上原健介

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その日は、やけに静かだった。日曜日だというのに、車の音一つ聞こえず、夏だというのに、蝉の声一つ聞こえない。俺はどこにいるのだろう。意図して作られたような、人工的な沈黙の中で、ふとそんなことを考える。そして、解った。俺は今、家の中にいる。そこの二階のクローゼットの中にひざを抱えてうずくまっている。がっくりと下を向いた俺の瞳は、どうしょうもなく、人を欲しているような気がした。俺は、誰かを待っているようだ。しかし、誰も迎えになんか来ないだろうと思う。床は、足の踏み場もないほど、ゴミで埋め尽くされている。周りの白い壁には、無数の穴が空いていて、それらは、家のすべてに広がっているようだった。遠目からでもわかるほど、荒れ果てていて陰気な家だった。それでも、俺は、誰かを待つことをやめない。もう少し待とう、もう少し待とう、と、まるでケーキの生地を横長に広げていくように、一日一日を伸ばしている。外が、少し騒がしくなった。カラスの声が甲高く響き、どこからかサイレンも聞こえる。俺は、何を恐れているのだろうと思った。俺は、俺の心の中に潜って、少し考えてみる。俺は、怪物を恐れているようだった。そいつは家の外にいて、お前が出てくるのを、舌なめずりしながら、いまかいまかと待っているのだという。俺は、クローゼットから出た。そして、瞳をしっかりと開けて、目の前の光をギュッと捕えてはなさなかった。怪物と戦おうと決めたようだった。怪物の倒し方は決して、一通りではない。必ず、倒してみせる。そう決心した俺の目はもう下を向いてはいなかった。
そのとき、空気をブルブルと揺るがすような轟音が迫ってきた。すると、次の瞬間、窓から大量の水が、一斉に入ってきた。津波だ、と気づいたときには俺はもう呑まれていた。目の前に怪物がいた。俺を哀れんでいるようにも見えるし、蔑んでいるような気もする。眼の中に残された僅かな光で俺は怪物を見ていた。そいつを倒すチャンスはいくらでもあった。ずっと前から、あった。
  

6/18/2023, 1:08:48 AM