藍星

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4/8/2024, 1:00:28 PM

春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く
夜来風雨の声 花落ちつること知る多少

春はついつい寝過ごしてしまう。夜が明けたことも、気付かぬまま。
小鳥のさえずりが聞こえてくる。
昨晩の雨風は、どれくらいの花を落としてしまっただろうか。


確か・・こんな感じの詩の意味だったかな。これは中国の詩人の作だった気がする。
国が違っても、春の陽気にまどろむ感性は国や時代を超えてもあるものなのだろう。



私の膝を枕にぐっすり眠っている彼が、それを体現している。
最初は私の肩に寄りかかっていたのだが、あまりに気持ち良さそうな寝顔に、そっと私の膝に彼の頭をのせた。

やはり、横になるとよく眠れるのだろう。すっかり夢の中に落ちている様子だ。
そんな彼の寝顔と彼のぬくもりを感じていると、私の心にじんわりと安らぎが広がってくる。


この彼のように、うたわれている詩のように、春の陽気にまどろんで寝過ごしてしまうほど眠れるなんてと、私は羨ましい。

小鳥のさえずりで目を覚ますより前に起きているし、そもそも眠れればいい方だ。
昨夜の雨風の音は、いつ止んだのかも知っているし、どのくらい花が落ちたのかも雨の音の強さでわかる。

私にとって春は、つらいことを思い出させられてしまう季節だ。過ぎたことだと思えれば良いのかもしれないが、それができる時ばかりではない。
その時は無理に忘れても、後々関連するものを見たり聞いたり、はたまたそういうものがなくても唐突に思い出してしまうこともある。

唐突に思い出してしまう時はともかく、テレビや新聞の春という言葉などの関連するものわ見たり聞いたりすることが増えて、私の心は春の陽気にまどろめるような状態ではなかった。

一応薬はのんでいるものの、薬というのは摂りすぎると毒になる。毒になる前に、症状が治ればいいのだが、私の場合はそうはならなかった。


日は沈み、もう夜とも言える時間。
眠れなくても、横になっている方が体の休息になる。だけど、彼の安らかな睡眠を邪魔したくないという思いから、もう少しこのままでいることにした。

彼の頭を撫でる。寝ている少年のような表情は、安心している証拠だ。私が少しでも安心を愛しい彼に与えられているのなら、眠れない夜も悪くない。


窓から空を見上げると、春の夜空が見えた。
冬の星座のオリオン座も見えるものの、もう真冬のような存在感はない。
冬の星座はその存在感を、次第に春の星座に譲り、日に日にやわらかな瞬きが美しい瞬きになってきている。

じきに月も春の輝きを放つようになる。
冬にはなかった、やわらかさと優しさを感じる光は、眠れずにいても良かったと思わせてくれるほどの、心に届く優しい美しさがある。

春の夜の夢の如し––––
そんな言葉が生まれるほどの特別な光は、私にとって数少ない春の訪れを嬉しくさせてくれるものだった。


数少ない春の訪れを嬉しくさせてくれるものの一つに、彼と初めて夜に出かけた時の思い出がある。

その日は、少し嫌なことがあり私は気晴らしに外に出た。日が沈んでも、帰宅する気になれなかった私は、そのまま外を歩いていた。
しばらくすると、たまたま彼が連絡をしてきた。状況を伝えると、彼は私の心情を気遣って出先に来てくれた。

帰りたくないなら、連れて行きたいところがあると彼は私を連れて、歩き出した。連れて行かれた場所は、明かりがあまりない郊外の丘だった。

そこから見える夜空は、息をのむほど美しかった。いつも見えている何倍もの数の星が、空いっぱいに瞬いていた。

彼は私につき合い、日付けが変わるまでそこで星空を一緒に見ていてくれた。
彼は、ここならだいたい星がきれいに見えるから、見たい時は来たらいいと、言ってくれた。
しかし、条件があると–––

