一筋の光
暗く狭い洞窟の中を這うよにして進み続け2日。体力的にも精神的にも限界を向かえ、自分がどこにいて何をしているのか曖昧になり始めいた。
ああ。そうだ。自分はカメラマンで、この洞窟の最奥にあるパルテノン神殿と呼ばれている場所を目指していたんだ。パルテノン神殿がどんな場所なのかはよく知られていない。洞窟の奥にあり、そこまで行くのに何日かかるのか、地図があるわけでもなく真っ暗な中を自分のベッドライトだけを頼りに進んで行く。
ただ1つ、神殿の入り口には洞窟の天井から一筋の光が伸びていて、そこだけほんのりと明るくなっていると聞く。まだ、明かりは見えない。
水の音がするが地底湖だろうか。洞窟の中で水は行く手を阻み、体温を奪う。寒い。
「おーい。こんな地下に滝があるぞー」
パートナーを組んでいた先輩の声が聞こえる。やっと下まで降りてきたが、どうやらこの滝を登ることになるらしい。
水を被り、滝の横をカルビナとロープ一本で登りながら考える。何で洞窟に入ったのか。バルテノン神殿は本当にあるのか。それを写真に収めることに何の意味があるのか。あー、寒い。
滝を登りきると光が見えた。バルテノン神殿の目印。やっとやっとたどり着いた。
そこには大空間が広がり、白い鍾乳石があちこちでつらら状になり、神殿の氷柱のようになっていた。まさに白いバルテノン神殿が佇んでいた。
洞窟から帰り都会で写真展を開いた。洞窟の写真だけでなく、田舎の風景、人物の笑顔の写真を展示した。目玉はもちろんバルテノン神殿だ。来場してすぐの真ん中に展示した。
「わあー。すごい。綺麗ねぇ。」
「何これ!青いお白。ディズニーみたい」
来てくたさる方たちの驚きと笑顔が見れてあの時の苦労が報われた気持ちだった。
哀愁を誘う
いつまでもも暑い日か続き、秋はどこへ行ったのかと思いたくなるほど強い日差しが肌に当たり痛い。まだまだ半袖で街を歩いても何の問題もない仕事帰り。夕飯の買い物を済ませてスーパーを出たところで辺りが暗くなっていた。日中は暑いが、暗くなる時間が以前より早く、このころには気温も少し下がってきてなんとなくの薄暗らい夕日が哀愁を誘う。
そんな夕日を見ていると昔を思い出す。まだ、私が高校生だった頃、私は隣りの席の彼に恋をしていた。遅い初恋だ。
彼は野球部の主将で、男女問わず人気がありモテていた。
隣りの席の地味な私に対しても普通に話しかけ、会話の仲間に入れてくれる気づかいのできる優しい人だった。
彼の率いる野球部は、その年、甲子園出場をかけて県大会の決勝戦に望んでいた。
9回2アウト、二塁。彼がホームランを打てば逆転で優勝どなる。
応援のみんながかたずを飲む中、相手ピッチャーが投げる。判定はボール。
2球目はストライクだか、彼のバットは空を切った。空振りだ。
3球目もストライクコース。ボールはバットに当たって高く舞い上がり、キャッチャーミットに収まった。
スリーアウト。試合終了だ。我が高校は負けて準優勝で終わった。
試合終了の合図が鳴り、両校の生徒の挨拶も済んだため、応援の人たちも帰り始めていた。それでも彼はバッターボックスの前に立ち尽くし、いつまでもホームベースを見ていた。彼の顔は涙に濡れ、声も出せずに泣いていた。
「よく頑張った。」
「いい試合だったよ。」
パチ パチ。パチ。パチ。
帰り始めていた応援の人たちが、彼に向かって声をかけ、知らず知らずのうちに至る所から拍手が巻き起こっていた。
夕日に照らされていた彼がようやく顔を上げ、野球部の仲間たちと1列に並び観客席に向かって応援のお礼の挨拶をした。
私たちは負けた。けれど、私たちは野球部と同じ時間を共有することで、青春と言うかけかえのない時間を手にすることができたのた。野球部にも彼にも感謝しかない。
あれから十数年の月日が経ったが、あの夕日に照らされた彼の姿を忘れることはできない。試合には負けたが彼はヒーローだ。
そのヒーローは今、なんてテレビ番組のタイトルのようだが、私の家のリビングのソファに寝転がりスマホを見ている。
本当に同じ人物かと疑いたくなる程に丸太のような体をソファに投げ出している。
私の青春を返せ!
