もし、明日世界が終わるとして
世界に一つだけ何かを残しておけます、と言われたら貴方は、何を残しておく?
人生の大半を共に過ごした家族
莫大な時間をかけて創った、物語たち
大切なあの人
何を残すのが正解なんだろう。
こんな選択は迫られたくないな。
だって、困るじゃん。
大切なものたちが多すぎて、そのどれ一つにとっても失いたくなくて。
だからさ、ごめんね。
こんな事考えなくて良くなるように、終わりは自分で決めるよ。
大切なものを失う前に。
ばいばい。
──彼女の遺書には、こう記されてあった。
少し古びた紙の匂いが、鼻の奥に詰まっていくようだ。
息が、しにくい。
世界に一つだけの温もりをくれた彼女は、
世界に一つだけの苦しみを僕に刻みつけて逝った。
『世界に一つだけ』
踊るように笑って
踊るように泣いて
踊るように怒って
踊るように微笑んで
貴方の一挙手一投足に目が離せないでいた。
親愛なる貴方の舞台が終わるなら、私は絶対スタンディングオベーションで歓声を送ろう。
そう思っていたのに。
静かな病室の中。
無機質なベッドの上に横たわる姿ごと、どこまでも広がる白に溶けてしまったようだ。
踊るように動いていた貴方は、今やその目を開けることもない。
思っていたよりも早く迎えてしまった閉幕。
まだまだクライマックスは訪れていないはずなのに。
こうも、神とは残酷なのか。
誰もいなくなった舞台上、そこに残ったのは誰も照らすことはないスポットライトのみ。
私は、そのまばゆい明かりを黙って見つめていることしかできなかった。
踊るように、貴方と毎日を過ごせたら
それだけでよかったのに。
突然だが、俺は人為的な灯が苦手だ。
夜の公園を不気味に照らす街灯、自動販売機の主張するかのようなライト、ばか眩しいネオン街…
だけど、そんな自分でも落ち着ける灯があったりする。
「………先輩、まだいたんですか…?」
俺は、いつもの場所でぼんやりしていたら、これまたいつも通りの流れで、よく世話をみてやっている後輩がやってきた。
屋上に吹きつける風が、目の前の少し茶色がかった黒髪を揺らしていた。
「ていうか、そもそもそこは自分の場所だったんですけどね。」
少し拗ねたように言いながら、俺の隣の、柵の前にやってくる。
「ごめんて、」
「あんま謝る気無いですよね……」
呆れたように呟かれ、そういえば、と話かけてきた。
「なんで、毎日業務後に屋上に来るようになったんですか?」
「んー……ここからみる街の灯が、好きなんだよね。」
街の灯り、とオウム返しをする声にこたえるように話し続ける。
「そう。街灯とか単体で見るのはなんか嫌なんだけど、こうやって上から大量の灯たちをみてると、あー、今日もどっかで誰かが生きてんだなって安心すんの。」
あの灯の下には、一人ひとりの生活がある。
「独り身だから、寂しいんじゃないですか〜?」
隣のこいつも、下のきらめきを見ながら発する。
「そうかもな〜」なんて言いながら、隣をチラリと見やる。
実は、一つだけ嘘をついた。
屋上から見る景色が好きなのは本当だけど、俺が、一番好きなのはそこじゃない。
「……………」
一番好きなのは
隣のこいつの瞳に反射している、どこまでも透き通ったきらめき、だ。
その美しい瞳に、俺だけを映してくれないかな、なんて。
安っぽいラブソングみたいなセリフを吐き出す。
この世の中の全てがきらめいて見えていたあの頃は、美しい恋、なんてものに憧れていたのに。
今ではくすんだ不毛な想いを抱くので精一杯だ。
きらめく、夜9時東京の街には受け入れられない想いを背負い込んだ俺は、輝きの傍観者になるしかないんだろうな。
「先輩、もう肌寒いんで帰りましょう。」
そう言われ、こっちを向いたため、目が合った。
きらめく瞳に映る自分は、どんな灯に照らされようと、惨めな臆病者だろうな。
俺はきらめきの影に隠れるしかなかった。
きらめき
きっと多くの人は見慣れているだろう、緑色のアイコン。
相手と連絡をとるには、このアプリが必要不可欠といっても過言ではない。
連絡をほとんどとっていない人は、奥底の方へと沈んでいってしまう。
そうなれば、存在すらもいつか忘れてしまうのだろう。
そうなってしまわぬように、ピン留めという機能があるのだろうか。
私は唯一、一人だけトーク一覧の上部に繋ぎ止めてあるアイコンがある。
このピンを外してしまえば、すぐに埋もれてしまうだろう彼を未だにとめている。
ここをタップすれば、あの日々が戻ってくるだろうか。
こんな白々しい画面越しからでも伝わる温もりを、思い出せるのだろうか。
いつもは、すぐ既読になっていたのに、最後の一言はいつまで経っても未読スルー。
ひどいよね。
私たちは、未読によって繋がれているのだ。
もう、永遠に進むことのないトーク画面のように、私は動けないままだよ。
いつの日か既読になることを願いながら、でももし、本当に読まれてしまったら怖いから、
開けないLINEは、私の思いと共に、アプリの容量をとり続けるのだろう。
あんたはいつだってそうだったよね。
人との衝突を恐れて、言い合うことを良いこととしなくて
俺はいつだって喧嘩したいって思っていたのに。
思い出されるのは、あの夏の日。
やけに蝉の声が響いていて、道楽を求めた老若男女がとある公園に押し詰められていた。
そっちでは手を繋ぐカップルが
あっちでは男女数人のグループが笑い合っていた。
俺は相変わらずお前の隣に並べず、かと言って真後ろにも並びたくはなく、斜め後ろを歩いていた。
時折俺の方を向いては、イカ焼きを買いたいだの、りんご飴を買いたいだの、あんたはそれなりに今日を楽しんでいるようにみえていた。
そのうちに、爆音と共に、観衆の注目は夜空へと集まる。
どうしてこうも日本人は花火を好む傾向にあるんだろ、なんてぼーっと考えていた。
気づけば、先程までの喧騒は形を鎮め、川の辺に着いていたようだ。バカでかい重低音が地面を揺らしていた。特大スターマインは打ち上がっては、すぐ夜空に溶けていく。
冒頭でも言ったように、こいつは人に嫌われることに人一倍敏感だ。日本人はそんな人ばっかなんだっけ。
きっとあの一言すら言うのを躊躇っているんだよな。
だから、あんたが言ってしまう前に、さよならを告げてしまう前に
「……来年も来ような……。」
俺は、あんたとは真逆の人間だ。だって人からの評価は大して気にならないし、いつだって大切な人とはぶつかり合って理解しあいたいと思っているし。
ただ、そんな価値観すらぶっ壊されるほど、あんたに惚れているのも事実。
臆病な俺達は、さよならを言う前に、逃げ出す。
闇夜の逃避行を繰り返した。