私が今でも思い出すのは、温かい大きな手。
いつも家事してくれているその手は、少しカサカサで。
土曜日に遊園地に行ったあの日も
友達と喧嘩して学校に呼び出されたあの帰り道も
悩んで悩んで眠れなかったあの夜も
全部優しさで包みこんでくれた。
見上げたその横顔は、どんな表情だったんだろ。
ピッ─ピッ─ピッ─ピッ─
無機質な機械音が響く白い部屋。
あの頃よりも皺が刻まれた横顔を見つめていたら、静かに目が開いた。
「…お母さん、おはよう。」
「…………ねえ………」
「…っえ?ど、うしたの?」
ここ最近は言葉を発することなんてなかったのに。
「あのね、お願いがあるんだけどね、いい?」
ゆっくりと、確かに紡がれた音。
その言葉は私がそれを欲しがった時に必ず言っていた言葉で。
まだ、覚えていたんだ。
心に優しい風が吹き込んでくると共に、言われようのない悲しい雨にも襲われる。
「さいごにね、」
最後なんて言わないでよ。
手を繋いで
もしも願いが1つ叶うならば
貴方と、ここではない何処かで出会いたかった
ただ毎日笑いあって生きることができたのなら
どれほど幸せか
今は呼吸音にさえ貴方との空間を邪魔されたくない
この世界が終わる五秒前、貴方は何を遺す?
「私の願いはただ1つ。最期の時まであんたと共にいることだよ」
嗚呼、これは貴方の願いを叶えようとした壮大な神の我儘
訂正しよう、僕の願いは
貴方の望みが、全て叶えられること。
地球へ突進してくる隕石は、彼女の笑顔を照らしていた。
願いが1つ叶うならば
「今年の抱負」
今年の抱負か……
何にしようかな。
去年は、そもそも何にしたっけ
毎年考えはするものの、どうせ1月が終わる頃には忘れてんだろうな
早朝5時の朝焼けが目に突き刺さる。
まあ、そんなの考えなくていいか。
もうすぐ終わるんだし
今年の抱負、それは
誰よりも先に、楽になること
─ガタンッガタンッ…ガタンッガタンッ…
電車のライトに照らされたところで、記憶は切れた。
光と影に距離なんてない
光があればすぐそこに影ができる
誰よりも眩しいあなたにもジメジメした影があるの?
誰よりも苦しんでるあなたにも暖かい光があるの?
距離なんてないはずなのに
どちらかに囚われている間は
片方の存在に気づくことすら出来ない
距離
私を今、包むのは、やわらかな光。
遠くから聞こえる小鳥のさえずりと共に
朝日は、私を歓迎する。
秋空は、天高く
それでいて、案外小さい。
かと思えば、途方もなく遠かったり。
貴方と私をきっと祝福する、やわらかな光。
光のヴェールを纏い、今日も靡かせながら歩く。
秋の少し冷たい風に靡いたヴェールは、私の心を温かく包みこんだ。
やわらかな光