例えばあなたの「おやすみ」を聞いた直後、あなたの「行ってきます」を聞いた直後。二人で毎日を過ごしているこの部屋で、わたしが一人きりになる瞬間。
わたしは「静寂」というものを、静かな寂しさというものを体感するのです。
帰り道の途中に呼び止められたので、公園の中のブランコの一つに腰かけた。
「まだこのブランコあったんだねえ」
「長いもので、四十年ほどになります」
「私より年上だった」
「なあに、すぐに追い抜きますよ。というのもわたくし、明日には取り壊されるのです」
「冬前だから外すのではなく?」
「古いですから」
きい、きい、ときしむチェーンを握り込むけれど、握力の落ちた手には痛いなあとしかわからなかった。子どもの頃は平気で何十分とブランコ遊びをしていたものだが。
「寂しいね」
「悲しいですなあ。どうにも虚しかったので、たまたま見かけたあなたを呼び止めてしまったのです」
暗くなってきたので、私はブランコから立ち上がった。帰るね、と昔の私と同じように言えば、「またね」「また明日ね」と返してくれたそれは今日に限って違うことを言う。
「人間というのは明日のために今日を置いていく生き物なのですが、わたくしはとうとう『明日』の象徴ではなく『今日』の象徴になってしまった」
「象徴」
「あなたは今から、『今日』とお別れをするのですよ」
なるほど、と私はよくわからないまま相槌を打った。
歩いて、そして振り返って、昔の私のようにそちらへ手を振って。
――またね、は言えないと気付いて。
「……呼んでくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
無難に言った挨拶を過去形にして返されてしまった。
別れ際じゃなければ、ただの業務的な締めの言葉だったのに。ブランコのくせに日本語をわかりすぎているヤツである。
翌日、帰り道に通った公園に、ブランコの姿はなかった。今後呼び止められることもないだろう。
おや、何かと思ったら庭の楓の木から落ちてきた落ち葉だったか。そんなことを言いながら鼻先をふすふすと足元の葉に近付ければ、緑色を赤色へと変えた葉を未だ大量に抱えた楓の木は「散歩の邪魔をしてすまないね」と枝を揺らした。
「猫は毛色を変えないのかい?」
「変えないね。他の動物には変える奴がいるらしいが」
「変えてみれば良いのに」
「そんなポンポンと変えられるものじゃないんでね」
たしたし、と地面を足先で叩く。
「我々は生まれながらの姿で生き抜くのさ。……成長するにつれ模様が変わる猫はたまにいるが」
「生まれながらの姿か。それも良い。私達は毎年、ひととおりの姿を経るけれど、それはそれで風情があると人間には好評なんだよ」
「知ってらあ。うちの主人もその点を気に入ってお前さんを植えたらしいしな」
楓の木はたいそう満足げに体を揺らした。さやさや、と木の葉が音を立て数枚が落ちてくる。それへと前足を伸ばしてみた。
人間と違い指のない足先は、葉を掴むことはできなかった。
「人間は何かと木々の色合いを気にする。てらいもなく美しいだ何だと口説く。横で聞いているこっちが猫肌もんだよ。――この際だから尋ねるけども、お前さんは何で赤くなるんだ? 空の青でもなく、雲の白でもなく、三毛猫のまだらでもなく、なぜ赤なのか」
「野暮だねえ。赤に染まると言えば、答えは一つじゃないか」
くすくすと楓の木は笑った。陽気なそれは、照れ隠しにも見えた。
「秋だからだよ」
秋、ね。秋ねえ。秋、秋か。わざと繰り返して言えば、楓の木は「相思相愛なのさ」と嬉しげに答えた。
#窓から見える景色
#写真
#空
#夕焼け色に染まる雲
#窓枠の向こうの景色
#カーテンを開けてみたら
カーテンの隙間から差し込んでいた光が、その輝かしいほどに真白だった色味をじわりじわりと変えていく、澄んだ空気が触れられそうなほどハッキリとした赤色に近付いていく、そんな時間経過を目の当たりにしまして。午後から日差しがまぶしくなる部屋なのでカーテンを閉めていたんですが、思い切って開けてみました。
なんだかダシたっぷりの親子丼みたい笑 もう少し日が沈めば、雲も虹色になったのかな。
窓開けるの忘れたので少し室内が映り込んでいますが見なかったことにしてください笑 窓を開けないと、まるで表面をニスで塗りたくった絵画みたいになって、これはこれでいいなって思ったんです。
この綺麗な景色がみなさんに伝わりますように。