月に願いを
銀歌と共に海辺を歩く。
波が俺と銀歌の足元に、寄っては引いてく。
裸足で歩くから、波の冷たさが丁度いい。
長い長い浜辺を共に歩く。
今日は満月だ。
銀歌の表情は月明かりに照らされて、より美しさを際立たせていた。
俺はその美しさに見惚れていた。
銀歌は俺の視線に気がついたのか、俺にふわりと笑いかけた。
俺は恥ずかしくなり、外方を向いた。
そんな俺が面白いのか、銀歌は俺の頭を撫でた。
「何だよ…。」
『可愛いから。』
「かわいくねーし…。」
そんな会話が続く。
暫く沈黙が続くと、銀歌は俺の目を見て言う。
『ねぇ…傑さん。《“月に願いを”すると叶う》
だから二人でお願いしよ?』
銀歌は手を合わせ、願い事をする。
俺も続けて願い事をする。
《永く…出来るだけ永く一緒にいられますように》
俺は願い事を終えると、銀歌の方を向く。
銀歌はまだ願っているみたいだ。
その横顔が美しかった。
銀歌は願い事を終えると、ゆっくり目を開けた。
その瞳には、波の煌めきが映っていた。
銀歌は何を願っていたのかは、分からない。
俺はずっと銀歌の隣に傍に居られるのならば、この身がどうなっても構わない。
だから、銀歌の“病気”が治りますように…。
降り止まない雨
今日も何時もの様に店内を掃除してから、closeからopenへ看板を変える。カウンターに入り、グラスを磨きながらお客様を待つ。
「…本日は雨が降ってますね。こういう雨の日って、気分が下がりますね…。」
私は愚痴を溢しながら、自身の髪を弄る。
「雨の日は私の髪も膨らみます…萎えますね…。」
私は溜息を吐きつつ、カクテルを確認していた。
《カランカラン…》
乾いた鈴の音が店内に響いた。
入り口を見ると、お客様が立っていた。
「いらっしゃいませ…。“狐火銀歌”様。」
狐火様は困惑していたが、カウンター席に座った。
「外は冷えたでしょう。これどうぞ。」
ホットチョコレートをお客様の前に差し出す。
狐火様は一口飲み、私の方を見て言う。
『あの…此処は何処なんですか…?私は__したはずなんですが…』
「此処は特別なBARなんです。
“現世”でもなく、“常世”でもないです。
“狭間”…とでも思ってください。」
私が簡単に説明すると、狐火様は何故か悲しそうだった。
『“僕”は…死んでいないんですか…。もう生きるのが辛くて…死のうとしたのに…。』
狐火様は涙を流していた。私は狐火様の頭を撫でた。
狐火様は声が枯れるまで泣いていた。
「落ち着きましたか。嗚呼冷めてしまいましたね。
入れ直しますね。」
『すみません…。こんな人のために…。』
私は入れ直した、ホットチョコレートを出した。
「狐火様に何があったかは分かりませんが、もう死にたいんですか?」
狐火様はコクンと頷いた。
「もし現世に戻りたくなければ、此処にいても良いですよ。“降り止まない雨”はない。そうですよね。
降り止まなくても、誰かが手を差し伸べれば良いのですよ。」
私は狐火様に手を差し伸べた。
狐火様は躊躇ったが、手を重ねた。
ピッピッピッピ…ピーー…………。
病室に静かに響いた電子音。
狐火銀歌は二度と常世に帰っては来れない。
永遠と“狭間”で生きる。
あの頃の私へ
時々同じ夢を見る。
その夢は、何もない世界で幼い私が泣いている。
私が手を伸ばして、幼い私に触れようとしても、私が触れる前に消えていく。
消えたところには、幼い私が持っていたペンダントが落ちている。
それを拾うと夢から覚める。
今日も同じ夢を見た。
やっぱり幼い私が泣いている。
私は手を伸ばそうとした。
だけど、やっぱりやめた。
どうせ伸ばしても、夢から覚めてしまう。
そう思っていると、幼い私が近づいてきて言う。
『タスケテ…モウ…イヤダ…。』
私はそっと抱きしめた。
「じゃぁ…落ち着くまで一緒にいよう。」
二人で長い長い夢から覚めずにいた。
逃れられない
「ハァ…ハァ…ハァ…」
どれだけ走り続けたのだろうか。
足に感覚がないほど、長い長い距離を走った。
そんな気がする。
「逃げないと…逃げないと…“アイツ”が来る…!」
僕は重い足を、引きずりながら走った。
“アイツ”から逃げないと…。
「フッ…この俺から逃げ切れると思うか?」
俺は画面越しの、絶望した彼奴の顔を見て楽しむ。
何度脱走しても同じことだ。連れ戻すだけ。
嗚呼…早く絶望した彼奴の顔が見たい…。
「お前は…俺から“逃れられない”からな。」
俺は赤い、とても赤いワインを飲んだ。
また明日
「じゃぁね〜。“また明日”!』
「うん。“また明日”」
友人と別れた後、毎回一人になると考えてしまう。
《明日なんて来るんだろうか》
もし明日が来てしまえば、どんな未来が待っているか分からないから。
もしかしたら、最悪な結果になったり、裏切られたり…そんな事を考えてしまう。
そんな自分が嫌いだ。
友人を信じてあげられてない。
明日が来なければ良いのに…。