上原健介

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7/1/2023, 11:49:28 PM

窓の中から見える景色は、とても美しくて、希望に満ち溢れているように見えた。少なくとも、大人達が話す(世界)とは比べ物にならないくらい。ここにいれば、幸せな生活が送れると、大人達は言った。でも、僕はこの生活には幸せを感じられない。ただただ生きるくらいなら死んだ方がマシだ。遠くで、蝉が懸命に鳴いている。それと共鳴させるように、僕は窓を突き破って外へ出た。奥から、大人達の叫び声が聞こえる。でも、僕は振り返らない。きっと、世界は僕が楽しいと思うもので満ち溢れている。それがいくつ消えたとしても、また探せばいい。この世界は美しい。そう信じたいんだ。


あの子が、私のもとから去っていった。あれだけ、外の世界は危険だと教えこんだのにあの子は何も残さずに、この家から去っていった。この世界は残酷だと、私はいやというほど思い知らされた。そんな世界であの子が生きていけるはずがない。世界で一番できないあの子が。
いや、違う。
世界で一番できない子は私だ。あの子には、きっと勇気があった。私には、それすらもない。きっと、あの子なら立派に生きていける。私だけがそう知っている。遠くで蝉の声が聞こえる。どうせ、すぐ死ぬにと私は冷めたように、その声を聞き続けている。
窓の中から見える景色は、とても色褪せて見えた。

6/25/2023, 3:44:42 PM

昔々、あるところに2つの種がありました。
同じ花から産まれた彼らは、最初は胚珠として子房に包まれて育ち、やがて大きな種に成長していきました。その頃から、彼らには心が芽生えていきました。種にだって、心はあるのです。  
やがて彼らはそれぞれ別の袋に入れられ、どこかに運ばれました。真っ暗な袋の中に詰められ、何かに揺られる2つの種の心は、希望でいっぱいでした。種は上手く育っていけば、それぞれの花を咲かせることができます。綺麗で可愛い花が咲くか、地味で特徴のない花が咲くか、ということはどの植物の種になるかによります。しかし、彼らはきれいな花を咲かせる植物の種でした。そのことを彼ら自身もよく理解していたのです。
ここからは彼らのことをそれぞれA、Bと呼ぶことにします。これから彼らは別々の道を歩んでいくのです。
Aの飼い主は、植物を育てるのが大好きな男の人でした。彼は、Aを栄養の良い土に植え、適度に水や肥料を与えました。そして何度もこう言うのです。
[お前は綺麗な花に育つ]と。彼の周囲の人間も、まだ新芽すら出ていないAのことを口々に褒めました。Aはそれに応えるように、グングンと育っていきました。種だって、喜ぶのです。
Bの飼い主は、植物がさほど好きではない女の人でした。彼女は、Bを適当な土に植えると、後は全く世話をしてくれませんでした。[時間がない]が、彼女の口癖でした。Bは、何度も生命の危険に晒されました。ろくに水も栄養も与えられません。たとえ与えられたとしても、雑草に盗られてしまいます。しかし、Bは絶対に枯れませんでした。いつだって、か細いくきをピンと伸ばしていました。
Aから蕾が出ました。そのとき、Bから新芽が出ました。Aの蕾がどんどん大きくなっていきます。Bも少しずつ葉を増やしていきます。Aに花が咲きました。Bはまだ蕾のままでした。



Bに花が咲きました。地味で小さな花でした。しかし、とても力強い花でした。心なしか、最近飼い主がよく自分のことを見てくれているように感じます。自分を取り巻く環境が少しだけ優しくなったように感じました。Bのくきがさらにまっすぐに伸びました。


Aは、とても美しい花を咲かせました。飼い主も、嬉しくなってAを色々な人に見せます。褒めてくれる人も、確かにいました。しかし、そうじゃない人も大勢いました。彼が好きなのは、花ではなかったのでしょう。次第に彼は、Aの世話をしなくなりました。Aも、初めて投げかけられた厳しい言葉に耐えきれず、どんどん色褪せて萎んでいきました。
Aはとても繊細な花でした。

