宝物
私が営む小さな銭湯の番台に座り、情報屋のジゾウちゃんが言っていたことを思い出す。
「最近、子供が急に居なくなる話し知っているか。親たちが心配して車で学校まで送るがその車の中で居なくなる。変だろ。」
そりゃ〜。もちろん変だよ。人間の仕業ではない。つまりは私の出番か。
はぁ~。最近、人間以外の何かが起こす事件や事故が多く、ゆっくり番台に座っている暇がない。
まあ、私はそんな事件や事故を起こしている輩を捕らえて地獄の閻魔さまのところに送る手伝いをしているけどさ。少しは休みたいよ。
事件、事故の犯人はもちろん人間ではなく、妖怪だったり悪霊だったり、つまりは人間に悪さをする輩ということになる。
あー。ちなみに、ジゾウちゃんは閻魔さまの側近らしい。本人がそう言っているだけだし真相は分からないが、閻魔さまからの話しの情報をやたら詳しくは持ってくるから、私は情報屋だと思っている。
さて輩を探しますか。。
子供をさらう妖怪と言えば隠し神だけど、あれは夕方遅くまで遊んでいたりする子供をさらう。車の中の子供までさらうのはちょっと違う感じがする。
とりあえずは、犯人をおびき寄せるためにおとりの子をお願いしないとならない。
番台から銭湯の中に声をかける。
「座敷童子さん。座敷童子さんいる?」
髪を洗っていた座敷童子は私の声には気がつかなかったのか返事はない。変わりに隣りで体を洗っていた1つ目小僧が返事をして、座敷童子を呼んでくれた。
「おとりになるの。いいわよ。」
「ありがとう。座敷童子さん。そしたら洋服に着替えて通学路を帰る子供と同じように住宅街に向かって歩きましょう」
「え!着物じゃだめなの。」
「ダメ。ダメ。着物なんて着てる子いないでしょ。大丈夫。洋服でも可愛らしいわ」
「そうかな。頑張る」
座敷童子さんってなんか抜けてるけど、今回のこと頼んて良かったのだろうか。1つ目小僧さんのほうがしっかりしている気がする。イヤ。見た目的にダメか…。
とにかく作戦開始。
洋服に着替えた座敷童子さんが学校から歩き始めると、横断歩道を渡った先に白装束に行灯を持った男が大きな袋を背負って佇んでいた。
かかった!
夜道怪じゃん。
昔は家の中に入って子供をさらっていたけど、最近は車の中の子供なのね。と妙に感心してしまった。
夜道怪が座敷童子さんの手を掴もうとした時、慌てて懐から巻物を取り出す。この巻物は閻魔さまから頂いた大事なものだ。巻物を輩にかざせば、輩は巻物に吸い込まれて紙の中の絵となり、巻物からは抜け出せない。地獄の至宝の1つだ。
ただ、至近距離でかざさなければならず、なかなか骨が折れる。
夜道怪を閉じ込めた巻物をジゾウちゃんに渡たし、新しい巻物を受け取ればお手伝いは終わりとなる。
新しい巻物が私の懐にあると言うことは、このお手伝いと言う名の給金の出ない仕事はまだまだ続くということだ。
私は無給だけど、座敷童子さんには何かお礼をしたい。あの時に着ていたワンピース気にいってくれたみたいだからプレゼントしょうかな。
あのちょっと天然ボケの座敷童子さんは喜んでくれるだろうか。
キャンドル
地下室へ向かう階段をキャンドルを片手に下りていくと大きな部屋に着く。その部屋には天井に届くほどの高さの本棚がいくつも並び、本棚にはABC順に整頓された本がびっしり詰まっている。
ここは魔法法務局の局長であるおじい様の管理する公営の魔法本の図書館だ。公営と言っても誰でも入れる訳ではなく、おじい様の許可が必要となる。許可を貰い図書館に来たのは、来週から始まる魔法学校の卒業試験の資料集めだ。
試験は3つ。
1つ目は魔法の箒での100m走。箒だから走るのではなく空を飛ぶ時間を競う。
2つ目は魔法で何かに変化すること。小さい頃からコウモリに化けるのは得意だ。
3つ目は幸福を呼ぶ魔法薬の作成。この図書館のどこかに幸福を呼ぶ魔法薬の作り方が乗った教本があるはずだ。本が見つかっても材料を集め、集めた材料を大釜で醸造しなければならなず、時間がかかる。
試験日までに魔法薬を提出できれば合格となるが、試験日まで時間がない。
とにかく教本を探さないと。
「えー。幸福を呼ぶ、bring happinessだから、Bのところで…」
ああそういえば。
魔法法務局の次長さんて女の魔法使いで、人間に恋して自分の寿命を500年位縮める魔法薬を作ったと聞いた。たしか、その魔法使いもこの図書館で魔法薬の醸造の仕方を見つけたらしい。寿命を縮めるなんて私には無理かな。恋もしたことないし、良く分からないや。
思考が逸れた。
恋ではなく幸福を呼ぶ薬の教本を探さないと。どこだ。どこだ。
あ!あった。
教本を手に取り魔法薬のレシピを確認。
脚長カエル 2匹
月見草 17本
妖精の鱗粉 10g
キャンドルライトのロウ 5滴
レシピを頭に入れ、魔法の箒に飛び乗り、魔法界、人間界、妖怪の世界、妖精の世界を最高速度で飛ぶ。5日かけてやっと全ての材料が手に入った。試験日まであと1日。この1日は大釜で醸造だ。
グツグツ。
醸造が進むが、キャンドルのロウを5滴垂らすタイミングが分からない。あの教本は余りにも古すぎて字が読めないところが何カ所かあった。タイミングを間違えれば魔法薬は完成しない。
どうしょう。もう時間もないし私の魔法使いとしても勘に頼るしかない。きっとこれも試験の1つだ。
グツグツ。
大釜の底がキラッと光ったのが見えた。
今だ!
