名無し

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6/3/2025, 2:55:12 AM

「…結構、冷えてきたね」

独り言のように呟く。

朝から降り続いている雨は未だ止みそうにない。

一粒ひと粒、意思を持っているかのような音色を奏でる。

靴も髪もぐっちゃぐちゃ。
だから雨なんて嫌いだった、のに

「………そろそろなんか言ったらどう?」

せっかくこの中でしか会えないんだから。

「ごめん、久々に会えたから噛み締めてた」

そういうところだよ
私は、絆されてばっか

淡い鼓動を抑えるように彼に話しかける。

「でもさ、これから梅雨だからたくさん会えるよね?」

「………そうだね」

彼は、雨に濡れない。

否、濡れることができない。

水は、生を持つものにしか反応できないらしい。

それでも、わざわざ傘の中のに入ってきてくれると

私は雨に隠されているワンダーランドにでも行けた気分になる。

「…雨、止みませんね。」

貴方が言うのは、すこしずるいんじゃない?

雨が止んだら、私を、おいていっちゃうくせに


傘の中の秘密

5/31/2025, 3:05:12 PM

「好きになった方が負け、とか言う言葉あるじゃん?」

放課後、彼女と横並びで帰っていた途中の一言。

駅まで徒歩15分程度、夕日が沈みかけた静かな田んぼ道に彼女の声が響く。

「…あ〜、あるかも、ね」

すこしピンとくるようなこないような。

「あれさ、納得いかないんだよね、私」

すこし高い位置にある横顔は、不満げな感情を隠しきれていない。

ほら、まゆ毛が下がっちゃってる。

「なんで?」

「だってえ………
負けってなんか、マイナスな意味じゃない?」

「そうだな〜」

「大切な相手を好きになれたっていうのに、負けはおかしいよね〜って!むしろ勝ちだよね!大優勝!」

「……すこし、ニュアンスが違う気もするけどな。」

「え〜?どういうこと?」

「僕的には…好きになった相手には敵わないから、負けって言葉を使ってるんだと思うけど。」

「あ〜、そうゆうことなの?」

「うん、」

やっぱり彼女と話すのは楽しい。僕にはないような新しい考えを持ってきてくれる。

僕は、一度立ち止まって彼女の顔をまっすぐ見つめる。

「………どうしたの?」

「いや、なんでもない。」

どうしようもなく彼女に惚れ込んでいる僕にとっては、勝ち負けなんてどうでもいいよな、なんて考えていただけ。

もうすぐ、駅のホームに着いてしまう。




勝ち負けなんて

5/31/2025, 9:50:30 AM

ここまで、ずいぶん長かったように感じる。

僕は何ヶ月、暗く狭いここに閉じ止められていたのだろう。

狭いと言えど、息苦しかったわけではない。

僕に繋がれた1本の管が、生命を繋いでくれていたから。

時折、壁を蹴ったり、身じろいでみたり

どれだけ動いても、この中は崩れることはなかった。

一人ぼっちなのにひどく温かい、そんな所だった。

さあ、もうすぐだ。

僕は、貴方に、会いに行くよ






















─オギャー、オギャー…─

2025年5月31日、僕の物語は始まったばかりだ。





まだ続く物語

3/21/2025, 6:41:13 AM

私が今でも思い出すのは、温かい大きな手。

いつも家事してくれているその手は、少しカサカサで。

土曜日に遊園地に行ったあの日も

友達と喧嘩して学校に呼び出されたあの帰り道も

悩んで悩んで眠れなかったあの夜も

全部優しさで包みこんでくれた。

見上げたその横顔は、どんな表情だったんだろ。




ピッ─ピッ─ピッ─ピッ─

無機質な機械音が響く白い部屋。

あの頃よりも皺が刻まれた横顔を見つめていたら、静かに目が開いた。

「…お母さん、おはよう。」

「…………ねえ………」

「…っえ?ど、うしたの?」

ここ最近は言葉を発することなんてなかったのに。

「あのね、お願いがあるんだけどね、いい?」

ゆっくりと、確かに紡がれた音。

その言葉は私がそれを欲しがった時に必ず言っていた言葉で。

まだ、覚えていたんだ。

心に優しい風が吹き込んでくると共に、言われようのない悲しい雨にも襲われる。

「さいごにね、」

最後なんて言わないでよ。












手を繋いで

3/11/2025, 8:26:56 AM

もしも願いが1つ叶うならば

貴方と、ここではない何処かで出会いたかった

ただ毎日笑いあって生きることができたのなら

どれほど幸せか

今は呼吸音にさえ貴方との空間を邪魔されたくない

この世界が終わる五秒前、貴方は何を遺す?

「私の願いはただ1つ。最期の時まであんたと共にいることだよ」

嗚呼、これは貴方の願いを叶えようとした神の壮大な我儘

訂正しよう、僕の願いは


貴方の望みが、全て叶えられること。



地球へ突進してくる隕石は、彼女の笑顔を照らしていた。











願いが1つ叶うならば

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