たしか、新学期になってクラス替えをして、皆が浮足立っていた頃。
僕の隣の席には、不定期に学校に来る奴がいた。毎日来る事もあれば、数週間来ない日もある。そんな奴と隣り合ってしまったので縁ができてしまった。
学校に来ない日にはプリント類を届けに行ったり、学校に来た日にはノートを貸したり。自慢じゃないが、その献身的な支えによって、あいつは学校に来る頻度が増えていた。
けれど、それも僕と隣だった1年の事しか知らない。学校ですれ違う事はあるけれど言葉を交わしたりはしない。いつもと変わらない表情、いつもと変わらない姿。それは、変わりゆく交友関係に流される僕にとっては、安心できるものでもあったし、心配になるものでもあった。
学校も卒業した今では行方すら知らない。けれど、たまにあの怠惰で他人に依存しきっているあいつと話したくなる。あいつのことだからきっと変わっていないだろう。だから、その懐かしさにどうしようもなく縋りたくなる。
今この瞬間、あいつは何をしているんだろうか。
題:君は今
「うた?それはなんですか?博士。」
私を作った博士は時々変なことを言います。
この世には「うた」なるものがあったと。それがどのようなものなのかと聞くと決まって、ヘンテコな声とイントネーションが返ってきます。その時の博士は楽しそうなのに、私にとっては大層不気味に思えました。そのヘンテコな言葉の粒たちを、なぞって真似すると博士は喜びました。時には涙を流すほどでした。
そんな博士の喜びように、不気味だなどと言い出せなくて、今日まで至りました。
今日も変わらず博士はうたをうたいます。私はそれをなぞって真似します。けれど、今日の博士は掠れた声でうたいます。私は真似しづらくて何度も間違えます。
「今日の博士は変です。いつもと違う声です。」
意を決してそう言いました。そうしたら、博士は少し笑った後に目を閉じました。私は博士の身に何が起こっているのか理解できませんでした。けれど、博士の体がどんどん冷えて固まっていくものですから、ありったけ温めました。でも、それでも博士は目を開けなくて、なんとなくですが、失ったと気づきました。この前に博士が死んだ時の事を教えてくれたからでした。
私は博士を埋葬しました。そして、墓の前で博士の好きなうたをうたいます。それが弔いだと言っていました。
けれど、途中から、うたえないのです。いつも博士がうたっていたから、私は覚える努力もせず、博士の言葉をなぞるばかりでした。こんな時になって、失う事の本質に気づいてしまったのです。不気味だからと忌避していたはずなのに、今となっては焦がれています。
私は、私は、2つも、大切なものを、失ってしまいました。
題:失われた響き
俺のクラスには、いわゆるニコイチな関係の2人がいる。片方は、元気ハツラツなやつ。もう片方は、優しくて物静かなやつ。そんな二人はいつもクラスの中心だった。
けれど、物静かな方が自殺した。理由なんて、分からない。みんなみんな、彼女の事を見ているようで見ていなかった。もう片方のやつはそりゃあ泣いていた。悲愴感に溢れて、気の毒な程震えていた。
けれど、1年も経てばいつもの調子を取り戻していて、なんだかムカついた。
アイツはそれが出来なかったから死んだのに。お前がいつも泣きついていた時に、それ以上の傷を負っていたのに。ああ、ムカつく。それに気づけなかった俺にムカつく。
アイツが優しくなければ、今もずっと生きていたんだろう。ボタンの掛け違いみたいな、些細な性格の差で死んだのかよ、アイツ。優しさなんてもってなけりゃあ良かったのに。
題:やさしさなんて
不思議な浮遊感が私を包み込む。空気を含んだ泡が、私をすり抜け水面に浮かんでいく。同じように、身を任せて浮かぶと、太陽が目を焼いていく。それでもなお、力を抜いていくと、水に同化していくような感覚があった。昔からこの感覚が好きで、川や海によく行った。今思えば、このまま溶け出してしまいたかったのだろうか。泡みたいに、水に含まれて、最後には空気と同化して。そうやって、緩やかにひっそりといきたかったのだろうか。
題:泡になりたい
教室に生温い風が吹き込む。半透明のカーテンが舞って、少しの間私の視界を覆った。手持ち無沙汰になった気がして耳を澄ませば、日常が聞こえてくる。
板書の音、教師の話す声、外から聞こえる暑さに喘ぐ声、生き物達が必死で謳歌する声。その全てが紛れもなく私の日常だった。
だから、夢現な私は、この世界をこのまま閉じ込めたくなった。微妙に生きづらくて繊細な、今しかない幸福を享受し続けたかった。そんな事出来ないと分かっているけれど、思考は変わらなかった。
ふと、強い風が吹き付けた。教科書の頁がぱらぱらと捲れていく。それが、現実に覚める合図。
そこには、少しだけ枕を濡らした私が一人だけ。大人というのは、こんなにも冷たい涙が流れるものだったのか。けれど、あの時止めたかったものなんて絶対に止められなくて。大人にも子供にもなり切れない私は、また、あの日常に焦がれてしまうのだろう。
題:またいつか