星座は、地球上のどこからでもいつの時代でも同じ形を描ける、巨大な芸術作品だ。
そのはずだった。
「おいらは型にハマるのが嫌なのさ」
そう言って星々があちらこちらへと動いてしまったものだから、世界中の人々はてんわやんやと大騒ぎだ。天文学者は新しい星座を制定しなくてはいけないからと数千年ぶりの名誉に興奮したまま毎日会議を繰り返し、歴史研究家は星が勝手に動くのなら古文書や遺跡に描かれていた星座が全く信用ならなくなったと頭を抱え、かと思えばネット上では「#ぼくが考えたさいきょうの星座」という文と共に空の写真に線を書き足した投稿がトレンド一位を取り続けている。星座早見盤を作っていた会社は商品の回収で忙しいらしい。
「お空は良くない場所だったの?」
空を見上げていたら隣に落ちてきた星へと、話しかける。白く小さく輝くそれは髪の毛座とかいう星座の一部だった星だ。
「そうじゃなくてさ。おいらたちはずっと、ずーっと、同じ位置にいて同じ線を当てがわれてたわけ。おいらなんてずーっと髪の毛だったわけよ。それに気付いた瞬間、嫌だな、って思ったんだよな。動きたい、違うものになりたい、好きな時に好きな場所に移動していろんな星座になれる、そんな自由が欲しい、って」
「お星さまもそう思う時があるんだね」
言えば、星は不思議そうな顔をした。星にも表情があるんだとそこで初めて気がついた。
「含みがあること言うじゃねえか。……よし、おいらがお前に自由を分けてやる。何せおいらは星だからな、願いを叶えるのには慣れてんだ」
星は空を指差した。指どころか手もないけれど、確かに空を指差した。
「好きに星座を決めてみろ。今の星空は誰の物でもねえ、何を描いたって誰にも怒られねえし不正解になることもねえ。星が動いてせっかく決めた星座がぐちゃぐちゃになるかもしれねえけどな。今日の空はマジもんの自由だ。地平線の向こうじゃ太陽と月が並んで晩酌してるんだぜ」
星の指先を追って星空を見上げる。あちらでは織姫と彦星が並んでいるし、こちらでは小熊と大熊が寄り添っている。みんな好き勝手していた。
「……じゃあ」
星を指す。そのまま他の星へと指先をずらしていく。
――星座のなくなった夜は、誰もが自由だった。
そのラッコは貝を鳴らすのが好きだった。貝の中身よりも貝の丈夫さを気にするようなラッコだったので、他のラッコから笑われてきた。
それでも好きなことに変わりはなく、やがてラッコはそこらの海で一番のドラマーになっていた。海上ライブには大勢の客が来る。この時ばかりはホッキョクグマもシャチもワシも、海越えはるばるやってきては魚や鳥と肩を並べてラッコのパフォーマンスを楽しんだ。
そんなラッコが今、手ぶらのまま、蝶形に作った貝殻を首元に引っ付け、雪の粒をきらきらと全身にまとっている。
「……あの」
いつもは無心に貝を腹へと叩き海上を盛り上げるラッコが、静かに海面へと手を差し出した。
「ぼくと踊っていただけませんか」
イルカはきょとんとした。イルカは陽気な性分で、宙へ跳ねるだけではなく、そこらに落ちていたボールや海藻を器用に使ってパフォーマンスをする。彼らに惚れ込む客も多い。が、求愛ダンスに応じるかどうかはそのイルカ次第だ。
「嫌よ」
「え」
「わたし、ダンサーなのよ? この辺りで最高のね。だからあなたと踊るなんて嫌。わたし、あなたの音で踊りたいもの」
イルカは波間の中を滑らかに泳ぎ、そしてぽぉんと美しく跳ねた。三日月のようなそれをラッコはぽかんと見つめて、そうしてようやくその言葉の意味に気付き、「ぼくでよければ、ぜひ」と微笑んだ。
ラッコとイルカは、今やどこの海においても一番を誇る最高のパートナーだ。
人は死ぬと星になると言いますが、実は生まれた時は世界のどこかで夢が生まれているのです。将来の夢、ではなく、寝る時に見る「夢」のことですね。
あなたが生まれた時に生まれた「夢」は、あらゆる人の夢となり、世界中を旅します。ラクダに乗り、鳥になり、水に沈んでは竜と共に語らう。様々な人の様々な夢となることで、「夢」は想像力豊かになります。
もしもあなたがあなたと同じ日に生まれた「夢」に出会えたのなら、その時間を大切にしてあげてください。旅の話を聞いてあげてください。そして、あなたの話をしてあげてください。何が好きで、何をしたいのか、現実的なものから幻想的なものまで何だって構いません。「夢」ですからね。その夜のあなたは、あなたとして好きなように語ることができ、思うがままに実現することができる、そんな素敵な夢を見ることができるでしょう。
どうしても思い出せないけれど、とても良い夢を見た気がする――そんな朝はありませんか? それはきっと、あなたのために世界を巡っていたあなたの唯一の「夢」と出会い、語らったからなのです。
たそがれ、誰そ彼。夕闇に埋もれるあなたはどなた?
