「では、そういう事で、今年も皆さん手を取り合って良い祭りにしましょう!」
と自治会長の村元が会の締めくくりをしようとすると、後ろの方の席から声がした
「知らない人と手を取り合うとか無理なんですけどぉ」
村元は一瞬自分の耳を疑った
手を取り合うって、別に手を繋ぐということではなくて…と慌てて訂正しようとしたタイミングで、婦人会会長を努める山崎さんの甲高い声が、その時が止まった様な空気を動かした
「皆さん、朝早くからご苦労様でしたねぇ おにぎり握ってきたから、さぁ、食べて!食べて! 沢山あるから遠慮しないで…ほら、ほら!」
と後ろの方に固まって座っていた若い女性達の前に山盛りにおにぎりが乗ったお盆を差し出した
ひとりひとり渋々手を出し、その手に持ったおにぎりをどうしたものかとチラチラお互いに顔を見合わせていると、その中のひとりがまた声をあげた
「私、他人が握ったおにぎりとかマジ無理なんですけどぉ
これ食べるの強制ですか?」
お盆を差し出した山崎さんも目をパチクリしながら、その表情はみるみるうちに引きつっていった
「いや、いや、こりゃ参ったな…」
と、その場の空気をどう繕うか次の言葉に迷ってしまった
(これが最近良く言われているジェネレーションギャップとか言うやつか…
◯◯ハラなんて我々の身の回りには関係ないことだと思っていたけれど、もしかしたらこういうことなのか?)
と、今更ながらに◯◯ハラについて自治会長として学んでおくべきだったと反省した
ここの辺りは古くからの住民が多く、1軒当たりの敷地面積も広い
一般的には高級住宅地と呼ばれる地域だったが、住民達の高齢化が進み、空き家もあちらこちらに目立つようになっていた
その1軒が売りに出されると即座に買い手がつき、解体工事が始まったと思ったらその場所にあっという間に全く同じ形の建売の家が3〜4件建ってしまう
そんな現象がここ数年の間に次々と起き、この町内の雰囲気は激変した
高齢化が進み住人の数が減る中、店を畳むところも増えていた頃を思えば、若い世代が移り住んで来てくれたことは、町の活性化にもなり良い事ずくめだと古くからの住民達も喜んでいたはずだった
ところが、初めの頃は楽しげに゙聞こえていた子供達の声は騒音と、自由に振る舞う若い世代の生活ぶりは傍若無人と受け取られるようになり、その軋轢をどうにか減らしたいと村元は日々頭を悩ませていた
そんな中、しばらく途絶えていた夏祭りを復活させようと意気込んで開いた会合だったのだ
「確かにね… じゃあ、言い方を変えましょう 手を取るというのはもちろん、手を繋ぐわけじゃあ、ありませんよ
皆さんで協力しあいましょう!ということです
おにぎりもね、せっかく山崎さんが労うつもりで作って来てくださったのだから、食べる食べないは別にして、その気持ちには感謝しましょうよ」
と、精一杯の言葉を何とか捻り出した
「そもそも、このお祭りって強制じゃないですよねぇ?不参加もありですよね?」
ジェネレーションギャップとは言え
村元は言うべき事はここではっきりと伝えなくては自治会長としての意味を成さないと覚悟を決めた
込み上げる感情を押し殺しながらゆっくりと話し始めた
「こういうコミュニティで暮らしていくということは、お互いに譲り合いが必要なんですよ
あなた方の考えも分かりますよ
でもね、郷に入らば郷に従えと昔から言ってね、古くからあるそこのやり方も学びながら暮らしていくことも大切なんですよ
せっかくのご縁でこの町の住民として知り合ったんだ、皆で仲良くやりましょうよ!
隣の人の顔も知らないなんて淋しいじゃないですか
遠くの親戚より近くの他人て言うでしょ
何かあったら、お互いに声かけあって助け会いましょうよ!
それが人の営みってもんだ
それが手を取り合うってことですよ」
そう話す村元の目には熱いものが込み上げていた
その話に水を差す人はもう誰もいなかった
『手を取り合って』
7/15/2024, 6:24:13 AM