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「束の間の休息」
その渡り鳥の群れが現れたせいで、町はちょっしたパニック状態になった。

時空わたりと呼ばれるその鳥たちは、数十年から数百年に一度やってくる。(この前目撃されたのは49年前だったそうだ。)
鳥たちは、なんの前触れもなく突然、高空から雪が降るように現れ、群れになって数週間あたりを飛び回った後、唐突に姿を消す。

この鳥たちは時間と空間を渡って旅しているのだという。
専門家の計算によれば、今回は6万年ほど過去から渡って来たらしいというのだが、どういう計算でそんなことがわかるのか見当もつかない。

私が住む町は、鳥たちの降下地点に近かったため、マスコミが殺到した。ヘリコプターやドローンが飛び交って一時は騒然としたが、私たちの生活に特に影響があるわけではない。最初のうちは、よく知っている場所がテレビに映ったり、友達がインタビューされたりして興奮したが、それも2、3日すると飽きてしまった。
鳥たちは群れになったり、散り散りになったりしながらただ空を飛び回っているだけだ。1羽がだいたいツバメくらいの大きさだから、キラキラした白いものが空を行きかっているのが時々目に入るくらいで、慣れてしまえば、気にもならない。

日々の暮らしに追われる私はすぐに興味を失ってしまったが、小学生の娘は時空わたりに夢中になった。「けんきゅうノート」に今日は何羽鳥を見かけたかを記録し、鳥の絵をスケッチし、鳥たちの次の行き先を予測する長い長い高エネルギー方程式を書き写した。

「次は250年後の世界に飛んで行くかもしれないんだって」
娘はそう教えてくれた。
「へえ、250年後にこの町がどうなってるか見にいくんだ」
「ちがうってば!」娘はあきれて言った。鳥たちは時間だけでなく空間も移動するから、次もこの町に現れるわけではない。次に行くところが地球である確率はとても低い。

「鳥たちは太陽フレアのような非常に高温な環境や、絶対零度に近い環境にいることがほとんどです。なぜ地球のような場所を時々訪れるのかは謎ですが、もしかしたら、穏やかな環境で束の間の休息を得ているのかもしれません」
娘はインターネットから書き写した文章を得意げに読み上げた。
「なんでわざわざそんな厳しい場所にばっかりいくんだろね」
私がそう言うと娘はまた呆れた顔をした。
「宇宙のほとんどは、すごく暑いかすごく寒いかなんだよ。地球みたいなところは珍しいの! なんにも知らないんだね」
私は、首をすくめながら外を見た。
綺麗な夕焼けの中を、例の渡鳥たちが長い列を作って飛んでいる。
そうか休息に来ているのか。ゆっくりできるといいね、と思った。

私は一度だけ、時空わたりを近くで見た。
朝食をとっていると、娘があっと声をあげて、ベランダに飛び出した。
白い鳥が1羽、ベランダの手すりに乗っている。鳥、と呼ばれているがなんとなく折り紙の鶴のようで生き物という感じがしない。一応頭のようなものはあるが、目やクチバシははっきりわからない。白いが、真っ白というわけではない。少し背景が透けているように思える。角度によって、シャボン玉みたいな光沢が見える。
最初は手すりに止まっていると思ったのだが、正確には手すりの数センチ上の空中に静止している。
私はベランダのガラス戸に手をかけたまま近づく気になれなかったが、娘は足音をたてないようにじりじりと歩みよって行く。蝶でも取るみたいにそっと両手を鳥に伸ばす。どうなるかと眺めていたが、私はあることに気づいてぎょっとした。鳥の近くまで行った娘の足がベランダの床から浮いている。2、3センチ浮いたまま吸い寄せられるように鳥に近づいていく。

「やだ!」
私は叫んで、ベランダに飛び出し、娘を抱えて引き戻した。
抱えた瞬間、全く重さを感じなかったが、一歩下がると急に重くなって、私と娘は部屋の中に転がりこんだ。
したたかに打った腰をさすりながら立ち上がると、鳥はもういなかった。

翌日、渡鳥たちはすっかりいなくなった。
明け方、一ヶ所に集まった鳥たちは、登り出した太陽を背景に巨大な輪をえがいて周りはじめた。どんどんスピードをあげながら回る輪は虹色に輝いて、それは見事だったというが、寝坊をした我が家は、その光景をテレビで見るしかなかった。
光る輪は、やがて本当の虹のように薄くなっていき、やがて見えなくなった。
鳥たちが消えるのと一緒にかなりの数の人間が失踪したとも聞いたが、本当のところはわからない。時空わたりが人を「引いていく」という言い伝えは昔からある。

我が家のベランダに来たあの鳥は、小さな羽のようなものを残していった。羽といっても小さな正三角形のセロファンの破片みたいなものだ。鳥がいたのと同じ場所、ベランダの手すりの3センチほど上に浮いている。棒でつついても手応えがなく、すり抜けてしまう。勇気を出して手でつまもうとしたが、映像のようにただそこにあるだけでさわれない。風が吹いてもピクリともしない。
市役所に連絡してみたが、教育委員会の職員が来て、写真を撮り、何かノートにメモしただけで帰ってしまった。
「これ、どうしましょう?」
「あぁ、ほっといて構いません」
と職員は答えた。あまり珍しいものでもないらしい。

私も最初は気になったが、今では構わず、上から布団を干したりしている。娘は時空わたりが羽を残していったのが自慢で今でも友達が来るたびに見せている。

(この羽が、きっとのちにとんでもない事態を引き起こすのだけれど、何が起きるかはまだ考えつきません、、、)


10/9/2022, 8:23:00 AM