになりますよ」
(あんたがどれくらい生きるかなんて、私の知ったぁこっちゃない
それこそ、神様のみぞ知るってもんでしょ)
とかく世の中は皆悲喜こもごもいろいろなものを背負って生きているもので、
お陰さまで私の商売も今日も満員御礼でございます
『神のみぞ知る』
妻「私ね、昨日1人でドライブに行ってきたの」
夫「へぇ〜、ナビがあったても道に迷う君が、良く独りで行ったね
どこへ行って来たんだい?」
妻「行き先は、『幸せになれる場所』にしたの」
夫「そんな、漠然とした目的地でナビが使えるの?」
妻「それがね、ちゃんと連れていってくれたのよ」
夫「マジかよ〜?」
妻「あっちこっち連れ回されて、高速に乗ったり、山道走らされたり…
戻って来られなくなったらどうしようかと焦ったわ
散々走らされた挙げ句、この道の先に目的地があります…って」
夫「え〜?どこよ、どこよ?」
妻「この家の前だったわ」
『この道の先に』
店員「お次のお客様どうぞ〜」
客A「トマト栽培用の日差し、Sサイズをひとつ、持ち帰りで」
店員「トッピングはどうなさいますか?」
客A「水やり程度のシトシト雨を朝晩の2回でお願いします」
店員「かしこまりました お包みしますので少々お待ちください
次のお客様どうぞ〜」
客B「野球のグラウンド用の日差し、Lサイズをひとつ、デリバリーで」
店員「トッピングやオプションはどうなさいますか?」
客B「ベンチ側は雲を、紫外線量少なめで」
店員「かしこまりました
只今デリバリーは少々お時間頂いております お届けは明後日になりますが宜しいでしょうか?」
客B「それで構わないです 支払いはカードで」
涼子「母さん、今のニュース見た?
今や日差しまで、ファーストフード並みに買えるようになったんだって!
しかも、それぞれのニーズに合わせてカスタマイズだって!
まだ運用は都内だけらしいけど、こっちでも可能になったら父さんと母さんの畑仕事も楽になるわね!」
母「ま〜ったく、たまげた時代だよ」
『日差し』