「…結構、冷えてきたね」
独り言のように呟く。
朝から降り続いている雨は未だ止みそうにない。
一粒ひと粒、意思を持っているかのような音色を奏でる。
靴も髪もぐっちゃぐちゃ。
だから雨なんて嫌いだった、のに
「………そろそろなんか言ったらどう?」
せっかくこの中でしか会えないんだから。
「ごめん、久々に会えたから噛み締めてた」
そういうところだよ
私は、絆されてばっか
淡い鼓動を抑えるように彼に話しかける。
「でもさ、これから梅雨だからたくさん会えるよね?」
「………そうだね」
彼は、雨に濡れない。
否、濡れることができない。
水は、生を持つものにしか反応できないらしい。
それでも、わざわざ傘の中のに入ってきてくれると
私は雨に隠されているワンダーランドにでも行けた気分になる。
「…雨、止みませんね。」
貴方が言うのは、すこしずるいんじゃない?
雨が止んだら、私を、おいていっちゃうくせに
傘の中の秘密
「好きになった方が負け、とか言う言葉あるじゃん?」
放課後、彼女と横並びで帰っていた途中の一言。
駅まで徒歩15分程度、夕日が沈みかけた静かな田んぼ道に彼女の声が響く。
「…あ〜、あるかも、ね」
すこしピンとくるようなこないような。
「あれさ、納得いかないんだよね、私」
すこし高い位置にある横顔は、不満げな感情を隠しきれていない。
ほら、まゆ毛が下がっちゃってる。
「なんで?」
「だってえ………
負けってなんか、マイナスな意味じゃない?」
「そうだな〜」
「大切な相手を好きになれたっていうのに、負けはおかしいよね〜って!むしろ勝ちだよね!大優勝!」
「……すこし、ニュアンスが違う気もするけどな。」
「え〜?どういうこと?」
「僕的には…好きになった相手には敵わないから、負けって言葉を使ってるんだと思うけど。」
「あ〜、そうゆうことなの?」
「うん、」
やっぱり彼女と話すのは楽しい。僕にはないような新しい考えを持ってきてくれる。
僕は、一度立ち止まって彼女の顔をまっすぐ見つめる。
「………どうしたの?」
「いや、なんでもない。」
どうしようもなく彼女に惚れ込んでいる僕にとっては、勝ち負けなんてどうでもいいよな、なんて考えていただけ。
もうすぐ、駅のホームに着いてしまう。
勝ち負けなんて
ここまで、ずいぶん長かったように感じる。
僕は何ヶ月、暗く狭いここに閉じ止められていたのだろう。
狭いと言えど、息苦しかったわけではない。
僕に繋がれた1本の管が、生命を繋いでくれていたから。
時折、壁を蹴ったり、身じろいでみたり
どれだけ動いても、この中は崩れることはなかった。
一人ぼっちなのにひどく温かい、そんな所だった。
さあ、もうすぐだ。
僕は、貴方に、会いに行くよ
─オギャー、オギャー…─
2025年5月31日、僕の物語は始まったばかりだ。
まだ続く物語
私が今でも思い出すのは、温かい大きな手。
いつも家事してくれているその手は、少しカサカサで。
土曜日に遊園地に行ったあの日も
友達と喧嘩して学校に呼び出されたあの帰り道も
悩んで悩んで眠れなかったあの夜も
全部優しさで包みこんでくれた。
見上げたその横顔は、どんな表情だったんだろ。
ピッ─ピッ─ピッ─ピッ─
無機質な機械音が響く白い部屋。
あの頃よりも皺が刻まれた横顔を見つめていたら、静かに目が開いた。
「…お母さん、おはよう。」
「…………ねえ………」
「…っえ?ど、うしたの?」
ここ最近は言葉を発することなんてなかったのに。
「あのね、お願いがあるんだけどね、いい?」
ゆっくりと、確かに紡がれた音。
その言葉は私がそれを欲しがった時に必ず言っていた言葉で。
まだ、覚えていたんだ。
心に優しい風が吹き込んでくると共に、言われようのない悲しい雨にも襲われる。
「さいごにね、」
最後なんて言わないでよ。
手を繋いで
もしも願いが1つ叶うならば
貴方と、ここではない何処かで出会いたかった
ただ毎日笑いあって生きることができたのなら
どれほど幸せか
今は呼吸音にさえ貴方との空間を邪魔されたくない
この世界が終わる五秒前、貴方は何を遺す?
「私の願いはただ1つ。最期の時まであんたと共にいることだよ」
嗚呼、これは貴方の願いを叶えようとした神の壮大な我儘
訂正しよう、僕の願いは
貴方の望みが、全て叶えられること。
地球へ突進してくる隕石は、彼女の笑顔を照らしていた。
願いが1つ叶うならば