これからここに来る時や、帰りたくなくて夜に外を出歩くような時は、オレを呼ぶこと。
そう約束してくれ。
でないと、オレが眠れなくなるから。

春の夜とは言え、夜中はまだまだ寒かった。
でも、彼の気持ちこもった言葉に、私の心は春の陽気にまどろむよりもあたたかくなった。


私にとって春は、いい思い出は多くない。
だけど、悪いことばかりでもない。

そして、一つでもあたたかい思い出あるのなら、それを大切にし続ける限り、
これからもずっと、私の心をあたためてくれるのだろう。

これからもずっと・・
あの美しい春の夜空は、今日も私の心の中で輝きつづけていく。

4/4/2024, 2:52:06 PM

あの感じだと、のどごしがいいもの・・うどんとか、そーめんがいいかな。あ、冷たいものは体が冷える。温かいものっていうのは外せないよね。
となると・・おじやか雑炊、スープも作れたらいいかな。
あとは・・果物なんかもほしくなるかな。りんごは硬いだろうから、桃とかいちごかな。

よし。このくらいにして、そろそろ帰ろう。

店で会計を済ませて、足早に帰路につく。


帰宅してただいまと声をかけるも、返事はない。きっと、寝ているのだろう。
寝室をのぞくと、案の定、寝息を立てている彼の姿が目に入る。

寝ているのを起こさないように、そっと寝室を出る。買い出ししてきた食材を片付けながら、料理を始める。


ここ数日、彼の調子が悪かった。本人は季節の変わり目で、調子が出ないだけとか、寝たら治るから大丈夫だと言っていた。
しかし今朝、私が目を覚ますと明らかに高熱で荒く苦しそうな呼吸をしている彼の姿があった。

病院に行きたくないという彼の気持ちは、わかるものの、何とか受診して帰ってきた。
結果、少々重い風邪とのこと。
ただ、のどと気管が少し厄介な炎症を起こしているらしく、呼吸が苦しそうな状態だった。


薬をのんでゆっくり休んでいてと、私は彼を寝かせて買い出しに出かけていた。

少し悩んだが、食欲は無さそうなものの朝からろくに食べていないのも良くないかと思いいたり、おじやを作った。
それを持って、寝室へ向かう。

彼は私の気配に気づいたらしく、声をかけずとも目を覚ました。
ただいまと、おはよう、おかえりの言葉をかわす。

おじやを示すと、起き上がって受け取ってくれた。ゆっくりだが、食べてくれる様子を見て私は少し安心した。
彼の服は汗で湿っていて、額の冷却シートもすっかり熱を持っている。寝室の空気は少しよどんでいる気がした。

彼が軽く咳き込んだ。おじやを少し吐き出してしまい、苦しそうに胸を押さえている。
大丈夫だよ。ゆっくり呼吸してねと、声をかけながら彼の背をさする。
スポーツドリンクならあるよ。飲む?と、差し出すと、彼は一口飲んだ。

ハァ・・と、大きく息を吐き出した。
再びおじやを食べたそうに見つめるものの、抵抗がある様子だった。

無理に食べなくていいよ。苦しいんでしょ?薬はのんでおこう。あと体の汗拭くね。その後着替えてから、もう一度休んだらいいよ。
私は彼の手からおじやの器を受け取り、後片付けをした。

彼の体を拭き、着替えさせる。冷却シートも新しいものに取り替えた。彼が再びベッドに横になって毛布をかけたのを見届けてから、窓を開けて換気する。

ベッドに腰かけ、彼の背をさする。先ほどよりも身体の強張りが減り、安定した呼吸が感じられる。表情も少し柔らかくなっていた。
ふぅ、とひと息ついた。

いつもとは、立場が逆転した。持病のある私はよく彼に介抱されている。しかし、今回は彼が介抱される側になり、私が介抱する側になった。
いつもの彼には、感謝してもしきれないくらい感謝している。だから、せめて彼が苦しい時には、私にできる限りのことをしたいと思っていた。

