藍星

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あの感じだと、のどごしがいいもの・・うどんとか、そーめんがいいかな。あ、冷たいものは体が冷える。温かいものっていうのは外せないよね。
となると・・おじやか雑炊、スープも作れたらいいかな。
あとは・・果物なんかもほしくなるかな。りんごは硬いだろうから、桃とかいちごかな。

よし。このくらいにして、そろそろ帰ろう。

店で会計を済ませて、足早に帰路につく。


帰宅してただいまと声をかけるも、返事はない。きっと、寝ているのだろう。
寝室をのぞくと、案の定、寝息を立てている彼の姿が目に入る。

寝ているのを起こさないように、そっと寝室を出る。買い出ししてきた食材を片付けながら、料理を始める。


ここ数日、彼の調子が悪かった。本人は季節の変わり目で、調子が出ないだけとか、寝たら治るから大丈夫だと言っていた。
しかし今朝、私が目を覚ますと明らかに高熱で荒く苦しそうな呼吸をしている彼の姿があった。

病院に行きたくないという彼の気持ちは、わかるものの、何とか受診して帰ってきた。
結果、少々重い風邪とのこと。
ただ、のどと気管が少し厄介な炎症を起こしているらしく、呼吸が苦しそうな状態だった。


薬をのんでゆっくり休んでいてと、私は彼を寝かせて買い出しに出かけていた。

少し悩んだが、食欲は無さそうなものの朝からろくに食べていないのも良くないかと思いいたり、おじやを作った。
それを持って、寝室へ向かう。

彼は私の気配に気づいたらしく、声をかけずとも目を覚ました。
ただいまと、おはよう、おかえりの言葉をかわす。

おじやを示すと、起き上がって受け取ってくれた。ゆっくりだが、食べてくれる様子を見て私は少し安心した。
彼の服は汗で湿っていて、額の冷却シートもすっかり熱を持っている。寝室の空気は少しよどんでいる気がした。

彼が軽く咳き込んだ。おじやを少し吐き出してしまい、苦しそうに胸を押さえている。
大丈夫だよ。ゆっくり呼吸してねと、声をかけながら彼の背をさする。
スポーツドリンクならあるよ。飲む?と、差し出すと、彼は一口飲んだ。

ハァ・・と、大きく息を吐き出した。
再びおじやを食べたそうに見つめるものの、抵抗がある様子だった。

無理に食べなくていいよ。苦しいんでしょ?薬はのんでおこう。あと体の汗拭くね。その後着替えてから、もう一度休んだらいいよ。
私は彼の手からおじやの器を受け取り、後片付けをした。

彼の体を拭き、着替えさせる。冷却シートも新しいものに取り替えた。彼が再びベッドに横になって毛布をかけたのを見届けてから、窓を開けて換気する。

ベッドに腰かけ、彼の背をさする。先ほどよりも身体の強張りが減り、安定した呼吸が感じられる。表情も少し柔らかくなっていた。
ふぅ、とひと息ついた。

いつもとは、立場が逆転した。持病のある私はよく彼に介抱されている。しかし、今回は彼が介抱される側になり、私が介抱する側になった。
いつもの彼には、感謝してもしきれないくらい感謝している。だから、せめて彼が苦しい時には、私にできる限りのことをしたいと思っていた。

換気のための窓を閉める。後片付けのために寝室を出て行こうとすると、彼に呼び止められた。しかし、声はかすれていてうまく言葉になっていなかった。

まだ苦しい?それとも寒い?
声をかけながら彼の背をさすり、頬に触れる。彼はうっすら目を開けて、私の手を握った。

待って・・行かないでくれ。

かすれた声でも、不安な気持ちは痛いほど伝わってきた。私もそうだが、体が苦しくつらい時ほど、不安でたまらなくなる。情けないとは思いつつ、一人になるのが嫌でたまらない子どものようになってしまう。

彼は今まさに、そんな気持ちの最中にいるのだろう。そんな時は・・彼の手を握り返す。
そして、
うん。わかったよ。今日はもう出かけないし、どこにも行かないから。大丈夫だよ。
そう伝えるのが一番の薬になる。
これは、いつも彼が私にくれる薬の受け売りだけど・・

彼が一瞬安心してくれたのは感じた。
でも、一瞬だけで再び不安そうな眼差しを向けてきた。
まだ苦しいのかと思い、空いている手で背をさする。しかし、求めているのはそういうことではなさそうな様子だった。

君はさ、どうして・・大丈夫?って、聞かないんだ?

