猫宮さと

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10/8/2024, 9:16:54 AM

《力を込めて》

昼下がりのある日、僕が軍本部の図書館に参考資料を返却した後の事。
執務室のある棟へ向かう廊下を通ると、少し離れた前方の扉から一人の男性警備兵が出て来た。
そこは一般兵士の詰め所で、交代の引き継ぎが終わったのだろう。
彼はゆったりとした歩調で、僕と同じ方向へ歩を進めていた。

すると、その前方の主のものであろう声が突然聞こえてきた。


「さーって、爆発させるぞー!」


「いやちょっと待ちなさい、あなた警備兵でしょう!」

僕は、思わず駆け寄りその警備兵の肩を掴んだ。
いったいどういう事なのか。

「あ! お疲れ様です! 何かご用ですか?」

件の男性警備兵は、曇のない笑顔で敬礼をしてきた。
いやいやいや。

「何かじゃないですよ。民の平和と安寧を守る職務の人が、何を爆発させるつもりですか。」

慌てて問い返すと、暫く考え込んだ後にハッとした様子で警備兵は言葉を返す。

「ああ、申し訳ございません! 爆発させるのは、俺の魂です。」

んん? 魂?

何やら飲み込めないので話を聞いてみると、彼は芸術全般を趣味としているらしい。
色々な賞を目指して応募もしているので、作品作りにも熱が入ると。
先程は、それに対する意気込みをつい口にしてしまったのだそうだ。

「いやー、先日展覧会に出した『秋』という彫刻が結構手応えがありましたもので、次は何を作ろうかと張り切ってしまいました。」

ここで、暫く前の記憶が過る。
そういえば彼女と行った展覧会で、同じ名前の彫刻を見たな。

それは、若い男性が全速力で走りながら口にあんパンを咥え、左手にはたくさんの食べ物が入った紙袋を抱えながら右手で本を支えて読んでいる物だった。
彼女は、表現が緻密で面白いと言っていたな。

「もしやあの作品は、あなたが作ったものですか?」

展覧会の名前を添えて聞いてみると、警備兵は破顔一笑で前のめりになった。

「え! 見てくださったんですか! ありがとうございます!」

「ええ。見事な躍動感に目を惹かれましたよ。」

僕は新しい芸術には疎いので最初は突飛な構図に面食らったが、その力強さと技術からは作者の情熱が伝わってくるようだった。
それを素直に伝えれば、彼は非常に嬉しそうに話を始めた。

「あれ、本当は食欲、運動、読書の三人構成にしようと思ったんですけど、時間もなければインパクトもなかったんで一人にまとめたんですよ。」

それが逆によかったみたいです、と本当に楽しそうに話をしている。
働きながらの創作活動はそれなりに大変だろうが、この活力が全ての源になっているのだろうな。
少なくとも僕の仕事は、彼の平和と安寧を守る役には立てているらしい。

僕はそんな警備兵を見て、ホッとしながら答えた。

「それはよかった。新しい作品を楽しみにしていますから、先程のような危なっかしい言動は控えてくださいね。」

「はい、ありがとうございます! それでは失礼します!」

それを聞いた警備兵は明るい表情のまま敬礼をし、去っていった。
楽しく健やかに暮らしていける、それが何よりだ。
僕はそのために、頑張っているのだから。


「俺の! 魂を! 爆発させるぞー!!」


力を込めて拳を天に突き上げた警備兵の、ハイテンションな叫びがこだまする。


…もう少し頑張って言い聞かせた方がよかったかもしれない。

10/7/2024, 7:34:35 AM

《過ぎた日を想う》

しとしとと降る、秋雨の中。
曼珠沙華の朱が姿を消し、入れ替わりに木々の葉が紅く色付き始める。

あれをすればよかった。こちらに進むのが正しかった。
そんな後悔も、たくさんしてきた。
自分の弱さに絶望して、泣いた日もあった。

過ぎ去った記憶が、私の頭の中を不意に黒く染めていく。

だからこそ、感じる。

あなたはいつも、街や村の人々と暖かい会話を交わす。立場なんて関係無しに。
そんなあなたも、闇に魅入られし者との疑いから、私への態度が初めは厳しかった。
帝国の復興の厳しさと政治のしがらみが、あなたをそうさせていた。
あなたは芯が強く優しい人だと知っていたから、私はめげずにあなたを信じた。強いあなたを見習って。

すると、それも徐々に柔らかくなっていって、今は本当に柔らかに微笑んでくれる。
あの時に諦めることなく優しいあなたを信じ続けて、よかった。
あなたが私を信じてると知ってくれて、よかった。

あなたに会えて、本当によかった。

私の隣に立ってくれている赤い髪のあなたに、私は過ぎた日を想いながら感謝をした。

10/6/2024, 9:01:49 AM

《星座》

保全させていただきます。
 いつも読んでいいねを下さっている皆様にはいつも本当に感謝しております。
 この場をお借りして、御礼を申し上げます。ありがとうございます。