その問いに普通に答えてしまっては少々つまらないというもの。ぜひ当ててみてくださいな。
わたしの大きさはしっぽを含めて一メートル以内、四つ足を地面に着いた状態での背丈は五十センチ程度でしょうか。そう、中型犬程度ですね。しっぽは長めでふわふわ、顔はキリリとした肉食動物顔です。口と鼻が尖っていて、両の目が正面についています。目はネコと同じく瞳孔が縦長になります。毛は黄金色が多いですかね。可愛いでしょう? 可愛いですよね? 牙も肉食動物並みのやつです。ええ、肉食です。ネズミやウサギを食べますよ。くだものや木の実も食べますがね。鳴き声は「コーン、コン」と表記されることが一般的かと。
わかりましたか? まだわからない? 「わかったけど、君はどう見たって人間じゃないか」? おやおや、今は夕方、黄昏時です。あなたの見ている景色が正しいとは限りません。よもや化かされているのでは?
ふふ、わたしの気まぐれに付き合ってくれたあなたにご褒美代わりの情報をプレゼント。
わたしのしっぽ、実は九つあるんですよ。もっふもふです、もっふもふ。良いでしょう?
夜、どうにも眠れなかったので巣穴の外に出てみたら、まんまるお月さまがどぉんとお空にいらっしゃった。
「あいや、旦那、今日はずいぶんとべっぴんさんじゃァないかい」
ひょこひょこと長い両耳を驚きで動かせば、お月さまは「ああ、ウサギのワカちゃんじゃないか」と懐かしい呼び名で呼んでくる。
「今日は中秋の名月ってやつだよ」
「ほぉんなるほど、今日はべっぴんさん確定の日かね。まあ旦那はいつだって美人だがな」
「わかってるねえ。でも今日は特に美人だよ。何たって満月さ」
お月さまはご満悦な様子でにこにこ笑う。金色の光がテカテカと空を照らす。暖かくはないが眩しいそれは、花の一つくらい間違って咲きそうなほどだ。
「しっかし残念だなァ。うちの子らはみィんな寝ちまった」
「じゃあ明日はどうだい?」
「明日は中秋じゃなかろ。それにちいとばかし欠けちまう」
「大して変わらないさ。私は常に美しいからね」
お月さまは体をくるりと転がした。丸すぎて誰もそのことに気付きやしないだろうが、確かにころりと一回転した。
「明日、みんなで見においで。ここで待ってるから。なに、今日が中秋の名月だって言うのなら、きっと明日も中秋の名月さ」
「旦那が言うなら、確かにそうさなァ」
風が吹いてススキが揺れたので、合わせて耳を揺らしてみた。「笹の葉、さーらさら。ススキもウサギも、ゆーらゆら」とお月さまがご機嫌とばかりに変な歌を歌った。