6/21/2023, 10:06:43 AM

青、赤、黄色を混ぜると、黒ができると聞いた。明るい感情が合わさって、黒いものが出来上がっていくのかもしれない。

6/18/2023, 1:08:48 AM

その日は、やけに静かだった。日曜日だというのに、車の音一つ聞こえず、夏だというのに、蝉の声一つ聞こえない。俺はどこにいるのだろう。意図して作られたような、人工的な沈黙の中で、ふとそんなことを考える。そして、解った。俺は今、家の中にいる。そこの二階のクローゼットの中にひざを抱えてうずくまっている。がっくりと下を向いた俺の瞳は、どうしょうもなく、人を欲しているような気がした。俺は、誰かを待っているようだ。しかし、誰も迎えになんか来ないだろうと思う。床は、足の踏み場もないほど、ゴミで埋め尽くされている。周りの白い壁には、無数の穴が空いていて、それらは、家のすべてに広がっているようだった。遠目からでもわかるほど、荒れ果てていて陰気な家だった。それでも、俺は、誰かを待つことをやめない。もう少し待とう、もう少し待とう、と、まるでケーキの生地を横長に広げていくように、一日一日を伸ばしている。外が、少し騒がしくなった。カラスの声が甲高く響き、どこからかサイレンも聞こえる。俺は、何を恐れているのだろうと思った。俺は、俺の心の中に潜って、少し考えてみる。俺は、怪物を恐れているようだった。そいつは家の外にいて、お前が出てくるのを、舌なめずりしながら、いまかいまかと待っているのだという。俺は、クローゼットから出た。そして、瞳をしっかりと開けて、目の前の光をギュッと捕えてはなさなかった。怪物と戦おうと決めたようだった。怪物の倒し方は決して、一通りではない。必ず、倒してみせる。そう決心した俺の目はもう下を向いてはいなかった。
そのとき、空気をブルブルと揺るがすような轟音が迫ってきた。すると、次の瞬間、窓から大量の水が、一斉に入ってきた。津波だ、と気づいたときには俺はもう呑まれていた。目の前に怪物がいた。俺を哀れんでいるようにも見えるし、蔑んでいるような気もする。眼の中に残された僅かな光で俺は怪物を見ていた。そいつを倒すチャンスはいくらでもあった。ずっと前から、あった。
  

6/15/2023, 3:24:26 PM

本棚が散らかっている。それはまあ、足の踏み場もないほどに床に落ちていたり、雪崩のように本が崩れたりしているのだ。僕は早く片付けねばと、床に落ちている一冊の本を手に取った。それは、見覚えのない本だった。かなり年季が入っているようだ。僕はタイトルなんか見ずに、早速ページを開いた。自分でも、殆ど無意識のうちに、だった。この本を読めば何かが叶う。本能的にそう悟ったのかもしれない。1ページ目には赤い文字で[Aくんを殺す方法]と書かれていた。僕の脳裏に一つの顔が思い浮かぶ。僕は思わず、本を閉じそうになった。A君というのは、僕のクラスメイトで、背が高くてハンサムで、ときたら、頭も良くて人望もあるような、非の打ち所のない男だった。僕は、少し戸惑ったが更にページを読み進めることにした。A君は僕をいじめていた。彼は、自分と取り巻きたちで、僕を殴ったり、何かを強要したり、お金を取ったりした。その時のA君たちの顔はとても楽しそうだったのを僕は覚えている。まるで、今の僕の顔みたいに。本には、A君の殺し方や遺体の処理の仕方、警察が来たときの対応の仕方などが、具体的に書かれていた。僕は、それらを一文字一句目に焼き付けるようにして、全てを読み上げた。
僕は、ずっと前からA君を殺そうと思っていた。A君を殺せば、何かが変わって、この地獄みたいな日常が終わると思っていたのだ。しかし、それは、[すれば]の域を出ることはなかった。もう失うものなどないというのに、中々決心がつかなかったのだ。だが、もうこれで決心がついた。僕は、A君を殺す。A君が僕の心と理性を殺していったように。僕は、ふと気になって、本の表紙を見てみる。真っ白な表紙の上に、赤い文字でこう書かれていた。
[君達がとても好きな本]

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