私は鏡でしかなかった。
彼の光を受けるから、人の目にとまるだけの銀板。立ち去ればもう、誰も覚えていない。
だから灼かれるのを許していた。痛みも、辛さも、切り離して沈めれば感じなくなる。
私に顔はない。私に声はない。私は鏡でしかないのだから、誰が覗き込んでも自分のことしか映らない。眩しいほどの光を浴びて、ようやく形だけが記憶される。
「なので、困ります」
手を掴まれれば、手があることを思い出す。
引きとめられれば、足があることに気づいてしまう。
鮮烈な光は、ふたつあってはならないのに。
「君は星だよ。彼もまた、星であったように」
うっそりと、形ばかりは穏やかに告げてくる。
王位継承の第一位は、私であるべきなのだと。
【太陽】
鎮魂の音が響く。
祈りは何も変えられない。
変化は行動だけが起こすものだから。
それでも鐘は響く。人は祈る。
78年後の今も、届け、届け、と。
変わらないことでしか、変えられないことがある。
【鐘の音】
眩しい。
そう一言で終わらせたら、そこで止まってしまうのはわかっている。
でも、そう一言こぼすことしかできないような眩しさも確かにあるんだ。
朝日が白光に転じる。海がてりてりと波間に輝く。
風に潮が交ざり、港の喧騒が届く。
久しぶりに触れる病室(へや)の外は、あまりに綺羅綺羅しかった。
【目の覚めるような】
「それは、記録更新だな」
過去数十年、雲ひとつない空が見える確率が高い日を、街の目印がよく見える日を、彼らは選んだ。
灼熱の太陽が十落ちても足りない熱と、ハリケーンが二十ぶつかっても届かない暴風と、長く続く見えない力で、一人ひとりの身体を壊し尽くすために。
だから8月の快晴は、いつも少し息が詰まる。
【明日、もし晴れたら】
優しさは時に息苦しさになる。
まめな手から逃れて、あのとびらを開いて、シンとつめたい個室で毛布にくるまっていたい。何も心配はないから、たまご粥もポカリもいらないから、静かであるだけで構わないから。
……そんな言葉が通じるまでと、相手がこちらを棄てるまでと、どっちが早いかなって、腕と胸のすき間でわらう。
【だから、一人になりたい】