死んだ人は星になるというので、夜、家の裏山に登って、空へと手を伸ばしてみました。
ただ伸ばしただけでは足りないようで、背伸びをして、うんと肘を伸ばして、精一杯手を伸ばしました。それでも私の幼い指先は何も掴むことができなかったのです。
星はとても遠い場所にあるようでした。きっと木登りをしてもジャンプをしても、再びあの大好きな手と手を繋ぐことはできないのでしょう。抱きしめてもらうことも、頭を撫でてもらうこともできないのでしょう。
なので、私は叫びました。
「ねえ!」
空に向かって、叫びました。
「会いたいなあ!」
私の力いっぱいのお願いは、夜の山に静かにこだましていきました。
大人なので、朝早く起きて朝食の支度をし、
大人なので、満員電車に文句も言わず、
大人なので、職場に早めに着いて始業前に業務の準備をし、
大人なので、部下からの突然のヘルプに慌てず対応し、
大人なので、丁寧な口調を崩さず上司に説明をし、
大人なので、残業覚悟で今日やる仕事を全て終わらせ、
大人なので、帰宅間際にコンビニに寄って買い物をし、
大人なので、布団の上で寝そべりつつ漫画とゲーム機を枕元に置いて大型モニターでアニメを視聴しつつコンビニスイーツを堪能します。
大人なので、ね。
日中、日差しが強かったのでカーテンを閉めていた。数時間後、部屋が暗く思えたのでカーテンを開けたところ、黄色さを帯びてきた太陽が目に入り、ああもう夕暮れの時間が近いのか、などと思った。
「あ」
誰かが声を上げた。
「ちょっと、今良いところなんだけど」
カーテンである。
「今日の夕焼け、絶対綺麗なんだもの、見ていたかったのに」
眩しくて何も見えない時と暗くて何も見えない時しか閉めてくれないんだから、これだから人間は、などと愚痴愚痴と言われたので「ごめんごめん」と平謝りしつつ、「じゃあ」と持ちかけた。
「半分閉めて、半分開けるでどうかな」
両開きのカーテンはぱたりと愚痴を止めた。しばらく押し黙り、もしかして唐突に普通のしゃべらないカーテンに戻ったのかなと思い始めた頃、ようやく声が聞こえてきた。
「……許す」
どうやらお許しいただけたらしい。
約束通り、片方のカーテンだけを閉めて、もう片方は開けたままにする。やがて傾いてきた日が濃いオレンジ色になって辺りを照らす様子を、カーテンと共に静かに眺めた。
人間ってのは、手を見れば大抵わかるらしい。
「絶対叶えなきゃいけない願い事をする人間は、両手を強く握り合わせるんだ。誰かの安全や幸せを祈る時はそんなに握り込まない。そうやって私達は人間の願いを見分けていく」
言い、彼は自分の両手のひらを合わせて左右の指を交互に組み合わせた。ふうん、とカラスはそれを横で眺めながらカアと鳴いた。
「じゃ、神様にオレ達の願いは届かないってわけか。オレ達にゃ手がないからな」
「そんなことはないさ。人間は手が一番わかりやすいというだけの話だよ」
「じゃあオレ達は?」
彼は答えず、カラスの頭を撫でた。そりゃないぜ、とカラスはカアカアと鳴き喚き、バサバサと翼を動かした。
「結局神様ってのは気まぐれだよな。オレとおしゃべりしてくれるのもどうせ気まぐれなんだろ」
「まさか。聞こえたからだよ」
彼はにこりと笑った。
「君の、友達が欲しいという力いっぱいの大きな鳴き声がね」
――とある山奥の神社には、一羽のカラスがよく訪れる。
そのカラスはよく鳴く。何かと話しているかのように、頻繁に、様々な声音で鳴く。人々はそのカラスをありがたく思っていた。ひとりぼっちだった神様のご友人に違いないと噂していた。
カラスが神社に来るようになってから、神社周辺で良い事ばかりが起こるようになったからである。
昨日、君が「月見ハンバーガー食べたい」と言ったのを、僕は覚えている。
先月、君が「何もしてないのにパソコン壊れた!」とわめいていたのも覚えている。
半年前、「今年も暑いのかなあ、今から嫌になるねぇ」とごちていたのも覚えている。
一年前、缶コーヒーを差し出した僕に「給料日前の先輩の奢り助かるぅ」と笑っていたのも覚えている。
二年前、「新人だからなぁんもわかんないっすよぉ」と突然泣き出したのも覚えている。
明日、君が何を言おうと。
明日以降の僕は、それを覚えている。