そのラッコは貝を鳴らすのが好きだった。貝の中身よりも貝の丈夫さを気にするようなラッコだったので、他のラッコから笑われてきた。
それでも好きなことに変わりはなく、やがてラッコはそこらの海で一番のドラマーになっていた。海上ライブには大勢の客が来る。この時ばかりはホッキョクグマもシャチもワシも、海越えはるばるやってきては魚や鳥と肩を並べてラッコのパフォーマンスを楽しんだ。
そんなラッコが今、手ぶらのまま、蝶形に作った貝殻を首元に引っ付け、雪の粒をきらきらと全身にまとっている。
「……あの」
いつもは無心に貝を腹へと叩き海上を盛り上げるラッコが、静かに海面へと手を差し出した。
「ぼくと踊っていただけませんか」
イルカはきょとんとした。イルカは陽気な性分で、宙へ跳ねるだけではなく、そこらに落ちていたボールや海藻を器用に使ってパフォーマンスをする。彼らに惚れ込む客も多い。が、求愛ダンスに応じるかどうかはそのイルカ次第だ。
「嫌よ」
「え」
「わたし、ダンサーなのよ? この辺りで最高のね。だからあなたと踊るなんて嫌。わたし、あなたの音で踊りたいもの」
イルカは波間の中を滑らかに泳ぎ、そしてぽぉんと美しく跳ねた。三日月のようなそれをラッコはぽかんと見つめて、そうしてようやくその言葉の意味に気付き、「ぼくでよければ、ぜひ」と微笑んだ。
ラッコとイルカは、今やどこの海においても一番を誇る最高のパートナーだ。
10/4/2023, 2:55:10 PM