三日月
もう夜よ。寝れないの?
ほら、目を閉じてごらん。
真っ暗だね、真っ暗だけど、あれ?
ずっと先に、なにか光ってるよ??
なんだろうねー?
一緒に見に行こうか!
真っ暗は怖いよね、それなら…手を繋ごうか。
私はここに居るよ。2人なら怖くないよね。
あ、見て!
光の正体はこれかな?
歩いてる道になにか落ちてる見たい!
小さくて、丸いなにか…何だと思う??
そうだね、石かも知れないね。光る石。
あれ、手を離しちゃったね。
今どこにいる?
…そうだ、その辺に光っている石を集めて…
あ、居たわね。そんなところに居たの?
もうはぐれないように、しっかり手を繋ごう。
え?もう大丈夫だって?光る石のおかげで、この暗闇は真っ暗ではなくなったものね。
いつの間にか、トンネルの前に来たわ。
入ってみる?
うん、一緒に行こうか!
冷たいのに、なんだか温かいね。
見て、うさぎが跳ねてる!
何色?
そうか、灰色うさぎね!
いいね、家に居る猫ちゃんと同じ色ね!
え、猫もいる?ふふ、本当可愛い。
トンネルを抜けたわ。
なんだか、とても幻想的…
ん?
わぁ~、きれいな三日月!
見える?ねえ、◯◯、見える?
目を開ける。
布団の中で、寝息を立てる◯◯。
真っ暗な部屋でに、光が差し込む。
少しカーテンを開けると、淡く優しく、光る船が空に浮かんでいる。
「おやすみなさい、今日も1日おつかれさま」
「木漏れ日の跡」
地面に映し出された、木漏れ日の跡を見つめながら歩く。
足取りは少し重い。
朝、家を出たときは準備万端できれいに着飾っていたはずなのに…。久しぶりに休日に1人で出かけていて、ランチを済ませ、ショッピングを楽しもうとする時だった。運悪く、男の人がぶつかってきて転んでしまった。
「わりー!地味すぎて見えてなかったわ!」
「ふふふ、ちょっと!失礼じゃない。ごめんね〜、私の彼が。ふふ」
若いカップルは、そう言うと笑いながら歩いて行ってしまった。呆気に取られて、言葉も出ずに固まっていると、店員さんが手を取って起こしてくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、大丈夫ですか?嫌なカップルですね」
足がもつれて、再び転びそうになって気づく。ヒールが折れている…。それに気づいた店員さんは、お店の靴をいつくかおすすめしてくれて、折れたヒールを恨めしく見ながらも買う他に選択肢はなかった。たまたま興味があり見ていた、お高めの店の靴を。
可愛いが、予算を軽く超えてしまったので、本当に欲しかった服を断念した。
「あーあ、ついてない」
良い気分で家を出たのに、こんな思いのまま帰ることになるなんて…。ランチと、購入したのは靴だけ。
自然とため息が溢れる。街路樹の端っこで、足を止めた。
休日の昼間だが、この街路樹に歩いている人はまばらであった。
「どうしたの?」
「え?」
突然後ろから男の人の声が聞こえて、振り向く。
「あ、やっぱりハルネさんだ。」
「山下さん?」
「こんな所で会うなんて、びっくりしたね!昨日仕事で見かけたけど…私服姿は初めて見たね。可愛い」
「え、」
「あー、セクハラになっちゃうか。人を褒めるのも、難しい時代になったよね。」
同じ職場だけど、部署は違う山下さん。毎日挨拶を交わす程度で、こんな風に話をしたのは初めてかも知れない。山下さんは整った顔をしているし、仕事もできて話しやすいと女性社員の中では、良い噂をよく聞く。私より5歳年上だと聞いた。山下さんの同僚に、私と同じ苗字の人が居るからだろう。挨拶をする時に、私のことを名前で呼んでくれるので、山下さん推しの女性社員から、関係を問われたこともあるのだ。
「こうやって話をするのは初めてだね!今からどこか行くの?」
「いえ、帰ろうと思ってます…色々あって…」
今日あったことを、大まかに話して見る。柔らかな風にそよぐ街路樹に合わせて、ゆらゆら、地面の影が揺れている。
「それは災難だったね。…ねえ、良かったら僕に付き合ってくれない?僕も今日は1人で出かけていたんだけど、用事も終わってしまってさ。お茶しようよ!前からハルネさんと話してみたかったんだ。どう?」
「私と…ですか??」
「嫌…かな?」
「い、嫌じゃ、ないですけど…」
なんだか恥ずかしくなり、上げた顔をまた下げる。
木漏れ日の跡と、2人の影がゆらゆら揺れていた。
髪をかき上げる。
「ありがとう」
山下さんの声が、優しく降ってきた。
少し近づいた、山下さんの影を見て、私はそっと顔を上げた。
