上原健介

Open App

昔々、あるところに2つの種がありました。
同じ花から産まれた彼らは、最初は胚珠として子房に包まれて育ち、やがて大きな種に成長していきました。その頃から、彼らには心が芽生えていきました。種にだって、心はあるのです。  
やがて彼らはそれぞれ別の袋に入れられ、どこかに運ばれました。真っ暗な袋の中に詰められ、何かに揺られる2つの種の心は、希望でいっぱいでした。種は上手く育っていけば、それぞれの花を咲かせることができます。綺麗で可愛い花が咲くか、地味で特徴のない花が咲くか、ということはどの植物の種になるかによります。しかし、彼らはきれいな花を咲かせる植物の種でした。そのことを彼ら自身もよく理解していたのです。
ここからは彼らのことをそれぞれA、Bと呼ぶことにします。これから彼らは別々の道を歩んでいくのです。
Aの飼い主は、植物を育てるのが大好きな男の人でした。彼は、Aを栄養の良い土に植え、適度に水や肥料を与えました。そして何度もこう言うのです。
[お前は綺麗な花に育つ]と。彼の周囲の人間も、まだ新芽すら出ていないAのことを口々に褒めました。Aはそれに応えるように、グングンと育っていきました。種だって、喜ぶのです。
Bの飼い主は、植物がさほど好きではない女の人でした。彼女は、Bを適当な土に植えると、後は全く世話をしてくれませんでした。[時間がない]が、彼女の口癖でした。Bは、何度も生命の危険に晒されました。ろくに水も栄養も与えられません。たとえ与えられたとしても、雑草に盗られてしまいます。しかし、Bは絶対に枯れませんでした。いつだって、か細いくきをピンと伸ばしていました。
Aから蕾が出ました。そのとき、Bから新芽が出ました。Aの蕾がどんどん大きくなっていきます。Bも少しずつ葉を増やしていきます。Aに花が咲きました。Bはまだ蕾のままでした。



Bに花が咲きました。地味で小さな花でした。しかし、とても力強い花でした。心なしか、最近飼い主がよく自分のことを見てくれているように感じます。自分を取り巻く環境が少しだけ優しくなったように感じました。Bのくきがさらにまっすぐに伸びました。


Aは、とても美しい花を咲かせました。飼い主も、嬉しくなってAを色々な人に見せます。褒めてくれる人も、確かにいました。しかし、そうじゃない人も大勢いました。彼が好きなのは、花ではなかったのでしょう。次第に彼は、Aの世話をしなくなりました。Aも、初めて投げかけられた厳しい言葉に耐えきれず、どんどん色褪せて萎んでいきました。
Aはとても繊細な花でした。

6/25/2023, 3:44:42 PM