換気のための窓を閉める。後片付けのために寝室を出て行こうとすると、彼に呼び止められた。しかし、声はかすれていてうまく言葉になっていなかった。

まだ苦しい?それとも寒い?
声をかけながら彼の背をさすり、頬に触れる。彼はうっすら目を開けて、私の手を握った。

待って・・行かないでくれ。

かすれた声でも、不安な気持ちは痛いほど伝わってきた。私もそうだが、体が苦しくつらい時ほど、不安でたまらなくなる。情けないとは思いつつ、一人になるのが嫌でたまらない子どものようになってしまう。

彼は今まさに、そんな気持ちの最中にいるのだろう。そんな時は・・彼の手を握り返す。
そして、
うん。わかったよ。今日はもう出かけないし、どこにも行かないから。大丈夫だよ。
そう伝えるのが一番の薬になる。
これは、いつも彼が私にくれる薬の受け売りだけど・・

彼が一瞬安心してくれたのは感じた。
でも、一瞬だけで再び不安そうな眼差しを向けてきた。
まだ苦しいのかと思い、空いている手で背をさする。しかし、求めているのはそういうことではなさそうな様子だった。

君はさ、どうして・・大丈夫?って、聞かないんだ?

突然の言葉に、その意味がわからなかった。

最近具合が良くないオレを、気遣いはしてくれても、心配する言葉は言ってくれなかった。・・今日だって、大丈夫?って、一度も言ってくれないなぁって。
なんか、心配してくれてないのかなぁって・・風邪くらいで、寝込んでいるオレのこと情けないとか、思って・・呆れてる?
だから、大丈夫?とか、具合はどう?とか、聞いてくれないのかなって・・。

えっと・・そうやって聞かれて、心配されたかったの?と聞くと、
少し恥ずかしそうに、彼は頷いた。

私は彼の手をより握り締めて、頭を撫でた。

大丈夫って聞かないのはね、大丈夫じゃないことが聞かなくてもわかるからだよ。それに、今のあなたは喋ることがとても辛そうだもの。そんなあなたに、具合はどう?何て聞いたら喋ることを強制していることになって、余計に苦しくさせてしまう。
あなたがどんな状態で、どんな風に介抱すれば少しは楽になるのかは、見ていればだいたいわかるもの。
うまく話せない子どもが怪我をした時や、本当に生死の境を彷徨うような状態の人は、喋るなんてほとんどできないんだよ。
だから聞くことより、本人をよく見て感じるのが大切だと思っているの。だからかな、聞くっていう概念すらほとんどないかも。それ以上に、寄り添うことの方が大切だとも思っているから。
これは、いつものあなたが教えてくれたことでもあるんだよ。

彼は少し目を見開いた。

あとね、もちろん心配はしてるよ。大切なあなたが苦しんでいるのを見てるのは、心配しない方が無理だよ。
だけどね、心配って相手を想う気持ちの現れ方の一つだと思うんだ。想いって、相手にとって良くも悪くも影響する。私の心配があなたの心の負担になるのは嫌なんだ。だから、この心配するくらいの大切なあなたへの想いは・・
大丈夫?って聞くことで伝えるんじゃなくて
大丈夫だよって、そばにいるよって言葉で伝えたいの。私はそう伝えてもらった方が、心があったかくなるんだ。
心配させてるって申し訳なくなるんじゃなくて、想われているんだって嬉しくなるの。
だけど・・あなたはそうでないなら・・
こうしたら、伝わるかな?