***********
書き終えたら、山下さんがストーカーみたいになってる。笑
ストーカーじゃないよ、本当にたまたま出会ったんだよ。
『誰も居ない教室』
移動教室の時に忘れ物をして、ひとり教室に戻った。
誰もおらず静まり返るその場所は、なぜかとても不安になった。
「私の机…」
授業開始まで残り3分ほど。慌てて自分の机に向かい、引き出しに手を入れる。焦っているので目当てのものを見つけられず、しゃがんで引き出しの中をのぞき込んだ。
「あ、あった!……え?」
目当てのファイルの下に、見覚えのない封筒を見つける。
取り出して、表と裏を確認するけど、名前は無い。
封が閉じられていないそれは、すぐに中身が確認できる。
どうしても気になってしまい、ドキドキしながら、それでも急いで手紙を出した。
『放課後、〇〇公園で待ってる』
1文だけの、文章。
〇〇公園とは、私の帰り道にある公園。
文字だけ見ても、誰か分からない。男か、女かも分からない、丁寧で綺麗な文字だった。
胸のドキドキが止まらなくて、しばらくぼーっと手紙を見つめてしまった。
授業開始のチャイムが鳴り響き、私は肩を震わせる。
「あ、授業!!!」
慌てて手紙をしまって、移動先の教室へ向かうことにする。
特別可愛いわけでもなく、目立つこともない平凡な私が、こんな風に手紙をもらうのは初めてだった。
少女漫画は好きなので、あらぬ想像力に刈り立てられた。
誰も居ない教室を、私は最後に振り返った。
【風を感じて】
木々のささやき、ライターの炎が揺らめく。
火のついた線香から白い煙が躍りながら天に上がっていく。鼻をかすめる匂いに懐かしさを感じた。
優しく、頬を撫でていくそれらは、まるで人の手のようだった。
「お盆だから、会いに来たわよ」
誰も居ない早朝のお墓、ひとつの墓石の前で私は手を合わせる。両親を早くに亡くし、2人きりの姉妹になった私たちが死に別れるとは思わなかった。
突然の、交通事故。
当たり前に来ると思っていた明日が、来なかったあの日。
久しぶりに会える姉とのショッピングを楽しみにしていたのに、来たのは姉ではなく、病院からの連絡だった。
ただ帰宅するために歩道を歩いていた姉は、飲酒運転の男に、奪われてしまったのだ。運悪くスマホやバッグが遠くへ飛ばされて、私へ連絡が来たのは姉が死んだあと。翌朝だった。
「もうあれから、3年も経つのよ。私、お姉ちゃんの歳に追いついてしまったわ…」
明るく人との交流が得意な姉と違って、私は一歩踏み出せず、人との関わりは増やせて居ない。職場に数名、話せる友人が居る程度。恋人も居ない。唯一の家族を奪われてしまった悲しみから、当時はここまで立ち上がれると思わなかった。それもこれも、当時の私を見兼ねて手を差し伸べてくれた、友人と上司が居たからだ。
職場には、とても恵まれたと思う。
掃除を終え水跡が残る、返事のないその墓石を眺め、私は思考の海に身を投げ出す。この両親と姉の眠っている墓石のそばが、私には重要な意味のある場所だった。
思考の中で、姉の言葉を思い浮かべる。人は死んで最初に忘れるものは、声らしい。私はもう正確な姉の声を思い出せない。
じわっと汗が滲む、真夏の墓地。
またそっと、風が私を撫でた。
それでも私は動かない。
今日だけは、ここに居る間だけは、全身に風を感じて居たいから。
パパが言ってた。
虹の向こうには、天国があるって。
パパは、死んじゃった。
事故だったらしい。突然だった。
毎日、パパの胸に抱かれて寝ていた。僕の茶色い毛を優しく撫でてくれる大きな手が大好きだった。
パパが死んでから、僕は施設に預けられた。
他の子たちに囲まれて新しい飼い主を待っている。
でも、僕はパパを待っているんだ。
他の誰かじゃなくて、毎日遊んでくれて、抱いて寝てくれるあのパパを。僕は犬だから、言葉は喋れないけど、パパは…パパは僕の言葉をちゃんと理解してくれていたんだ。
パパに会いたい。
そう思ったら、施設の高い塀を僕は飛び越えていた。
施設の人の声が後ろから聞こえる。
でも、立ち止まらない。
全力で走った。
雨が少し降っている。晴れているのに、雨だ。
雨の日には、パパは僕に服を着せてくれた。
でも、今日は服はない。直接冷たい雨が、背中の毛に当たって、じわじわと皮膚まで冷えていった。
ふと、空を見上げる。
遠くに光る七色の橋。
あの橋を渡って、向こうまで行けば、
パパに会えるかもしれない。
僕は駆けていく。
虹のはじまりを探して。