「ちょっと、マジで?! もう勘弁してよー!」
突然の豪雨に、持っていたショッピングバッグで頭を覆いながら近くのデパートに逃げ込んだ
買ったばかりのワンピースから滴る雨を恨めしく思いながら、ふて腐れた顔のまま顔や頭をタオルでぬぐっていると
「凄い雨になりましたねぇ…」
とこんな時に不釣り合いな優しい声が頭の上から聞こえた
慌てて顔をあげると、これまでに現実には見たこともないような、まるで韓国ドラマから抜け出して来たような美しい顔の背の高い青年が微笑んでいた
『息を飲む』という本当の意味での体験をその時初めて味わった
こんなに現実離れした美青年と、こんなに最悪なシチュエーションで出会うという運命のいたずらに、最高過ぎて言葉が出ない衝撃と恥ずかし過ぎて逃げ出したい思いのギャップに息をすることも忘れてしまっていたのだ
コクリと頷くことが精一杯の私に、その青年はまたも優しい言葉をかけてきた
「早く上がると良いですね」
次第にそのデパートのエントランスは人で溢れかえった
その人の波に押されて私の濡れたワンピースが張り付いた腕が、その青年の良く日焼けして程よく筋肉のついた、これまたしなやかそうな美しい腕にくっついたり離れたりした
恥ずかしさと嬉しさの入り交じった気持ちに心臓の鼓動は信じられない早さで反応していた
このドクドクという音がその青年に聞こえはしないかと気が気ではなかった
私の人生はこれまで「雨続き」という形容がピッタリの、何をしてもパッとしないジメジメしたものだった
それでも「降りやまない雨はないのだから」と自分を鼓舞して何とか今まで頑張ってきた
初詣の絵馬にも「私の人生の雨が止みますように」と何度書いたか分からない
それなのに、今日は反対に「お願い、雨よ止まないで」と懇願しているのだ
空が明るくなりかけている
止まないでと懇願したこの雨はじきに止みそうだ
「こんなタイミングで絵馬のご利益があるなんてね
人生て本当に皮肉なものね…」
と思わず苦笑いしてしまった
『降りやまない雨』
「今のまま、自分を信じて歩みを進めて大丈夫よ」
0か100かしかなくて、120%の力を出さないとやった気がしない貴女
周りと歩調を合わせることより、自分の持てる力を出し尽くすことを優先してしまう貴女
見た目も内面も人が羨ましがるほどの才能に恵まれていながら、それに気付きもしないで自分は無力だと嘆き続ける貴女
ひたすら目指す頂点は高く、そこに近づくための努力は惜しまない貴女
次第に疲弊しきってボロキレのようになって、心を閉ざしてしまった貴女
積み重ねた努力はすべてが報われる訳ではないし、辛い経験も沢山する
貴女が人知れず頑張ってきた事実は誰も気が付かないかもしれない…
何年も心を閉ざし、生きる意味さえ見失うかもしれない…
でも、大丈夫
貴女が人生の岐路に立ったそのどの時にも、必ず
「今までの出来事はこの時のためだったんだ!」
と気付く瞬間があるから
何ひとつ無駄になっていないことに気付くから
20年後の貴女の毎日は案外悪くない
貴女のその後を20年歩いてきた私(貴女自身)が保証する
だから、大丈夫
自信を持って歩みなさい
『あの頃の自分へ』
思春期に拒食症で苦しんでいたことがある
かなりの大人になった今でさえ、その苦しみの記憶が私の心から解き放たれることは無い
誰からも羨ましがられる体型を維持しているのにもかかわらずだ
もう何十年も、私の生きる基準は頑なに『体型維持』というかなり偏ったものになってきた
食べるという行為には常に恐怖と罪悪感が付きまとう
食べ物を選ぶ時も、食べたいものではなく、カロリーや成分をまず確認してしまう
こんな自分が悲しく、哀れで仕方ない
一度で良いから、食べたい物を食べたいだけ食べてみたい
私に取り憑いた「逃れられない思い」から、
解放されてみたい…
『逃れられない』
「じゃあ、また明日!」
と、いつもの人懐こい笑顔とよく通る声で先輩は僕に言って横断歩道を渡って行った
仕事終わりに一緒に軽い夕食を済ませ、少し飲んで行かないか?という先輩の誘いを
「明日のプレゼンに備えたいんで…」
と申し訳ない気持ちで断った
他の人の誘いなら、断れて良かった…とホッとするところだが、この先輩からの誘いはいつも心待にしている
たぶんこれは、僕だけでなく他の皆も同じ気持ちでいるはずだ
もう少しこの人と一緒にいたい、話をしていたい、そう思わせる不思議な魅力のある人なのだ
家に着き、玄関に入るや否や携帯が鳴った
知らない番号からだった
「えっ!!」
その会話の途中から、体中が震えはじめ、立っていることが出来なくなった
頭の奥でキーンという金属音がなり響き、電話の主の声さえ遠くで聞こえている
電話は警察からだった
さっき別れたばかりの先輩が、事故に遭い、病院に運ばれている、意識の無い状態だ…
こちらのあまりの狼狽ぶりに、何度も何度も同じことを繰り返し伝えてくれていた
先輩の携帯の最後の通話相手が僕だったため、僕に連絡が来たということだった
とにかく、病院へ行かなければ…
「じゃあ、また明日」
先輩のあの明るい声が頭の中で繰り返し、繰り返し、響く
あの時誘いを断らず飲みに行ってさえいれば…!
「じゃあ、また明日」
「じゃあ、また明日」
「じゃあ、また明日」
『また、明日』
「夏休みの課題の『自由な表現』を集めるぞ」
「おい、小林 お前のこの絵は何だ?
ふざけてるのか?ちゃんと描いてから提出しろ!」
「先生は、アートは自由だ、って言ってましたよね?
だから、これは僕の自由な表現です
タイトルは『透明な絵の具で画く夏』ですよ」
「………」
『透明』