「涙の理由」
先週から気になっていることがある。
金曜日にいつもより早い時間にゴミ出しに行ったら、収集所の前で近所の老婦人に会った。
以前、町内会の役員をやったときに何度かいっしょになったことがあるが、その後ほとんど顔を合わせたことがない。
話をするのは5年ぶり、いや10年近くになるか。
「お久しぶりですね」
「はい、お元気でしたか」
当たり障りのない挨拶を交わした後、老婦人は
「お子さんはもう中学生?」
と尋ねてきた。
「いや、もう高3です。受験生なんですよ。勉強しなくて困ってます」
私は軽い感じで答えたのだけれど、彼女はひどく驚いた顔をして
「まあ、もう高校生!」
と言ってから
「なんて早いんでしょう、あっという間ですね」
とつぶやいて、ちょっと涙ぐんだ。マスクをしているから表情はわからないが、目の下のほうにうっすら涙がたまっていく。
なんで涙?
私は動揺しながら
「ほんとですよね。子供が育つのは早いですね」
と答えて、意味もなく笑った。老婦人も目はうるませているもののいっしょに少し笑っている。
「じゃ、失礼します」
私はどうしていいのかわからなくなり、会釈すると仕事に行く道を急ぐふりをしてその場を離れた。
よその家の子供の成長が、彼女の家族の誰かを思い起させたんだろうか?
それとも、ただ単に時の流れの速さに感動した?
「どうかなさいましたか?」 そう声をかけずに、そそくさを立ち去ってしまった自分は冷たい人間なのかもしれない。
思い出すたびに、涙の理由が気になって、胸がちくちくしている。
「束の間の休息」
その渡り鳥の群れが現れたせいで、町はちょっしたパニック状態になった。
時空わたりと呼ばれるその鳥たちは、数十年から数百年に一度やってくる。(この前目撃されたのは49年前だったそうだ。)
鳥たちは、なんの前触れもなく突然、高空から雪が降るように現れ、群れになって数週間あたりを飛び回った後、唐突に姿を消す。
この鳥たちは時間と空間を渡って旅しているのだという。
専門家の計算によれば、今回は6万年ほど過去から渡って来たらしいというのだが、どういう計算でそんなことがわかるのか見当もつかない。
私が住む町は、鳥たちの降下地点に近かったため、マスコミが殺到した。ヘリコプターやドローンが飛び交って一時は騒然としたが、私たちの生活に特に影響があるわけではない。最初のうちは、よく知っている場所がテレビに映ったり、友達がインタビューされたりして興奮したが、それも2、3日すると飽きてしまった。
鳥たちは群れになったり、散り散りになったりしながらただ空を飛び回っているだけだ。1羽がだいたいツバメくらいの大きさだから、キラキラした白いものが空を行きかっているのが時々目に入るくらいで、慣れてしまえば、気にもならない。
日々の暮らしに追われる私はすぐに興味を失ってしまったが、小学生の娘は時空わたりに夢中になった。「けんきゅうノート」に今日は何羽鳥を見かけたかを記録し、鳥の絵をスケッチし、鳥たちの次の行き先を予測する長い長い高エネルギー方程式を書き写した。
「次は250年後の世界に飛んで行くかもしれないんだって」
娘はそう教えてくれた。
「へえ、250年後にこの町がどうなってるか見にいくんだ」
「ちがうってば!」娘はあきれて言った。鳥たちは時間だけでなく空間も移動するから、次もこの町に現れるわけではない。次に行くところが地球である確率はとても低い。
「鳥たちは太陽フレアのような非常に高温な環境や、絶対零度に近い環境にいることがほとんどです。なぜ地球のような場所を時々訪れるのかは謎ですが、もしかしたら、穏やかな環境で束の間の休息を得ているのかもしれません」
娘はインターネットから書き写した文章を得意げに読み上げた。
「なんでわざわざそんな厳しい場所にばっかりいくんだろね」
私がそう言うと娘はまた呆れた顔をした。
