「また雨だってー」
「えー! 今週はお花見行くって決めてたのにまたぁ!? せっかく開花が早くたって、これじゃ意味ないってーのぉ。あーどこ行くか話し合ってたのに〜」
「春が好きなわけでもないのに、花見には熱が入ってるよなぁ毎年毎年」
「春はお別れの季節だから好きじゃない! でもお花見はお別れする前に最後に楽しめるイベントだから好きってだけ。わかるっしょ」
「花見は会社の場所取り地獄って印象しかないわ」
「なにそれ。花がなーい! 絶対みんなとお花見すんだからなーくっそ、ちゃんと半日くらい晴れろ!」
「はいはい。来週末は晴れるといいね」
#好きじゃないのに
カーテンを左へと寄せてその裏に隠れていた窓を明らかにする。たったそれだけで室内の明るさは〝かろうじて見える〟から〝とてもよく見える〟にまで上がる。
からりとした天候。突き抜けるような青さが朝から眩しくて堪らず、目を覆い隠して眩しさに呻く。
今日こそは。今日こそは。明日こそは。今日こそは。明後日にはきっと。
そんな夢を描きながら毎朝カーテンを開ける。
けれども毎日毎日太陽は眩しく世界を照らす。隅々まで、余すことなくジリジリと攻撃するように。
じわりと明るさにもどうにか目が慣れてくると、窓からすこしだけ距離を取って空を睨みつける。
起床時刻に合わせていたテレビが電源を入れて、早速ニュースキャスターの声が流れ出す。
――劇的な降水量の減少から六年が経ちますが、人工降雨機の効果は薄く、緑地の減少を止めるにはまだまだ研究の必要性が訴えられています――
何度も聞いたような内容にうんざりしながら、恨めしげに空を――そのさらに向こうにある太陽を見遣るのがやめられない。
十年ほど前に戦争が起こった。
その戦争は二年続き、最後にはとんでもない結末を迎えて、ひとつの国が終焉を告げる形で終戦したのだが……その終焉がもたらした置き土産は惑星の自転を歪めて、太陽との距離を狂わせた。
世界の半分に渇水と暮れぬ昼という問題を。
もう半分には低温と明けぬ夜という問題をそれぞれに残していった。
雨がまともに降らなくなったこちら側の世界では、今では太陽は疎ましい存在だ。
日光の九割を遮るカーテンやシャッターがなければ夜を作り出すこともできない。
気が休まらないせいでこの数年で苛立たしそうにしている人々が地上に溢れかえっているが、そうでない人間のほうがレアだった。
――さて本日の天気は晴れ。ですが、ところにより数分ほどの雨が見込める地域があります。どうぞ素晴らしい一日をお過ごしください――
「雨!? どこっ――!」
テレビからの音声に素早く振り返って世界地図が表示された画面を見るが、降雨地域は十数時間の移動が必要な場所だと気づいて落胆する。
自身の身に雨が落ちてきたのは終戦の直後で、そこからはもう雨に打たれるという経験が皆無になってしまった。
そしてこちら側の世界では、雨が降る日はなによりも最上の日と位置付けられるようになり、ああやって天気予報士が羨望を隠して祝う。
ところにより雨が降るでしょう。
その言葉をずっとずっと多くの人間たちが待ち続けている。遠くの誰かを羨みながら。
そしてこの日も、太陽は一度も翳ることなく輝いていた。
#ところにより雨
真っ直ぐに窓ガラスの向こう、刷毛で塗ったような青空へと美しいグリーンとゴールドが混ざり合う瞳を向ける姿は美しかった。
艶やかな白く長い毛足をそっと指先で弄ぶと、ゆるりと振り返ってこちらを見返して、なあにと問うような眼差しを向けてくる。
どうしてこんなにも美しいのか。
神様が創り上げた最高傑作。
自然発生したなんて信じられない。
ガラス玉のようでありながら潤みのあるぱっちりとした大きな両眼も、小さな鼻と小さな口も愛らしい。
愛らしくないわけがない。
邪魔をしてごめんねと謝りながら手を離すと、すぐに興味が外へと向かう。
そういう素っ気ないところだって好きでたまらない。
外を飛ぶ鳥を追いかけてゆらりと揺れる長い尾にくふりと笑みながら、愛らしい子をもうしばらく見つめることにした。
#特別な存在
スマホの画面を無感動に親指で連打する。
タタタタタタタタタ……溜息。
タタタタタタタタタタタタタ、タッチャリーン……タ、タ、タタタタタタタタタ。
ひたすら流れ続けるゲームサウンドと効果音にも次第に募っていく喧しいという感情。けれどもサウンド調整をするのも手間でサイドスイッチでミュートにする。
そうなると部屋に響くのは画面をひたすらタップし続ける音と溜息。そして偶に外を走る車やバイクの音。
大きな音のない部屋はじわじわとメンタルを蝕む。
視線が集中する画面の上部には無惨な課金の末路が踊っている。
「……あと、五十連……」
五桁になる課金をしたところで確定で得られるものではない。そんなあっさりとした、けれどずっしりと胃に来るような重さに、漏れ出そうになる本音を堪えて唇を噛む。
たったの五つの音だが、それを言葉にしてしまうと、かけた金額も時間も全てが無意味で無価値なものになってしまう。それが恐ろしくて、胸にあるその気持ちを音にすることはできなかった。
「……。乱数調整しよう。育成が大成功続いてからやろう。それから、ジンクスの画像をホーム画面に設定して……コンビニで画像もプリントして、そうだ触媒。関連書籍と聖地の写真集。あと神社に行って御守り用意しよう。それから関連グッズ。五十連あるからいける、いける。絶対出る」
洗脳するように言い聞かせる。根拠のない自信で支えないと、今にも痩せほそった心はぽっきりと折れてしまいそうだった。
それでも他人がその姿を見たらなんと言うか。そんな囁きがぐるぐると、ぐるぐるとずっと渦巻いて消えなかった。
寂しいよ、とあなたは囁いた。
勤勉で実直なあなたは、それでも真っ暗に塗りつぶされた空でまたたく星を見上げながら何度も、何夜も幾百幾千日も寂しさを消すことはなかった。
だったらどうか。どうかこのひとの寂しさをどうぞ誰か消してあげてくださいと祈りを捧げ続けた。
そうして遂に神は土をこねて新たなひとを創られた。
わたしの心はあなたから離れて、あなたとわたしは一人ぼっちじゃなくなった。
あの二枚舌が現れなければ、あなたとわたしは永遠に二人ぼっちでいられたのでしょうか。