私にとっての「終わりなき旅」とは、やはり人生そのものを表す
正確に言えば、人生が幕を閉じる時までの「終わりなき旅」ということになる
これまでの旅には、雨の日も嵐の日も、もちろん快晴の日も沢山あった
「これが今までで一番素晴らしい光景だ!」と感動を何度も塗り替えたことも、逆にある日突然谷底に突き落とされた日も少なからずあった
私にとってはこれまで経験してきた旅路より、残されたこれからの旅の方が遥かに少ないことは年齢から考えても当然のことだ
だからと言って旅の楽しみを諦めてはいないし、これからまだまだひと花もふた花も咲かせたい!とさえ思っている
未だ見ぬ地への飽くなき好奇心という燃料を携えて、私の人生の終点までの「終わりなき旅」をこれからもコツコツと歩みを進めたいと思っている
「終わりなき旅」
まだ子供が小さかった頃、私は自分の性格的なこともあって、なかなか子育てに向かい合うことが出来なかった
自分の思い通りにならない毎日に苛立ち、時には子供の存在を疎ましく感じることさえあった
そんなある日、子供のとった態度がいつも以上に癇に障り、激昂しながら突き飛ばしてしまった
驚きと恐怖の表情で子供は泣き叫んだ
ひとしきり泣いた後、子供はしずしずと私のそばに来て消え入りそうな声で言った
「 生まれて来て、ごめんなさい」
私が今まで生きてきた中で、一番言わせてはいけない「ごめんなさい」だった
あれから長い時が流れた今も、その時の子供の表情とあの時の声は、私の心に大きなトゲとして刺さったままだ
むしろそのトゲは抜いてはならないと、自分が子供に与えた大きな傷として向き合い続けて生きている
そして、今では心根の優しい立派な大人に成長してくれた事への感謝と謝罪の言葉を毎日のように心の中で繰り返している
「ごめんね」
『ごめんね』
まだ5月というのに日差しは夏そのものだ
「そう言えば、5月が一番紫外線が強いのよね」
と響子は慌てて日除けのサンバイザーを被った
まだ朝の早い時間だったが、洗濯物を干す額にはうっすらと汗も滲み始めた
そんな日でも響子は半袖を着ない
物心ついた時から半袖の服を持たなかった
響子の左腕には肘から手首にかけて、長いこと共に生きてきた自分でさえ目を背けたくなるような醜いケロイドがあった
それは響子が幼い頃に、母親の不注意で負った火傷の痕だった
響子の母親は子供には全く興味の無い人間だった
どんな時も自分が最優先、友人との長電話に興じたり、テレビに夢中になっている間に響子が怪我を負うことは日常茶飯事だった
だから、虐待を疑われたことも一度や二度では無かった
そんな母親の態度が、体に負った数々の傷よりも深く鮮明に響子の心に傷みを刻み続けた
そんな響子が半袖を身に付けないのは当然のことにも思われたが、醜い腕を晒したくないという思い以上に、頑なに半袖を着ないことで自分の負った体と心の傷の深さを母親に見せつけ続ける思いの方が圧倒的だった
そんな母がこの春先、呆気なく世を去った
その傷についての謝罪や母としての思いはついに一度も聞くことはないままで…
ところが不思議なことに、長年響子の心に執拗に付きまとっていた母への怨念に近いような憎しみは、母の体の存在の喪失とともに潮が退くように消えていた
母もまた私に負わせていた傷の数々に苦しんでいたのではなかったのか、とその時初めて気がついた
だからこそ、あえてその話には触れず、むしろ触れることが出来なかったのではなかったのかと
今までは憎しみのあまり母の気持ちなど考えようともしなかった…
この夏はほぼ半世紀ぶりに半袖の洋服を買おう
そして、その姿で母の墓参りに行こうと響子は初夏のような日差しを感じながら、久しぶりに爽やかな風が心に吹いていることを感じた
『半袖』
「天国」のイメージとは、淡く優しい白い光に包まれて美しいお花畑がどこまでも広がっている心安らぐ場所…
「地獄」のイメージとは、赤黒いグツグツと煮えたぎる大きな釜のまわりに、悪魔のような番人が沢山構えていて、次はお前だとその釜に突き落とされそうな恐ろしい場所…
と、これは私の勝手な想像だが、つまり実際に天国や地獄という場所が存在するわけではなく、私はそれらがそれぞれの人の心の中に存在するものなのではないかと思う
言い換えれば、心の有りかのひとつということ
心には、悲しみや怒りや喜びなどの有りかがあるように、「天国」や「地獄」を感じる心のありかもあり、これは誰にでも存在するものではないかと思う
人が生きていく為に造り上げた心の拠り所(天国)、抑止力(地獄)であるのかも知れない
でも本当の意味での「天国」を感じるのは、恐らく命が終りを迎える、天に召されるまさにその瞬間であるために、実際に経験したとしてもそれを語り継ぐチャンスは訪れない
そしてまた「地獄も」然り
要するに、人生の最後の扉を開けた先にある心の部屋が「天国」である、あって欲しいと思う
そしてまた、どんなに悪行を重ねた人であっても「地獄」の部屋を抜けた先に「天国」の部屋の扉を開けるチャンスが残されていると信じたい
願わくは、「地獄」の部屋の扉を開けずに済む人生を送りたいと思う
『天国と地獄』
A 「月に願いを? 星に、じゃなくて?」
B 「他のほとんどの星と違って、月って太陽に照らされてその反射で光って見えてるわけでしょ? いわば、他力本願よね
お願いをするって感じではないかなぁ」
A 「そうなのよね 」
B 「だから私は、お願いというより感謝かな
お月様の光って、優しくて心の中にスッと入って来てくれる感じがするじゃない?」
A 「そうそう、浄化される…っていうかね」
B 「まさに、それ! だから、いつも優しい光で私たちを癒してくれて、ありがとうございますという感謝を伝えたいかな」
『月に願いを』