「宇宙のほとんどは、すごく暑いかすごく寒いかなんだよ。地球みたいなところは珍しいの! なんにも知らないんだね」
私は、首をすくめながら外を見た。
綺麗な夕焼けの中を、例の渡鳥たちが長い列を作って飛んでいる。
そうか休息に来ているのか。ゆっくりできるといいね、と思った。
私は一度だけ、時空わたりを近くで見た。
朝食をとっていると、娘があっと声をあげて、ベランダに飛び出した。
白い鳥が1羽、ベランダの手すりに乗っている。鳥、と呼ばれているがなんとなく折り紙の鶴のようで生き物という感じがしない。一応頭のようなものはあるが、目やクチバシははっきりわからない。白いが、真っ白というわけではない。少し背景が透けているように思える。角度によって、シャボン玉みたいな光沢が見える。
最初は手すりに止まっていると思ったのだが、正確には手すりの数センチ上の空中に静止している。
私はベランダのガラス戸に手をかけたまま近づく気になれなかったが、娘は足音をたてないようにじりじりと歩みよって行く。蝶でも取るみたいにそっと両手を鳥に伸ばす。どうなるかと眺めていたが、私はあることに気づいてぎょっとした。鳥の近くまで行った娘の足がベランダの床から浮いている。2、3センチ浮いたまま吸い寄せられるように鳥に近づいていく。
「やだ!」
私は叫んで、ベランダに飛び出し、娘を抱えて引き戻した。
抱えた瞬間、全く重さを感じなかったが、一歩下がると急に重くなって、私と娘は部屋の中に転がりこんだ。
したたかに打った腰をさすりながら立ち上がると、鳥はもういなかった。
翌日、渡鳥たちはすっかりいなくなった。
明け方、一ヶ所に集まった鳥たちは、登り出した太陽を背景に巨大な輪をえがいて周りはじめた。どんどんスピードをあげながら回る輪は虹色に輝いて、それは見事だったというが、寝坊をした我が家は、その光景をテレビで見るしかなかった。
光る輪は、やがて本当の虹のように薄くなっていき、やがて見えなくなった。
鳥たちが消えるのと一緒にかなりの数の人間が失踪したとも聞いたが、本当のところはわからない。時空わたりが人を「引いていく」という言い伝えは昔からある。
我が家のベランダに来たあの鳥は、小さな羽のようなものを残していった。羽といっても小さな正三角形のセロファンの破片みたいなものだ。鳥がいたのと同じ場所、ベランダの手すりの3センチほど上に浮いている。棒でつついても手応えがなく、すり抜けてしまう。勇気を出して手でつまもうとしたが、映像のようにただそこにあるだけでさわれない。風が吹いてもピクリともしない。
市役所に連絡してみたが、教育委員会の職員が来て、写真を撮り、何かノートにメモしただけで帰ってしまった。
「これ、どうしましょう?」
「あぁ、ほっといて構いません」
と職員は答えた。あまり珍しいものでもないらしい。
私も最初は気になったが、今では構わず、上から布団を干したりしている。娘は時空わたりが羽を残していったのが自慢で今でも友達が来るたびに見せている。
(この羽が、きっとのちにとんでもない事態を引き起こすのだけれど、何が起きるかはまだ考えつきません、、、)
「力を込めて」
ああ、また食いしばっている。
気がつくといつも奥歯に力がこもっている。
別に怒っているわけではない。
何かをがんばっているわけでもない。
だが、なぜか力を込めて奥歯を噛み締めている。
こんな癖があることに気がついたのは最近だ。
体があちこち痛いので、病院に行ったら、医師から
「体中に力が入ってますね」と言われた。
確かに、自分で腕や足の筋肉を触ってみるとガチガチだった。
もっとリラックスして力を抜いて
そうアドバイスされたけれど、これが難しい。
「もっと力を出して」
「全力で取り組んで」
「死ぬ気でがんばって」
世の中にそんな言葉が溢れている中で生きてきたような気がする。知らず知らずに、自分にもそう言い聞かせているのかもしれない。
自分で自分に呪いをけかけているのか?