10/5/2024, 9:25:43 AM

《踊りませんか?》

保全させていただきます。
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 この場をお借りして、御礼を申し上げます。ありがとうございます。

 最近の天候からか、体調を崩しがちになっております。
 皆様もどうかお身体にはお気を付けてお過ごしください。

10/4/2024, 9:49:43 AM

《巡り会えたら》

邪神討伐の旅の最中、重要アイテムの一つが紛失された。
それは邪神復活に必要なアイテムで、帝国の皇帝が他国を侵略してまで集めようとしている物だった。

状況から見るに盗難が一番可能性が高く、皆の話からも犯人は仲間内の誰かであろうと推察された。

無論、その誰かには僕も含まれていた。
そして、直前に帝国に掛けられた術により皇帝の部下にキーアイテムを渡してしまう失態を犯していた僕は、誰よりも疑われる立場に立たされた。

そんな最中、仲間の心の内に住むあなたが僕を無実と信じてくれた事は、ずっと僕の心の支えとなっていた。

結果としては、その仲間が最初から裏切っていたわけなのだが。
その心の中のあなたは、その裏切りに全く加担していなかった事も知った。

その騒ぎも収まり、裏切った仲間も邪神を討つ為に力を注いでくれるとなったある日。

目的を果たすためには、僕は祖国を裏切らなくてはならない。
同胞に、同じく祖国の軍人である兄姉にも銃を向けねばならないかもしれない。
僕は本当に、祖国にとって良い事をしているのか。
世界は救えるが国は、家族は救えないかもしれない。

旅を続けるならばいずれは訪れる残酷な事実に打ちひしがれていると、唐突に仲間から声を掛けられた。


「『貴方』は悪くない! あたしは! 貴方のする事は帝国の為にもなれるって信じています!」


…僕は、呆気に取られた。
その台詞は、旅の仲間である彼からは絶対に出てこないような一言。
それだけであるならば、何某か心境の変化でもあったのかと思うだけで済んだのだが。

そうはならなかったのは、口調すらその仲間のものとは全く違っていたからだ。

「はぁ!? 勝手に俺の口使って喋るなってあれほど言ってたよな!?」

僕が呆気に取られている間に、同じ口から出たとは思えない言葉が飛び出して来る。
しかし、これこそが普段の仲間の口調なのだ。
全く違う口調、勝手に仲間の口を使う。

では、最初の言葉は『あなた』の言葉だったのか?
仲間の心の中に住むあなた。
真っ直ぐに僕を信じてくれたあなたは、一体どんな人なのか。
そう思ってはいたけれど。


「だって、自分の国と戦わなくちゃいけなくなってるんだよ? 誰かさんの裏切りのせいで!
 ずっと元気無いんだもん、一言ぐらい言わせてくれてもいいじゃない!」

「ぐっ…! お前なぁ! だったら伝言頼むって心の中で伝えろよ! わざわざ俺の口を使うな!
 しかもわざとらしく「あたし」とか言ってるんじゃねーぞ! いつもは”私”のくせに!」

「いい子ちゃんぶっちゃって、とか付け足されるの嫌だし? また変な嘘吐かれても嫌だし。」

「分かったからもう黙れ! そして当て擦るな! 悪かったから!」

眼の前の僕と同い年くらいの男性。
その口から出てくる一人二役のような、軽快なやり取り。

僕は、ぽかんとしながら口にした。

「その、心の中に住んでいる方とは、女性だったのですね…。」

そう。
以前に聞いたのは、彼が言った言葉。

”『彼女』はお前を信じるってさ”

この一言。
それ以外の話も、あくまで伝言として伝えられるだけ。
見た目も当然分からない為、気が付けば性別も不明だったのだ。

「あれ? 言ってなかったか?」

しれっとした顔で、眼の前の仲間は告げてきた。

女性。

僕の知る女性とは、まずは姉。
僕の生まれる前より軍人として厳しく育てられ、所作は美しいが性格は苛烈だった人。
もう一人は、乳母。僕を育ててくれた人。
曲がった事は許さなかったが、おおらかで明るく優しい、おっとりとした人。

しかし仲間の心に住む貴女は、そのどちらにも当てはまらない。
あけすけな物言い。
相手に気を置かせない雰囲気。
その軽快なやり取りには、相互の揺るぎ無い信頼関係が伺える。
この人相手なら、このくらい言っても大丈夫。そんな気安い暖かさ。

決して交わらぬ世界。貴女は、そんな世界の人。
それでももしこの人と巡り会えたら、僕はどんなやり取りが出来るだろうか。
そのやり取りの中で生まれる空気は、気安いものになれるだろうか。
僕も、その暖かさに触れてみたい。

『信じています!』

先程の力強い言葉に、自らの使命に立ち向かう大きな勇気と力を与えられた。
また、貴女に助けられた。
例えこの世界でなくてもいい。いつか貴女と巡り合って、このお礼をしたい。

初めて感じた、叶わないであろう願い。


すると僕の眼の前で、仲間がガシガシと自分の頭を掻いて呟いた。

「…あ、あいつ。引っ込みやがった。」

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