私は彼の頬にキスをした。
突然のことに、彼はより顔が赤くなった。
その表情に、私自身も顔が熱くなってしまった。

っ・・これじゃ、ダメだった?
大丈夫って、聞いてほしい?心配だって、言ってほしい?
ためらいがちに聞くと、彼は顔を覆って首を振った。

いや・・それでいい。
君はそのままで、いい。

その言葉にほっとした私は、顔の熱を冷ますためにも、
ちょっとだけ後片付けしてくるからと言って寝室を出ようとした。
しかし、彼は握っている手を離してくれなかった。

それでいいけど・・キスする場所が違う。もう一度してくれたら、手を離してやる。
そしたら、君に想われてるって感じられて、オレも心から安心して休めるから。

その目には、風邪の高熱とは違う熱が宿っていた。私の心臓は、彼の体調を心配するのとは別の意味で、落ち着かなくなってしまった。

そっ・・それはダメだよ。熱があるのに・・というか、私の方が熱が出そう。
代わりに・・腕枕でどう?背中もさすっててあげるから。それでいいでしょ。
っていうか、それでいいってことにしてよ・・。
風邪をひいているとは言え、いたずら好きな彼の言動に、私は相変わらずかなわない。 

でも、私の腕の中で安心して寝る顔で許してしまう。
私は彼のそんなところも、
それでいいと・・いや、
それがいいと感じてしまっているのかもしれない。

3/23/2024, 2:34:00 AM

おはよう。  おはよう!同じクラスだね!
  クラス別になっちゃったね・・
担任、あのゴリラなんだろ?災難だなー
  うわー、あんたと同じなんて。
 私の担任、新任の先生?どんな人かなぁ?

新年度、朝の学校。
登校すると、四方八方からクラス替えの結果に対する言葉が聞こえてくる。
歓喜も、落胆も、驚きも、不安も。はたまた、何とも思っていない・それ以外のことで頭がいっぱいの人の、全く無関心な声もわずかにある。


私は後者の、無関心な方だった。仲の良い友人はいるが、クラスが別になったくらいでどうこうなる予感は全くなかった。

それに、このクラス替えの結果に対する喧騒から早く離れたかった。一目見てクラスを確認して、足早に教室に向かった。
しかし、新年度最初の教室はクラス替えの結果が張り出されてる場所ほどではなくても、なかなか賑やかだった。

はい、皆さん!席について!

先生が入ってきたが、なかなか席につかない人も多数・・
新年度早々、騒々しい春の教室だった。


転校生?彼が?ふーん・・どこから来たの?

どこだったかな・・。でも、海の向こうかららしいよ。

外国人?

いや、日本人。どこかは忘れたけど、船で数日かかるくらいの遠くの地方から来たんだって。


新しいクラスにも、ようやく慣れた頃。
友人から、一人のクラスメイトが前年度が終わる直前に、転校してきていたことを教えてもらった。
騒がしいクラスの中で、寡黙でおとなしく、明らかに浮いているというわけではないが馴染んではいなさそうな生徒だった。
当初、彼を見た時は新しいクラスに馴染んでないだけかと思った。

だがクラスどころか、この土地に慣れてなかったのかと、腑に落ちた。前年度が終わる直前ということは、春をここで迎えるのは初めてということ。

そんな背景を知った後、たまたま席が隣になったのもあって、彼と話すようになった。
話してみるととても博識な人だった。以前にいた地方のことや、ここでどんなことで驚いたり、発見があったかなどを話してくれた。

私自身、彼と話して知らないことや、ここの土地の独自性を知ることができて楽しかった。学校の授業だけではわからない、世界の広さみたいなものを、彼のおかげで感じることができた。


そんな彼との日々を過ごすうち、彼は良き友人になっていった。
・・・少なくとも、そのつもりだった。


そういえば、彼がこの本を読んでいたな・・

あっ、この間気になるって言ってた資料集だ。見せてあげたら、喜ぶかな。

また何かのレポート書いてる。今度は何を調べてるのかな?