突然の言葉に、その意味がわからなかった。

最近具合が良くないオレを、気遣いはしてくれても、心配する言葉は言ってくれなかった。・・今日だって、大丈夫?って、一度も言ってくれないなぁって。
なんか、心配してくれてないのかなぁって・・風邪くらいで、寝込んでいるオレのこと情けないとか、思って・・呆れてる?
だから、大丈夫?とか、具合はどう?とか、聞いてくれないのかなって・・。

えっと・・そうやって聞かれて、心配されたかったの?と聞くと、
少し恥ずかしそうに、彼は頷いた。

私は彼の手をより握り締めて、頭を撫でた。

大丈夫って聞かないのはね、大丈夫じゃないことが聞かなくてもわかるからだよ。それに、今のあなたは喋ることがとても辛そうだもの。そんなあなたに、具合はどう?何て聞いたら喋ることを強制していることになって、余計に苦しくさせてしまう。
あなたがどんな状態で、どんな風に介抱すれば少しは楽になるのかは、見ていればだいたいわかるもの。
うまく話せない子どもが怪我をした時や、本当に生死の境を彷徨うような状態の人は、喋るなんてほとんどできないんだよ。
だから聞くことより、本人をよく見て感じるのが大切だと思っているの。だからかな、聞くっていう概念すらほとんどないかも。それ以上に、寄り添うことの方が大切だとも思っているから。
これは、いつものあなたが教えてくれたことでもあるんだよ。

彼は少し目を見開いた。

あとね、もちろん心配はしてるよ。大切なあなたが苦しんでいるのを見てるのは、心配しない方が無理だよ。
だけどね、心配って相手を想う気持ちの現れ方の一つだと思うんだ。想いって、相手にとって良くも悪くも影響する。私の心配があなたの心の負担になるのは嫌なんだ。だから、この心配するくらいの大切なあなたへの想いは・・
大丈夫?って聞くことで伝えるんじゃなくて
大丈夫だよって、そばにいるよって言葉で伝えたいの。私はそう伝えてもらった方が、心があったかくなるんだ。
心配させてるって申し訳なくなるんじゃなくて、想われているんだって嬉しくなるの。
だけど・・あなたはそうでないなら・・
こうしたら、伝わるかな?

私は彼の頬にキスをした。
突然のことに、彼はより顔が赤くなった。
その表情に、私自身も顔が熱くなってしまった。

っ・・これじゃ、ダメだった?
大丈夫って、聞いてほしい?心配だって、言ってほしい?
ためらいがちに聞くと、彼は顔を覆って首を振った。

いや・・それでいい。
君はそのままで、いい。

その言葉にほっとした私は、顔の熱を冷ますためにも、
ちょっとだけ後片付けしてくるからと言って寝室を出ようとした。
しかし、彼は握っている手を離してくれなかった。

それでいいけど・・キスする場所が違う。もう一度してくれたら、手を離してやる。
そしたら、君に想われてるって感じられて、オレも心から安心して休めるから。

その目には、風邪の高熱とは違う熱が宿っていた。私の心臓は、彼の体調を心配するのとは別の意味で、落ち着かなくなってしまった。

そっ・・それはダメだよ。熱があるのに・・というか、私の方が熱が出そう。
代わりに・・腕枕でどう?背中もさすっててあげるから。それでいいでしょ。
っていうか、それでいいってことにしてよ・・。
風邪をひいているとは言え、いたずら好きな彼の言動に、私は相変わらずかなわない。 

でも、私の腕の中で安心して寝る顔で許してしまう。
私は彼のそんなところも、
それでいいと・・いや、
それがいいと感じてしまっているのかもしれない。

4/4/2024, 2:52:06 PM