呪いを解くために、奥歯から力を抜き、口をゆるめて、とぼけた顔で少し笑ってみる。
ついこの間まで、早く涼しくならないものかとぼやいていたのに、今は過ぎた夏ばかり思い出す。
プールの塩素の匂い
霧の朝のカナカナの鳴き声
庭に籐椅子を持ち出して、夕涼みしていた祖父、蚊取り線香の煙
焼き茄子の上の生姜
波打ちぎわに立った素足の指の間を流れ去っていく砂の感触
腕に抱いた赤ん坊の汗びっしょりの頭
すごい雷のなかで部活の仲間ときゃあきゃあ言いながら飲んだフルーツ牛乳
夕暮れ時、近所で誰かが練習しているトランペットの応援歌
今年の夏、10年前の夏、昭和の夏・・・
ほかの季節をこんなにありありと思い出すことはないような気がする。
私は夏が好きなんだな、と思う。
星座
小さな港町に住み着いている子猫。
以前は飼い猫だったが、捨てられて今はひとりぼっち。
漁船から落ちた魚を拾って、なんとか生き延びているが、漁師たちは、魚を狙う猫が大嫌いだ。
見つかると追い回されるので、昼間は倉庫の床下や干した漁網の影にじっと隠れている。
夜になると、子猫はようやく外に出て、港の堤防に登って広々した空を眺める。
しばらく前に、子猫は年寄り猫と友達になった。
年寄り猫は昔、船乗りに飼われていて世界中の海を航海していたので、大変物知りだった。
年寄り猫は、子猫に「星座」というものを教えてくれた。
カシオペアに白鳥座、琴座、双子座…
年寄り猫は、人間の星座は人間が勝手に決めたもので、猫には猫の星座があってもいいのだと言う。星々を好きな形に結んで自分の星座をを作ってごらん、と教えてくれた。
友達になってから間もなく、年寄り猫は死んでしまったが、子猫は毎晩空を眺めて、新しい星座を作り続けている。
大きな魚座、もっと大きな魚座、魚の骨座に魚のしっぽ座…
子猫には一つ不思議なことがあった。
星は一晩の間に夜空を動いていく。また、何日もたつと星座の位置も変わり、見えなくなる星座があれば、新しい星座が見えてくることもある。けれどもいつも同じ位置に現れて決して動かない星座があるのだ。
海を背にして陸地の方を眺めると空の下のほうにいつも同じ星座が現れ、夜が明けるまでずっと同じ場所で輝き続けている。
猫の顔が3つ並んだような不思議な星座。子猫は「猫の家族座」と名づけて、一番のお気に入りにしていた。
冬が始まったある日、猫の家族座の一匹の猫の耳のあたりに変わったことが起きた。いつも白く光っていた星が緑や赤や黄色に変わってチカチカと瞬くようになったのだ。
子猫はその星が気になって仕方がない。星は遠いところにあって、とても手が届かないことは知っていたが、どうしても星の近くに行って何が起きているのか確かめてみたくなった。
子猫は初めて港を離れて、星を目指して歩き始めた。車が行き交う大きな道路を命がけでいくつもわたり、恐ろしい犬に追いかけられたり、冷たい川に落ちてびしょ濡れになったりしながら、子猫はなるべく高い場所を目指した。
が、進むにつれて星座はだんだん形がくずれていく。星だと思って近づいてみると、それは街灯や家の窓から漏れる光だった。子猫が動かない星座だと思ったのは、高台にある遠くの町の明かりだったのだ。すっかり迷ってしまった子猫はもう港町に帰る道もわからない。
途方に暮れて道端にうずくまっていると、近くで泣き声がした。見ると子猫よりも小さい黒猫が、やはり途方に暮れた様子で座りこんでいた。
この猫は高台の町のある家で飼われている猫なのだが、最近、水平線に現れる不思議な星の正体を確かめようと海に向かって歩いているうちに迷子になってしまったのだった。
(この星は本当は、冬になると現れるイカ釣り船の明かりなのだが、どこで説明していいかわからない!)
仲間ができたことで、気を取り直した子猫は、もう一度進むことにした。星は見つからなかったけれど、甘えん坊で頼りない黒猫を励まして、家に送り届けることにしたのだ。
二匹は苦労しながら、なんとか黒猫の家にたどり着いた。
家の前では飼い主の家族が総出で黒猫を探していた。
黒猫が帰ってきて大喜びする一家。
「クロが友達を連れて帰ってきたよ!」
子どもの一人が子猫を見つけて抱き上げる。
どこの子かな? 迷い猫じゃないかな?などと言い合っているうちに、子猫を抱いた子どもが、「この猫もうちで飼おうよ」と言い出す。両親は顔を見合わせるが、二人とも猫好きらしく笑みがこぼれる。二匹飼うのも楽しそうだね、ちゃんと世話するんだよ、と一家はにぎやかに家の中に入っていく。
庭には赤や緑や黄色に輝くクリスマスツリー。
探していた不思議な星はこのクリスマスツリーの光だったのだけれど、暖かい家の中に迎え入れられた子猫はそれを知らない。