青春は幻。哀愁なんて言葉が全く似合わない夫がそこにいる。
鏡の中の自分
鏡の中に映るご自分の顔は笑っていますか。怒っていますか。ああ。あなたの顔が笑顔かどうかで決まると思っていますか。それは誤解です。
鏡は真実を映す物。あなたが笑っているからと言って、鏡の中のあなたも笑っているとは限らないこともあるのです。その笑顔は真実ですか。
時に雲外鏡なる物を知っていますか。妖怪の正体や妖術を照らし出す鏡と言われ、かの西遊記にも三蔵法師に化けた妖怪の真の姿を暴くために使用されています。
この雲外鏡、とある神様が所有されていたのですが、罰当たりなことに何者かによって持ち去られてしまいました。今はどこにあるのか分からず、所在不明となっております。まあ、罰当たりにはいずれそれなりの天罰が下ることでしょう。
問題は雲外鏡が外に持ち出されたことです。もし雲外鏡が妖怪の手に渡れば、人間を騙したいと思っている妖怪にとっては邪魔なものでありますから、いつか壊されるかもしれません。それは本当に困ります。神様から無傷で戻すように言われておりますゆえ、壊れましたでは許されないのです。神様つきの役人としては由々しき事態です。
そして、雲外鏡が妖怪ではなく人間の手に渡れば、その人間の真の姿が見えてしまいます。その姿は人間の形を保つことができているのでしょうか。形の崩れた姿の自分を見た人間は、人間の心を保つことができるのでしょうか。神様は優しい方ですので、人間たちのことをいたく心配されておりました。
妖怪の手に渡っても、人間の手に渡っても問題となる鏡。それが雲外鏡です。
もし、どちらかで見かけた際には、鏡を覗くことなく、私共にご連絡下さい。
さすれば、あなたの秘密は守られます。
眠りにつく前に
今日から3泊4日で雪山登山を計画している。朝から大きなリュックサックを背負って登山駅で彼を待つ。
「おはよう。久しぶりの雪山登山だから気をつけて行こう。」
彼と合流して登山道を入り登山開始だ。
始めは木々の生い茂るなだらかな道を歩いて行く。標高が上がるにつれて木の生えない森林限界となり、雪も増え雪山登山らしくなってきた。今日の予定は尾根を越えた先にある山小屋だ。山小屋までに険しい山道が続き、今日最後の難関となる。
「はぁ。はぁ。」
「もう少しで山小屋だから頑張ろう。」
彼の後ろをひたすら付いて行く。山小屋の影が見えてきた時、彼がバランスを崩し、細い山道から転げ落ちる。手を伸ばすが間に合わず、彼がズルズルと斜面を滑って行く。
慌てて、後を追い、5〜6メートル下がったところで彼が止まった。幸い雪がクッションとなり、大きな怪我ないように見たが、ここから、全身を打っているであろう彼を抱えてさっきの道まで戻ることは不可能に思えた。
「大丈夫?起き上がれる。」
「足は大丈夫だよ。でも寒いなぁ。雪が降ってきただろう。」
「え?雪は降っていないよ。」
どうしょう。混乱しているの。
「とにかく起きて。歩きましょう。」
彼を支え起き上がる手助けをするが、足に力が入らないのか立ち上がれず、「寒い。寒い」を繰り返すばかりだ。
そして、その言葉も徐々に少なくなり彼は動かなくなった。
「目を開けて!ねぇ!目を開けて。」
「誰かー。助けて〜。助けて下さいー」
「おーい。誰かいるのかー」
私たちが落ちた山道の方から声がした。
上を見上げて助けを求めるために大声を上げた。山道から降りて助けに来てくれたのは、山小屋のご主人とスタッフの方だった。予約してある私たちが時間になっても到着しないため探しにきてくれなのだ。
彼は救助ヘリで麓の病院へ搬送されたが、頭を打っていたため目を覚まさない。
あれから3ヶ月。
あなたが最後に見た景色は雪と泣き顔の私だったはず。そんなの悲しすぎる。
あなたが眠りに着く前にもっともっと話しがしたかった。こんな形で眠ってしまったあなた。早く目を覚まして。
そして、私の名前を呼んでほしい。
永遠に
皆様は亡くなられた後の世界をご存知でしょうか。人間誰しも悪行を犯せば地獄に行くことが決っております。
死ねば無となり、消えて行くから関係ない。それは都合が良すぎるというもの。自分が犯したことは自分で責任を取らなければならない。死んでからも同じこと。
さて、地獄の話しに戻りますが、地獄は全部で8つあり、その中で、もっとも大罪を犯した者は地獄の一番下層にある阿鼻地獄に落ちて行くのです。阿鼻地獄は落ち切るまでに2000年を要する深さにあり、四方八方からの永遠に続く、火炎に包まれ無限地獄と呼ばれています。
世の中、地獄の沙汰も金次第なんてこともありますが、地獄に行かないためには、日頃から良い行いをする。それでは無理です。人間が人に優しくするのは当たり前のこと。かと言って傍若無人に振る舞えば、地獄行きは決定。天国に行くのはなかなか難しそうです。
あ。勘違いしないで下さい。私は、宗教のたぐいではありません。私は阿鼻地獄で皆様を待っている鬼です。
阿鼻地獄は皆様にとっては良い所ではありませんが、我々鬼にとっては職場。
快適な職場となるように皆様に阿鼻地獄のことを少しでも理解していただきたく、はせ参じた次第です。
では、阿鼻地獄にお越しいただくことを、心よりお待ちしております。