藍星

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いいっ・・・たぁ・・・・。
っ・・・・・。     ガタ、ゴトン・・

鮮血が、傷から滴り落ちる。
その痛みに数秒の間、息を止めて耐えていた。
思わず、数歩後ずさりして棚に寄りかかる。
その振動で、棚にのっていた置物などが二、三個倒れてしまった。

あっ・・・直さなきゃ・・
と、手を伸ばした。
今負傷したばかりの手を伸ばしてしまい、痛みで握れない。
咄嗟の行動とは言え、我ながら少し呆れてしまった。怪我をしたばかりだというのに、そのことを忘れてしまうのだから。


物置のドアが壊れてしまい、鍵がかかっていないというのに開かなくなってしまった。
そんな状態のドアを、半ば無理やり開閉を続けた結果、ドアノブ自体が取れてしまった。
その修理を始めたら、他にもいろいろと目についた箇所が出てきてしまい、物置全体の修繕作業をしていた。

その最中、工具の扱いを誤り、傷を負ってしまった。

よく、舐めたら治る、などと言うけど・・
この傷はその範疇ではなさそうだ。
血が流れるのを止める処置くらいはしないと。

手を負傷してしまったため、ほぼ片手だけで処置しなければならず、うまくいかない。
血は止められたものの、やはり包帯を巻かないとと思うのだが・・

っ・・・あっ、また傷が・・
片手で包帯を巻くのは、難しい。そうこうしているうちに、再び傷が開き血が滲みはじめてしまう。そんなことを繰り返していた。


ただいま。・・どうしたんだ?

突然の彼の帰宅に驚き、私は思わず傷を負った腕を後ろに回して隠した。

あっ、おかえりなさい。・・早かったね。
ちょっと、物置の修理を中断して休憩してたの。

あぁ、それで物置の前にいろいろ置いてあったわけか。・・あそこまで壊れたら、いっそのことちゃんとした業者に頼んで、直してもらったらいいのに。


でも、ドアを直すだけでもそれなりにお金はかかるよ。大丈夫。ちゃんと今日中に直すから。ついでにいろいろ直しておくよ。
前よりは、使いやすくなるよ。
と、言いながら修繕に戻ろうとした。

しかし、彼に肩を掴まれて、止められてしまう。そして、隠していた腕を掴み上げられてしまい、痛みで思わず声を上げてしまった。

っ!?こんな傷・・意地張ってないで、ちゃんと手当しないとダメじゃないか。
何か隠してるとは思ってだけど・・こんな大きな傷まで隠そうとするなんて。
どうせまた、病院に行くのもお金がかかるから、とか考えて自分で何とかしようとしたんだろ。まったく・・
そんなにお金のことが心配か?


否応無しに、強制的に彼は私の傷の手当てを始めた。丁寧に血を拭きとり、包帯を巻いてくれる。

お金の心配もあるけど・・できることなら大切にしたいんだ。だって、立て替えたりしたら、今までの思い出とかもなくなってしまいそうでさ。
お金を出せば、綺麗に丈夫になるかもしれないけど、愛着がなくなってしまいそうで。
それはお金じゃ、得られないものでしょ。
だから、できるだけ自分の手で直したかったの。


彼は、ふと優しい眼差しを向けてきた。

君のそういう見えるところだけじゃなくて、本質を感じて大切にしようとするところは素敵だと思うし、尊敬するよ。
たしかに、そういうお金では得られないものはあるよな。オレもそう思うよ。


じゃあ・・と、言葉が出そうになった。
しかし、優しい眼差しから、真剣な眼差しになった彼に見つめられ、その気迫に思わず口をつぐんだ。

彼は手当てが終わった私の手を、優しく包み込んでくれた。


だけど、それ以上にお金では得られないもので、大切にすべきものがあるだろ。
少なくともオレは、君がこんな怪我をしなくてすむのなら、物置の修理代を出すことくらい何とも思わない。
むしろ喜んで出すさ。君のあんな痛みに耐える声を聞かなくて済むのなら。


思わぬ言葉に、返す言葉が見つからない私は、彼の手を握り返すことしか出来なかった。

えっと・・心配かけて、ごめん。
それから、手当てしてくれて、ありがとう。
実は、自分だけではうまくできなくて。
助かったよ。

彼は手当ての道具を片付け、立ち上がった。

その手じゃ、修繕はもうやめた方がいい。
とりあえず物置を、片付けてくる。
それが終わったら、久しぶりに外食しよう。
たまには、そういう贅沢くらいしても、バチは当たらないさ。


彼の嬉しい提案を聞いて、私は思った。

お金を出して贅沢するのが幸せだと思うのではない。
それを一緒に共有してくれる相手がいること。それがあるから、幸せに感じるのだと。

これも、お金では得られない、
大切にしたいことだ。

3/9/2024, 3:39:51 AM