気がつけば、朝、教室に入れば、真っ先に彼の机を見るようになったり、彼が読んでいた本を図書館で探すようになっていたり・・
彼のことが四六時中頭の中にあるようになっていた。

彼の姿を、無意識に目で追いかけていたり、彼の興味があることは、私の興味になっていった。
今思えば、片思いの気持ちの表れだった。
彼と同じものを持てれば、彼に近づけると思っていたのかもしれない。あるいは、彼と同じになることでもっと自分を高めたかったのかもしれない。

彼の隣にいることが相応しい人になりたいと。


ねえ、もしかして・・彼、あなたのことが好きなんじゃない?

友人に突然言われた言葉に、
私は心臓が跳ねた。
どうしてそう思うのかと、尋ねる。

だって、文房具がけっこう同じのかぶっているし、靴とか鞄とかも同じメーカーのものじゃない?彼、きっとあなたのこと意識してると思うよ。

私は、たまたまだよ。と返事をしたものの、内心気づかれていたことにドキドキしていた。

彼が私と同じなのではなく、私が彼と同じなのだ。
ついつい、買い替える際、彼と同じものを選んでしまっていたのだ。
正直我ながらちょっとバカみたいと、思っていた。

同じにしたところで、何か自分に具体的な変化があるわけではないのに。彼の隣にいるのが相応しい人になれるわけでもないのに。
理性では分かりきっていることなのに、好きな相手と同じものを持っているだけで、喜んでしまう単純で少し、おバカな自分に呆れていた。
           –––––––––


アルバムを眺めながら、かつての自分を思い出して、つい笑ってしまった。

かつての自分の行動も、
今思えば微笑ましい。
今なら、かつての自分に
こう言ってあげたい。

それだけ、彼のことを想っていたんだね。
恥ずかしいことじゃないよ。
人を好きになるって、
素晴らしいことだから。



急に焦げ臭い匂いが漂ってきた。
見に行くと、慣れない料理に四苦八苦している、私の愛しい人がいた。

大丈夫?どうしたの?急に料理なんてして。
と、尋ねる。
相手は少し恥ずかしそうに・・

いや、その・・たまにはご飯を作ってあげようかと思って。君みたいに、上手く作れるようになったら、喜んでくれるかなって・・。

私は思わず、ふふっと笑ってしまった。

あっ、今オレのこと、バカみたいって思っただろ。オレなりに、一生懸命やって––––


違うよ。そんなところも愛おしいなって、思っただけ。

3/11/2024, 3:58:37 AM

『–––世界平和のためにできることは、
    家に帰って、家族を愛すること。』

誰の言葉だったかな・・。えーっと・・
日本人ではなくて、確か女性で・・。
そうだ。
マザーテレサだ。

彼女が残した功績や名言はいろいろあるけれど、私の中ではこれが一番心に響いた。
あまり彼女のことを知っているわけではない。
だけど、彼女の存在が今この現在でも息づいていることくらいは知っている。

特に道徳や人道の書物を何冊か開けば、高い確率で彼女の名を目にする。


人は十人十色。
世界平和の定義も、愛のあり方も人によって、はたまた国や文化によって異なる。
彼女の、家に帰って家族を愛すること、が
本当に平和につながるのかは、
簡単に言い切れるものではないのかもしれない。

だけど、私は誰かを想うことが世界平和の要であると信じている。



ねえ、この漫画、アニメになってて、今人気なんだよ!見たことある?

そうなんだ。ごめんね、私は知らないなぁ。
だからさ、どんなお話なのか教えてくれる?

うん!いいよ!
えっとね、宇宙人が地球を征服しようとやってくるんだ。だけど、地球のおいしいものやゲームが大好きになって、敵のはずなのにゲーマーと仲良くなっていって・・



見て見て!昨日やっと完成したんだ!
マフラーって、ただまっすぐ編むだけかと思ったけど、目の数がだんだんわからなくなってきて・・途中で目の数が合わなくなっててやり直してさ。

それはおつかれさま。大変だったね。
だけど、あったかそうじゃない。手作りのマフラーって、作り手の気持ちがこもってて良いなって思うよ。



あれ、どうしたの?泣いているのは、怪我したのかな?あー・・・これは痛そうだね。
どうして怪我したの?

