#6
「今日、『ところにより雨』だって」
「なにそれ」
「いや、天気予報。簡単に言えばめっちゃ狭い区域で雨が降るらしいよ」
「へ〜あんま天気予報見ないからわかんないや」
「この説明の時間返せ。あと天気予報は普通毎日見るだろ。ていうか見ろ」
いつか友人と交わした会話だ。天気予報を見ないというのはそんなに珍しいことなのか?
(テーマ:ところにより雨/キツネ)
#5
私にとって小説は、幼い頃から特別な存在だった。昔はあまり体が強くなく、外で遊ぶのも嫌いだった私は、小説の世界に遊びを求めていた。中でも私が好きなジャンルはファンタジーだった。私の「こんな事がしたい」が詰まっていて、読んでいてとてもワクワクする。小説の中でなら私はどこにでも行けて、何にでもなれて、その感動を他者と共有することが大好きだった。しかし、私がそれをしようとすると話があちこちに飛んでしまうので、その作品の魅力が伝わりきらない。本を読んでいるとはいえ、話が上手になる訳ではないのだ。自分が感じた感動を余すことなく他者に伝えられるような上手な話ができるようになりたい。昔と比べて外で遊べるようになり。病気にもかかりにくくなった今でも、私の心の中芯を形作っている小説は、きっとこれからも私の特別であり続けるだろう。
(テーマ:特別な存在/キツネ)
#4
友人とバカ話をしている時が1番楽しいと思う。変なことに頭を使って、よく分からない議論を交わす。そうやって友人と「ほんとにバカみたいw」と笑い合う。そんな時間が1番楽しくて、そんなバカみたいな話を真剣に出来る友人がいることがとても嬉しい。ある時は全く主題なども定めずにスピーチをし始めた友人の話を真面目に聞き、「ゲームで負けた時ちょっとイライラするよね」という話から最終的に宇宙にまで規模が拡大したこともあった。私たちが記者のように「こういうことですか?」「本当はこうだったのでは?」と、面白半分で話を付け足しながらツッコむと、「そうかもしれませんね」と全く否定することなくその要素も話に入れてくれる。宇宙規模にまで話が膨れ上がってしまうのはきっとこのせいだろう。定期考査が終わって1度勉強から解放されると、こういうバカ話を無性にしたくなってしまう。なんというか、難しいことは考えずに会話がしたい。会話のキャッチボールが苦手な私でもあまり深く考えずに気楽に話せているのは、それだけこの友人たちを信頼しているからだろう。
変に気を使わず、飾らず、彼らと共に変な議論を交わす。この時間が、私を癒してくれる。「あ〜面白い」「ウチらマジでバカだわw」
『でもこれが1番、ウチららしいよね』
(テーマ:バカみたい/キツネ)
#3
私は二人ぼっちというのをあまり経験したことがない。
二人きりというのが気まずくて、すぐに話題も尽きてしまう。きっと私は、一方的に話すのが得意なのだ。大勢の前で話すのはできるのに、1対1になると急に緊張してしまう。自分の話に自信が無いからこうなってしまうのかもしれない。発表というのは、テンプレートがある。こういう場面ではこう話せば良い。という、だいたいの説明書のようなものがあるのだ。そのテンプレートに合わせて自分の話を作って行けば良い。しかし、会話というのはキャッチボールだ。相手の言葉に合わせてこちらが柔軟な対応をしなくてはならない。最初から用意しておいた物を読み上げるだけの発表とは違い、相手の性格なども考慮して、自分の話を推敲しなくてはならない。「臨機応変な対応」が、今の私の課題である。
(テーマ:二人ぼっち/キツネ)
#2
いい夢を見た時に限って、夢の内容を思い出せない。いい夢を見た、ということは感覚的にわかるのだが、どうしても内容が分からない。それはどうしてなのだろうか。1度、真剣に考えたことがある。実に暇人である。
当時の私はかなりメルヘンチックな考え方で納得していたけれど、今の自分が考えてもそれで納得が行ってしまうのが、なんだか成長していないみたいで悔しい。まあでもポジティブに考えれば今でも少女のような若い心でいられているということだ。だから、その若い心を皆さんにも共有したいと思う。
いい夢を見た時、内容まで思い出せてしまうと、続きが見たくて二度寝してしまう。一方、悪い夢はもう見たくないので目が覚める。私は二度寝するとなかなか起きられなくて遅刻確定なので、二度寝は絶対にする訳にはいかない。だから、私の二度寝を防ぐためにいい夢の記憶は現実に持って帰れないようになっているのだ。
それに、いい夢を見た日はなんだか朝から気分が良い。夢の内容が分からないモヤモヤもどうでも良くなるくらいには気分が良い。きっと私は、夢が醒める前に、私の朝を応援してくれているのだろう。夢見た私の応援に応えるため、私は今朝も頑張る。
(テーマ:夢が醒める前に/キツネ)