5滴のロウを垂らすと底だけだった光が、大釜全体に広がり、大きなしゃもじで大釜の中身をかき混ぜていた私をも包んでいた。光がおさまると大釜の中に金色の液体がほんの少しだけ残った。
やっと完成だ。
翌日、私は試験に合格し魔法学校を卒業した。これからは、魔法法務局で見習い魔法使いとして頑張っていこうと思う。
たくさんの思い出
人にはたくさんの思い出でがある。
あの子は小さく産まれたため保育器の中にいた。あの子を近くに感じたくて写真をたくさん撮ってリビングに飾っていた。
退院しても体が弱く、すぐに熱を出しては、緊急センターへ何度も通ったあの子も今年5歳になる。七五三だ。勇ましく羽織袴で神社のお参りすれば、父ちゃんがすかさずまわり込み写真に収める。この日のために買った一眼レフの出番だ。
小学校に上がる年、爺ちゃんがランドセルを買ってくれた。始めてのランドセルにあの子は満面の笑みだ。
カシャ。カシャ。
もちろん父ちゃんは写真を撮るのを忘れない。
夏休みになり始めて海水浴に行った。波を怖がり逃げてばかりいたが、父ちゃんに連れられ海に入ってしまえば、楽しそうに浮き輪でプカプカしていた。海から上がって来たところをパシャリ。
冬はイベントがめじろ押しで父ちゃんの一眼レフの出番も増える。クリスマスにお正月。楽しいことばかりだ。突然、父ちゃんが毎年12月31日に写真館で家族写真を撮ろうと言い出す。うん。でも3人で撮った写真はあまりないからいいかもしれない。
そして春がくる。
あの子が産まれてから30年が経ち、今日はあの子こ結婚式。あの子の写真を撮るのも今日で最後になるだろう。たくさんの思い出が詰まった古いアルバムをあの子に渡そう。
この古いアルバムは父ちゃんと母ちゃん、そしてあの子の、家族の愛の記録だ。
冬になったら
冬になると気分が落ち込むことがある。日照時間が短く、早く暗くなるせいだろうか。冬は嫌いだ。
ダメだ。こんな時は女1人。旅に出よう。
冬になったら行きたいのは、なんと言っても温泉。雪見温泉なんて最高!
最近は女1人でも泊まれるホテルはどこにでもあるが、ここはいつもの旅館がいい。
新幹線を乗り継ぎ、地元の電車で終点まで行き、さらにバスに乗る。電車に乗っている時点で雪がかなり積もっていたが寒そうだ。
いつもの旅館で手短にチェックインを済ませれば、カウンターの横に猫が一匹。
いつもの光景だか、今日は私のあとを着いてくるらしい。
「うちの子は弱っている人が気になるの」
との女将さんの言葉だ。
猫から見てもやっぱり私は弱っいるのか。
イヤ。イヤ。とにかく、温泉。お風呂だ。
露天風呂に行くと雪の中に薄っすらと照らされて湯舟が浮かんでいた。
湯舟に浸かれば、至福の時は間違いなし。
「あー。あ。」
思わわず声も出る。
さすがに猫は居ない。
湯舟の中から見る雪景色は幻想的でこの季節でしか味わうことの出来ない景色だ。
来て良かった。
温泉のあとは夕ご飯が待っている。席に着くと猫が膝の上に乗ってきて丸くなり、そのまま寝てしまった。
私は猫を膝に抱えながらご飯を食べたが、
猫の体温がポカポカと温かく、お酒でほろ酔いとなった頭にはなんとも心地よい時間だった。猫の温かさも冬ならではなのかもしれない。冬が好きだ。
明日には帰らなければならないが、家に着くまでは冬を楽しみたい。
はなればなれ
おらの村では10才になるとどの家の子も奉公に出るのが習わしとなっていた。家では飯を食わせてもらえねえこともあるが、奉公に出れば飯も食えて給金もでる。
おらの父ちゃんは出稼ぎに行っていたが、
仕事中に怪我をして足が不自由になり、体力を使う仕事ができなくなった。母ちゃんかする内職だけでは、家族6人が生活することはできない。
明日はおらが奉公に出る日だ。朝から母ちゃんが温かい飯と大根の葉っぱの味噌汁を作ってくれた。今年の冬は寒く雪が多い。
「夕子。ごめんよ。奉公に行かせて。」
「母ちゃん。大丈夫。奉公先で可愛かってもらって給金たくさん送るから。」
雪の降る中、奉公の仲介のおじさんがおらを迎えに来た。雪が多いため町まで歩いて行くことはできず、馬に引かせた荷車で町たで行くことになる。
荷車のところまで母ちゃんが送ってくれたが奉公に出たら、村に帰してもらえることはないため、きっと母ちゃんと顔をを合わせるのはこれが最後だ。
「母ちゃん。元気でな。おら頑張る」
「夕子も体に気をつけてな。なはればなれになっても母ちゃんはお前のこと思ってるから。辛くなったら帰っておいで。」
おらは顔を横に振る。おらか頑張って奉公して父ちゃん、母ちゃん、弟、妹たちにお腹一杯飯を食わせやりてい。だから、おらは奉公から帰らねえつもりだ。
「夕子…」
「大丈夫。母ちゃん、寒いからもう帰って。おらも行く。」
荷車が動き出し、母ちゃんが、おらの産まれ育った村がだんだんと遠くなっていく。
「母ちゃん…。ぐず…」
知らず知らずのうちに涙が溢れ出し、おらの顔を濡らす。泣くのは、これが最後だ。
おらの決意は変わらない。