うぅ・・ボール遊びしてて、転んだの・・。

そっかそっか。痛かったねー。
絆創膏貼ってあげるから、もう大丈夫だよ。
ほら、あっちに一緒に行こう。
お菓子もあるよ。食べる?

食べる!



側から見たら、何気ない子供達とのやりとりだと、思われている。だけど、その何気ない会話が彼らにはなかなかなくて、貴重なものなのだ。

家族と一緒に住んでいても、なかなか気持ちを受け止めてもらえない子供達は多い。
子供に限らず、多くの人が気持ちを受け止めてもらう場がなかなかない。

アニメやゲームの話をすると、そんなものより勉強しなさいと言われたり、
手芸なんかしてないで、家事を手伝えと言われたり、
怪我をしても泣くことも許されなかったり。


私はそんな人の思いをよく聞く。
それは、もともとの性分でもあるけど、気持ちを受け止めて共感して、寄り添うと、 
人は解決策を授けられたわけではなくても、
表情が柔らかくなるからだ。

私は、その表情が好きだ。
人の心には、本来愛があると思う。それは、受け止め合って共有することで、大きくなるような気がする。

その連鎖が、平和への要なのではないかな。


またね!今度は続編出たら教えてあげるね!

バイバイ。今度はもっとうまく作るんだ。

今度は・・一緒に、ボール遊びしたい・・。


そんな彼らの柔らかくなった表情の先に、
いつか平和がある気がする。


おかえり。今日もおつかれさま。

珍しく彼が迎えにきてくれていた。
ただいま、と応えて一緒に歩き出す。

君は相変わらず聞き上手だな。受け止め上手っていうのかな・・。どうしたら、そんな風になれるんだ?

と、聞かれても、自分では特別意識して何かをしているわけではない。だから、うまく答えられない。
でも、マザーテレサの言葉を思い出して––

平和のために、家族を愛する。って言葉があるでしょ。
私にとっての、その愛は、相手のありのままの気持ちに寄り添ってあげることだと思うんだ。良いとか悪いとか判断せずに、気持ちを肯定することだと思うの。
それが、私にできることだから。
そう答えると、彼は手を繋いできた。

じゃあ、オレに君の気持ちを聞かせて。
なかなか君は自分の気持ちを話してくれないからさ。たまには聞かせてよ。
君を見習って、ありのまま受け止められるよう頑張るからさ。


どうしたの?急に。と、聞くと––

世界平和のためにできることは、
    家に帰って、家族を愛すること。

なんだろ?
 だったら、オレができる世界平和の第一歩は、君の気持ちを受け止めることだ。

そうだろ?と、笑う彼の表情は
いつにも増して、素敵に見えた。


そっか。
愛するだけでは、
平和にはならないのかもしれない。

彼から愛されることを受け止めることも、
相手からの愛を受け止めることも、
平和に必要なのだろう。

3/9/2024, 3:39:51 AM

いいっ・・・たぁ・・・・。
っ・・・・・。     ガタ、ゴトン・・

鮮血が、傷から滴り落ちる。
その痛みに数秒の間、息を止めて耐えていた。
思わず、数歩後ずさりして棚に寄りかかる。
その振動で、棚にのっていた置物などが二、三個倒れてしまった。

あっ・・・直さなきゃ・・
と、手を伸ばした。
今負傷したばかりの手を伸ばしてしまい、痛みで握れない。
咄嗟の行動とは言え、我ながら少し呆れてしまった。怪我をしたばかりだというのに、そのことを忘れてしまうのだから。


物置のドアが壊れてしまい、鍵がかかっていないというのに開かなくなってしまった。
そんな状態のドアを、半ば無理やり開閉を続けた結果、ドアノブ自体が取れてしまった。
その修理を始めたら、他にもいろいろと目についた箇所が出てきてしまい、物置全体の修繕作業をしていた。

その最中、工具の扱いを誤り、傷を負ってしまった。

よく、舐めたら治る、などと言うけど・・
この傷はその範疇ではなさそうだ。
血が流れるのを止める処置くらいはしないと。

手を負傷してしまったため、ほぼ片手だけで処置しなければならず、うまくいかない。
血は止められたものの、やはり包帯を巻かないとと思うのだが・・

っ・・・あっ、また傷が・・
片手で包帯を巻くのは、難しい。そうこうしているうちに、再び傷が開き血が滲みはじめてしまう。そんなことを繰り返していた。


ただいま。・・どうしたんだ?

突然の彼の帰宅に驚き、私は思わず傷を負った腕を後ろに回して隠した。

あっ、おかえりなさい。・・早かったね。
ちょっと、物置の修理を中断して休憩してたの。

あぁ、それで物置の前にいろいろ置いてあったわけか。・・あそこまで壊れたら、いっそのことちゃんとした業者に頼んで、直してもらったらいいのに。


でも、ドアを直すだけでもそれなりにお金はかかるよ。大丈夫。ちゃんと今日中に直すから。ついでにいろいろ直しておくよ。
前よりは、使いやすくなるよ。
と、言いながら修繕に戻ろうとした。

しかし、彼に肩を掴まれて、止められてしまう。そして、隠していた腕を掴み上げられてしまい、痛みで思わず声を上げてしまった。

っ!?こんな傷・・意地張ってないで、ちゃんと手当しないとダメじゃないか。
何か隠してるとは思ってだけど・・こんな大きな傷まで隠そうとするなんて。
どうせまた、病院に行くのもお金がかかるから、とか考えて自分で何とかしようとしたんだろ。まったく・・
そんなにお金のことが心配か?


否応無しに、強制的に彼は私の傷の手当てを始めた。丁寧に血を拭きとり、包帯を巻いてくれる。

お金の心配もあるけど・・できることなら大切にしたいんだ。だって、立て替えたりしたら、今までの思い出とかもなくなってしまいそうでさ。
お金を出せば、綺麗に丈夫になるかもしれないけど、愛着がなくなってしまいそうで。
それはお金じゃ、得られないものでしょ。
だから、できるだけ自分の手で直したかったの。


彼は、ふと優しい眼差しを向けてきた。

君のそういう見えるところだけじゃなくて、本質を感じて大切にしようとするところは素敵だと思うし、尊敬するよ。
たしかに、そういうお金では得られないものはあるよな。オレもそう思うよ。


じゃあ・・と、言葉が出そうになった。
しかし、優しい眼差しから、真剣な眼差しになった彼に見つめられ、その気迫に思わず口をつぐんだ。

彼は手当てが終わった私の手を、優しく包み込んでくれた。


だけど、それ以上にお金では得られないもので、大切にすべきものがあるだろ。
少なくともオレは、君がこんな怪我をしなくてすむのなら、物置の修理代を出すことくらい何とも思わない。
むしろ喜んで出すさ。君のあんな痛みに耐える声を聞かなくて済むのなら。


思わぬ言葉に、返す言葉が見つからない私は、彼の手を握り返すことしか出来なかった。

えっと・・心配かけて、ごめん。
それから、手当てしてくれて、ありがとう。
実は、自分だけではうまくできなくて。
助かったよ。

彼は手当ての道具を片付け、立ち上がった。

その手じゃ、修繕はもうやめた方がいい。
とりあえず物置を、片付けてくる。
それが終わったら、久しぶりに外食しよう。
たまには、そういう贅沢くらいしても、バチは当たらないさ。


彼の嬉しい提案を聞いて、私は思った。

お金を出して贅沢するのが幸せだと思うのではない。
それを一緒に共有してくれる相手がいること。それがあるから、幸せに感じるのだと。

これも、お金では得られない、
大切にしたいことだ。

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